デモンバスターズFINAL

 

 

第3話 神の血を引く男

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

香里 「ちょ・・・ちょっと・・・・・・今、何が起こったのよ!?」

浩平 「・・・悪い。俺にもさっぱり見えなかった・・・」

あっという間の出来事であった。
塀の上からふわりと飛び上がったアシュタロスが地面に降り立った瞬間、その姿が消えた。
そして気が付けば、三人ともやられていたのだ。

 

 

エリス 「ぐっ・・・がはっ! ・・・はぁ・・・はぁ・・・・・・」

辛うじて、エリスは体を起こした。
僅か数秒間の間に、数十回は攻撃を受けた。
一撃でも計り知れないダメージを受ける魔神の攻撃をそこまで受けては、立つことすら困難だった。

エリス 「(ここまで・・・・・・)」

口の端から流れる血を拭いながら、エリスは立ち上がる。
そして、改めて敵の恐ろしさを噛み締めていた。
いかに以前倒したシヴァやブラッドヴェインが本来の力から遠かったかがよくわかる。
しかも、本気と言いながらまだまだアシュタロスには余裕が見られる。

京四郎 「・・・ふぅ・・・さすがに、効きましたね・・・」

剣を杖にして、京四郎も立ち上がる。
まだ辛うじて動けるようであった。

エリス 「・・・楓は!」

もう一方を見やる。
楓だけは、倒れたまま動かない。

エリス 「楓!」

体を引きずるようにして、エリスは倒れている楓のもとへ向かう。

アシュタロス 「全員に対して同じ強さで攻撃を加えたからな。そちらには防御力や体力の差があったか」

楓 「・・・ぅ・・・くっ・・・・・・」

エリス 「楓! 生きてるわね!?」

楓 「・・・な、なんとか・・・・・・」

エリス 「ならよし!」

楓 「・・・あんまりよくないってば・・・」

苦しげに声を発しながら、楓は自分の体に回復魔法をかける。
だがそれで、すぐに回復するわけではない。
特に自分に対しての回復魔法は、体力は回復してもその分魔力を消費するので、効果が低いのだ。

アシュタロス 「一人脱落のようだな。属性から言えばその娘が一番厄介だったので、こちらも少し楽になったかな」

エリス 「ぬけぬけと・・・」

ここまでの力の差があれば、属性も何もあったものではない。
それに楽も何も、まだまだ余裕のある戦い方をしている。
何せ、アシュタロスはまだ体術しか使っていない。
その恐るべき魔力の片鱗すら見せていないのだ。

京四郎 「なるほど、聞いていた以上に恐ろしい存在のようですね、魔神というのは」

エリス 「何を今さら呑気な・・・」

この場にいる実力トップ三人がかりでこの低落である。
仮に祐一とさやかを加えたとしても、どれほどの差があるか。
手段がないわけではないが、それをまだ、エリスは躊躇っていた。

エリス 「(魔竜の力を使えば或いは・・・・・・けど・・・)」

ミステリアの時のように暴走してしまえばそれまでである。
まだこの力を使うのを、エリスは恐れていた。

京四郎 「エリスさん、楓さんを連れて少し下がっていてください」

エリス 「は? あんた一人でどうするつもりよ!?」

京四郎 「もちろん、あの魔神と戦うんですよ」

エリス 「あんた馬鹿!? たった今三人がかりで手も足も出なかったばかりでしょうが!」

京四郎 「大丈夫ですよ」

エリス 「何が!?」

京四郎 「とにかく、任せてください」

不思議と安心感を持たせる、京四郎の表情だった。
ただの呑気な顔とも取れるのだが、この状況ではかえってそのお陰で落ち着ける。
その落ち着いた雰囲気を見ていると、エリスは目の前の男を年上にさえ感じられた。

