デモンバスターズFINAL
第37話 まつろわぬ者
さやか 「君の攻撃には必殺の気迫が足りない」
ベルゼブル 「!」
さやか 「ねぇ。君はそんなに強いのに、何を恐れているの?」
ベルゼブル 「・・・・・・」
一瞬驚きの表情を見せてから、ベルゼブルは顔を伏せる。
指摘されたことが意外なようでもあり、しかし否定しないのは肯定と変わりなかった。さやか 「君が裏で策謀を巡らせるタイプなのはわかるけど、それでも・・・んー、なんて言うのかな?」
言ってみたさやか自身、その言葉の意味を図りかねていた。
咄嗟に思い浮かんだ言葉は事実であろうが、その訳がわからなかった。さやか 「そう。自分より強い、或いは同等のレベルの相手と本気で戦ったことがないみたい」
修練でそれほど技を磨こうと、それだけで強くなることはできない。
本当の強さというものは、極限の戦いの中にあってはじめて発揮されるものなのだ。
いくつもの修羅場を潜り抜けた者だけが、真の強さを手に入れる。
あのデモンバスターズのように。しかし、ベルゼブルのそれはどこか中途半端だった。
これほどの強さを持つ以上、相当の修羅場を潜ってきたことは間違いない。
にもかかわらず、さやかにはベルゼブルが本気で戦ったことがあるようには見えないのだ。さやか 「どうして・・・?」
ベルゼブル 「・・・・・・知りたいかね?」
さやか 「・・・・・・」
ベルゼブル 「それは私が・・・本当の意味において魔神ではないからだよ」
さやか 「本当の意味・・・?」
本当の意味とはどういうことか。
そもそも、さやかは魔神という存在の正しい定義など知らなかった。
ただ、魔王よりもさらに高位に位置する魔族くらいの認識だった。ベルゼブル 「君は魔神というのが、ただ魔王よりも強いだけの魔族と思っていたかな?」
ずばり言い当てられる。
さやか 「違うの?」
ベルゼブル 「いや、今となってはそう思っている者が大半だ。だが、本来は違う」
一度言葉を切り、それから搾り出すようにベルゼブルは言葉を紡ぐ。
ベルゼブル 「魔神とは、真魔の血脈の直系を示す称号なのだよ」
さやか 「真魔・・・」
これも何度か聞いた単語だった。
だがやはり、その本当の意味をさやかは知らない。さやか 「真魔って、一体何なの?」
ベルゼブル 「それを語るためには、この世界の生態系の祖を辿る必要がある・・・」
ルシファー 「祐は、この世界の生態系の起源を知っているかい?」
祐一 「は?」
互いに決め手がなく、均衡状態を保っていると、不意にルシファーがそんなことを言い出してきた。
祐一 「それがどうしたんだよ?」
ルシファー 「なら、僕達天使という存在が、どういうものかわかるかい?」
祐一 「・・・・・・何が言いたい?」
天使という存在についてなら、ある程度は知っていた。
神に最も近い、神になれない存在。
そのことを、昔からルシファーは嘆いていた。ルシファー 「天使というのはね、作られた存在なんだよ」
祐一 「作られただと・・・一体誰に?」
ルシファー 「古代神」
祐一 「なに?」
ベルゼブル 「遥かな昔、神と魔は同じものだったという。いや、人間をはじめ地上に生きる生物も全て、元を辿れば一つなのだ」
さやか 「まさにアダムとイブだね。それで?」
ベルゼブル 「驚かないね?」
さやか 「正直、話が大きすぎて頭がまわらない」
どこぞの宗教であるまいし、いきなり生物の起源について語られてもさやかはどう対処していいかわからない。
だがベルゼブルにとっては重要なことらしく、さやかの態度に構わず話を続ける。ベルゼブル 「やがて世界が三つに分かれ、同じようにそこに生きるものも三分割された。天界に住む神族、魔界に住む魔族、そして地上に住む者達。そして、当時の神族魔族をそれぞれ、古代神、真魔と呼ぶ」
