デモンバスターズFINAL

 

 

第36話 解き放たれた力

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ベルゼブル 「やはり、長年生きてきた己の勘は信じるべきだな」

さやか 「そう?」

ベルゼブル 「私の目的にとって君が最大の障害となるだろうという予感は、見事に的中したわけだ」

さやか 「そうだね。祐一君も、エリスちゃんも、豹雨さんも、楓さんも、京四郎さんも・・・みんなそれぞれに戦ってる。だから君の野望を阻止できるのは、私しかいない。私の予感も当たったよ。君は、私が倒さなくちゃいけない敵だった」

思えば奇縁であった。
ほんの一瞬相見えただけの間柄でありながら、直感的に互いに惹かれあった。
それは言うなれば、一目惚れのようなものだったのかもしれない。

この世に存在するものは、全て対となるものがあるという考え方がある。
運命的に対極として位置づけられた相手。
それらは互いに惹かれあい、時に交わって子孫を残し、時に反発しあう。

ベルゼブルは、きっとさやかの対であった。
さやかもまた、ベルゼブルの対であった。

二人が同じ種族のもとに生まれていたのなら、結ばれるべき運命にあったかもしれない。
だが、さやかは人間で、ベルゼブルは魔族だった。
ゆえに、二人の前には、敵となる道があったのだ。

ベルゼブル 「・・・さやか嬢、もう一度考え直すつもりはないかい?」

さやか 「考え直す?」

ベルゼブル 「私とともに来るがいい。新たな世界を、私とともに築こうではないか?」

さやか 「私達二人で、新しい世界のアダムとイブにでもなろうって言うの?」

ベルゼブル 「そこまでは考えていない。世界が滅んだところでそこに住む者の極一部は生き残る。新たな生態系はそこから始まればそれでいい。私はただ、その者達を育む世界そのものを創造主になれればいいのだ」

さやか 「ある意味、アダムになろうとするよりも大それたことだよ、それは」

ベルゼブル 「君ならば新たな世界の住人を導く女神となれよう。それだけの器だ」

さやか 「買いかぶりだって」

この会話に意味はない。
二人とももうわかっているのだ。
どちらかが倒れるまで戦うしか道のないことを。
思い描く未来の図が、まるで違うから。

ベルゼブル 「・・・嫌かね?」

さやか 「君個人はそんなに嫌いじゃない。だけど、君の野望は今あるこの世界を滅ぼす」

さやかは静かに瞑目し、自分が今まで見てきた世界の姿を思い描く。
いつもと変わらぬ態度に見えるが、その胸にはかつてないほど大きな決意があった。

さやか 「私は、今あるこの世界が好き。人も、草も、花も、木も、森も、海も、空も、鳥も、魚も、動物達も全部、大地そのものも、みーーーーーんな大好き」

目を閉じたまま、ゆっくりと語る。

さやか 「ベルゼブル君がどうしてこの世界を滅ぼしたいのかは知らない。でも、私はこの世界に無くなってほしくない。それを壊そうとするのは許さない」

力が満ちる。
黒き闇の力、冥界から流れ出る力の流れがさやかの身をつつむ。
その流れを引き寄せるように、黒い刀身の剣を振りかざす。
そして切っ先を眼前の敵に向かって突きつけた。

さやか 「祐一君や、エリスちゃんや、豹雨さんは、どこまで行っても自分自身のために戦ってる。世界を守るために戦うなんていうのは似合わない人達だよ。けど、私はこの世界のために戦う。そして、君を倒す!」

生まれてはじめて、さやかは本気で倒したいと思う敵と対峙していた。
世界を守るために戦うという少女の真っ直ぐな視線を、ベルゼブルは正面から受け止める。

ベルゼブル 「残念だ。君とは同じ道を歩みたかったよ」

さやか 「私も、そう思う。だけど、私達の求める理想は、正反対みたいだよ」

ベルゼブル 「ならば私は・・・全力を持って我が野望の障害を排除するとしよう」

互いに戦う意志を固める。
世界の命運を賭けた戦いが、今始まろうとしていた。

 

 

 

さやか 「・・・・・・」

持てる力ぎりぎりまで、冥界門を開く。
恐ろしいほど強大な力が流れ出てくる。
生身の人間のままだったなら、これほどの力は絶対に使いこなせなかっただろう。
死して特別な存在に生まれ変わることで、さやかははじめて自身の才能を全て開花させたのだ。

ゴォオオオオオオ・・・・・・!!!!!

黒い嵐のような魔力であった。
その中心にいるのがさやかだ。
広い部屋を、全て覆い尽くすような力である。

ベルゼブル 「これは・・・」

その力を前に、ベルゼブルともあろうものが思わず唖然とする。
それほどまでに、解き放たれたさやかの力は大きかった。

さやか 「行くよ、ベルゼブル君!」

言うが早いか、さやかが剣を水平に振るう。
黒い炎が三本、床を這って相手に襲い掛かる。

ベルゼブル 「ふんっ!」

気合一発、ベルゼブルはそれを散らす。
そして逆に、一瞬にして練り上げた魔力の塊を五つまとめてさやかに向かって放つ。

ボボンッ!

