デモンバスターズFINAL

 

 

第33話 魔門にて・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

祐一 「言いたいことは俺もあいつらも色々あるが、とりあえず離れろ」

さやか 「はーい」

あっさりと背中の重みが消える。
俺から離れたさやかは、楽しげに手を後ろで組んでくるくると回る。
刺すような視線が俺から外れた。
殺気に近い視線を向けられているのはどうやら俺じゃなくてさやからしい。

イシス 「あ、あなた・・・私の祐様になんてことを・・・!」

エリス 「誰があんたの祐様よ!」

さやか 「そうだよ〜。私の祐一君なんだから、私が何したっていいよねー」

エリス 「それも違う! あれはアタシのものよっ!」

イシス 「! 本音が出たわね、この泥棒猫!」

エリス 「あんたのものじゃないんだから、泥棒呼ばわりされるのは心外だわ」

イシス 「う・・・!」

さやか 「まぁまぁ、何をもめてるのか知らないけど、二人とも落ち着いて」

エリス 「あんたが余計に掻き乱したんでしょうが!!」

郁未 「はい、ストップ。二人の言い分はわかるけどその前に確認しておかなくちゃいけないことがあるわ」

放っておくといつまでも続きそうなのを見かねたか、郁未が仲裁に入る。

郁未 「さやか、あなたどうしてここにいるの?」

それは俺も聞きたいことだった。
さやかはもう戦わないとか言って大樹のところで別れたはずだ。
なのにどうして今ここにいるのか?

さやか 「ん〜、実はね。潜入捜査のつもりで一足先にここに来てたの」

祐一 「何?」

さやか 「六天鬼とのごたごたで言いそびれちゃったんだけど、なんだかベルゼブル君に目をつけられちゃったみたいで、ナンパされちゃったんだよ」

エリス 「はぁ?」

イシス 「兄上がそんなことを言ってましたけど・・・」

ベルゼブルがさやかを気にしてる・・・何でだ?
会ったのはベリアルとの一件があった時、ほんの少しの間だけだ。
ベリアルが豹雨に執着するのと同じような因縁はないはずだが。

さやか 「ま、理由はどうでもいいよ。とにかくそんなわけで、これを使わない手はないって思って、誘いに乗ってここまで来たってわけ」

大胆な奴だな。
敵を騙すには味方からというが・・・俺達はまんまとさやかに騙されていたようだ。

エリス 「で、何か収穫はあったの?」

さやか 「それがぜーんぜん」

さやかは両手を挙げて肩をすくめる。

さやか 「まぁ、探し物は見付かったけどね・・・みんなと同じタイミングじゃ、先に来てた意味ないし」

祐一 「探し物?」

さやか 「そう。あれだよ」

俺が最初に目をつけたのと同じ門を指差す。
さやかが調べた限り、バベルの塔で自由に動き回れるのは半分くらいで、残り半分はおそらく特定の通路を通らなければ行けないだろうと判断し、それを探していたらしい。
そして見つけたのが、この門というわけだ。

祐一 「イシス、あれは?」

イシス 「あれは魔門。その人の言うとおり、バベルの塔の表と裏を繋ぐ唯一の道です」

例外的に、予め特殊な呪法を施した奴らだけは、転移で行き来できるらしい。
この中で向こうへ自由に行けるのは、イシスだけということだ。

エリス 「ま、門があるなら、行けるでしょ」

イシス 「いいえ。この門は開かないわ」

エリス 「は?」

イシス 「この門は、祐様が真魔王となった時にのみ開くよう、アシュタロスとベルゼブルが設けたもの。それ以外の手段は決して開くことはなく、物理的な力で破壊することもできません」

