デモンバスターズFINAL
第30話 炎と氷の聖魔剣
祐一とフェンリルが激闘を繰り広げている間、エリスは父の亡骸の前にじっと座り込んでいた。
既に涙は止まり、表情は穏やかになっている。エリス 「・・・結局最後まで、自分の都合ばかりね、アタシ達」
娘が父に求めたものと、父が娘に求めたものは、まるで違っていた。
そのことが嫌で、エリスは父との繋がりを断とうとしていた。
だがそれでも、父親の愛情を求めていた。手許には、父が残した唯一のもの、彼の心臓がある。
ブラッドヴェインは、最後の最後まで、魔竜王であることを選んだ。
これは、彼の心臓である以上に、魔竜王が代々伝えてきた血の継承の証である。エリス 「それがあなたの望みなら、アタシはその意思を継ぐわ」
再び父親の温もりを得ることができなかった。
けれどせめて、この魔竜王の力を受け継ぐことで、エリスの中でその存在が生き続けるのなら、それでいい。エリス 「勝手にそう思わせてもらう。あなたにそんなつもりは微塵もなかったろうけどね」
所詮はただの気休めである。
それでもすがりたかった。
彼の娘であったという証が、エリスはほしかった。エリス 「・・・んっ」
迷うことなく、魔竜王の心臓を取り込んだ。
体内に異物が入り込んだことによる拒絶感を少し感じたが、じきに馴染むだろう。
魔力もすぐには全身に行き渡らない。
エリス 「戦ってれば、そのうち力は引き出せる、か」
そう結論付けて立ち上がった。
いつまでもぼけっとしている場合ではない。
戦いは、まだ続いているのだ。最後にもう一度だけ、エリスは父の亡骸と向き合う。
呪われた一族にあって、それでも誇り高く生きた竜、ブラッドヴェイン。
その意志を受け継ぐ決意を、エリスは胸に刻む。
だが同時に、もう一つの決意も彼女の中で芽生えつつあった。
それは、父の意志に反するものであるかもしれない。エリス 「あなたができなかったことは、アタシが成し遂げる。でも、その後は・・・・・・」
きっと、別の道を進むことになるだろう。
エリス 「さよなら、父さん」
決別の言葉を残し、エリスは戦場へと向かった。
フェンリル 「シャァアアアア!!!」
ズンッ!
奴の牙が床を砕く。
この塔を形成する物質の強度は、外部の壁は別格として、中のものもかなり高い。
にもかかわらず、フェンリルの一撃はいとも容易くそれを破壊する。祐一 「まともに喰らったらただじゃ済まないな」
幸い攻撃は全て大振り、しかもモーションが大きいから、確実に動きを先読みしていけばかわせる。
俺の氷壁をもってしても、正面からの防御はできそうにないが、回避できれば大丈夫だ。
問題は・・・。フェンリル 「どうした、逃げ回っているだけではわしに傷を負わせることすらできんぞ」
それだ。
ブラッドヴェインと同じで、こいつも生半可な攻撃じゃダメージを与えられないほど防御力が高い。
必殺の一撃を叩き込まないといけないのだが・・・。フェンリル 「グルルルルルル」
さすがに、いくら攻撃が大振りとはいえ、寿命が尽きかけていたブラッドヴェインとは違うな。
全力で打ち込めるだけの隙はない。祐一 「さて・・・」
どうするか。
俺が攻撃を回避したことで壁際まで飛んでいった奴が反転してまた向かってくる。
いっそ正面からカウンターを狙ってみるか・・・だが俺だとパワー不足・・・。エリス 「祐一、どいて!」
祐一 「!」
声に即座に反応して右へ跳ぶ。
少しでも躊躇すれば俺自身も巻き込まれる。
このタイミング、避ける方向・・・全部、昔何度もやって体に染み込ませたものだ。ゴォオオオオオオ!!!!
避けた直後、フェンリルに向かって大魔力の塊が飛ぶ。
この速度で正面から来る攻撃じゃ、回避は不可能だ。フェンリル 「!!」
ドォォォォンッ!