さやか 「・・・それは、今の神族や魔族とは違うの?」
ベルゼブル 「本質的には同じだ。今いる神族と魔族は、いずれも古代神と真魔の末裔だからね。しかし、遥かなる時の中で、血は薄れていった。純粋な古代神はもはや存在せず、魔界においても真魔の直系はごく一部だ」
さやか 「君は、違うんだね」
ベルゼブル 「そう。私はただの魔族だ。それこそまさに、魔界においては一匹の蠅に過ぎない存在だったのだよ。蠅の王と言えば今でこそ魔界で名を轟かせる私の称号だが、本来はちっぽけな虫けらの王でしかない者に対する侮蔑の意味を込めてつけられた名だった」
魔界最強の名乗る四魔聖の一角、蠅の王。
それは大いなる畏怖の対象であり、最強の魔神の称号の一つであった。
しかし、蠅は本来小さな虫けらでしかない。ベルゼブル 「我々ただの魔族にとって、真魔の血脈がどんな存在かわかるかね?」
さやか 「・・・・・・」
ベルゼブル 「君達人間には理解できないことだろうがね・・・・・・ただ、怖いのだよ。無条件に恐怖を抱く。私の力は既に並みの真魔をも凌駕しているはずなのに、それでも怖い。だから、戦わないようにしてきた。君が感じたのはそういうものだろう」
さやか 「衝撃の事実・・・なのかな、それは?」
ベルゼブル 「今さら並みの魔族にとっては真魔の血脈であろうとなかろうと関係はない。私の力は魔界でも十指に入ることは間違いない。そして、真魔の者達から見れば、違いはすぐにわかる」
さやか 「じゃあ、君の仲間達は知ってることなんだ」
ベルゼブル 「そうだ。・・・・・・特に・・・アシュタロスとベリアルはな。共に四魔聖と呼ばれ、常に対等のつもりだった。だが奴らは、堕ちた天使であるルシファーと、ただの魔族に過ぎない私をいつでも見下しているのだ。魔神のなれそこないとしてな!」
ぎゅっと拳を握るベルゼブル。
この話のはじめからずっと、ベルゼブルの声には隠された屈辱があった。魔界において、ちっぽけな虫けらとして生まれた彼は、ずっと必死だったのだろう。
生き抜き、そして今こうして魔族として最高位の立場に至るまで、力を磨き続けてきた。
そんなベルゼブルの前に立ちはだかる、超えることの敵わない壁。
それがアシュタロスやベリアルを筆頭とする、真魔と呼ばれる存在だった。ベルゼブル 「どれほどの力を手に入れようと決して届かないっ。真魔などっ、とうの昔に、時の流れの中に消え去って久しい存在だと言うのに・・・そんなものがいつまでも我々の頭上にい続けるのだ!」
力こそ全て。
それが魔界の掟である。
だからベルゼブルはひたすらに力を求めた。
その果てに知ったのは、この世にはどんなに足掻いても届かぬものがあるという真実だった。
真実を前に、彼は打ちのめされた。
ルシファー 「天使は作られた存在なんだ。遥か昔の神々によってね」
祐一 「それは・・・」
多少の知識としてなら、“俺”も知っていた。
天使とは神の一族ではなく、それに仕える存在として生み出された者であったと。
だが、彼らを生み出した神々は既に消え去り、天使だけが残った。・・・何故、天使は今でも生き残っているんだ?
祐一 「・・・・・・」
ルシファー 「疑問を抱いただろう、祐。何故今もって天使が存在し続けているのか、と」
祐一 「・・・ああ」
今天界にいる神族は、かつての神々の末裔であるだけで、天使にとって主だったものとは違う。
存在する目的を失ったはずの天使が、どうして今も?ルシファー 「それは、天使が完全なる生命体だからだよ」
完全なる、生命体だって?
