デモンバスターズFINAL
第22話 因縁の決着・郁未vsマギリッド
予想できない状況ではなかった。
だがそうなってみて、しかも自分がその男と対峙しなければならないこと郁未はため息をつく。
よりにもよって、仕事の最中に私怨の絡んだ相手と出くわすとは。郁未 「ま、あれね。こうやって面と向かって会うのはシルバーホーン以来だけど、セリシアにほたる、さらには六天鬼と、随分かき乱してくれたわね」
マギリッド 「全ては私の天才的研究の賜物だよ。残念ながら完全なる成功作にはまだ達していないが、そのための新たな素材の存在もわかった」
郁未 「それがブラッディ・アルドだっていうの?」
マギリッド 「そのとおり! 彼は実に得難い存在だよ」
確かに得難い存在だろう。
というかあんな存在が二人もいるなどと考えたくもないと郁未は思った。
あれは本物の化け物だ。郁未 「あんたの研究に役立つ、っていうなら確かに役立ちそうではあるけど・・・」
究極の魔導兵器。
マギリッドが生み出そうとしているものがそれなら、アルドはまさしく自然に生まれたそれだった。他の誰も気付いていないことを、郁未だけは気付いていた。
アルドの血液の中には、魔に属するモノが寄生している。
微生物のような、最小単位の魔獣というべきか。
群体のような、液体に溶け込んでいるようなそんな未知の存在だ。
微細とはいえ魔獣のはしくれである以上、その力は想像を絶する。
そしてさらに恐ろしいことは、そんなモノを体内に寄生させていながら制御しているアルド自身だった。郁未 「やめておきなさい。アレは、あんたの手に負えるようなモノじゃないわよ」
マギリッド 「だからこそ価値があるのではないかね。手の届く範囲にある素材は調べつくしたのだよ。だが、世にはまだ研究しても研究しつくせないほどの存在に満ちている! 例えば魔界! さらには冥界!」
郁未 「・・・・・・」
マギリッド 「この地を支配する者どもを見よ。人を遥かに超越した存在。死者の魂すらも呼び起こす力。何から何まで素晴らしい、私の探究心は尽きることはない!!」
魔神というものがどれほど強大で、彼如きの手に負えないことを理解できないほど、この男は馬鹿ではない。
それを知った上であえて、もっとも危険な研究を行おうとしている。
そのあくなき探究心と向上心は、常に強さを求めて進化している彼らデモンバスターズにも通じるところがあって、敬意すら感じさせられる。しかし、決定的な違いがある。
デモンバスターズが流す血は敵のものだけだ。
この男の研究は、罪無き者、戦う意志無き者の血と涙が流れすぎる。魔の力までも手に入れたこの男の狂気は、もはや危険過ぎた。
郁未 「やっぱり、あんたはもっと早くに殺しておくべきだったわ」
マギリッド 「ほう」
郁未 「でも、今からでも遅くない。いい加減あんたとの因縁も、お終いよ」
マギリッド 「・・・君には大事な研究を邪魔されたことがあったな。今にして思えば些事であったが、報復行為というものの心理を私自らをもって研究してみるのも悪くない。新しい研究結果の判定もかねて、5分ほど実験を行うとしよう」
郁未 「5分もいらないわ。あんたとの私闘にのんびり構ってるほど暇じゃないの。3分で終わりよ」
ダッ
地面を蹴って郁未が一気にマギリッドの懐へ入り込む。
驚異的な速度の踏み込みに、さしものマギリッドもまるで反応できない。郁未 「龍気掌!」
ドンッ!
直撃。
確かな手ごたえとともに、マギリッドの腹部に穴が空く。郁未 「!?」
あまりにもあっけなさ過ぎる結果に呆気に取られる間もなく、左右からの攻撃を受ける。
素早く身を引いてかわすと、今度は四方から同時に、何かが仕掛けてくる。郁未 「ちぃっ!」
正面から来た相手を裏拳で右にいなし、右から来た相手にぶつける。
続けて後方宙返りで背後の敵のさらに後ろにまわり、左から来る相手に対する盾とした。郁未 「龍気刀!」
ズバッ!
