デモンバスターズFINAL
第40話 呪われた運命に終焉を
エリス 「父さんの、ドラゴンズハートの意志に従って、アタシはあんたを倒すことを決めた。だけど、アタシがあんたを倒す理由は他にある」
それこそが、父の最期を看取った後にエリスが決意したことだった。
チャキッ
魔剣レヴァンテインを抜き放つ。
足りない魔力は、この剣でもって補うことにする。エリス 「行くわよっ!」
自身の魔力を解放し、さらにレヴァンテインの力も上乗せしてフェンリルに向かっていく。
間合いに入る直前で、エリスは動きに制動をかけた。
カウンターを狙っていたフェンリルの前足がエリスの目前で空を切る。フェンリル 「ぬ!」
エリス 「ハァッ!」
ドシュッ!
隙のできた首筋に向かって剣を振る。
斬るのと同時に炎が立ち昇り、フェンリルの身を焼いた。
だが、その程度の炎をフェンリルはものともしない。フェンリル 「カァッ!」
フェンリルの全身の毛が立ったと思った瞬間、空気中の水分が一瞬にして凍りついて氷柱となり、周囲に向かって放射された。
エリス 「こんなものがっ!」
自分を中心に剣にまとわせた炎を一回転させる。
炎の防壁が氷柱からエリスの身を守った。
その炎に紛れて、エリスは階下に姿を消す。フェンリル 「逃げるか!?」
エリス 「誰が!」
先ほどまでの戦いで、辺り一体は穴だらけだった。
それを利用して、エリスはフェンリルの背後から頭上に回りこむ。エリス 「でぇぇぇい!」
ドンッ!
フェンリル 「ぐぬっ」
脳天への一撃。
返す刃で胸元を狙う。ガッ
エリス 「!」
だが、分厚い氷がエリスの斬撃を阻んだ。
下がろうとするエリスが頭上を見上げると、フェンリルが冷ややかな目で見下ろしていた。フェンリル 「その程度か?」
エリス 「・・・・・・」
反撃は来なかった。
エリスは一旦大きく飛びのいて距離を取る。
一見するとエリスが優勢だったが、実際にはフェンリルはほとんどダメージを受けていなかった。フェンリル 「これでは先までの方が遥かにマシであったぞ。小細工をいくら弄したところでこのわしには通じぬわ」
エリス 「・・・・・・」
フェンリル 「何より、憎悪が弱い。そんな弱々しい力では、いくらやったとてわしには及ばぬぞ」
エリス 「憎悪が力・・・・・・それがあんたの理屈?」
フェンリル 「そうだ。憎悪、執念・・・そうした負の感情があったからこそ、わしは彼奴が気に入った。その末裔に、またわしを楽しませてくれる者が現れると信じた。そして、わしに対する憎悪を募らせた者ほど強かった」
エリス 「それは・・・違うわ」
フェンリル 「む?」
エリス 「その憎悪は、全部はじまりの魔竜王のものであって、あんたに挑んだ連中のものじゃない。みんなただ、あんたとはじまりの魔竜王の因縁に巻き込まれ、振り回されただけなのよ」
先ほどのエリスがそうであったように、ドラゴンズハートに込められた怨念に突き動かされるままに戦った。
歴代魔竜王の戦いは、全てそれだけのものだった。
押し付けられた理由を宿命と呼び、それに引きずられてフェンリルを戦う。
そんな戦い方で、フェンリルに勝てるはずもないというのに。エリス 「アタシも、あんたは憎い。全ての運命を狂わせたあんたは許せない。だけど、アタシの力は決して、憎悪なんかじゃない」
フェンリル 「では、貴様は何故わしと戦う?」
エリス 「終わらせるためよ」
フェンリル 「終わらせる?」
エリス 「そう。はじまりの魔竜王の怨念が消えても、あんたが存在する限り、魔竜族の呪いは解けない。だから・・・・・・」
エリスは一度目を閉じる。
瞼の裏に移るのは、ドラゴンズハートの残された記憶の欠片。
父の、歴代魔竜王の闘争の歴史。エリス 「アタシは、最後の魔竜王、エリス・ヴェイン!」
再び開かれた目に、迷いはなかった。
ずっと、父の名を継ぐことを拒んでいたわだかまりも消えた。エリス 「おまえを倒して、呪われた運命の連鎖を断ち切る! それが、アタシの戦う理由よ!」
フェンリルを倒すことは、父の、歴代の、そしてはじまりの魔竜王の望みであった。
だがエリスは、その意志に従ってフェンリルを倒すのではない。
自らの意志で、この宿命を終わらせるために戦うのだ。
それを決意した時、全ての迷いは消えた。フェンリル 「・・・・・・」
決意の言葉を聞いたフェンリルは動かない。
いや、僅かに、その口元に・・・笑みを浮かべた。フェンリル 「くくく・・・くっくっくっく・・・・・くぁーはっはっはっはっはっはっは!!!!
ゴォオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!
