デモンバスターズFINAL

 

 

第28話 神降ろしの儀・楓vs榊決着

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

榊 「まったく、神や魔神と呼ばれる者はやることが派手だこと」

京四郎とアシュタロスの戦いを横目に見て、榊が言う。
それと向き合っている楓は、まだ少し困惑気味の表情をしていた。

楓 「・・・どうして?」

榊 「わらわがここにいることが意外か? 幽霊ではないぞ、強いて言うならゾンビの方かの」

楓 「・・・・・・」

榊 「魔神の力には恐れ入るな。死者の魂を呼び起こし、新たな肉体まで与えてしまうとは。とはいえ、蘇生とは違うな、これは。こうしていても生きているという実感がわかぬ。所詮は仮初の命、死人に変わりはないらしい」

楓 「それはわかったわ。でも・・・あなたのその力は、何?」

彼女が再び目の前に現れたことに対する疑問はもちろんあった。
だがそれ以上に気になったのは、榊から立ち昇る禍々しい気配だった。
それはもはや、人間レベルで扱える呪いではない。
地獄の底からこの世の全てを呪っているような、そんな力である。

榊 「さすがにわかったか。オシリスとやらが本当に呼び寄せたかったのはこやつであって、わらわはおまけのようなものだ」

楓 「こんなに強く、禍々しい呪いははじめてだわ」

榊 「わらわもじゃ。とくと見るがいい、これがわらわが地獄の底でみつけた最強の呪い・・・」

黒い気配が榊の全身から形となって現れる。
はじめはただのどろどろした塊だったものが徐々に形を帯びていく。
長く伸びた胴体の先に、蛇の頭が形作られる。
それと同じものが、全部で八つ。

楓 「まさか、それは・・・」

榊 「当然知っていよう、これが」

榊の体を中心点として、八つの頭を持った黒い大蛇が顕現する。
それこそまさに、伝説にある呪いの姿。

榊 「呪いの蛇神、ヤマタノオロチだ」

八つの頭で、十六の赤い眼が妖しく輝く。
それら全てが、重く押しかかってくるような殺気を楓に浴びせかける。

楓 「・・・なんて無茶なものを。それは、あなたの手に負えるようなものじゃない」

榊 「当然だ。だが、相手がおまえであるなら話は別」

楓 「・・・・・・」

榊 「知っていよう、ヤマタノオロチの正体を。大地の巫女」

その伝説を、楓はもちろん知っていた。

かつて地上に、九頭の蛇神がいた。
その内の一頭は、大地を守る精霊として、龍の力を与えられ、地神として祀られるようになった。
だがそれは同時に、選ばれなかった八頭の蛇神が選ばれた一頭を妬むという結果も生み出した。
八頭の怨念は一つの強大な呪いとなり、ヤマタノオロチは生まれた。

榊 「オロチは一頭の黄龍に戦いを挑み、破れた。大地の力を得た者によってな」

楓 「その時、オロチを倒した剣と、倒したオロチが持っていた剣はどちらも神器として大地の神殿に祀られているわ。私が持っている草薙は、オロチが持っていた方のもの・・・」

榊 「まぁ、それはどちらでもよい。オロチは大地の巫女が宿す黄龍を呪っている。わらわは、大地の巫女であるおまえを呪っている。ゆえに、相手がおまえであるから、わらわとオロチは共闘することができるというわけじゃ。我らはいずれも、既に単体ではこの世に具現できぬ存在だからな」

オロチの怨念と、榊の執念が一つとなったもの。
それが今、楓の目の前にいる敵の正体だった。

手強い。
直感で楓はそう思った。
これは、過去楓が戦ったどんな敵よりも厄介な相手である。

榊 「話は終わりだ。はじめるとしよう」

これでも今までは抑えられていたのだろう。
榊が静止を解いた瞬間、オロチの八つの頭が一斉に楓に向かって襲い掛かる。

 

 

 

 

 

 

 

ヤマタノオロチの力は、圧倒的であった。
どんな力も、闇色の身には通用せず、高速で八方から襲ってくる敵は反応するだけでも精一杯である。
全力を出しても、楓はそれに、まったく歯が立たなかった。

