デモンバスターズFINAL
第39話 宿命の対決・エリスvsフェンリル
エリス 「一つだけ、聞いておきたい」
フェンリル 「ほう?」
すぐにでも戦闘態勢に入ろうとするフェンリルに対して、エリスが問いかける。
少し意外そうな顔をしながら、それでも魔狼は話を聞く姿勢になる。フェンリル 「何が知りたい? 新たなる魔竜王よ」
エリス 「ドラゴンズハートに残された記憶・・・はじまりの魔竜王のこと」
フェンリル 「ほう」
感心したように目を見開くフェンリル。
その態度を見てエリスは、自分の予測が正しいことを知った。エリス 「やっぱり・・・あんたなのね。これを、魔竜族に渡したのは」
フェンリル 「・・・もう七千万年も昔の話だ」
七千万年前。
魔族の寿命がいかに長いと言っても、せいぜい数万から数十万年。
それを考えても、遥か昔の話である。
既にその時から最強の魔獣として君臨していたフェンリルに、一頭の竜が挑んだ。圧倒的な力を持つフェンリルの前に、竜はなすすべもなく敗れ去った。
しかしフェンリルは、その竜の眼に興味を覚えたという。『良い眼をしている。激しい憎悪、そして執念。それほどわしを倒したいか?』
『・・・我は汝の存在を許さぬ。例え我が勝てずとも、我が子孫が必ずや汝を・・・』
『おもしろい。ならば貴様に力をくれてやろう。代を重ねるごとに力を増していく暗黒の力をな』
フェンリルは、父ロキより、ケイオスハートと呼ばれる魔導具を手に入れ、それを竜の心臓に埋め込んだ。
『血を吸い続けろ。さすればその心臓は無限に魔力を吸収し続ける。だが、貴様が死した時、その心臓はそれを喰らった者に受け継がれる。貴様が手に入れた力と共にな』
無限の魔力を蓄える心臓、ドラゴンズハートの存在は、多くの竜族の知るところとなった。
当時の地上、魔界において最も大きな勢力を誇っていたのは、竜族だったのだ。
たった一つの心臓を巡って、血で血を洗う闘争が始まった。そしていつしか、ドラゴンズハートを持つ竜は、魔竜王と呼ばれるようになった・・・・・・。
フェンリル 「それから七千万年・・・幾度かわしに挑んできた魔竜王もいたが」
ついにフェンリルを倒すには至らなかった。
だが、長い年月をかけて受け継がれた力を持った魔竜王は、フェンリルの飢えをそれなりに満たしてくれた。
全ては、フェンリルが自らの闘争の欲を満たすために竜族を利用したことから始まったのだ。
それが、共食いの一族、魔竜族のはじまりでもあった。フェンリル 「彼奴に関する話はこれだけだ。満足したか?」
エリス 「・・・ええ」
フェンリル 「ならば今度こそ、始めるとしようか」
エリス 「そうね。おまえの望み通り・・・」
キッとエリスの黄金の眼がフェンリルを睨みつける。
エリス 「おまえを殺してやるわっ!」
ドラゴンズハートから無意識に流れ出る魔力だけで、エリスは魔門で見せたような圧倒的なパワーを発することができた。
ならば、意図的にハートの力を全開にしたらどうなるのか。ヴッ!
いつも意識的に押さえ込んでいる魔竜の力を解放するように、エリスは自身のリミッターを外す。
瞬間、ハートから凄まじい量の魔力が流れ出る。フェンリル 「そうだ、わしを殺してみるがいい! 憎悪するがいい!!」
それと同等か、それ以上の魔力がフェンリルの全身からほとばしる。
抑えていたものを解放しただけで、バベルの塔全体が震えているようだった。
否、この空間そのものが、天地が激震していた。魔界を二分する二巨頭が、吼えた。
ウォオオオオオオオオオオオオオオオオオンッ!!!!!!!!!!
