デモンバスターズFINAL

 

 

第19話 さやかと蠅の王

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さやか 「高いところから景色はまず絶景っていうのがお決まりだけど、こう何もないとそうも言い切れないね」

見渡す限り荒れ果てた赤い大地。
天も低く、赤黒く。
世界の終末が訪れたなら、こういう世界なのかもしれないと、漠然とした想像が浮かぶが、それすらももう少し情緒があろうというものだ。
ここには、本当に何もなかった。

さやか 「ここは何なの、ベルゼブル君?」

ベルゼブル 「この世の摂理に反して作られた虚無の世界、または天地魔界の狭間にある異空間。表現するとしたらそんな感じだろう」

窓辺にいるさやかとは部屋の中央をはさんで真反対に位置する玉座に腰掛けた魔神、ベルゼブルがさやかの問に答える。

さやか 「曖昧だね」

ベルゼブル 「それはそうだ。ここは本来形などない場所。我々の計画のために、仮初の存在を与えているに過ぎない」

元々は完全に何もない空間なのである。
曲がりなりにも大地と、今さやか達がいる建造物があるわけでもマシというものか。

ベルゼブル 「まぁそれはさておき、来てくれて嬉しいよ、白河さやか嬢」

さやか 「私がここに来た目的なんて見透かしてるくせに、そんな風に言うんだね」

ベルゼブル 「もちろんわかっているとも。私を殺しに来たのだろう」

肯定も否定もしない。
だが、沈黙が何よりも肯定の意志を表していた。

ベルゼブル 「それでも君がここに来てくれて嬉しいよ。君を私のものにするチャンスが訪れたとともに、君という力を我らの敵から奪うことができたからね」

さやか 「そう思う?」

ベルゼブル 「君は野放しにするには少々物騒な鳥だ。籠の中に入れておきたいというもの」

さやか 「わからないなぁ、ほんとに」

ベルゼブル 「何がかな?」

玉座から立ち上がり、ベルゼブルはさやかに向かって歩み寄る。
ゆっくりと歩いてくる男に向かって、さやかは言葉を続ける。

さやか 「朱雀の力も失った私は、本当にただの人間の魔術師だよ。君が脅威を感じるような存在じゃない」

明確な事実を述べるさやかの横を素通りし、ベルゼブルは窓辺に立つ。
互いに背を向けた状態で、二人は立っていた。

ベルゼブル 「私はね、人間という存在を過小評価はしていないつもりだ」

さやか 「・・・・・・」

ベルゼブル 「現にベリアルは、その人間に傷を負わされた。そして、何人にも束縛できぬほどの力を持っていたかの闘神の陥落させたのは、他ならぬ人間の娘だったのだから」

さやか 「闘神・・・」

ベルゼブル 「そして君は、その男にもっとも近しい人間でもある」

さやか 「近かった、だよ。もう祐一君のことは捨ててきちゃったから」

ベルゼブル 「それはますます嬉しい。君の心を奪うための障害が一つ取り除かれたわけだ」

実に侮れない存在だと、さやかは思った。
この世界でもっとも強大な存在の一つたる魔神の中でも最強クラスの者が、もっとも脆弱な存在の一つたる人間を恐れていると言う。
もちろん、恐れていると言っても戦って負けるなどとは微塵も思っていない。
しかし、己が存在を脅かすものになりうると感じている。

頂点にいながら、慢心がない。
これほど手強い相手もいまい。

さやか 「・・・・・・(大博打を挑んでるね、私は)」

祐一達と離れてまで、相手の懐にもぐりこんだ。
それが果たして功を奏すかどうか、今後情勢がどう傾くかによって変わってくる。

相手が魔神ほど強大な存在であっても、正面からぶつかれば祐一達は互角に戦う。
だからこそ逆にさやかは、ベルゼブルという男が怖かった。
何をしでかしてくるかわからない・・・たった二度会っただけで、さやかはベルゼブルの特性を見抜いていた。

互いに相手を脅威に感じつつ、奇妙な縁で惹かれ合う、さやかとベルゼブル。

さやか 「・・・・・・」

ベルゼブル 「・・・ほう」

さやか 「?」

自分以外の何かに対して向けたベルゼブルの声に、さやかは振り返る。
するとそこに見た光景は、この虚無の世界の赤黒い空を覆う白い光だった。

さやか 「あれは・・・」

ベルゼブル 「さすがは天軍。早くもここを嗅ぎ付け兵力を送りつけてくるとはね。もっとも・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

アシュタロス 「いささか遅すぎたな、美しくも忌まわしい神の御使い達よ」

巨大な建造物。
外から見ると、それがとてつもなく大きく、高い塔であることがわかる。
上から見たときはわからなかったが、荒廃した大地には生物がいた。
この終末のごとき世界に相応しい、獰猛で凶悪な姿をした魔獣達が。