ぶつかり合い、もつれあった四体の敵を、全てまとめて龍気刀で両断する。
八つの肉塊と化したそれが地面に転がる。郁未 「・・・悪趣味ね」
襲ってきた四体の敵、それらは全てマギリッドだった。
正確には、その姿をした人形といったところだろうか。マギリッド 『くきゃーっきゃっきゃっきゃっきゃ! どうかね、ブリリアントでエクセレントなこの私の分身達は。素晴らしいとは思わんかね?』
四方からマギリッドの声が響く。
広い部屋で反響しているだけでなく、本当に何人ものマギリッドが喋っているのである。
ざっと見渡しただけで、50人以上のマギリッドが高笑いを浮かべている光景は、郁未ならずとも悪趣味と表現したくなるものだった。マギリッド 『一つの固体に無限の再生能力を持たせるやり方には色々と弊害があったねぇ。これは新たなアプローチだ。一つが倒されたのなら次を出せば良い。無限生成だよ』
郁未 「・・・世の中があんたで溢れかえったら、あんたも狂った奴って定義されることはないんでしょうね」
マギリッド 『それは素晴らしい世界だな。是非とも実現させてみせよう』
郁未 「くだらないわね」
真に強者と呼ばれる者、偉大なる者は、オンリーワンだからこそ尊いのだ。
仮にマギリッドが自称通りの天才として、マギリッドしかいない世界ではその天才に意味などない。
無限などに意味はない。
有限の中の唯一だからこそ、個の存在は輝かしいものになる。郁未 「それが、あんたの限界よ」
マギリッド 『私に限界などない。私は無限だ! この世で最も偉大なる天才なのだよ!!』
郁未 「それが矛盾なのよ」
郁未は膨大な気を練り上げる。
かつてないほど巨大な気の流れを、部屋の中を乱気流のように渦巻く。マギリッド 『むぉ!?』
郁未 「龍王滅界!!」
ゴォオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!
激しい風と、その摩擦熱が引き起こす雷撃が渦巻く。
それはまさしく、竜巻そのものであった。
地面を、壁を、柱を、そこに存在する全ての敵を薙ぎ払う、荒れ狂う竜巻である。マギリッド 『のぉおおおおおおおおおおお!!!!!』
数十体のマギリッドは、全てその竜巻に飲まれて消滅していく。
あるものは暴風に身を裂かれ、あるものは雷撃に焼かれ、あるものは崩れ落ちる瓦礫に押しつぶされ。数秒後、部屋に郁未以外の動く者は存在していなかった。
郁未 「・・・・・・」
だが、すぐに別の魔力が感じ取れた。
そして、四方から、また新しいマギリッドが生成され、出現する。マギリッド 『くきゃきゃきゃきゃ! 無駄だ! 私の存在は無限なのだよ!!』
郁未 「・・・いいえ、そろそろ3分。終わりよ」
もはや郁未の目は、周囲に無数に蠢くマギリッドの紛い物には向いていなかった。
狙うは、本体のみ。郁未 「捕まえた」
ドゴッ!!
