デモンバスターズFINAL

 

 

第4話 偽りのペルソナ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バンッ!

エリス 「いったい何を考えてるのよ、あいつはっ!!」

朝の水瀬家食卓にエリスの大音声が響く。
ちなみに食卓というが、テーブルの上はやたら質素に、パンが置いてあるだけだった。
そして、二枚の書置きが並んでいる。
一つは祐一。
一つは琥珀の名が記してあった。
どちらもしばらく留守にするという文面である。

楓 「エリスちゃん、元気だね・・・」

昨日の今日で、既にエリスは全快状態だった。
楓の方は体のところどころに包帯を巻いており、今も京四郎の手当てを受けている。

楓 「ありがと、京四郎さん」

京四郎 「いいえ。こう見えて僕は医者ですから」

医者としての知識と、昨日見せた力を癒しに使うことで、人々を助けながら諸国を歩き回っているのだと、京四郎は自分のこれまでについて語っていた。
仲間内では回復役を担っていた楓だが、京四郎の医療技術には舌を巻いている。
ここまで念入りな手当てという作業を、楓はしたことがない。

楓 「・・・・・・いや、というよりは、その必要がなかった、か」

そもそも彼女の仲間達は重傷と呼ばれる容態だろうと構わず暴れまわり、傷など唾をつけておけば本気で治ってしまうような化け物ばかりであった。

楓 「今思うと、私はとんでもない人達の仲間やってるよね」

エリス 「何気に失礼よ、あんた。しかも自分だけはまともみたいなこと言って。あんたこそ断崖絶壁から落ちてけろっとしてたでしょうが」

さやか 「健康なのはよきかなよきかな」

往人 「琥珀、パンが足らん」

翡翠 「翡翠です。それと、わたしでよろしいのですか?」

往人 「む・・・」

美凪 「・・・おまち」

往人 「おお、待ってたぞ」

香里 「ちょっと栞、あんたパンに何つけてるのよ?」

栞 「え? バニラアイスです。おいしいですよ」

名雪 「ふわ・・・・・・おはようござまふぅ・・・・・・あのねお母さん、祐一がしばらくでかけるって」

秋子 「ええ、そうね」

香里 「遅いわよ。もうみんな知ってるわ」

名雪 「あれ、そう?」

セリシア 「ねぇ、いつもこんな賑やかなの、ここは?」

さやか 「まぁ、そうだね。今朝はマシな方かも」

 

バンッ!!

 

エリス 「やっかましい!! どいつもこいつも何日常してんのよ!」

さやか 「まぁまぁ、とりあえず食べて落ち着こうよ。お腹空いてると怒りっぽくなるんだよ」

エリス 「むぅ・・・・・・」

差し出された五段重ねのサンドイッチを、エリスは一時に口に放り込む。
10歳ほどの姿から15、6歳ほどの姿になったエリスは間違いなく10人が10人美人と言う容姿なのだが、口の中いっぱいにものを詰め込んで頬を膨らませている状態では、その美人も台無しであった。

