デモンバスターズFINAL

 

 

第25話 慟哭・魔竜王の宿命

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バンッ!

先へ続く扉が反対側から蹴破られたような勢いで開く。
そこから出てきたのは、肩で息をしているエリスだった。
よほど急いで来たらしい。

エリス 「・・・はぁ・・・はぁ・・・・・・」

祐一 「・・・・・・」

今、あいつの目には俺は一切映っていない。
エリスの目が真っ直ぐに見つめているのは、倒れている魔竜王だけだった。

表情は無い。
一切の感情を切り捨てたような無機質な目だ。

これまで、話に聞いていただけで、二人が直接対面するのを見るのははじめてだった。
だが今のエリスには、普段魔竜王の話をする時に見せる憎しみの感情すらない。

今のエリスはまるで、表情を作るということを忘れてしまっているようだった。

 

 

 

 

 

 

エリス 「・・・・・・・・・・・・」

眼前では、魔竜王ブラッドヴェインが倒れていた。
エリスの父親であり、竜族の頂点に立つといわれた最強の魔竜王が、血だまりの中に倒れている。
まだ息はあったが、それは敗者の姿だった。

エリス 「・・・(なに、倒れてるの?)」

表の無表情とは裏腹に、エリスの心は激しい困惑の中にあった。
その状況を、頭では理解していながら、心が受け入れていない。

何故、最強であるはずの彼女の父は倒れているのか?

いや、答えなど簡単だ。
より強い敵と戦えば、負けることは決して不思議ではない。

視線をめぐらせる。
祐一の姿が目に入った。

そう、祐一ならば勝って当然である。
世話の焼ける馬鹿といつも罵っている相手だが、エリスが最も頼りにしている彼ならば、魔竜王をも凌駕するだろう。

これは当然の結果だ。
なのに何故、受け入れられないのか。

そして何故、エリスはそんなことに困惑させられなければならないのか?

エリス 「(なにを、アタシは考えてる?)」

それも理解していた。

魔竜王ブラッドヴェイン。
それはまさしくエリスにとって、強さの象徴だった。
とても大きく、強く、何者にも負けない絶対的な強さ・・・それがエリスの父だった。
彼女の心の中において、魔竜王は無敵不敗の存在であって、子であるエリスの誇りであり、憧れだったのだ。

エリス 「(違う!)」

それは間違い。
父はエリスにとって憎しみの対象でしかなかったはずである。
己を呪う、忌むべき存在こそが魔竜王だった。

エリス 「(何してるエリス! やっとこの時が来たんじゃないっ。あいつを、殺す時が!)」

心の中で自分の体を叱咤する。
ゆっくりと、エリスは倒れている魔竜王のもとへ近付いていく。
右手には、真紅の剣がある。

エリス 「・・・・・・」

倒れている巨体の頭上までやってきたエリスは、剣を両手で持って振りかぶる。

エリス 「・・・・・・」

その剣を振り下ろせば、魔竜王は死ぬ。
ずっとこの瞬間を待ち望んでいたはずであった。
だが、剣の切っ先は動かない。

ブラッド 「・・・ぐふふ、どうした小娘。こんな死に損ない一人満足に殺せぬか?」

閉じられていたブラッドヴェインの目がカッと開き、エリスを睨みつける。
その言葉と眼光を受けて、エリスの無表情の仮面が外れる。

エリス 「馬鹿言うんじゃないわよっ。本懐を遂げる前に、ちょっと感慨に耽ってただけよ!」

反論する声とともに、憎しみのこもった視線を魔竜王に向ける。

エリス 「あんたこそ、何ぼけっと倒れてんのよっ。竜族の頂点が聞いて呆れる無様さね!」

何かを吹っ切るように、エリスは声を張り上げる。
だが、いくら叫んでも剣の切っ先は1cmも動かない。

ブラッド 「ぐふふ、大層な口を聞いておきながら、このような姿になってもまだ我が怖いか」

両手を床につき、魔竜王は尚も血の流れ出る体を起こす。
立ち上がったブラッドヴェインは、かつてと変わらぬ威圧感をもってエリスを見下ろす。

エリス 「・・・・・・」

押しつぶされそうな重圧に耐えるため、エリスはキッと魔竜王を睨み返した。

ブラッド 「・・・・・・」

エリス 「・・・・・・」

 

 

 

 

 

 

あれだけのダメージを負いながら立ち上がるとは、さすが魔竜王といったところか。
だがもうまともに戦う力は残されていないはずだ。
俺の一撃がつけた傷は心臓にまで達している。
奴が魔竜王ブラッドヴェインでなければ、確実に絶命している状態だ。

エリスとブラッドヴェインは一足で踏み込める間合いで対峙している。
魔竜王にすれば踏み込むまでもなく攻撃が届く距離だが、今の状態ならエリスの方が数倍速い。
もはや勝負にすらならない。
エリスが魔竜王を殺すか、殺さないか・・・それだけだ。