エリス 「(何こいつ? ただの人間じゃ・・・ない?)」

100年近く生きているエリスにそう感じさせる。
だがどう見ても、この青年は20歳前後程度にしか見えない。

楓 「京四郎さん・・・」

京四郎 「安心してください、楓さん。あなた方は、僕が守りますから」

エリス 「(うわぁ、豹雨の口からは天地がひっくり返っても絶対確実300%聞けないような台詞を・・・)」

二人を下がらせてから前に進み出た京四郎は、一旦剣を地面に突き刺す。

アシュタロス 「何か良いものを見せてくれるのかな?」

京四郎 「そうですね。お見せしましょう」

真剣な表情で、京四郎は右腕に巻かれた包帯を解いていく。
解いていく中で、何か大きな力が少しずつそこから漏れ出してくる。

アシュタロス 「む」

京四郎 「神月京四郎、参る!」

包帯を投げ捨てると同時に剣を掴み、そして京四郎の姿が全員の視界から消える。

アシュタロス 「!!」

ドンッ!!

エリス 「速い・・・!?」

唯一反応できたのはアシュタロス本人だったが、それでも防御が間に合わずに攻撃を喰らう。

アシュタロス 「むぅ・・・!!」

吹っ飛ばされたアシュタロスの姿もまた、空中で消え去る。
次の瞬間、空中で二つの力がぶつかり合って衝撃が生まれる。

 

ザシュッ!

 

京四郎の剣がアシュタロスの腕を掠める。
同時に、アシュタロスの爪も京四郎の服の背中を切り裂いた。
二人とも少し離れた位置に着地する。

楓 「あれは!!」

ぱっくり割れた京四郎の服の切れ間から、背中に描かれた紋様が見て取れた。
中央に太極図、その四方にはおそらく地水火風の四大元素を表す紋が刻まれている。

楓 「・・・そうか、ようやく思い出した」

エリス 「何が?」

楓 「神月の名。彼に会ってからずっと頭の隅に引っかかってたんだけど・・・」

その名と、京四郎の背中の紋様に、楓は覚えがあった。

楓 「かつて、もう100年以上も昔だけど、大地の巫女の候補と目されていた一人の巫女がいた。巫女としての能力に優れ、何より彼女は、天才的な剣の使い手だったという。その剣の流派の名を、無天神刀流。文献に僅かな記述だけが残っている、伝説的な剣術流派よ」

エリス 「じゃあ、あいつはその神月という巫女の子孫だって言うの?」

楓 「・・・たぶん、それだけじゃない。あの力は・・・」

 

京四郎 「無天神刀流は、四つの流れから成り立ちます。そして、それぞれに対応した技がある」

剣を振りかぶり、京四郎がアシュタロスに向かって飛び込む。
右腕からあふれ出す力が徐々に全身を多い、京四郎の姿が変わりつつあった。

京四郎 「無天神刀流・風の章!」

風の塊と、光の力とが一体となってアシュタロスを吹き飛ばす。

 

ドゴォッ!!!

 

強烈な一撃を受けて、アシュタロスの体は塀に突っ込んだ。

京四郎 「ふぅ・・・・・・」

剣を振りぬいた体勢の京四郎の姿は、それまでとは大きく変わっていた。
黒髪は銀に変わり、足元に届くほどの長さがある。
瞳は真紅に変わり、何より背中に四枚の翼を持っていた。

 

エリス 「何よ・・・あれは?」

楓 「・・・その巫女、神月春海が大地の巫女を辞退した理由は、子を生したためだと言うわ。けど、その子の父親に関して、彼女は何も言わなかったそうよ」

エリス 「・・・人間じゃなかった?」

楓 「たぶん。あんな翼は、神族の血でも引いていない限りは持てないでしょう」

エリス 「神の血を引く男・・・・・・」

人と神の混血。
何となく、身近で似たような例があったような気が、エリスはした。
自分と、それに・・・・・・。

 

ガラガラ・・・・・・

 