何もない空間に向かって、郁未は掌底を叩き込む。
すると分身は全て動きを止め、郁未の攻撃の射軸上から、血を流す本物のマギリッドが姿を見せ、倒れこんだ。マギリッド 「ごほっ、ば・・・ばかな?」
驚愕の表情に彩られるマギリッドを、郁未は冷ややかに見ていた。
郁未 「これまでよ」
マギリッド 「な、何故・・・?」
郁未 「無限生成と言ったわね。確かにそれなりに有効な手段ではあるけれど、その源となる力は必ず本体から発せられているはず」
マギリッド 「!!」
郁未 「一時に全てを吹き飛ばしたのは、あんたが一気に新しい分身を作る際の気の流れを読むためよ」
巧妙に隠していたつもりだろう。
そんなものを読まれるはずがないとタカをくくっていたのかもしれない。
だが、力の流れを読むことに関しては、郁未の右に出る者はない。郁未 「最期よ、マギリッド」
マギリッド 「ま、まだだ!」
後ずさるマギリッドの体を、郁未はよく見てみた。
負わせた傷が再生しだしている。マギリッド 「無限生成は破れようと、私にはまだ無限再生の力がある。そう、偉大なる天才たるこの私に敗北などないぃぃぃ!!!」
郁未 「そう、それは厄介ね」
誰にとって厄介か。
それは郁未ではない、マギリッド本人にとってもっとも厄介だった。郁未 「楽に死ねないと、きついわよ」
マギリッド 「何?」
郁未 「・・・龍門、開放」
言葉が放たれるとともに、マギリッドの足下が抜けた。
物理的に抜けたわけではないが、マギリッドは足場を失って落下しだす。
というよりも、地面に飲み込まれていく。マギリッド 「ヒッ!? な、なんだこれは、どうなっているぅ!!?」
郁未 「私は普段、龍門から流れ出る大地の気を使って戦っている。その逆まわしよ」
気の流れを逆転させる。
即ち、地上に存在する気を、大地に返す。郁未 「無限を気取るあんたがいかにちっぽけな存在か、真に偉大な大地の中で思い知りなさい」
マギリッド 「ま、待て! 私はマギリッド・Tだぞ!? この世界で最も偉大な、超天才だ! 私が消えるなど、世界にとって大きな損失だ! わかっているのかぁ!!」
郁未 「確かに、あんたは天才かもしれない。けど、少なくとも私は、あんたがこれ以上くだらない研究とやらを続けるのは、我慢ならない!」
マギリッド 「わ、私はぁ!! 私は天才ッッッ!! 私はスゥゥゥゥパァァァァァァ!!!!! マギリッド・Tであぁぁぁぁぁぁあああああ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
狂気の表情を浮かべながら、マギリッドは地脈の中へ、吸い込まれていった。
大地が内包する激しい気の流れの中では、その操り方を知らない普通の人間は何分ももたないだろう。
だがマギリッドは自らの研究の賜物である無限再生の力を持っている。
それが枷となって、楽には死ねない。
その身が粉々に四散するまで、長い苦しみの中で死んでいくのだ。郁未 「命を冒涜する奴には、似合いの末路よ」
マギリッド・T。
この男は確かに天才だったかもしれない。
その力と頭脳を、もっと違うことに使っていれば、一角の人間になっていたであろうに。
道を踏み外した者の哀れであった。
バベルの塔の外では、激しい乱戦となっていた。
京四郎とアシュタロス、楓と榊が広い場所を求めて移動した後、残った者達同士での戦いが始まっていたのだ。セリシア 「!」
そんな中、セリシアは胸に疼くものを感じて立ち止まった。
セリシア 「・・・・・・」
琥珀 「どうしたの、セリシアちゃん?」
近くにいた琥珀も立ち止まって尋ねる。
二人とも、動きを止めたのは僅かな間で、攻撃の手は休めていない。セリシア 「・・・なんとなく、感じた。今、あいつが死んだ」
琥珀 「あいつ・・・・・・あの男が?」
セリシア 「うん」
琥珀 「そう・・・きっと、郁未さんが、やったんですね」