エリス 「・・・・・・」

ブラッド 「・・・・・・」

長い。
そう感じはしたものの、実際それほどの時間は経っていないだろう。
沈黙を先に破ったのは、魔竜王の方だった。

ブラッド 「・・・まずまずの出来といったところか」

エリス 「何がよ?」

ブラッド 「聞くがよい、エリス。魔竜王とは、真魔の血脈に連なる最強の竜族、その頂点に立つ最強無敵の存在だ。いかなる存在たりとも、その強さを討ち破ることは敵わぬ絶対の王・・・それが魔竜王の宿命よ」

エリス 「・・・・・・」

ブラッド 「貴様は器だ。最も美しく、最も強い、史上最強の魔竜王となるべく、我が作り上げた最高傑作よ。今こそ血の継承をもって、新たな魔竜王となるがいい!」

エリス 「勝手なことをっ、アタシは・・・・・・っ!!」

ドシュッッッ!

祐一 「な・・・に?」

エリス 「・・・・・・」

信じ難い光景だった。
魔竜王は、自らの胸を貫き、そして・・・。

ブラッド 「くぅはぁっ!」

ブシュッ!!

 

心臓を、掴み出した。

 

鮮血が飛び散る。
傍にいるエリスは、全身にそれを浴びて、呆然としている。
俺も、何もできない。

肉体から取り出されて尚脈打っている心臓。
それが魔竜王の魔力の源であろうことは容易に想像できた。

祐一 「なにを・・・?」

?? 「あれが血の継承よ」

祐一 「!」

振り返ると見覚えのない男がいた。
いや、姿は見覚えがないが、その気配は知っている。

祐一 「フェンリル、か・・・」

フェンリル 「久しいな。まぁ、わしと貴様の再会など些事だ。今は魔竜王の継承を見届けようではないか」

祐一 「血の継承と言ったな、あれが?」

フェンリル 「左様。次代の魔竜王は、先代の心臓を、食らうのだ。そうすることによって、歴代の魔竜王の知識と魔力を吸収し、より強大な存在となっていく。まさに文字通り、血の継承よ」

・・・呪われた種族。
それが、そのルーツか。
先代の心臓、魔力を食らって、新たな魔竜王は誕生する。
より強大な存在として。

祐一 「そうやって魔竜王という存在は、おまえに匹敵するまでになったのか」

フェンリル 「くくく、ブラッドヴェインは紛れも無く歴代最強の力を持っていた。だが惜しむらくは、我と互角の力を手にした時は既に寿命が迫っていた。力を継承したとて、新たな王が不甲斐なければその力を引き出すには至らぬ」

祐一 「・・・・・・」

フェンリル 「ゆえに奴は最高傑作と称するあの小娘を作った。真に最強の魔竜王を生み出すためにな」

・・・馬鹿げた話だ。
呪われた宿命と呼ばれるわけだな。
そんな呪われた存在の王なんて肩書きは、あいつには似合わない。

できることなら、止めたい。
だが、これは俺の介入できる問題じゃない。

 

 

 

 

 

 

 

魔竜王の手を離れ、血の滴る心臓が重力に従って落ちる。
反射的に、エリスは両手を差し出してそれを受け止めた。

何も考えられない。
そんな状態のエリスは、ただ目を見開いてブラッドヴェインの姿を見上げる。
心臓を抜き取ったブラッドヴェインは、もう完全に死の影に覆われていた。

ブラッド 「エリスよ、憎しみこそが力だ。己を含むこの世界全てを憎悪しろ、そして全てを薙ぎ払え! 闘い、立ちはだかるもの全てを倒せ・・・最強無敵、絶対の王として・・・!!」

その光景は、狂乱という言葉がよく似合った。
憎悪、憤怒、狂気・・・まるで何かに取り付かれたように、魔竜王は力を求めていた。

まさに、魔竜王という称号に込められた呪い。
個人の意志などなく、ただその名を受け継ぐ者に課せられた、最強の存在たるべき責務。
狂気の呪いと言わずして、なんと呼ぶべきか。

ブラッド 「魔竜王こそ最強たるべき存在! 我、最強なり!!」

それが、断末魔の咆哮だった。

魔竜王ブラッドヴェインは、絶命した。

同時にそれは、新たな魔竜王の誕生を意味していた。

エリス 「・・・・・・」

手には魔力の塊たる心臓。
眼前には倒れ伏したブラッドヴェイン。
歴代最強の魔竜王、そしてエリスの父であったもの、その亡骸である。
その二つを、エリスは交互に眺めていた。

 