それらが全て、さやかを取り囲む黒い嵐に阻まれて消えうせる。

さやか 「こっちもお返し!」

嵐の一部が切り離され、カマイタチのようになってベルゼブルを強襲する。
その切れ味を侮れないと見たか、今度は消さずに避けることを選択した。
回避したそのままの動きで、ベルゼブルはさやかに向かって跳躍する。

ベルゼブル 「ぬんっ!」

さやか 「ハッ!」

両者の魔力がぶつかり合って衝撃波が巻き起こる。
それだけで、大気が震えるほどの震動があった。

力は、超ハイレベルにおいて拮抗していた。
魔界最強を名乗る四魔聖の一角を担うベルゼブルと、さやかは互角に勝負してみせている。

ベルゼブル 「・・・正直驚いた。魔王クラスの力があるだろうとは思っていたが・・・」

十二分に評価していた。
そうベルゼブルは思っていた。
さやかを人間と侮ることなど、一度としてなかったはずである。
にもかかわらず、さやかの力はベルゼブルの予測を遥かに上回っていた。

ベルゼブル 「これほどとなな」

さやか 「本当は、私自身も驚いてるよ。でもたぶん、理由はこの場所にある」

ベルゼブル 「場所?」

さやか 「この空間。天界にも地上にも魔界にも近い、狭間の空間。当然そこは、冥界にも近い。だから他のどこよりも大きく、深く冥界門が繋がるんだよ。今の私でも、地上でこれほどの力は出せないよ」

ベルゼブル 「なるほど。ここは本来我らの本拠地。だが、決して我らに地の利があるわけではないということか」

思えば戦っている者の大半は真魔の血脈である。
特に祐一とエリスは、その血を誰よりも色濃く受け継いだ血筋にあった。
そしてさやかもまた、真魔ではないけれどこの空間を有利に使える力を持っている。

ベルゼブル 「これほど接近したレベルの相手と戦うのは実にひさしぶりだ。しかし、君は私には勝てんよ、さやか嬢」

さやか 「?」

ベルゼブル 「理由は二つある。それを今から証明してみせよう」

ヴゥンッ!

音を立てて、ベルゼブルの姿がさやかの視界から消える。
気付いた時にはもう、間合いの内側に入り込まれていた。

さやか 「っ!」

まるで反応しきれないスピードから攻撃が繰り出される。

ガッ!

さやか 「くぅ・・・っ!」

辛うじてグラムで防御したものの、またしてもベルゼブルの姿を見失う。
視認してから術を使っていては間に合わないと判断したさやかは、直感だけで力を使う。

さやか 「デッド・ハウリング!」

アルド戦で使った、死の旋律を奏でる攻防一体の術である。
だがそれすらも、ベルゼブルを捉えきれない。

ベルゼブル 「音による防壁か。無駄だよ。このベルゼブルの速度は、音速を超える」

ドンッ!

ベルゼブルの攻撃がさやかの身を捉える。
全ての魔力を防御にまわしたが、それでもさやかは壁に叩きつけられるまで吹き飛んだ。

さやか 「かはっ!」

この一撃も、生身のままであったら体が砕け散っているところだろう。
物質化した霊体であるがゆえに、魔力がある限り体のダメージは回復できる。
しかし・・・。

さやか 「ぐっ・・・」

思った以上にダメージが大きく、さやかはその場に蹲る。

ベルゼブル 「魔神クラスの戦いは魂の削り合いだ。霊体である君は物理的攻撃に対しては限りなく無敵に近いが、霊魂に直接叩き込む魔神の攻撃ではダメージを受ける。そして何より、死の直後に精霊になれるほど高い霊格があると言っても、君の魂が現世で磨かれた時間はたかだか二十年足らず。例え君の魔力が私に匹敵していようと、魂の容量においては数千年を生きる私には遠く及ばない」

さやか 「・・・つまり、君のHPとMPをともに10000とした場合、私はMPこそ10000あるけど、HPは100しかないって、そういうこと?」

ベルゼブル 「そのとおりだ。魔力が互角で消耗戦になれば、どちらが先に力尽きるかは明白だろう」

さやか 「なんだ、それなら大したことないよ」

ぱんぱんと服についた埃を払う仕草をしながらさやかは立ち上がる。
本当はそんなことをしなくても、霊体であるさやかに埃などつかないのだが、この辺りは少し前まで生身であった頃の癖であろう。

さやか 「私は元々魔術師で、自分より体力が上の相手との戦いは常に想定してきてるからね」

ベルゼブル 「ほう」

さやか 「それにもう一つの理由も、問題ないよ。君の攻撃は、もう私に届かないから」

ベルゼブル 「言ってくれるな、この蠅の王ベルゼブルに対して。だが、君が言うとハッタリに聞こえないから怖い」

他の魔族ならば、ここでさやかをたかが人間と侮るところだが、もはやベルゼブルの頭にそれはない。
相手は最高レベルの、魔神クラスの実力者だ。
そう思って戦わなければ、勝つことはできない。

ベルゼブル 「行くぞ」

ヴゥンッ

音速を超えた動き。
これこそ、ベルゼブルが誇る最高の攻撃方法である。
どんな神、魔神であっても、己の速度を上回る者はないと自負していた。
ゆえに、かわすことも不可能。

ドォンッ!