エリス 「!!」
今までとは比べ物にならないほど強大な波動がフェンリルから発せられる。
その場に踏みとどまるだけでも全精力を使い果たしてしまいそうなほどだった。
それでも尚、フェンリルの魔力は収まることなく高まり続ける。フェンリル 「これだ・・・これこそわしの求めていたものに他ならない!」
エリス 「・・・!」
フェンリル 「そう、確かに歴代の魔竜王の中にはわしを相当楽しませた者もいた。だがいずれの戦いも、彼奴との戦いに比べて何かが欠けていた。それがようやくわかったわ!」
凄まじい闘気を放ち震えるフェンリル。
それは、歓喜の震えだった。フェンリル 「戦う理由は他者から与えられるものではない。与えられた宿命にただ従っている者との闘争などに真の喜びなどあろうはずもないのだ! 自らの意志で! 想いで! わしを倒そうとする者と対峙してはじめてわしの飢えは満たされるのだ!!」
エリス 「・・・・・・」
フェンリル 「エリス・ヴェイン! 貴様こそわしが待ち望んでいた彼奴の再来! これこそ、わしが待ち焦がれた闘争! さぁ、来るがいい最後の魔竜王! 己が全てを賭けて、極限の闘争の内に至福の時を見出そうぞ!!!」
悠久の時を生きるフェンリルは飢えていた。
己を満たすもののない長い年月の中で。
そんな中で、唯一満たされるのが、闘争の瞬間なのだ。エリスをはじめ、デモンバスターズの面々は、いずれも戦いの中に身を置いている。
それが自分達の生きる道だと思っているから。
そんなエリスから見ても、フェンリルの闘争にかける執念は狂気じみていた。
僅かに抱いた共感も、すぐに四散する。エリス 「・・・あんたの望みなんかどうでもいいわ」
立っているだけでも苦しい重圧の中で、エリスは一歩前に出る。
決意の強さを見せる一歩であった。エリス 「ただ、アタシはおまえを倒すっ、フェンリル!!」
フェンリル 「やってみるがいい! わしも全身全霊をもって応えよう!!」
おそらく、史上初であろう。
フェンリルが、持てる力の全てを解放した。フェンリル 「受けよ、滅びの一撃を」
魔力の高まりが、頂点に達した。
フェンリル 「ラグナロク」
瞬間、全てが闇に閉ざされた。
死。
その言葉すら生温い。それは完全なる滅であった。
冥界の力を使ったさやかやアルドを前にすると、エリスは無条件に怖さを感じる。
生物全てが等しく持っている死に対する恐怖がその感情を生み出すのだ。だがフェンリルのそれは、二人のものをすら凌駕している。
死よりも恐るべき滅。
恐怖より尚深い絶望。
その力の前には、全ての生物は命運を閉ざすであろう。
それほど深い絶望がエリスの全身を苛む。エリス 「滅び・・・る・・・」
否、とエリスは自分の心を叱咤する。
心が負ければ、人は決して絶望を乗り越えることはできない。
気持ちを奮い立たせて、滅びの力に抗う。ぎゅっ
手には剣の感触。
その確かな重みが、エリスの意識を保たせる。かすかな温もりを、剣から感じた。
そこには、友である少女から託された力がある。その温もりが、想い人と交わした約束を思い出させる。
必ず勝つと。そして、胸の奥には・・・。
『どうした? それでも魔竜王の後継者のつもりか?』
エリス 「!」
少し蔑むような、しかし温かさを感じさせる声。
二度目は、聞こえなかった。エリス 「・・・幻聴なんて、アタシも焼きが回ったものね」
そう、エリスは一人ではなかった。
その身には、多くの想いを抱えている。エリス 「フェンリル。あんたは確かに強い。個の存在としてあんたに勝てる奴なんていないかもしれない。だけど・・・あんたはそれだけよ。アタシは一人じゃない。この力 は、アタシ一人のものじゃない!」
剣を振りかぶる。
エリス 「このレヴァンテインと・・・父さんから受け継いだ力と、さやかから託された想い、それに・・・あいつと約束した・・・絶対に勝つって! だからアタシは・・・負けるわけにはいかないっ!!」
レヴァンテインから立ち昇る炎。
太陽の輝きに似た光が、闇を切り裂いていく。エリス 「でやぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!!」
ザシュッッッッッ!!!!!
闇を切り裂く、朱金の光。
その瞬間、全てが弾けた。
・・・・・・ガラッ
瓦礫を押しのけて、エリスは立ち上がる。
両者の力が激突して起きた爆発で気を失っていたようだった。
最も、時間的にはほんの数分だろう。エリス 「・・・どうなった?」
周囲を見渡していると、髪がなびくのを感じた。
どこからか風が流れ込んできている。
視線を向けて、エリスは目を見開く。
外が見えていた。
千年という時をかけて作り上げられた、膨大な魔力と摂理を捻じ曲げる呪法をもって作られ、天使の総攻撃やエリスの攻撃でも砕けなかったバベルの塔の外壁に、大穴が空いていた。エリス 「尋常じゃないわね・・・・・・」
本当に、世界を滅ぼすほどの力のぶつかり合いだったのだと理解した。
地上や魔界であったなら、大陸が一つ吹っ飛んでいたかもしれない。
バベルの塔だったからこそ、この程度で済んだのだ。エリス 「?」
ふと何かを感じて、壁にできた大穴の方を見る。
何か、微妙な違和感があった。
その正体を確かめようとした時、眼前の瓦礫が動いた。エリス 「!!」
ドォンッ!!
