デモンバスターズFINAL

 

 

第24話 想い・エリスvsイシス

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全てのドラゴンの頂点に立つ魔竜王ブラッドヴェインの子。

死と再生を司る大いなる魔神オシリスの妹。

それが二人の肩書きだった。
望んだわけでもないのに、周りは皆二人をそう呼んだ。
偉大な存在の血族であるという事実が、二人の存在を定義づけていた。

だが、それに対する二人の思いは正反対だった。
一人はそのことを疎み、一人はそのことを誇りに思った。

 

 

 

 

 

エリス 「・・・・・・」

百年ばかり前のことをが思い出される。
一時期地上にいたブラッドヴェインは、エリスを連れて魔界へ行った後、魔界最大の陣営と言われていた四魔聖に挑んだ。
そこには他に、オシリスやシヴァといった者が集っており、誰も手を出せない状態となっていた。
単身それに挑んだ魔竜王は、自分の力を示した上で、仲間に加えるよう言い、受け入れられた。

化け物そのものな存在の中で、エリスの居場所はなかった。
父親すら信じられない世界で、耐えようのない孤独の中にいた。

周りにいるのは恐怖の対象でしかない。
そんな中で、唯一心の拠り所となったのが、イシスだった。

イシス 「・・・・・・」

彼女もまた、魔神の一人。
その力は当時のエリスを遥かに超えるものだったが、それでも圧倒的な重圧を放つ他の者よりもずっと親しみを覚えられた。

最初の頃は、寄る辺のないエリスは唯一の親友たるイシスが好きだった。
だが同時に、イシスを知るほどに、彼女を、嫌っていった。

エリス 「おにーさまのお守はいらないの、ブラコンお嬢様」

イシス 「泣き虫エリスが随分と偉そうな口を聞くようになったわね」

エリス 「・・・・・・」

イシス 「・・・・・・」

互いに武器を手にする。
エリスの剣は真紅の刀身をもった魔剣レヴァンテイン。
イシスはおよそ2メートルほどの長さの槍を持っていた。

イシス 「行くわよ!」

先に仕掛けたのはイシスだった。
槍の切っ先を真っ直ぐエリスに向けて走る。
眉間に向けられた槍は距離感が掴みづらい。
だが、点の攻撃は横にかわせばよいことだった。

ヒュッ

突き出された槍が空を切る。
右横へ跳んだエリスは、脇に構えた剣を振り上げる。

エリス 「っ!」

だが斬撃が届くよりも早く、イシスの槍による薙ぎ払いがくる。
槍という武器は、突きだけでなく、この払いによる攻撃が厄介な得物だった。
同じ技量の者同士が剣と槍をもって戦えば、槍を持った者の勝率が高い。
それほどに間合いの差というのは大きな要素だった。

エリス 「ちっ」

後方に飛ぶことで、槍の間合いから逃れる。
だがそれは当然、自分の剣の間合いからは大きく後退することになる。
離れた状態では、槍が有利だ。

イシス 「はっ!」

シュッ キィンッ!

再び突き。
そこから払いへ変化すると見せてもう一度突き、そして払い。

エリス 「このっ!」

ギィンッ!

次々に放たれる槍技を前に、エリスは押されていた。
イシスの槍の腕はかなりのものだった。
得意の戦術眼で攻撃の流れを予測しているものの、エリスは凌ぐだけで精一杯だった。

エリス 「(槍の動きはわかってる。こんな基本に忠実な動きくらい簡単に読めるのに!)」

型の見本のような動きだった。
単純だったが、洗練されているため、下手に奇抜なものよりも手強い。

イシス 「私の槍は兄上から教えられたものよ。あなた程度の腕では破れないわ」

エリス 「・・・・・・」

その通り、エリスは剣の達人ではない。
イシスの腕はそれなりに確かだが、豹雨や楓はおろか、祐一にも及ばない。
だがそれでも、エリスよりも優れているのは間違いない。
互角に打ち合えているのは、単にエリスが戦いなれているからだ。
エリスの武器は、巨大な魔力と、多くの戦いを潜り抜けた経験による鋭い戦術眼である。
それを駆使すれば、今のエリスにとってイシスはさほど脅威となるレベルではない。

イシス 「どうしたの? 武芸の勝負ではあなたは私に勝てないわ。なら、私に勝つための選択肢は一つでしょう」

エリス 「・・・何が言いたい?」

イシス 「何故魔竜の力を使わないの?」

剣と槍の戦いをしていては、エリスに勝ち目はない。
他にエリスが活路を見出す道はないのだが・・・。

エリス 「余計なお世話よ」

イシス 「エリス・・・」

エリス 「他の誰より、あんたを倒すために魔竜の力を使うのはごめんだわ」

イシス 「それは、あなたが父から受け継いだ立派な力でしょう。どうしてそんなに疎むの?」

エリス 「あんたと一緒にするなっ。アタシはアタシ、エリスよ! 魔竜王の子なんて定義付けられるのは真っ平だわ。だからあんたが嫌いなのよ。オシリスの妹で満足してるあんたが!」