ルシファー 「人間も、魔族も、神でさえも、生命体としては不完全なんだ。わかるだろう? だって、完全な存在は進化も退化もすることはないのだから」
人間はもちろん、魔族だろうと神族だろうと子孫を残す。
そしてそれがまた子孫を残し、そうして時代の変化に対応しながら進化していく。
古代神や真魔の血が今も受け継がれていながら、その存在そのものが既に時の流れの中に消えていったのもそのためだ。
だが、天使が完全な生命体なのだとしたら、それは・・・。祐一 「天使は・・・永久不変ってことか!?」
ルシファー 「その通りさ」
一瞬、今まで見た中でルシファーの顔の翳りがもっとも大きくなった。
永久不変・・・即ち不死。
人間はもちろん、魔族すら長く追い求め、ついに手にすることのできなかったもの。
しかし、神々だけはそれを実現していた。
自分達の写し身である天使を生み出すことによって。ルシファー 「人間や魔族は、今でも不死を求めているんだろうね。本当の不死が、どれほどの苦痛かも知らずに」
祐一 「おまえは・・・それで苦しんでいるって言うのか?」
ルシファー 「そうさ。僕達は今もこの世界に存在している。存在している意味もないのに、かつて課せられた天と神々を守護するという使命を、いつまでも馬鹿みたいに行っているんだ。己の意思で、それをやめることも・・・・・・自ら死を選ぶ自由すら、天使にはないんだよ・・・」
祐一 「・・・・・・」
なんて悲しそうな顔で語りやがるんだ、こいつは。
使命を放棄した天使がどうなるのかは知らないが、堕天使となった今でも尚苦しんでいるルシファーは、まだ天の束縛から逃れられないのだろう。祐一 「・・・だからか?」
ルシファー 「そう・・・だから・・・・・・」
さやか 「それが・・・君の理由?」
ベルゼブル 「その通りだ。このままでは、私は生涯頂点にいる者達に怯えて生きなければならない。だから・・・」
ルシファー 「僕はこの世界を変える!」
ベルゼブル 「私はこの世界を変える!」
ルシファー 「天使が、自らの意思で己が運命を選択できるようになるために」
ベルゼブル 「全ての魔族が決して真魔に及ばないという真実を覆すために」
祐一 「・・・くだらないわがままだな、おまえの」
ルシファー 「何だって?」
祐一 「もっとご大層な大義名分でも掲げてるかと思いきや・・・おまえのやろうとしてることは、ゲームに勝てないからってゲーム盤をひっくり返すガキと同じことだ」
ルシファー 「・・・・・・そうか・・・君も、僕をわかってはくれないんだね」
祐一 「わかるかよ」
だだをこねてるだけの子供の言い分なんてわかりはしない。
祐一 「おまえだけじゃねぇ。自分の力じゃどうしようもない運命を背負って苦しんでる奴なんてこの世にいくらでもいる。それをおまえはちょっと他の連中より力があるからっててめぇの都合で世界をリセットしようなんてしやがって」
俺は世界を守るなんて大層なことは言わない。
だけど、俺が個人的に守りたい連中だって何人もいるし、何よりゲームがつまらないからってルールそのものを変えようってやり方は気に食わねぇ。ルシファー 「僕はっ、天使全てのために!」
祐一 「勝手に決めるなよ。他の天使がそうしてくださいって言ったわけでもないだろう。第一それを言うなら、あの天使の屍の山はなんだよ」
ルシファー 「!!」
祐一 「おまえがエゴを通すのは構わねぇさ。だが、おまえはやりすぎだ。止める気がないって言うなら、俺はおまえを叩き斬って止める!」
ベルゼブル 「私とルシファーは最終的な目的こそ違えど、世界を変えるための方法論において意見の一致を見た。そして、私はこの塔を完成させるために奴の力と知識を必要とし、奴は神に弓引くため、運命破壊者としての私の力を欲した。それが、この計画の発端だ」
さやか 「・・・そう」
ベルゼブル 「最悪我々二人だけで実行に移すつもりだったが、意外にもアシュタロス、ベリアル、オシリス、シヴァといった面々も賛同してきた。半分は興味本位だったように見えたがね。この計画は魔界でも反対者が多くてね、それらを全て倒して、今こうしている」
さやか 「・・・それで、君が世界を変えるのは、同じ苦しみを抱えてる魔族みんなのため? それとも、ただ自分のため?」
ベルゼブル 「己一個のため以外になどありえんよ。他の魔族など、蹴落とすためにのみ存在する」
さやか 「じゃ、全部君のエゴだね」
さやかの身を包む黒い炎が、再び勢いを増して燃え上がる。
それは、静かな怒りの炎だった。この男が苦しんできたのはわかる。
そんな中で、必死に足掻いて、それでもどうにもならなかったから、世界を変えるという選択をするしかなかったということも。さやか 「・・・祐一君なら」
そんなものはただのわがままと断ずるのだろう。
さやかにはそこまではっきりと、ベルゼブルの思いを否定することはできない。
それでも、彼のやろうとしていることを許すことはできなかった。さやか 「君の気持ちもわからなくはない。だけど、君一人のために、この世界全部を代償にするのは許さない。もう一度言うよ、私は君を倒す!」
つづく