瓦礫を押しのけ、アシュタロスは立ち上がった。
体に埃が付着しているが、それほど大きなダメージを受けているようには見えない。

アシュタロス 「・・・ふっ、神の翼、か」

目の前に立つ男を見る。
蒼みがかった白い翼が四枚、淡い光を発している。
銀色の髪に、緋色の眼。
まさしく彼ら魔神の対極たる神族の姿に近しい。

アシュタロス 「実に美しい・・・・・・そして、忌まわしい」

口元を吊り上げ、アシュタロスは笑っていたが、その目に笑みはない。

アシュタロス 「神と人の間に生まれし子か。このような者が我らの王たるべき方の傍にいるなどとは。御前もさぞや気分を害していることであろう。そうではありませんかな?」

横に視線を移す。
そこには、戻ってきた祐一とさやかの姿があった。

祐一 「そうだな」

 

 

 

 

 

 

 

 

絶対面倒なことになってると思って戻ってきてみれば、案の定面倒なことになってやがるし。
エリスと楓さんはぼろぼろにやられてて、京四郎の奴は神族と人間の子供だぁ?
そしてそれと戦っている魔神が一人。

祐一 「おまえは?」

アシュタロス 「お初にお目にかかる。四魔聖が一人、アシュタロスと申します。祐漸・・・いや、祐一様・・・でしたか」

祐一 「ああ」

四魔聖・・・。
そう言われてもピンと来ないんだが。

祐一 「四魔聖ってのは?」

アシュタロス 「ああ、そうでしたな。御前が生きていた頃には、まだ我々は手を結んでいなかった。四魔聖とは、ルシファー、ベルゼブル、ベリアル、そしてこのアシュタロスの四人を指して呼ぶものですよ」

祐一 「・・・そりゃあまた、癖のありそうな・・・」

直接俺が知ってるのは、堕天使ルシファーと獣魔王ベリアルだけだ。
蠅の王ベルゼブルは、まぁ名前は聞いたことがあるな。
魔界侯爵アシュタロスも含めて、全員魔界において最強クラスと目される魔神ばかりだ。
そんな連中が四人も一緒になって、しかもオシリスにシヴァまで。
この分だとまだ他にも隠し玉があったりしそうだな。

祐一 「で、何の用だ?」

アシュタロス 「御前に会いに来たのですよ」

祐一 「それでどうしてこんなことになってる?」

アシュタロス 「オシリスとの再会を邪魔するのも無粋と思いましたので、退屈しのぎを少々。このような者がいたのは予想外でしたがね。ベリアルやフェンリル殿を寄越さなくてよかった。彼らは頭に血が上ると見境がなくなる」