楓 「!!」
京四郎 「!」
アシュタロス 「・・・ほう」
塔の外周部で戦っていた三人が空を見上げる。
別の場所では、他の面々も同じようにそれを見ているだろう。
それほどはっきり、その姿は空に浮かび上がっていた。楓 「これは・・・カノンの時と同じ・・・」
空に浮かび上がった竜の幻影。
以前、エリスが魔竜の力を解放した時と同じ現象だった。
今度のそれは、その時よりも遥かに鮮明に、そして遥かに大きい。
それはまさしく、竜族の王たるものの姿に他ならなかった。京四郎 「それだけではありませんね」
その竜と対峙するように、もう一つの姿も幻影となって空に浮かび上がっていた。
巨大な、銀毛の狼の姿が。
見ているだけで全身が総毛立つような光景だった。アシュタロス 「美しい。ついに魔竜王とフェンリルが激突する。魔界でも数千年に一度見れるか見られないかという光景だよ」
そして今回は、かつてない戦いになるであろう。
そうアシュタロスは思った。アシュタロス 「どうやら、戯れはここまでだな」
楓 「! 逃げるつもり?」
アシュタロス 「これ以上は無意味ということだ。エリス姫がフェンリルのもとにいるのなら、おそらく御前も既にルシファーのもとに辿り着いているであろう。私はあとは傍観させてもらおう」
そう言って、アシュタロスはあっさりと姿を消す。
楓と京四郎の二人を相手にしながら、最後まで本気を出すことなく。楓 「・・・・・・京四郎さん。彼が本気を出したとしたら・・・勝てましたか?」
京四郎 「僕達二人のうち、どちらかが犠牲になる覚悟なら、或いは」
主がいなくなったことで、塔外周にいる魔物は退却をはじめているようだった。
外での戦いは、これで終わりということだろう。
あとは・・・・・・。楓 「みんな・・・」
楓は中に入っていた仲間達のことを思う。
あとは、彼らの勝利を祈るだけだった。
エリス 「・・・・・・!」
竜体への変化が完全に終わらないうちに、エリスはフェンリルに向かって仕掛けた。
足下が爆発したような速度で、フェンリルの懐に飛び込み、一撃を加える。ドンッ!
フェンリル 「ぐぉっ・・・ふっ!」
ズンッ!
胸部に一撃を受けて仰け反ったフェンリルは、吹き飛びかけながら後ろ足で踏みとどまり、前足でエリスの体を踏み潰す。
頭上にある前足を力ずつで押し上げ、さらにエリスはそれを掴んでフェンリルの巨体を投げ飛ばす。
飛ばされる瞬間、フェンリルの尾が翻ってエリスを反対方向へ弾く。ズズンッ!
両者はそれぞれ反対側の壁を破壊して止まる。
降り注ぐ瓦礫を一瞬で吹き飛ばし、双方ともに即座に起き上がる。エリス 「ハッ!」
フェンリル 「カァッ!」
ドラゴンブレスと魔力波が中央でぶつかり合って弾ける。
それだけで、壁も天井も全て破壊された。
部屋全体が崩れ落ちる中、互いに一直線に相手へ向かう。ドカッ バキィッ!!
スピードの速いエリスが一瞬先に攻撃するが、間髪入れずにフェンリルが反撃する。
どちらも意識は攻撃のみに向いており、防御のことなどはお構い無しだった。
どうせ圧倒的な攻撃力の前では、防御など無意味なのだ。
守勢に回った瞬間、あっという間にやられる。
だから、魔力と体力の続く限り、攻め続けるだけだった。それはまさに、獣同士による、本能に任せた闘争だった。
戦術もなにもない、単純な力のぶつかり合い。
豹雨とベリアルの戦いも凄まじかったが、あちらにはまだ技の入る余地があった。
エリスとフェンリルの戦いは、既にそのレベルすら超え、極限の力と力の衝突となっている。エリス 「ガァァァァッ!!!」
フェンリル 「グォォォォッ!!!」
相手を食い尽くすことだけを思って戦う二頭の獣の姿は、醜くも美しかった。
他には何もない、ただただ純粋な闘争だった。両者の力がぶつかり合う度に、周囲が破壊されていく。
外周部ほどではないまでも、生半可な攻撃では揺るがぬはずのバベルの塔の内部が、いとも容易く破壊されていくのだ。ガッ!
エリス 「っ!!」
フェンリルの前足が、エリスの体を壁に押し付ける。
ガガガガガガガガガッ!!!
そのまま壁を削りながら押していく。
数十メートルも引きずられたところでようやくその動きが止まった。フェンリル 「ぬ!」
エリス 「調子に・・・乗るなぁっ!」
ドォンッ!