アシュタロス 「もはや今さら攻め寄せたところで、我らが塔は落とせぬよ」

?? 「あれが、神の軍勢というものか」

塔の下にいるアシュタロスの傍らには、一人に女がいた。
黒い衣を頭からかぶっているため、顔は見えない。

アシュタロス 「そう、我らが不倶戴天の敵だとも」

?? 「・・・あれも倒せと言うか?」

アシュタロス 「まぁ、もう少し待ちたまえ。上で少々取り込むであろうしな。それにもはやあれは前座に過ぎぬ。美しき君にとって倒すべき者の前に、軽く蘇ったその体を慣らす練習台にすれがよい」

?? 「ふっ、そうさせてもらうとしよう」

女とアシュタロスが話している間に、光の軍勢は塔へと迫る。

 

 

 

 

 

 

 

ルシファー 「やぁ、メタトロンか。さすがに行動が迅速だね」

天軍を率いてやってきた、白き六枚の翼を持った天使に対し、ルシファーは親しげな口調で話しかける。
相手の天使は、それに対して無表情だった。

メタトロン 「ルシフェル・・・」

ルシファー 「懐かしいな。まだ僕をその名で呼んでくれるか、古き友、大天使長メタトロンよ」

メタトロン 「古き友、ルシフェル。否、堕天使ルシファーよ、天に弓引く数多の所業、もはや許されぬ」

翼を持った天使達が、一斉にその武器を構え、ルシファーに向ける。

メタトロン 「その身に一欠けらでも神を敬う心があるのならば、最後に祈るがよい」

ルシファー 「残念だけど、僕の心にはもはや一片たりとも神を敬う心はない。そう、君達に言わせれば、僕は神に反逆する、大罪者さ」

メタトロン 「ならば、神の御名のもと、断罪する」

暗い天が、一瞬光に満ちる。
数万の天使が番えた矢が、一斉にルシファー一人に向かって放たれたのだ。

カッ!!!

全てを飲み込むような光に包まれた後・・・・・・

ルシファーと塔は、何事もなかったかのごとく健在だった。

メタトロン 「馬鹿な・・・」

ルシファー 「・・・来るのが遅かったよ、メタトロン。まぁ、君達に気付かれないよう、細心の注意を払って行動してきたのだけどね」

メタトロン 「何?」

ルシファー 「もはやこのバベルの塔は、いかなる攻撃によっても崩れることはない。世界を滅ぼすほどの力か、それを内包する神器でももってしなくてはね。例えば、オーディンが持つ神槍グングニルでも持ってくればよかったね」

メタトロン 「馬鹿なっ、そのようなことが・・・!」

ルシファー 「できるさ。1000年もかけたのだからね」

1000年。
それは人にとっては果てしない時間。
そして、神や魔にとってさえ、長い長い時を示していた。

ルシファー 「塔の中に入りたければ、下の門を使うしかない。しかし・・・」

少し悲しげに、ルシファーは顔を伏せ、それから改めて顔を上げて天使メタトロンを見上げる。

ルシファー 「古き友、メタトロンよ。僕は間違っているかい?」

メタトロン 「何を馬鹿な」

ルシファー 「間違っているのは、この世界ではないのか?」

メタトロン 「貴様・・・」

ルシファー 「だから僕は、この世界を変える。正しき姿へと」

メタトロン 「このっ、万物を恐れぬ不届き者めが! その思いあがり、この大天使メタトロンが神に代わって正してくれよう!!」

まさしく光そのものとなって、メタトロンは急降下する。
目指すは、バベルの塔への唯一の入り口たる門。
そこを突き破り、再び最上を目指して反逆者の首を取る。
そのために、メタトロンは光となり、他の天使もそれに続いた。

ルシファー 「残念だよ、古き友、メタトロン。じゃあ、さよならだ」

 

 

 

 

 

 

光が降って来る。
時間にすればそれは数秒だったろうが、思わず見とれるほどの光景だった。

さやか 「・・・綺麗」

その一瞬を絵として描けと言われたら、喜んでそうしたい。
そう思わせるほど美しく、かつ力強く、幻想的な光景だった。

中でも最も輝かしい一条の光が、さやかのいる塔の中腹付近を通り過ぎる瞬間・・・・・・

ドシュッッッ!!!