祐一 「開かない・・・だと?」

もう一度門に目を向ける。
確かに、普通じゃない雰囲気を持っている。
門だけでなく、その先を隔てる壁の全てが。

エリス 「上等じゃない。だったら試してやるわよ」

全員が注目する中、エリスが門の方へ向かって歩みだす。
手にはレヴァンテイン。
そして全身は強大な魔力に覆われている。

エリス 「下がってなさい、あんた達。こんなもの、吹き飛ばしてやるから」

剣を振りかぶる。
それと同時に、膨大な熱量が収束していく。

ゴォオオオオオオ・・・・・・

かつてないほど巨大で洗練された魔力。
まるで太陽のような眩い光と熱がエリスを包み込む。

エリス 「でぇぇぇぇぇぇい!!!!」

溜め込んだ炎の魔力を、剣を振り下ろすとともに一気に解放する。
大火球が魔門に襲い掛かる。
あんなものを喰らったら、どんなものだろうと灰も遺さずに消し飛ぶはずだ。
しかし・・・。

シュゥゥゥゥ・・・・・・

エリス 「・・・・・・・・・チッ」

魔門には、ヒビ一つ入っていなかった。

エリス 「非常識な扉ね」

さやか 「いや、どっちかって言うと今のエリスちゃんの一撃の方が非常識だったような気がするけど・・・」

エリス 「何言ってるの、これくらい普通・・・・・・!」

サッと門の方へ振り返るエリス。
そして、自分が今したことを反芻するように考え込む。

この場にいる全員、俺も含め、郁未、舞、イシス、皆が思っていることをさやかの一言が代弁していた。
門に向かってエリスが放った一撃は、俺達の想像を遥かに超えていた。
だがそれを指摘されたエリスは、こともなげにそれを普通だと言う。
そして、自分自身でもその言葉に驚いている。

おそらく、あいつ自身も無意識の内に、ドラゴンズハートとやらの力を引き出しているのだろう。
しかしさらに恐るべきは、今の一撃を放ちながらエリスの息が少しも上がっていないことだ。
つまりそれは、今のものでさえ、ドラゴンズハートの力のほんの片鱗でしかないということだった。
エリスはまだ、意図的にハートの力を使ってはいないはず。
無意識に流れ出ている力だけであれほどの威力が出せるということだ。

エリス 「・・・・・・」

これが、何万年もかけて力を蓄え続けてきた、魔竜王の力か。
確かにこれなら、あの史上最強の化け物たるフェンリルにも対抗しうる。

祐一 「まぁ、エリスの力に対する考察はとりあえず置いておこう」

郁未 「そうね。それよりも今問題にすべきはこの門の方だけど・・・」

みんなして巨大な門を見上げる。
そしてため息とともに、郁未は肩をすくめてみせた。

郁未 「お手上げね。今のエリスの一撃で破れないんじゃ、私達にこの門を力ずくで突破する術はないわ」

エリス 「ええ、そうでしょうね。これは単純に頑丈だとかそういうレベルの話じゃないわ。どれほどの強固さであっても、アタシの攻撃に耐えたのだとしたら表面に跡くらいは残るはず。つまり、アタシの攻撃はこの門に完全に無効化されたってことよ」

イシス 「そう。魔門はあらゆる魔力、神力による攻撃を防ぐ呪法によって閉ざされている。だから、どんな魔族も神族も、ましてや人間には、決してこの門を破壊することはできない。このバベルの塔もね」

エリス 「摂理を捻じ曲げる呪法か。千年がかりで作り上げたって言うだけあって大層なものね」

祐一 「どうするかな・・・」

物理的な力でもって門を破壊することはできない。
そして、正規の方法で門を通れるのは、認められた真魔のみ。

しかしやはり妙だ。
ルシファーもオシリスも、アシュタロスも、俺が真魔王なんてものになりはしないってわかっているはずなのに、何でわざわざこんな手の込んだものを用意した?
この門を破るには、呪法破りの魔道具の類をもってしなければならない。
それも超ハイレベルの。
そんなものは持ち合わせちゃしないし、いったい・・・何の意図があって?