榊とヤマタノオロチの前に、楓は倒れ伏す。

榊 「ずっとわらわの上にいたおまえが、こうして目の前で平伏すのを見るのは、思った以上に気分が良い」

蛇神の操り手の女は満足げに笑う。
だが、周囲で蠢くオロチはまだ満ち足りていないようだった。
さらに仇敵をいたぶり、その身を食い荒らそうとしている。

榊 「ふふ、まぁ待て。すぐに殺してはつまらぬではないか。それにまだ・・・」

全身に走る痛みで朦朧とする意識を、楓は必死に留めようとする。
意識を保つだけで、起き上がるだけの力がない。

楓 「(・・・強い)」

手も足も出ない。
元より魔神級の力を持った蛇神ヤマタノオロチが、榊の呪いという寄り代を得てその力を最大限に発揮しているのだ。
人間一人の手に負えるものではない。

楓 「・・・・・・」

敗北感。
それを感じるのは、これで二度目であった。
以前は、仲間に助けられたが、今度はそれも期待できそうにない。
今度こそ死ぬかもしれないとも思った。

ぎゅっ

動かない体に喝を入れて、両手の拳を握り締める。

楓 「(まだ、死ねない!)」

そう、死ぬことなどいつでもできる。
以前の時も、今も、まだ楓は、自分の限界まで戦っていなかった。
どんな強敵と対峙しようが、最後まで足掻く。
そうすることで豹雨は、エリスは、祐一は強くなっていった。
何度も死を予感し、それを乗り越える度に本当の強さを身につけていったのだ。

楓 「(私はまだ全然足掻いてないっ。限界なんて、決めちゃいけない!)」

榊 「ふっ、まだ抵抗するか。そうこなくてはおもしろくない」

全身にムチ打って楓は身の起こす。
圧倒的な力の差を見せ付けられながら、その目はまだ死んでいない。

楓 「ここは任せてって、みんなに約束したからね。このくらいで参っていられない」

榊 「それでこそ倒しがいがあるというもの。しかしどうする? おまえがいくら足掻いても、オロチの力には及ぶまい」

楓 「まだよ。まだ私は、試してないことがある。ううん、できると知っていたけど、やらなかっただけ」

榊 「?」

楓 「そんな力を持つ資格が私にあるかどうか、自信がなかったから。でも、今ならできる」

楓の足下から、オロチに匹敵するほど強大な力があふれ出す。
禍々しさの具現のようなオロチとは対照的に、神々しい光に満ちた力が。
光は激しさを増し、やがて実体を持つに至る。

榊 「出してきおったな、黄龍を。これでようやく互角か」

楓 「いいえ、違うわ」

榊 「何?」

黄龍が咆哮する。
それに応じるように、オロチも吼えた。
オロチの怨嗟が光を侵食しようとして、逆に光に呑まれて消滅する。
しかし黄龍の放つ光もまた、オロチの闇に食われ消え去った。
二つの力は、ほぼ拮抗していた。

榊 「・・・なるほど、オロチと黄龍の力は互角。勝敗を決めるのは操り手次第ということか」

楓 「・・・・・・」

榊 「確かにそれならおまえが有利かもしれぬな。だが!」

呪いがさらに強化される。
榊の全身からほとばしる怨念をオロチが食らい、さらに大きくなっていく。

榊 「オロチは全ての呪いを極限まで強化する。最悪の魔獣であると同時に、こやつは最強の呪法具だ!」

呪法を得意とする榊にとって、これほど相性の良い相手は他にいない。
操り手と蛇神の呪法の相乗効果によって、それは究極の呪いとなって完成する。

榊 「これほどの呪いを以前のように封印することはできまいっ」

楓 「確かに、封印はできない。けれど、斬ることはできる」

榊 「先ほどまで手も足も出なかった者がどうするつもりじゃ?」

楓 「・・・神降ろし」

 

ドォンッ!!

 

榊 「な・・・に?」

楓の手によって召喚された地神黄龍は、召喚者たる楓自身に向かって襲い掛かった。
いや、それは正しくない。
黄龍は、楓の身に降りたのだ。

神を召喚する。
それだけでも普通の人間にできる芸当ではない。
だがその上、召喚した神を自らの肉体に憑依させるのは、神業以外の何物でもなかった。

神降ろしそのものは、修行を積んだ巫女であればできることだ。
けれどそれは、神の意思の一部のみを呼び出して託宣を行う程度のものである。
楓が行った紙降ろしの儀は、顕現した力の全てを憑依させ、大いなるその力を自ら行使するというものだ。
人の身で、神の力を得る究極の法であった。

榊 「・・・ははっ、ここまでくると誰が化け物かさっぱりわからぬのう」

楓 「そうね。私もそう思う」

楓の全身は今、神々しい黄金の光で覆われていた。
彼女自身が神だと言われても、そう信じられそうな光景である。

榊 「だが、所詮は人の身、ヤマタノオロチに勝てるか!」

八つの頭は再び解放され、一斉に楓に襲い掛かる。
先ほどとまったく同じ構図・・・けれど結果は正反対だった。

明らかにパワー負けしていた楓は、今度はオロチの攻撃を正面から弾き返した。

楓 「はっ!」

正面から襲ってきた頭を叩き落すと、それを踏み台にして頭上の敵に向かって跳躍する。
神剣草薙で蛇の頭を両断する。
続けて下からくる相手も反転して切り裂き、残った頭も光弾を放って撃墜した。