さやか 「っ!!」

下から伸びてきた闇に、貫かれた。
光は色あせ、信じられないといった表情をした天使が闇に呑まれている。

 

 

 

 

 

 

アシュタロス 「実に美しい。さすがはオシリスが己が魔力の大半をつぎ込んで呼び出した存在とその操り手よな」

闇は、黒い衣の女の足下から伸びていた。
真っ直ぐ天に向かって伸びた闇が、大天使メタトロンを一撃のもとに葬り去ったのだ。

?? 「何だ、天軍を率いる大天使とやらも、この程度か」

アシュタロス 「いや、天軍は確かに脅威となる力を持っている。だが彼ら天使は・・・」

悲しげな表情を作り、アシュタロスは手にした花を遥か上空で屍となった大天使に奉げる。

アシュタロス 「悲しいから彼らは、己が天で最も偉大な者に仕える最強の存在と信じている・・・・・・天界最弱の軍勢なのだよ。何故ならば・・・」

 

 

 

 

 

ルシファー 「天使は神ではない。だから、魔を冠する者であっても、神である存在には勝てない」

 

 

 

 

 

ベルゼブル 「そう。天使では神に勝てないのだよ、さやか嬢。唯一、神への敬意を失くした堕天使以外はね」

天に仇名す存在であろうと、神であることに変わりはない。
だから、例えそれが、神の敵対者たる魔神であっても、天使は神には勝てない。
天使は、それを知らない。

ベルゼブル 「悲しい存在だろう、天使は」

さやか 「・・・じゃあ、天使って、いったい何なの?」

ベルゼブル 「いずれわかるさ。さぁ、始まったようだ。前座の幕開けだ」

大地より飛び立った無数の魔獣が、無数の天使の軍勢へと襲い掛かる。
神ではない魔獣相手ならば、相克関係は生まれない。
しかし、指揮官を失った軍勢は、脆かった。

美しかった光の光景は、転じて阿鼻叫喚の地獄と化した。
まさしく失楽園。
そんな光景までも、美しいと思ってしまう自分に、さやかは怖気がした。

狂おしいほど血と死に満ちた光景。
これもまた、一つの芸術であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

かつての仲間であった天使達が、次々と落下していく。
その光景を、悲しげな表情でルシファーは見ていた。

ルシファー 「・・・やはり、哀しき運命だ」

天にありし者の代行者たる天使。
しかしその実体は、これである。

無力。
あまりに無力であり、ルシファーもまた、そんな存在の一人であった。

ルシファー 「祐、早く僕のもとへ戻ってきてくれ。君がいないと、この世界は変えられない」

闘神祐漸。
伝承に残ることはなかった、しかし最強の魔神の一人。
そして、運命破壊者の一人。
世界によって定められた運命に逆らうことのできる力を持った、数少ない存在であるその力が、今ルシファーには必要だった。

 

 

 

 

 

 

 

さやか 「運命破壊者・・・」

ベルゼブル 「正式な名称ではないが、他に呼び方もないのでね」

天界と魔界の運命を覆す。
それが目的なのだと、ベルゼブルは言った。
そしてその鍵を握るのが、運命破壊者と呼ばれる存在であると。

ベルゼブル 「神や魔神であっても、運命に逆らうことはできないのだよ。それができる者はごく限られている。闘神祐漸の他には、邪神ロキ、それに・・・私もその一人だ」

さやか 「君も?」

ベルゼブル 「そう。ただし、そのことを知っているのは私自身と、今知った君だけだ」

さやか 「どうして、それをルシファーに教えてあげないの?」

ベルゼブル 「私はルシファーの望みを叶えない。私とルシファーの目的は違うのだよ。だがまったく違うというわけではなく、ある意味においては同じと言える」

妙な言い回しである。
結局同じなのか、違うのか。
ただ一つ確かなのは、この男が裏で、仲間の者達をも欺いているということだった。

ベルゼブル 「さて、話はこれくらいにしておこう。そろそろ、主賓が到着する頃合だ」

さやか 「・・・・・・」

ベルゼブル 「君は好きにしているといい。この塔の部屋は一部を除いて鍵などついていないゆえ、どこでも自由に使いたまえ」

さやか 「籠の鳥にするんじゃなかったの、私を?」

ベルゼブル 「塔の中にいれば充分さ。上へ行くことはどうせ叶わないしね」

そう言い残して、ベルゼブルは出て行った。
残ったさやかは今後のことを考える。

自由に動いていいと言ったのは、そうされてもまったく問題がないからだろう。
上へ行くことはできないと言った。
つまりそれは、裏を返せば上へ行かれると困るということか。

さやか 「どうしたものかな〜?」

この塔、バベルの塔と言ったか。
1000年もかけて魔界で建造したものを、次元の揺らぎを利用してここまで運んだという。
それだけの手間をかけたのだから、計画とやらの要はこの塔そのものであろう。
しかし、天軍の一斉攻撃を受けてもビクともしなかった以上、普通に破壊することは不可能だ。
ならば、中枢となる部分を破壊するしかない。

さやか 「やってみるしかないよね」

仲間すら欺く策略をめぐらすベルゼブルの裏をかき、出し抜かなければならない。
これは、さやかとベルゼブルの戦いである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

つづく