さやか 「・・・はぁ、仕方ないなぁ」

やれやれなどと言いながら前に進み出たのは、さやかだった。
いつも通りのおどけた態度なのに、どこかいつもと違って見える。
さやからしからぬ、覚悟のようなものが見て取れた。

さやか 「他の方法を考えてる時間もなさそうだし、この門は、私が壊すよ」

祐一 「は? 何言ってんだ、おまえ」

エリス 「話聞いてなかったの? この門は・・・」

さやか 「魔力や神力では破れない、だっけ? だったら、もっと別のもので破ればいいじゃない」

そりゃ理屈だが、そんなものがあるのか?

エリス 「まさか、叩いて壊すとか言うんじゃないわよ。単純な強度だって並外れてるんだから」

さやか 「やだなぁ、そんなことするわけないよ。エリスちゃん、頭わる〜い」

エリス 「あんたにだけは言われたくないわっ」

さやか 「まぁとにかく、ここは私に任せておいてよ」

こちらに背を向けて門に向き合う。
いつも冗談が過ぎる奴だが、任せろと言った時は、とりあえず任せられる奴でもある。
不安も常にあるが、な。

郁未 「さやか」

珍しいことに、そこで声をかけたのは、郁未だった。

さやか 「何?」

その呼びかけに、さやかは振り返らずに応える。

郁未 「大丈夫なの?」

さやか 「大丈夫だよ」

郁未 「そう」

とても短いやり取り。
だけど何か、深い意味があったように感じられた。

さやか 「さて、やろうか。みんなにははじめて見せるね」

そう言った途端、空気が変わる。
今までにも何度か感じていた、さやかのもう一つの力だ。
その正体が、はじめて俺達の前に姿を現した。

郁未 「な、何? あれは・・・」

舞 「・・・わからない。けど・・・怖さを感じる」

漆黒の闇が、さやかの体を中心に沸き立つ。
魔の力でも、神の力でもない、まったく異質な、しかしどこかで感じた覚えがあるような力。
何だ、これは?
思い出せ、どこでこの力を感じた?

エリス 「これは!?」

イシス 「まさかっ!」

祐一 「そうか!」

そうだ、この感覚。
以前、ネクロマンサーと戦った時に感じたのと同じものだ。

エリス 「なんてことっ、さやかの奴、冥界門を開いたって言うの!? しかも、何の媒介も無しに・・・」

イシス 「冥の力・・・そんな、魔界でも二人しか使い手のいない力を人間が・・・」

冥界とは死者の世界。
天界、地上、魔界は本来別々でいながら一つの世界だが、冥界はその枠から外れた存在だ。
完全にこの世界の法則から外れた世界の力を使える奴は、冥王ハーデス、そしてフェンリルと同じロキの子たる冥界の女王ヘルだけだった。
だがここに、三人目の使い手がいた。

祐一 「そういや、あいつの魔術は元々ネクロマンシーから入ってるとか言ってたな・・・」

エリス 「だからって、ネクロマンシーと冥界の力を直接操るのとは全然勝手が違うわよ」

イシス 「そうです。兄上だって、冥界に干渉して死者を呼び出すことはできても、その力を使うなんてことは・・・」

祐一 「だが現実に、その使い手がそこにいるだろう」

闇は数倍の大きさにまで膨れ上がり、さやかの体をずっぽり覆うほどになっていた。
それらが、さやかが手にした黒い剣の動きに合わせてさらに姿を変えていく。
やがてさやかの周りには、黒い炎がいくつも生まれる。

それは、死をもたらす炎だ。
生物としての本能が、それを怖いと感じていた。

さやか 「さぁ、ちゃっちゃと壊れちゃってね」

力を充分にためたさやかが、剣を背中の方へ振りかぶる。
そしてそれを、思い切り水平に薙いだ。

さやか 「ヘル・ブレイズ」

 

ゴォオオオオオッッッ!!!