エリス 「・・・(これは、なに?)」

頭で理解しながら、心が状況についてこなかった。

強く、大きかった父。

憎しみの対象だった父。

ずっと追い続けてきた。
その強さを超えるために。
その存在を殺すために。

今、その父は、彼女が手を下すことなく、死んだ。
生きてきた全ての意味が、崩れ落ちたような感覚に、エリスは唖然として立ちすくむ。

エリス 「・・・・・・ふざけないでよ」

ようやく言葉を搾り出す。

エリス 「なによ、勝手に死んで・・・・・・最期まで自分のことばっかり・・・ふざけるんじゃないわよっ」

罵倒する声は弱い。
それは、怨嗟の声になるはずだった。

エリスの運命を狂わせ続け、最期に至っては魔竜王の呪われた宿命までも背負わせた。

憎しみが力だと言うのなら、今エリスの力は最高潮になっているはずだった。
彼女の運命を弄ぶ存在を、エリスは激しく憎悪していた。

そのはずであったのに、エリスの瞳を彩るのは憎しみではなく、深い悲しみだった。

何故こんなにも憎いと思うのか・・・。

エリス 「憎しみが力ですって? ええそうね、アタシをここまで支えてきたのは、あんたに対する憎しみだった。だけどっ、アタシがあんたを憎悪するのは・・・それは、あなたが・・・・・・父さんが好きだったから!!」

はじめて、エリスは自分の本当の気持ちに気付いた。
そしてそれを、思い切り吐き出した。

エリス 「あなたが見てたのは、母さんと、魔竜王という存在だけ! アタシはっ、なんなのよ!? 外見は母さんのもの、中身は魔竜王の器・・・あなたにとって、アタシはそれだけの存在だった。あなたは私を、エリスを見てくれないっ。でもアタシは、父さんに娘として愛してもらいたかった!!」

愛情を憎んでいたわけではなかった。
ただ、それに飢えていた・・・そんな自分を隠すために、憎しみという殻で包んでいた。

エリスは父親を愛し、それゆえに憎んだ。
殺したいほど憎み・・・それでも愛していた。

エリス 「――――――ッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

今まで聞いた中で、一番悲しい響きを持った、エリスの叫び声だった。
父親を失った、そして最後までその父と分かり合うことのできなかったあいつの、慟哭だ。

祐一 「・・・・・・」

俺とフェンリルがいることも忘れ、エリスはただただ、父親を亡くした一人の少女として泣いている。
いつもの気丈さも、プライドもない・・・今のエリスは、ただの子供だった。

フェンリル 「・・・・・・」

俺の横でそれを見ているこいつは何も言わない。
冷酷非情の魔獣にも、親子の情はあるということか。
他の魔族ならそんなものはないだろうが、こいつは・・・。

 

 

 

それから、しばらく静寂が続いた。
エリスはブラッドヴェインの心臓を抱きかかえた状態で蹲っている。

フェンリル 「くくく」

その後姿を見ていると、不意にフェンリルが笑い出す。

フェンリル 「とんだ茶番であったな。そうは思わぬか?」

同意を求められても、答える気はない。
明らかに侮蔑をこめた口調だが、本心からの言葉でないことを俺は知っていた。
だから特に言い返すつもりはなかった。

フェンリル 「奴が見誤ったということよ。あれほど深かった小娘の闇が、その闇を植えつけた張本人の死によって払われるとは、皮肉過ぎて滑稽よな」

祐一 「・・・で、おまえはいったい何をしに来たんだ?」

フェンリル 「見物のつもりだったがな、やるべきこともある」

祐一 「やるべきことだと?」

フェンリル 「奴の思惑は外れたが、小娘には新たな魔竜王となってもらわねばわしが困る」

ああ、そういうことか。
果てしない闘争だけを求めるこいつにとって、魔竜王という存在は宿敵なのだ。
しかも結局、ブラッドヴェインとは決着をつけることができなかった。
ならば、次の標的は・・・。

祐一 「・・・・・・」

エリスの方へ向かって歩き出すフェンリルの前に立つ。

フェンリル 「邪魔をするか」

祐一 「おまえみたいな物騒な奴を、今のエリスに近づけさせるわけにはいかねえよ」

フェンリル 「姫のナイトか。いや、貴様らは共に王の器・・・あの小娘は貴様に守られるような存在ではなかろう」

祐一 「確かにそうかもしれないが」

あいつは俺に守られるような弱い奴じゃない。
だが人間誰だって、どうしたって脆くなる時はある。
そんな時には、少しだけ手助けするのもいいだろう。
借りも多いことだし、ここらで返さないとな。

祐一 「とにかく、エリスに手を出すつもりなら、俺が相手になるぜ、フェンリル」

フェンリル 「・・・くくく、面白い! 貴様とも少々戯れたいと思っていたのだ。小娘が新たな魔竜王として覚醒するまでの間の暇つぶしとゆこうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

つづく