直撃。
銀毛の狼は爆炎の中へと消えた。エリス 「ワン公相手にいつまでてごずってるのよ」
祐一 「言ってくれるなよ。・・・わりと早かったな」
エリス 「あんたが頼りないからね」
いつもどおりの軽口の言い合い。
本当は互いに言いたいことがあるところだが、今は先に片付ける問題がある。エリス 「来るわよ」
煙が晴れる。
その向こうで、奴は健在だった。
前足で顔についた煤を払っている。祐一 「無傷かよ、あれを受けて」
エリスの全力のドラゴンブレスをカウンターで喰らっても、奴にダメージを与えることはできない。
どういう化け物だっていうのか、こいつは。エリス 「さすがに、伝説になるだけのことはあるわね」
祐一 「ああ」
フェンリル 「ふふふ、魔竜王の娘よ、血の継承は済んだか?」
エリス 「・・・ええ」
フェンリル 「そうか。だがまだドラゴンズハートの魔力に完全には馴染んでいないようだな」
ドラゴンズハート?
魔竜王の心臓のことか。フェンリル 「まぁよい、ならば今しばらくは、余興だな」
エリス 「余興で終わりにしてやるわよ、ワン公!」
ダッ
床を蹴って駆け出すエリス。
奴のもとへ達するまでのおよそ半秒の間に、半竜体への変身を終えている。エリス 「はぁぁぁぁっ!」
ドンッ!
フェイントをかけた上で、脇に回っての一撃。
奴の巨体が一瞬宙に浮いた。もちろん俺も、それをぼけっと見ているわけじゃない。
フェンリルが吹っ飛ぶ方向を計算して、着地地点に氷槍方陣を敷く。
さらに奴に向かってダッシュ。バリーンッ
フェンリル 「ぬるいわっ」
急所である脇腹にエリスの馬鹿力を受けても、氷槍方陣にもろ突っ込んでも、けろっとしていやがる。
だがこれで終わりじゃない。祐一 「くらえっ、凍牙三連!」
首筋を狙って斬撃を叩き込む。
だが頭を振ることで狙いは逸らされた。祐一 「まだまだ!」
懐に飛び込んだ勢いのまま、フェンリルの足下を抜けて側面へ回り込む。
反転する勢いを乗せてエリスが狙ったのと同じ脇腹に攻撃を叩き込んだ。パァンッ!
甲高い音が響く。
魔力を集中した奴の体毛は鋼鉄以上の強度があった。
しかし、ここまでも俺達の予定通り。祐一 「行け、エリス!」
フェンリル 「む!」
今さら気付いても遅い。
俺が囮になって下へ注意を引き付けた隙に、エリスは奴の頭上を取った。エリス 「くたばりなさいっ!」
振りかぶったレヴァンテインを渾身の力で振り下ろす。
狙いは眉間だ。ドッッッ!!
エリス 「なっ!?」
だが、剣は奴の眉間を斬ることなく、厚い毛と皮に止められていた。
信じられん・・・こっちへ集中を散らした分、額にこめる魔力は弱かったはず。
それなのに伝説の武器たるレヴァンテインの一撃を止めるとは。フェンリル 「ふん、何だそれは?」
エリス 「?」
フェンリル 「そんな鞘に納めたままのレヴァンテインで、わしを斬れるとでも思ったか!」
エリス 「何ですって?」
鞘に納めたまま、だと?