 

黒い炎が迸る。
先ほどのエリスの炎に比べたら小さなものだったが、その炎が門の上を走ると、徐々に門がひび割れていく。

イシス 「魔門が・・・破れる」

バァァァンッ!

炎が門の最上部にまで達した瞬間、エリスの一撃にもビクともしなかった門は、ガラガラと音を立てて崩れ落ちた。
拍子抜けするほどあっけないものだった。
だが当然と言えば当然だ。
ある事象に対して絶対的な効力を持つものは、まったく別の事象に対しては脆いものだ。
まさか冥界の力なんてものを持ち出してくるとは、想定外だったのだろう。

さやか 「ふぅ・・・・・・・・・はい、開いたっと」

祐一 「正確には壊れたな」

エリス 「これで、道が開けたわね」

祐一 「ああ、先に進むとするか。イシス、案内してくれるか?」

イシス 「お望みのままに」

イシスを先頭に、俺、エリス、さやかの順に壊れた門をくぐっていく。
だが、残り二人はついてこない。

祐一 「おまえら?」

郁未と舞は門に背を向けて立っていた。
そこで俺達も、そいつらの存在に気付いた。
俺達が通ってきた道の方から、無数の気配が迫ってくる。

郁未 「余計な面子までこの先に通すつもりはないみたいね。私達はここまでか」

祐一 「かなりの数だぞ。いけるのか?」

郁未 「雑魚ばかりよ。この先に進むあなた達よりは数倍マシ」

祐一 「わかった」

ああ言ったからには、二人は大丈夫だろう。
郁未の言うとおり、本当に大変なのは俺達の方だ。

 

 

 

 

 

四人は門を通って上を目指す。
だが、さやかだけは最初の階段の前で立ち止まった。

祐一 「さやか?」

さやか 「・・・・・・ちょっと疲れちゃった。先に行って」

祐一 「あんな無茶な力使えば、疲れもするだろ」

さやか 「そうなんだよ〜。そのうち追いつくから、行った行った〜」

祐一 「無理しないで、終わるまでその辺で休んでろ」

エリス 「・・・・・・」

祐一達三人は先へ進み、さやかだけがその場に残される。
一人になると、さやかは壁にもたれかかって、そのまま座り込む。

さやか 「・・・ふぅ、参ったなぁ・・・」

アルドとの戦い、そして魔門を砕く際に、さやかは力を使ってしまった。
そして、今のさやかにとって力を使うことは、自殺行為と変わらない。
もうはっきりで、体の限界をさやかは感じていた。

さやか 「!」

何気なく自分の手を見たさやかは、それが一瞬消えかかるのを見た。
淡い光が浮かび上がり、体が形を保つのが難しくなっていく。

さやか 「消滅ってこういうことか。ま、ぼろぼろになって崩れ落ちるよりはいいかな」

その身をもって、さやかは今、死を感じていた。
他者に死をもたらす力を操る彼女でも、自身の死は怖い。
ましてや、今は周りに誰もいない。
一人きりでの、孤独な死だった。

さやか 「死ぬ時は、ぽっかぽかの太陽の下がよかったなぁ」

静かに、さやかは目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

舞 「郁未、さやかはどうなるの?」

郁未 「気付いてたの?」

舞 「郁未の態度で」

郁未 「そう」

大樹の下で再会した時から、郁未はさやかの肉体の異常に気付いていた。
そして先ほど、魔門を砕くのに力を使えば、彼女の体がもたないであろうことも。
止めるべきだったのかもしれないが、さやかに並々ならぬ覚悟が見て取れた。
いつも飄々としているさやかが、何かを成すために命をかけている。
それを止める事は、郁未にはできなかった。

郁未 「来たわね、雑魚どもが」

舞 「はちみつくまさん」

姿を見せたのは、外にいたものよりも小柄な、しかし確実にそれと同等以上の力を秘めた魔物の群れだった。

郁未 「私達は今機嫌が悪いのよ。だから・・・」

舞 「・・・手加減はしない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

つづく