エリス 「んぐ・・・・・・・・・で、この書置き」

行き先に関しては概ね検討はついている。
おそらく、魔族達のところへ向かったのだろう。
何を考えてかはわからないが。

楓 「祐一君だってもう子供じゃないんだから、そんなに目くじら立てることじゃないと思うけど」

エリス 「事と次第によるわよっ。あいつらは本気でやばいのよ」

楓 「確かに、普通じゃない感じはしたね。魔王よりもさらに上の位の、魔神、か・・・」

さやか 「ま、そのこともそうだどさ」

テーブルに上に投げ出してある二枚の書置きを手の中でさやかは弄ぶ。
留守にする、心配するな、という類のことが書かれている。
文面までほとんど同じだ。

さやか 「・・・なーんかさぁ、最近あの二人、仲いいんだよねぇ」

エリス 「(ピクッ)」

あからさまに不機嫌さを表に出すエリスと、どこかおもしろくなさそうな表情のさやか。

エリス 「・・・・・・アタシ、ちょっと散歩に行ってくる。長くなるかもしれないから」

さやか 「私も、ちょっと出かけてくる」

てくてくと部屋から出て行く二人。
テーブルの上には、灰になった紙切れがぽとりと落ちる。

セリシア 「あ、さやか、あたしも・・・」

さやか 「ん〜・・・・・・ぎゅっ」

セリシア 「わっ」

後ろからついてきたセリシアの体をぎゅっと抱きしめるさやか。
驚いたセリシアは、しかし嫌そうではなく、むしろ気持ち良さそうにしている。

さやか 「う〜ん、エリスちゃんはおっきくなっちゃったけど、セリシアちゃんをぎゅってする楽しみができたよ〜」

セリシア 「〜〜〜」

さやか 「けどごめんね。今回はお留守番してて。みんなに迷惑かけちゃ駄目だよ」

セリシア 「・・・わかった」

セリシアを放すと、改めてさやかは部屋を後にした。
やんわりとした口調だったが、明らかにさやかは誰かがついてくることを拒んでいた。
エリスにしても同じことである。

楓 「かわいいよねぇ、二人とも」

京四郎 「青春ですね」

出かけていく二人の背中を、楓達は微笑ましく見送った。

楓 「・・・・・・」

だが、事がそうそう単純なものでないことは、詳しい事情を知らない楓にもわかっていた。

芽衣子 「良いのかな、あのまま行かせても」

楓 「え?」

いつからいたのか、神出鬼没な少女、橘芽衣子がそこにいた。
カノンから共にここまでやってきたのだが、姿を見せたり見せなかったりだった。
そして、同じ巫女として、楓は彼女に何か感じるものがあった。

芽衣子 「よからぬことが起こる」

楓 「それは、先見?」

芽衣子 「いや、ただの勘だ。あなたも感じているのではないか?」

楓 「・・・・・・」

祐一は弟。
エリスは姉。
さやかは妹。

血は繋がっていなくても、楓は三人のことをそう思っていた。
いずれも、自分などより遥かにしっかりとしていて、心配する必要などないのだが、それでもやはり心配する。
そんな三人が無事“ここ”へ帰ってくるよう、楓は祈った。

楓 「!!」

その瞬間、唐突に感じてしまった。
芽衣子のような明確な先見の力は持たないが、巫女という存在であるがゆえに予感というものがよく働く。

 

あの三人はもう、ここへ戻ってこない。

 

そんな感じがしてしまった。

楓 「(まさか、ね・・・・・・)」

杞憂であってほしい。
楓はそう願った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シルバーホーンを出て、真っ直ぐ西へ向かう。
俺の目指す目的地は、カノンよりもさらに西に位置している。
馬車に揺られながら、俺と琥珀は黙って流れる景色を眺めていた。

何をしに行くのか、と問われても答えに窮する。
連中の仲間になる気など、ましてや奴らが望む王になるつもりなど俺にはまったくない。
だからといって、正義のため、この世界のために奴らを倒すなんてのは俺のガラじゃない。
それに、いくら少しばかり昔の力を取り戻したといっても、まともに戦って勝てる相手でもない。
なら、俺はいったい何をしに行こうとしているのか。

昔馴染みに会いに。
それはおかしい。
記憶はあっても、その頃の思いは今の俺にはない。
若干懐かしいとは感じても、連中に対してそれ以上の感慨は沸かない。

強い敵に会いに。
そうかもしれない。
かつて戦った魔王よりもさらに上の力を持った魔神とどこまで戦えるか、それを試してみたい。
だが、本当にそうなのかはやはりわからない。

琥珀 「難しい顔をされていますね、祐一さん」

祐一 「そう見えるか?」

琥珀 「はい」

ポーカーフェイスは得意なつもりだったが、こいつの前では通用しないらしい。

・・・そういえば、ずっとこいつに聞いてみたいことがあったのを思い出す。

祐一 「琥珀」

琥珀 「はい?」

祐一 「おまえともそれなりに長い付き合いになってきたが・・・」

琥珀 「あらあら、長い付き合いだなんて」

祐一 「真面目な話だ。そうやっておまえを見てきて思ったことだが・・・・・・おまえは何だ?」

琥珀 「はい?」

不思議そうな顔で問い返してくる。
確かに、我ながら変な質問だとは思う。
しかしそれ以外に尋ねようが思いつかなかった。

祐一 「他の奴は気付いてなさそうだがな・・・おまえを見ているとは、俺はどうも嘘を感じてしょうがない」

琥珀 「嘘、ですか」

祐一 「最初に気付いたのは、あのヒョロメガネが水瀬屋敷に来た時」

琥珀 「・・・・・・」

琥珀の顔から笑顔が消える。
しかし、あの時のように憎悪が生まれることはなかった。
能面のような無表情だが、今度こそはじめて、嘘のない琥珀の姿を見たように感じた。

祐一 「あの時おまえが見せた憎悪の顔を見て、おまえの笑顔が仮面のようなものだと俺は思った。だがその後で思ったのは、その時に見せた憎悪さえ、おまえにとっては仮面だったんじゃないか、ということだった」