セリシア 「たぶんそう。・・・・・・生みの親だけど、嫌な奴で、ずっと嫌いだったけど・・・・・・なんだか、ちょっとだけ、悲しい・・・のかな?」
琥珀 「・・・・・・」
祐一 「・・・・・・」
扉を開けたその先で待っていたのは、予想外の相手だった。
別にそいつがいておかしいということはないのだが、こいつは別の場所にいると思ったのだ。祐一 「・・・魔竜王、か?」
ブラッド 「ぐふふ、こうして相対するのははじめてだな、闘神」
ダークグリーンの鱗、真紅の眼、ドラゴンとしては小柄だが、圧倒的な威圧感を放つ存在。
魔界を二分すると言われる二大魔獣の片割れ、魔竜王ブラッドヴェイン。
地上や天界の伝承にはあまり名の見られない存在だが、その力は魔界屈指だ。祐一 「意外だったな。あんたはエリスのところにいると思ったのによ」
ブラッド 「その前に貴様に用があるのだよ。個人的に貴様の力を見てみたいという願望もあるがな」
祐一 「・・・同じような立場にいる奴は、同じような精神構造をしてやがるんだな」
ブラッド 「フェンリルのことか?」
祐一 「ああ。おまえと奴がつるんでるなんて、魔界の一大事だろ」
魔界最強最凶の二大魔獣。
それは即ち、真魔の血脈に連なる魔竜一族の王たるブラッドヴェインと、あの邪神ロキの子たる終末の魔狼王フェンリルのことだ。
二大魔獣が戦う時、世界が滅ぶとまで言われた化け物が同じ陣営にいたら、敵無しで当然だろう。ブラッド 「奴が我らに加わったのはつい最近よ。その前はしっかり我らと敵対しておったわ」
祐一 「なら、おまえに傷を負わせたのも奴か」
ブラッド 「引き換えに、こちら側に引き込んだがな」
・・・どこか引っかかる話だな。
魔竜王ほどの奴が、宿敵フェンリルとの戦いをあえて避けて、しかも望んで味方に引き入れたような言い回しだ。
その力を欲している・・・何のために?ブラッド 「お喋りはこのくらいにして、始めようではないか」
祐一 「待てよ、おまえがここにいるなら、エリスの相手は誰なんだ?」
ブラッド 「我の知ったことではないな。行くぞ」
色々と気になるところはあるが、今は戦うしかないか。
全力で行かない限り、勝てるような相手じゃない。
エリス 「・・・・・・何で?」
そこにいたのは、思っていた相手とは違った。
しかし、よく知った相手でもあった。エリス 「イシス・・・」
イシス 「おひさしぶり。魔竜王じゃなくて、意外かしら?」
エリス 「・・・・・・」
彼女の言うとおり、意外なことだった。
互いに執着しているのは、エリス自身も、ブラッドヴェインも同じだったはず。
これ以上ないほど、決着をつけるに相応しい地で、何故目の前に姿を現さないのか。イシス 「魔竜王は、あの方に用があるようです。私も、あの方にお会いしたいけれど、その前に、あなたに会っておきたかった」
エリス 「・・・あの方?」
イシス 「わかっているでしょう。私がずーっと待ち焦がれていた、あの方よ。やっと・・・帰ってきてくれた。もうすぐ、会える」
イシスは、ぎゅっと胸の前で両手を握り締める。
そうやって、あの方とやらを想う仕草は、かつて共にいた時、エリスは何度も見てきた。エリス 「・・・・・・」
そして、そのことが、エリスは、たまらなく不快だった。
エリス 「あんたのくだらない感情はどうでもいいわ。アタシは先へ進むから、そこをどきなさい」
イシス 「くだらない? 私の想いを、くだらないとあなたは言うの?」
エリス 「ええ、言うわ。千年も昔に死んだ奴のことなんかいつまでも未練がましく想ってるなんて、くだらないわ。アタシはね、あんたのそういうところが、ずっと大嫌いだったのよ!」
イシス 「そう・・・。私も、あなたが憎いわ。私の想いをそうやって否定しておきながら、素知らぬ顔であの方の傍にいるあなたが」
エリス 「・・・意見は合いそうもないわね」
イシス 「ええ、私もそう思います」
エリス 「退く気がないなら、力ずくで行くわよ!」
つづく