零距離から放ったドラゴンブレスがフェンリルの体を浮かび上がらせ、天井を突き破って上層階まで吹き飛ばした。
それを追って、空いた穴からエリスの上へ向かう。エリス 「!」
バキッ
だが、待ち受けていたフェンリルの攻撃を受けて壁に叩きつけられる。
エリス 「ぐっ!」
壁にはまった体を力ずくで外したエリスは、床に膝をつく。
フェンリルの方は追い討ちはかけず、体を震わせて全身の毛についた瓦礫を払っていた。フェンリル 「・・・足りんな」
エリス 「・・・?」
フェンリル 「足りぬぞ魔竜王。そんなものではまだまだこのフェンリルには届かぬわ」
激しい戦いの中、フェンリルはほとんどダメージを受けていなかった。
それに対してエリスは激しく消耗している。
真魔の刻の影響を遥かに上回る力を出し続けなければ、フェンリルには追いつけないのだ。
だがそれでも尚、フェンリルの力が圧倒的だった。エリス 「・・・化け物」
フェンリル 「その化け物を倒すことが貴様の目的であろう」
エリス 「おまえが・・・全部おまえが元凶でしょう!」
エリスの睨みを、フェンリルは涼しい顔で受け流す。
エリス 「こんなものを・・・」
自分の胸を押さえながら言う。
エリス 「こんなものをおまえが竜族に与えたから、魔竜族の呪われた宿命が始まった! おまえを倒せるたった一頭を選び出すために・・・・・・そんなふざけた呪いをかけて、おまえはそれを高いところから見て!」
フェンリル 「そうだ。全てわしが元凶よ。そもそもはじまりの魔竜王たる彼奴は、最強の一族であるはずの竜族の上に立つわしの存在が許せずに戦いの挑んだ」
エリス 「おまえの存在そのものが、アタシ達竜族にとっての呪いだった」
フェンリル 「その通りだ! 運命を惑わす者、邪神ロキの子フェンリル! わしの存在そのものが貴様ら竜族を運命を狂わすのだ!!」
エリス 「フェンリル・・・!!」
フェンリル 「だから憎めっ、もっとわしを憎悪しろ。そして力を求めろっ、貪欲に! このフェンリルを倒してみせろっ、魔竜王!!!」
エリス 「殺すっ! フェンリルッ、おまえを・・・殺す!」
ドクンッ
ドラゴンズハート。
竜の心臓に埋め込まれた魔導具、ケイオスハートが激しい憎悪に反応して力を増す。
無限の魔力を溜め込む心臓が、歴代の魔竜王によって蓄積された全ての魔力を解き放とうとしていた。ゴォオオオオオオオオオ!!!!!
吹き荒れる魔力の嵐。
エリスの体を中心に巻き起こったそれは、フェンリルの魔力すらも飲み込もうとする。フェンリル 「来い! その力もて、わしを殺してみるがいい!!」
弓をいっぱいに引き絞るように、魔竜王の魔力が極限まで高まる。
それを正面から受けようと、フェンリルが四つの足で床を踏みしめる。エリス 「―――!!!!!」
力が、解放された。
フェンリル 「・・・・・・?」
奇妙な感覚だった。
凄まじい憎悪と魔力の流れを確かに感じた。
だがそれは、全てからっぽだった。フェンリルの全身を駆け抜けていった力は、物理的衝撃を何ももたらさない。
まるで、亡霊でも通り抜けたかのようだった。フェンリル 「・・・なんだ、これは?」
エリス 「気は済んだ?」
フェンリル 「?」
前方を見据えると、エリスは竜体を解いていた。
そして、先ほどまでの憎悪の念が嘘のように消えている。フェンリル 「・・・何をした?」
エリス 「ドラゴンズハートの力を解放した、それだけよ」
フェンリル 「馬鹿な。確かに凄まじい波動を感じたが、それだけだぞ?」
エリス 「そう、それだけよ。ドラゴンズハートにあったものは、それだけ」
フェンリル 「どういうことだ?」
これほど強大な魔力を発揮しながら、何事も起こらないというどういうことなのか。
力の波動を受けた時フェンリルが感じたのは、ただの怨嗟の声のようなものだった。
そこまで思って、フェンリルはハッとする。エリス 「そう。ドラゴンズハートが溜め込んでいたのは、ただの怨念。自分達の運命を呪い、狂わせたもの対する憎悪の念・・・それを吸収し続けてきた、はじまりの魔竜王の亡霊。それがドラゴンズハートの正体よ」
フェンリル 「彼奴の亡霊だと・・・? 馬鹿な、ではケイオスハートとは一体・・・?」
エリス 「それはアタシにもわからない。もしかしたらあんたも、ロキに一杯食わされたのかもしれないわね」
確かにドラゴンズハートは大きな魔力も秘めていた。
それを手にした竜が力を得ることも事実だ。
だがそれ以上にハートの大半を占めていたのは、はじまりの魔竜王と、血を流した竜族の怨念だった。エリス 「思い切り吐き出してやったから、もう亡霊は消えたわ。ただ消滅したのか、あんたを倒したと思って満足して成仏したのかは、知らないけどね」
フェンリル 「・・・・・・ふっ、そうか。七千万年もかけた、ただの茶番だったというわけか」
自嘲気味にフェンリルが呟く。
フェンリル 「まぁいい。父の真意が何だったかなどわしには関係ない。少なくともドラゴンズハートは、わしの暇を潰すにはちょうどいい玩具であった。そして今もまだ、わしの眼前には敵がいる」
エリス 「ええ、そうね。アタシもこれで終わるつもりはさらさらないわ」
改めてエリスの魔力が高まりを見せる。
だが、先ほどまでとはその質が違う。エリス 「さっきまでのは、はじまりの魔竜王の亡霊の戦い。ここからが本当の、アタシの戦いよ」
フェンリル 「ほう」
つづく