琥珀 「・・・どうして、そう思われたんですか?」

祐一 「ただの直感だ。だが、笑っている琥珀も、憎んでいる琥珀も、怒っている琥珀も、全て偽りだ。そういう琥珀を、おまえは演じているに過ぎない」

琥珀 「・・・・・・」

それが俺の出した結論だった。
不可解というなら、こいつは他の誰よりも不可解な奴だ。
全ての仮面を取り払ったら、まるで感情のない、人形のような・・・。

琥珀 「よくわかりましたね」

色のない声だった。
いや、普段と変わらない声に聞こえるが、いつものような周りを和ませる温かみはない。

琥珀 「祐一さんの仰るとおり、考えているとおりです。わたしは、感情も意志もない、人形なんです」

祐一 「・・・・・・」

琥珀 「少し驚きました。それに気付いてるのは、翡翠ちゃんだけだと思ってたのに。秋子さんも、さやかさんも気付いてないと思ってました」

祐一 「そうかもしれないな」

あの二人も何を考えているかわからないところがあるが、それでもこいつに比べたマシかもしれない。
だからたぶん、あの二人もこいつの本質には気付いていない。

琥珀 「翡翠ちゃんは、子供の頃はもっと明るくて、活発的な子だったんですよ。けど、今の翡翠ちゃんは見てのとおり、感情を表に出さなくなってしまいました。だから、わたしが代わりに、昔の元気な翡翠ちゃんになろうと思いました。それが、普段の明るく元気な琥珀です」

祐一 「・・・・・・」

琥珀 「それで、翡翠ちゃんやわたしがこうなってしまった原因のことは、憎むべきだと思ったんです。だから、マギリッドを憎んでいる琥珀が出来ました」

祐一 「どうしてそうなった?」

琥珀 「さあ? きっとわたしは、とっくに壊れてしまっていたんでしょうね。色々と、子供の身には苦痛となる実験を繰り返されましたから。痛みから逃れるために、自分を人形にしたんだと思います」

淡々と、自身の過去を語る琥珀。
そこには本当に、悲しみも憎しみも怒りもなかった。
ただ、全ての事実だけが、そこにある。

琥珀 「そんな風に演じるばかりの自分でいるうちに、どれが本当の琥珀かも、わからなくなってしまいました」

祐一 「・・・・・・そうか」

同情するとか、哀れむとかいう感情は浮かんでこなかった。
そういうことを思うのは、こいつに対しては無駄だろう。
俺にそうする義理もない。

祐一 「それで?」

琥珀 「え?」

祐一 「これからもそうしているつもりか?」

琥珀 「それは・・・」

少し戸惑ったような顔。
仮面を外してから、はじめて感情らしい感情を見せたな。

祐一 「これからもそうやって、適当な“琥珀”を演じていくつもりか?」

琥珀 「・・・わたしは・・・」

祐一 「おまえはどうして、あそこにいる?」

琥珀 「あそこ・・・水瀬屋敷・・・」

祐一 「居心地がいいからだろ。実際俺も、あそこは居心地がいい。おまえもそう思ってるはずだ」

琥珀 「わたしが?」

祐一 「そうだ。それは誰かを演じている感情じゃなくて、おまえの、琥珀自身の思いだろうが」

琥珀 「わたしの、思い・・・」

表に出ているこいつの姿は仮面だろう。
しかし、それを生み出しているこいつ自身は、人形ではない。

祐一 「おまえは自分の意志であそこにいる。それはおまえが人形じゃなくて、意志のある人間だからだろう」

一筋の涙が、琥珀の目から零れ落ちた。
ずっと被っていた、最後の仮面が外れた瞬間だ。

琥珀 「・・・不思議な人ですね、祐一さんは」

祐一 「そうか?」

琥珀 「冷たい人に見えて、こんなに風に、閉ざされた他人の心を溶かしてしまう。優しいんでしょうか?」

祐一 「まさか。俺は優しくなんかない」

琥珀 「あは、そういうことにしておきましょう」

向かいに座っている琥珀が笑う。
それが本当の笑顔なのか、それともまた仮面のものなのかはわからない。
だが、見ていて心が和む、いい笑顔だった。

琥珀 「でも祐一さん」

祐一 「ん?」

琥珀 「その優しさを向ける相手を間違えないでくださいね」

祐一 「は?」

琥珀 「あんまり八方美人に優しくしてると、ころっと来ちゃう人が続出しますから」

祐一 「何のことだ?」

琥珀 「秘密です。うふふふっ」

今度は一転、嫌な笑いだ。
そもそも、俺は優しくなんかないっていうのに、何を勘違いしてるんだ、こいつは。
しかもそれを向ける相手って・・・・・・。

ふと浮かんだ顔は、誰のものだったか。

それをのんびり考える暇はなかった。

 

ガクンッ!

 

祐一 「!?」

琥珀 「わっ!?」

馬車が大きく揺れる。
そのまま勢い余って横転した。

祐一 「ちっ! 琥珀、無事か?」

琥珀 「はい、ピンピンしてます」

祐一 「何事だ?」

天井になってしまった扉を開けて外に出る。
御者は倒れた状態で伸びており、馬は暴れている。
馬車は見事に横倒しになっていた。

祐一 「原因は、これか」

片方の車輪が完全に破壊されていた。
自然に壊れたのではなく、明らかに誰かの手で壊されたものだ。

祐一 「どこのどいつだ? 返答次第では、ただじゃおかねぇぞ」

犯人は、すぐに姿を現した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

つづく