フェンリルなんて化け物もいるのかよ。
ますますとんでもねぇ集団だな。

エリス 「って言うか! なんであんたはそんなにそいつと親しげなの!?」

祐一 「いや、そう言われても・・・」

昔の記憶が蘇りかけてるせいか、こいつらとは妙に親近感がわく。
ましてや、オシリスやルシファーなんて懐かしい名前を聞くとな。

祐一 「ま、気にするな」

さやか 「そうそう、気にしちゃ駄目だよ」

エリス 「あんたまで何で落ち着いてんのっ!?」

さやか 「なんとなく」

・・・さて。

祐一 「・・・とりあえず、今日はおまえ帰れ」

アシュタロス 「その方が良さそうですね。力を抑えたまま相手をするには骨が折れる者です」

ちらっと京四郎の方を見やる。
このままでは済まさん、と暗に言っているような気がするが。
こんなところでこいつらレベルの奴らに暴れられたら堪らん。

アシュタロス 「では御前、またお会いいたしましょう」

祐一 「・・・待て。一つだけ言っておく」

アシュタロス 「はい」

祐一 「あまり遊びが過ぎるなよ」

アシュタロス 「・・・これは失礼。確かに、マドモアゼル達には少々手荒でしたか。御前の身内を傷つけたこと、どうぞご容赦を」

祐一 「・・・まぁいい」

アシュタロス 「失礼」

その言葉を最後に、アシュタロスは姿を消した。
脅威が去ったことで、京四郎も妙な姿から元に戻った。

祐一 「・・・・・・」

京四郎 「・・・・・・」

僅かに視線を交わす。
しかしやはり互いに言葉は交わさない。

京四郎 「楓さん、大丈夫ですか?」

あいつは楓さんの方の介抱に向かった。
それに合わせて、エリスは俺の方に来る。
こいつも比較的、京四郎とは相性が悪いようだ。
逆に、楓さんと京四郎は仲がいい。

神と神は惹き合う。
魔と魔は惹き合う。
そして、神と魔は反発する。

つまりはそういうことか。
その理屈で行くと、俺やエリスは楓さんと反発することになるが、たぶんそれは、楓さん自身は普通の人間だからだろう。
神と契約を結んで巫女となっているだけで、神の血を引いているわけじゃない。
血の持つ力は大きいからな。

神との契約と言えば、玄武の奴よくこの俺を神子として選んだな。
本当、神ってやつにも気紛れはいるもんだ。

・・・さて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その夜。
俺はこっそり起き出した。
行き先は決まっている。

名雪 「あれ、祐一?」

祐一 「おお、ものすごいひさしぶりの出番な上こんな時間に起きているのが超超超奇跡な名雪が声をかけてきた」

名雪 「ものすごく失礼なことを口に出して言わないでよ。わたしだってたまには起きてるよ」

祐一 「100年に一度くらいか?」

名雪 「そんなに生きてられないよ」

祐一 「ぎりぎり可能なんじゃないか?」

名雪 「100年後って言ったら、わたし117歳になっちゃうよ」

そうか、こいつ俺より少し年下だったのか。
まぁ、それにしても冗談にいちいち律儀に答える奴だ。

名雪 「祐一はどうしたの、こんな時間に?」

祐一 「少しでかける。一応書置きはしておいたんだが、おまえからも秋子さんに伝えておいてくれ。しばらく留守にするってな」

名雪 「どれくらい?」

祐一 「一ヶ月はかからんと思うんだがな。いかんせん行き先が遠い」

名雪 「うん、わかった。気をつけてね」

細かい疑問は挟まない。
ぼーっとしているようで、結構できた奴かもしれない、こいつは。

祐一 「じゃあな」

名雪 「祐一、でかける時は、行ってきます、だよ」

祐一 「・・・行ってきます」

名雪 「行ってらっしゃい」

なんだかなぁ。

 

 

 

 

 

屋敷を出てしばらく。

祐一 「・・・今度は誰だ?」

俺の行動ってやつはそんなに読まれやすいものなのか?
いや、そんなことはないだろう。
まぁ、この場合は、相手の洞察力勝ちってところか。

祐一 「まさかついてくるって言うんじゃないだろうな、琥珀」

琥珀 「そのつもりですけどねー」

着物姿の赤い髪の少女、琥珀が木陰から出てくる。

琥珀 「昼間の一件を影で拝見させてもらいまして、きっと祐一さんは行かれるだろうと思って網を張っていたのです」

祐一 「鋭すぎだ、おまえは」

さやかやエリスもたぶん気付いていないってのに。
色々面倒だから、今回は俺一人で行くつもりだった。

祐一 「・・・・・・奴か」

琥珀 「はい」

一瞬だけ、琥珀の目が真剣な光を発する。
これから俺が行く場所には、おそらくこいつが用のある男もいるだろう。

琥珀 「郁未さんはああ言ってましたけど、やっぱりあの男はわたしの手で・・・・・・」

祐一 「・・・・・・わかった。行くぞ」

止めても無駄だろう。
無理に止めて、あとで変なもの食事に盛られては堪らない。
一人くらい道連れがいた方が道中退屈もしないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

つづく