イシス 「兄上は私の誇りよ。そしてその妹であることが私の名誉。それは事実だけれど、私はそれで自分を定義付けてなんかいない!」

二人の剣と槍が交差する。
僅かに速かったイシスの槍が、エリスの腕を掠めた。

エリス 「ちっ」

イシス 「私を定義付けるのは、私の想いよ。あの方を想い続けるこの心が私の全て」

エリス 「・・・それが・・・」

剣を握る手に力がこもる。
魔力を乗せた一撃をイシスに向かって振るう。

ドゴォッ!!!

イシスは横に跳んでそれをかわし、エリスの一撃は床を叩き割った。

エリス 「オシリスのこと以上に、あんたのそれがむかつく」

イシス 「エリス・・・」

エリス 「千年も想い続けているですって・・・永遠に変わらない愛ですって? そんなもの、反吐が出るわ」

研ぎ澄まされた刃のような殺気がエリスの目から放たれる。
凄まじい重圧を放つそれが、魔竜王のそれに似ているとイシスは思った。

イシス 「どうしてそこまで・・・・・・誰かを想う心を憎むの?」

エリス 「あんたには関係ない!」

剣を振りかぶって、エリスは天井近くまで跳び上がる。
そこから落下の速度を乗せての一撃を放つ。

ギィィィンッ!!!

イシス 「くっ・・・」

エリス 「っっっ!!!」

その小さな体のどこにそんなパワーがあるのか疑いたくなるほどの重い一撃だった。
正面から受け止めるのは、イシスの力では無理だった。

イシス 「えぃっ!」

エリス 「!」

槍を斜めにすることで、イシスはエリスの斬撃の力を下に流した。
床を叩き割ったところで動きの止まったエリスに向かって、イシスは槍の石突を叩き込む。

ドンッ!

吹き飛ばされたエリスは、柱を薙ぎ倒し、壁を崩して瓦礫の下に埋もれた。

イシス 「はぁ・・・はぁ・・・」

エリスの力は、イシスの想像を絶していた。
かつてのエリスとは比べ物にならないほど強大な力の前に、今にも圧されそうだった。
しかしそれ以上にイシスは、エリスの心を支配する憎しみが気になっていた。

イシス 「どうしてそこまで父親である魔竜王を・・・そして、愛という感情を憎むの?」

ドンッッッ!!!

瓦礫が下からの衝撃で弾け飛ぶ。
魔力の嵐が吹き荒れていた。
中心にいるのは、魔竜の力を解放したエリスだ。
イシスの前で魔竜の力は使わないと言った、それを無視するほど、エリスの心の闇は深いというのか。

 

 

 

 

エリス 「・・・・・・」

憎い。

今に始まったわけではない、ずっと心にあった感情だ。
イシスという存在に会った事で、それが弾けた。

母を殺した父が憎い。

自分を置いて、父に殺されながら安らかな顔で逝った母が憎い。

二人をそうさせた、愛という感情が憎い。

誰かを想う心を持った全ての者が憎い。

愛情。
それは己の運命を狂わせたもの。
だから、ただただ許せなかった。
そんなものを、認めたくなかった。

それこそ、魔竜王が望んで植え付けたもの。
エリスの心の闇であった。

 

 

 

 

ゴォオオオオオオオオオオ

部屋全体を、エリスの魔力が覆っていた。
気をしっかり持っていなければ、重圧に耐え切れない。
魔竜王自身を相手にしているような威圧感だった。

イシス 「っ・・・エリス・・・・・・」

?? 「大したものだ」

イシス 「!?」

第三者の声に振り返る。
柱の影から姿を現した男・・・それは・・・。

イシス 「フェンリル・・・」

フェンリル 「深い深い闇だ。魔竜王の器としては申し分ないな」

イシス 「何故ここにいるのですか?」

フェンリル 「ここの門番はわしがやると言うたに、お主に先を越されたのでな。見物だ」

イシス 「・・・・・・」

フェンリルの目は真っ直ぐエリスに向けられている。
その眼光を警戒してか、エリスもその場を動かない。

フェンリル 「なるほど、もう一押しすれば完璧といったところか」

イシス 「どういうことですか?」

フェンリル 「魔竜王はあの男を殺す。小娘の想い人である奴を殺すことで、さらなる憎しみを植え付けるためだ」

あの男というのが誰を指すかは明白だった。
それをエリスの想い人と表現された時、イシスの顔が僅かに引きつったが、続きが気になったために口は挟まない。

フェンリル 「さらに小娘はそのことで自らが憎む愛情というものが自身の心の中にもあったことを認識し、己すらも憎しみの対象とする」

イシス 「そんな・・・」

フェンリル 「憎しみの連鎖だ。そこから生まれる闇こそ、魔竜王の器に相応しい。そしてその器に、魔竜王自らの血を注ぐことで、新たな魔竜王は誕生する。実に楽しみなことだ」