その回避不可能な攻撃が炸裂する。

さやか 「・・・・・・」

だがその一撃は、さやかの立っている場所から僅かに逸れていた。

ベルゼブル 「?」

狙いを誤ったとは思えなかった。
ならば、さやかが何かをしたというのか。
疑問を抱えながらも、再度攻撃を仕掛ける。
だがそれも、狙いを外していた。

ベルゼブル 「馬鹿な・・・?」

さやか 「ね、言ったでしょ」

ベルゼブル 「何をした? さやか嬢」

さやか 「デッド・ハウリングは、ただ相手の攻撃を防ぐだけじゃない。死の旋律は、君の感覚そのものをも狂わすんだよ」

ベルゼブル 「音・・・か」

ただの防壁として使ったなら、音の壁も音速を超えるベルゼブルの前では無意味だ。
しかし、その超音波は、感覚そのものを狂わす。
そうなったら、なまじ速いだけに制御が利かなくなる。

さやか 「相手によっては、精神まで壊せると思うよ。君だから、感覚にちょっと狂いが出るだけなんだよ」

影響は本当に僅かなものだ。
しかし、音速の上を行く超高速であるため、その僅かな狂いでも制御が乱れる。
狙いはほとんど当たるまい。

ベルゼブル 「本当に君は恐ろしい」

さやか 「それほどでもないって」

スピード勝負ならばベルゼブルに分があったが、これでそれは封じられた。
力比べとなれば、条件はほぼ互角と言っていい。

ベルゼブル 「もう君を侮るような真似はしない。全力をもって行かせてもらおう」

ベルゼブルの発する魔力がさらに膨れ上がる。
今まで戦ってきた相手とはレベルが違うのだと、はっきり思い知らされるほどの圧倒的な威圧感だった。

ベルゼブル 「フッ」

バッとベルゼブルが腕を振るう。
嵐のような衝撃波に続いて、無数の小さな魔力球が飛ぶ。
速度がある上小さいため、一つ一つを捕捉するのは不可能に近い。

さやか 「っ!」

だが、デッド・ハウリングでは防げない。
これらの礫は、それぞれがベルゼブルの最高速度と同等の速さがある。
音の壁では突き破られるだろう。

さやか 「それならっ、ブレイズウォール!」

床に手をつき、素早く魔術を発動させる。
黒い炎が壁となってさやかの前に燃え上がる。
礫は燃える炎の勢いによってかき消された。

さやか 「今度はこっちから行くよ!」

黒い炎を剣にまとわせて振りかぶる。

さやか 「ヘルブレイズスラッシャー!」

斜めに振り下ろされた剣先から、黒い刃の炎が飛ぶ。
斬ることと燃やすことを同時に行う複合術である。
さらにそれがいくつも放たれた。

ベルゼブル 「ぬんっ!」

バァンッ!

先ほどの礫よりも数は少ないが、威力の高い魔力球を出してベルゼブルは刃の炎を撃墜する。
間髪入れずに新たな攻撃術を放つが、それはさやかの次の攻撃とほぼ同時であった。

さやか 「はぁっ!」

ベルゼブル 「ぬぉぉ!」

 

ドパァーンッ!

 

両者の力が中央でぶつかり合い、弾けた。
息もつかせぬ攻撃術の押収が続く中、徐々に押され出しているのはベルゼブルの方だった。

ベルゼブル 「・・・・・・」

侮るつもりはない。
それは本気に違いなかった。
全力を出して尚、さやかの力はベルゼブルを圧倒しているのだ。
だが、感じる魔力はほぼ互角。
にもかかわらず、何故押されるというのか。

ベルゼブル 「互角・・・いや、客観的に見ても私の魔力の方がまだやや高いはず。何故だ?」

さやか 「・・・そうだね、君の方がまだ、私より強いよ」

ベルゼブル 「・・・・・・」

さやか 「でも、相手が君だから、勝てる。その理由が、二つある」

ベルゼブル 「何?」

さやか 「相手がベリアルなんかだったら、たぶん私は勝てないだろうね。さっき君が言ったように、私の魂は小さい。それを直接削りあう肉弾戦になったら、私が魔神に勝てる道理はない。だけど君は、こうして遠距離戦を挑んできてる。これなら、単純に魔力比べだよ」

そのとおりだった。
魔力を使った遠距離からの術の撃ち合い。
これらの技は一撃必殺、直撃させれば相手の魂を大きく削る。
だが力が拮抗している間は、単純に魔力の勝負となり、体力の消費は極めて少ない。
まさしくさやかの得意とする、魔術師の戦い方である。

ベルゼブル 「・・・だが、遠距離戦は私も得意とするところだ」

さやか 「だから、そこでもう一つの理由だよ。それは・・・・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

つづく