瓦礫が吹き飛ぶ。
その下から現れたのは、銀毛の狼・・・。エリス 「フェンリル!」
フェンリル 「くくく・・・ぐぁーっはっはっはっはっはっ!! 楽しい・・・楽しいぞ、エリス・ヴェイン! これこそが戦いだ!!」
先ほどまでに比べれば、魔力は著しく低下して弱々しい。
全身から血を流しており、満身創痍だ。
もはや立っているのがやっとという状態でありながら、フェンリルは健在だった。エリス 「この・・・化け物が!」
だが、立っているのがやっとなのはエリスとて同様だった。
ダメージで言えば、フェンリルよりエリスの方が遥かに小さいが、それでも全ての魔力を使い果たしているのだ。
もはやまともに戦うのは不可能だった。
互いにそんな状態で戦えば、単純に生命力の強い方が勝つ。
それでどちらが有利かは、一目瞭然だった。フェンリル 「さぁ! つづきをやろうぞ!」
このまま戦えば負ける。
それを知るエリスは、必死に頭を使って勝つ手段を探す。エリス 「(考えろエリス! 自分より強い奴と戦う時は、いつもそうしてきたはずでしょ!?)」
あらゆる手段を瞬時に頭の中でシミュレートしては否定する。
どれもフェンリルと倒すには決定打が足りない。
何より、残りの魔力では何をやっても無駄だった。エリス 「(何か・・・・・・!?)」
その時、先ほどの違和感を正体をエリスは知った。
フェンリルの背後、壁に空いた大穴の先で、空間が揺らいでいた。
瞬間、この場を切り抜ける唯一の手段がエリスの頭に閃いた。エリス 「(そうだ、あれだけの力の衝突で、空間が揺らがないはずがない!)」
四神結界がなければ、先ほどの衝撃でこの空間そのものが崩壊していたかもしれない。
それほどの衝撃だったのだ。
おそらく、あと少し力を加えれば次元決壊を起こすであろう。エリス 「(・・・あと二発だけ、アタシの魔力、もってよ!)」
残りの魔力を二等分して、半分をレヴァンテインに注ぎ込む。
エリス 「はぁぁぁっ・・・!!」
ブゥンッ!
いつもよりも何倍も重く感じる剣を、体全体を使って振りぬく。
そこから放たれた一撃は、フェンリルの身を僅かにそれていった。フェンリル 「ふんっ、狙いが甘いぞ!」
エリス 「・・・それはどうかしらね?」
フェンリル 「何?」
バリーンッ!
何かが砕けるような音が響き渡る。
ただならぬ気配に、さしものフェンリルも反応して背後を見やる。フェンリル 「ぬぉっ!」
その瞬間、フェンリルの巨体がぐんと後ろに引きずられた。
咄嗟に床を踏みしめて耐える。
壁に空いた穴の先には黒い穴が穿たれており、それが周囲のものを凄まじい勢いで吸い込んでいた。フェンリル 「ワームホールだと!? 貴様・・・!」
エリス 「きついわよ・・・あれは」
以前エリスは、偶然発生したワームホールに落ちて魔界から地上へ出たことがあった。
どこに落ちるかわからない上、ワームホールの中は乱気流の中のように魔力が荒れ狂っている。エリス 「本当はこの手で叩きのめしてやりたかったけど・・・」
これが今のエリスには精一杯だった。
フェンリル 「ぐぬぬぬ・・・・・・!」
エリス 「しぶといわねっ。とっとと・・・」
ワームホールとフェンリルを結んだ直線状にエリスは移動する。
そこから、ホールに吸い込まれる勢いを利用して跳ぶ。エリス 「落ちなさいっ!」
ズバッ!
最後の魔力を込めた剣を振りぬく。
吸い込まれないように耐えているフェンリルに、防ぐ術はなかった。フェンリル 「ぐぉ・・・っ!」
エリスの一撃を受け、フェンリルの巨体が浮かび上がる。
ダメージそのものは低かったが、それだけで充分だった。
床から足が離れたことで、フェンリルは吸い込まれる力に対抗できなくなる。フェンリル 「ぬぅぅぅ・・・エリス・ヴェイン! この戦いしばし預けてくれる。だが、わしはいずれ再び・・・・・・!!」
最後の言葉ごと、フェンリルはワームホールの中へ消えていった。
そしてエリスの体も、そのあとを追うように穴へと吸い寄せられる。
巨大な魔力を飲み込んだことで穴は閉まりかけていたが、それまで耐え切るだけの体力はエリスに残されていなかった。エリス 「だめ・・・か・・・」
覚悟を決めて、エリスは目を閉じる。
ぱしっ
エリス 「え?」
だが、直前で誰かに手を掴まれる。
その手を掴み返し、最後の力を振り絞って踏みとどまる。数秒後、ワームホールは消滅した。
つづく