くくく、と満足げに笑うフェンリル。
対するイシスは、やりきれない気持ちで溢れていた。

エリスがこうなってしまったのも無理はない。
そうなるように、幼い頃から仕向けられていたのだから。

新たな魔竜王の器。
ブラッドヴェインは、そのためだけにエリスを生み、育てたのだ。
そこに、親子の愛情などなかった。

イシス 「・・・・・・っ」

イシスは唇を噛み締めた。
彼女の兄は、いつも無表情で何を考えているかわからず、妹に対して優しく接したこともない。
それでもイシスは、自分が兄から愛されている自信があった。

正直、エリスがイシスを憎むように、イシスも少しだけエリスを憎んだ。
千年経って、ようやく再会できると思った彼の傍にいたのは、親友だった少女であった。
自分は愛などいらない、そう言っていた少女が、彼を愛し、彼に愛されている。
許せないと思った。

だがそれでも、イシスはエリスが好きだった。
ゆえに、今自分がするべきこともわかった。

イシス 「エリス」

エリス 「・・・?」

イシス 「行きなさい」

エリス 「・・・・・・どういうつもり?」

イシス 「この先の階段を上って行くと、大きな広間に出るわ。そこの、出て左側の階段を下りれば、あの方と魔竜王が戦っている場所に出る」

エリス 「だから、どういうつもりよ?」

イシス 「・・・早く行かないと、決着がついてしまうわよ」

通れと言うイシスを、エリスは訝しげに見る。
だがイシスも、傍らで見ているフェンリルも動く気配はない。
そして、エリスにとって倒すべき相手はこの二人ではなかった。

エリス 「・・・ふんっ」

二人の敵、特にフェンリルを警戒しながら、エリスは部屋の奥の扉から出て行った。

イシス 「・・・・・・」

フェンリル 「今さらだな。もはや小娘と魔竜王を会わせても何も変わりはせぬぞ。それどころか、彼奴が無残に殺されるところをわざわざ見に行くようなものかもしれんぞ」

イシス 「今の魔竜王如きに、あの方が負けるはずありません」

フェンリル 「道理だな。彼奴が本来の力を取り戻しつつあるのならば、死に損ないの魔竜王では相手にならぬ」

イシス 「・・・フェンリル、あなたは一体何を考えているのですか?」

ずっと疑問に思っていたことを、イシスは問い質そうとした。
確かに彼女達がいる陣営は魔界で最も強い勢力を持っているが、フェンリルならばたった一人でそれを敵にまわしても負けはしないだろう。
何故なら、フェンリル自身の強さもあり、さらにその後ろにはあの邪神ロキがいるのだ。
そんなフェンリルが、一体何を求めてここにいるのか?

フェンリル 「わしの望みはただ一つだ。わからぬか、オシリスの妹よ」

イシス 「それは、何ですか?」

フェンリル 「闘争だ。この身がいつか朽ち果てるその時まで、全てを解き放って戦い続ける宿敵。それこそわしが求めているものだ」

イシス 「・・・・・・」

フェンリル 「新たな魔竜王が誕生しようとしている。だからわしは協力しているのだ。ブラッドヴェインが史上最強たるよう作り上げた最高傑作と戦う。誰にも渡しはせぬ・・・あの小娘はわしの獲物だ。あれが魔竜王となった時、わしと戦うのだ。オシリスの妹よ、今回は見逃したが、わしの獲物を横取りしようというのならば、その身を噛み裂かれる覚悟をするがいい。くくく、くぁーっはっはっはっはっは!!」

邪神ロキの子、フェンリル。
彼もまた、呪われた存在だった。
終末の時に世界を飲み込むと予言された魔獣。
その最後の時まで、この魔獣は戦い続けるのか。

フェンリル 「さて、わしは事の成り行きを見物に行くが、お主はどうする?」

イシス 「・・・魔門で待ちます」

フェンリル 「彼奴が辿り着くとは限らぬぞ。わしが殺してしまうやもしれぬ」

イシス 「あの方は誰にも負けません。たとえ相手が、あなたであろうとも」

フェンリル 「そうか。まぁ、彼奴とルシファーめの戦いの邪魔をすることもあるまい。遊ぶ程度に留めておくとしよう」

エリスが出て行った扉へ向かって、フェンリルもゆっくりと歩いていく。
その姿が見えなくなってから、イシスもその場を後にする。

事の成り行きがどうなるかはわからない。
だがイシスは、彼を信じていた。
そう遠くない内に、再会できる。

イシス 「もう少しです。待っています、祐様」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

つづく