フェンリル 「その剣、レヴァンテインを生み出したのは我が父、ロキだ。わしが知っているその剣の力は、その程度ではありえぬ」
エリス 「・・・!」
あのレヴァンテインは、完全じゃないってことか。
そういえば、さやかの奴が言ってたな。魔剣レヴァンテインの特性は火だと。
だが今まで見てきた限り、あの剣が火の特性を見せたことはない。
高い魔力が凝縮された強力な武器であるのは間違いないが、ただそれだけの剣だった。祐一 「・・・・・・」
まずったな。
同じ奇襲は二度は通じない。
ましてや、俺の一撃ではたとえ防御が手薄なところを狙ってもダメージは小さいだろう。
奴にダメージを与えるには、エリスのパワーがどうしても必要だ。祐一 「仕方ない、フェンリル、もうしばらく俺が相手してやるよ」
祐一は一人でフェンリルに向かっていく。
互角の攻防を繰り広げているように見えるが、攻撃をまったく受け付けない相手である以上、祐一の不利は明らかだった。エリス 「く・・・っ!」
じっとしている場合ではない。
そう思いつつもエリスは動けなかった。
今の状態で助太刀に入っても何もできない。
レヴァンテインの本当の力を引き出せない限り、勝ち目はないのだから。エリス 「どうすればいいってのよ!」
祐一が一人で戦っているのは、エリスを信頼しているからだ。
エリスならば必ず、剣の力を引き出せると。
ならば、その信頼には応えなければならない。じっと手にした剣を見つめる。
思えば、その存在に気付いたのは最近だが、この剣はエリスが生まれた時から共にあったのだ。
邪神ロキが生み出したものを、どういう経緯でブラッドヴェインが手に入れたのかはわからない。
だがそれは、エリスが生まれた時に父から娘へと受け継がれた。
守り刀のようなものだったのかもしれない。
或いはただ、ブラッドヴェインには使いこなすことができなかったのか?強力すぎる武器。
それゆえに、使える者は限られているということか。
真の武具には魂が宿るというのなら、この剣は自らの意志で使い手を選ぶのかもしれない。
ならば、剣に対して心を開けばいい。エリス 「(・・・って、剣士でもないアタシがそんなことしたってね・・・)」
豹雨や楓ならば、剣と心を共にする術をしっているだろう。
だがエリスにはそんな技はない。エリス 「?」
だが不思議と、剣を向き合ってみると何か感じるものがあった。
何かに導かれるように、剣の心に触れる。エリス 「(そうか・・・そういうこと)」
理解した。
道標は、さやかがつけたものだ。
持ち主であるエリス以上に、さやかはレヴァンテインの特性をしっかりと見抜いていた。
そして、朱雀の力を受け渡すと共に、エリスが剣の心に触れられるように導を残しておいたのだ。エリス 「・・・ったく、小娘の分際で」
さやかには何度も助けられた気がした。
自分の五分の一も生きていない小娘だというのに。エリス 「生意気だけど、今は頼ってやるわよ」
導は見つけた。
あとは、抜き放つだけである。
再び、エリスは戦場を目指す。
ガッッッ!!
祐一 「ちぃっ!」
さすがに息が上がってきた。
どんなに攻撃してもダメージは与えられないし、向こうの攻撃は回避するのが精一杯だ。フェンリル 「どうした、もう終わりか!」
このままだとやばいか・・・。
そう思った時。エリス 「フェンリル!」
フェンリル 「む!」
さっきの光景とたぶる。
剣を振りかぶったエリスがフェンリルの頭上にいた。
だが、レヴァンテインはどう見てもさっきと変わらない。フェンリル 「フッ、同じ愚を繰り返すか」
祐一 「エリス!」
エリス 「――っ!」
気合とともに、剣が振り下ろされる。
さっきは防御が手薄だったにも関わらず、まるで歯が立たなかった。
今度はしっかり防御されている、これでは・・・。その瞬間!
ゴォオオオオオオ!!!
エリスの全身が眩い光に包まれたかと思うと、レヴァンテインから朱金の炎が立ち昇る。
それはまるで、太陽の光のようであり、星の爆発のような凄まじいエネルギーだった。ザシュッッッ!
フェンリル 「っ!!」
炎をまとった一刀は、フェンリルの魔力障壁を切り裂き、切っ先は奴の額に食い込んだ。
斬撃のパワーはそれだけに留まらず、奴の頭を床に叩きつけた。エリス 「もうひとつ!」
ドンッ!
返す刃でフェンリルの巨体を吹き飛ばす。
剣の一振りが膨大な熱量と圧倒的な爆発力を持っていた。フェンリルは壁をぶち破っていく。
これは、好機か。祐一 「エリス!」
エリス 「わかってる!」
俺はデュランダルに、辺りに立ち込める冷気の全てをかき集めた。
魔竜王をやった時の比じゃない・・・フェンリルの放出したパワーをまとめて吸収しての一撃。
奴の超魔力をそっくりそのまま返す極大の氷神烈壊だ。同時にエリスも、レヴァンテインに魔力を伝わらせる。
輝く太陽の炎をまとった剣と、絶対零度を超える凍気をまとった剣。
相反する二つの力による同時攻撃の威力は、以前一度やって立証済みだ。
しかも今回は、あの時とは比べ物にならない。
これなら、いかにフェンリルといえど!祐一・エリス 「「いっけぇーーーっ!!」」
全てを消滅させる究極の光が、視界を覆いつくした。
つづく