オロチの八つの頭が全て大地に落ちる。
まだ消滅は免れているが、楓の放つ光の前に、瀕死の体であった。

榊 「・・・人の身でヤマタノオロチを超えるか、楓!」

楓 「私はそこまで強くない。あなたが操っているのは結局、遥か昔に滅びたヤマタノオロチの怨念に過ぎないわ」

榊 「怨念に過ぎない、か。亡霊は所詮今を生きる者には勝てぬと、そういうことか」

楓 「あなたもよ、榊」

榊 「・・・・・・」

楓 「あなたを殺した私が言うことじゃないけど、あなたももう、静かに眠りなさい」

榊 「・・・まだじゃ」

バッと榊は両手を広げる。
そして地面でのた打ち回るオロチに向かって叫んだ。

榊 「オロチ! まだ終わってはおらぬっ、このままで勝てぬというのなら、同じことをすれば良い!」

楓 「榊! やめなさいっ」

榊 「わらわの身に降りよっ、ヤマタノオロチ!!」

八つの頭が榊の方を向く。
史上最強の呪いは、寄り所を求めて榊の体へと殺到した。

 

ゴォオオオオオオオオッッッ!!!

 

闇が渦巻く。
禍々しい黒い光が榊の全身を包み込んでいる。
楓の放つ光と同等の力を持った、闇であった。

楓 「榊・・・」

榊 「・・・のう、楓よ。似ているとは思わぬか、この構図」

楓 「・・・・・・」

榊 「選ばれた者と選ばれなかった者。地神となった黄龍を妬んだオロチと、大地の巫女となったおまえを恨むわらわが共になって、おまえと黄龍に挑む。廻る因果というやつか」

楓 「だとしたら、悲しすぎる因果だわ。九頭の蛇神は、もとは兄弟神だったのよ。私とあなただって、もっと違う出会い方をしていれば・・・」

悔しげに唇を噛む楓。
こうなる以外に道はなかったのか。
これがめぐり合わせだとしたら、あまりに空しい。

榊 「過ぎたことを言っても時は戻りはせぬ。これはおまえとわらわによる、黄龍とオロチの因果の代理戦争じゃ」

楓 「でもっ・・・・・・!」

榊の姿を見て、楓はハッとした。
以前会った彼女とは、何かが違う。
禍々しい呪いの気配を放ちながら、一箇所だけ・・・。

楓 「榊、あなた・・・」

榊 「さあ! 決着をつけようぞ、楓!!」

楓 「!!」

黄金の光と、漆黒の闇が激突する。

一時、闇が光を飲み込んだかに見えた。

だが次の瞬間、光が闇を打ち破る。

全ての力を草薙にこめた楓が、渾身の力を込めてそれを振り下ろす。

 

ザシュッッッ!!!

 

浄化の光が、全ての闇を打ち払った・・・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

楓 「・・・榊」

楓の前で、榊は仰向けに倒れている。
その胸には、草薙が突き立っていた。

楓 「最初から、そのつもりで・・・」

今の榊は、以前楓があった彼女とは違っていた。
あの時は憎悪で濁っていた目が、今は見違えるほどに澄んでいる。
それは決して、復讐を志す者の目ではなかった。

榊 「地獄でオロチと出会い、鏡を見た思いだった」

静かな声で、榊は語りだす。

榊 「選ばれなかった者の苦しみ、復讐に破れ地獄に堕とされた者の哀れ・・・それがよくわかった。これはわらわだ、そう思った時、これを救えれば、わらわ自身も救われると思ったのじゃ。だが、わらわにそんなことはできぬ。そこへオシリスという者の声がかかった。おまえ達と戦うのならば、仮初の命を与えてオロチと共に蘇らせようとな」

楓 「・・・・・・」

榊 「おまえならオロチの怨念を浄化できると思った。そしてわらわも・・・」

楓 「榊、私は・・・」

榊 「何も言うな。持てる力全てをもっておまえと戦えて満足じゃ。今度こそ、未練はない」

静かに目を閉じた榊の体が少しずつ塵となっていく。
それを楓は、じっと見守る。

榊 「・・・楓、おまえは誰よりも大地の巫女に相応しい。わらわがそれを保障する。自信を持て」

楓 「榊」

榊 「どう生きようとおまえの自由だ。だが、誇りだけは失うな。さもなくば、また化けて出るぞ」

その言葉を最後に、榊は二度目の死を迎えた。
告げられた言葉を胸に刻み、楓は榊の冥福を祈った。

楓 「ありがとう、榊。さようなら・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

つづく