デモンバスターズFINAL
第1話 千年の時を経て
カノン公国の首都王城ミステリアの崩壊から数日後。
誰も知ることのない砂漠の奥地にて、大規模な爆発があった。
いや、爆発というのは正確な表現ではない。
ただ、何か普通でないものが弾けた。その正体を知る者は、その現象をこう呼ぶ。
次元震。
そこから数百キロ離れたところに、巨大な樹が立っていた。
樹の化け物という表現が似合う魔獣パンデモニウムとは正反対で、神聖な雰囲気を醸し出している。
山のように巨大な神木、という感じである。
それ単体でひとつの森を形成しているようでさえあった。
その樹の頂上から、次元震のあった方角を眺めている女性の姿がある。ヴィオラ 「・・・大きいですね」
地上千メートルという途方もない高さを持つ樹の上からは、かなり遠くまで見渡すことができる。
それでも、ここから見える景色など砂漠以外にないが。ヴィオラ 「何かの前触れなのでしょうか? それとも、既に始まっている・・・」
すぐに掻き消えたが、次元震が起こったのと同時に、彼女は巨大な気配の存在を察知した。
消えたのは、自ら気配を断ったからであろう。これほどの気配を発するのは、神か魔神以外にありえない。
本来なら、地上に存在するはずのない者達だ。
砂漠に突如として出現した宮殿の奥――。
バイン 「お待ちしておりました御方々」
ターバンが特徴的な魔族は床に膝をつき、深々と頭を下げた。
アヌビスやゼルデキア、他にも何人かの魔族が同じように頭を垂れている。
そのいずれもが上位クラスの力を持った魔族だったが、彼らの眼前に立つ者達はそれを遥かに上回る存在感を持ってそこにいた。ベルゼブル 「やぁ皆の衆、今まで何かとご苦労だったね」
強大な力を持った魔神のうちの一人が労いの言葉をかける。
飄々とした笑みを浮かべる、どこか紳士といった雰囲気の男である。バイン 「(実にそうそうたる顔ぶれですね。これほどの方々が手を結んでいれば、天界魔界双方の勢力から警戒されるのも仕方のないことですか)」
ざっと見渡す。
そこにいるのは、いずれも魔界において名をとどろかせる最強クラスの魔神達だ。中でも最大のものが、四魔聖と呼ばれる集団。
ルシファー、アシュタロス、ベリアル、ベルゼブルという四人の魔神によって構成され、この勢力内でも中心的存在だった。続いて、大魔狼フェンリル。
今は人の姿をしているが、その本性は巨大な銀色の狼である。さらには、魔竜王ブラッドヴェイン。
本来ならここに破壊神シヴァも加わるはずなのだが、彼の者はもういない。
そして、死と再生を司りし魔神オシリスと、その妹イシス。
バインにとっては直接の上司に当たる存在である。イシス 「バイン!」
そのイシスという少女が、バインのもとへと駆け寄ってくる。
肩で髪を切り揃えた、美しい少女である。イシス 「あの方が! あの方がお目覚めになったというのは本当ですか!?」
喜びと戸惑いが織り交ざったような声で尋ねてくる主の妹に対し、バインははっきりとした声で告げた。
バイン 「本当にございます」
イシス 「ああ・・・」
少女は本当に、本当に嬉しそうな笑みを浮かべて自身の体を抱きしめる。
無理もないことだとバインは思った。
何しろ、千年もの間恋焦がれた相手のことなのだから。オシリス 「バイン、ご苦労だったな」
バイン 「いえ、この程度は苦になりはいたしません。全て我が主のためなれば」
ベリアル 「しかしなぁ、いくら奴の生まれ変わりと言っても、所詮は人間の器に転生したような野郎がどれほどのもんかねぇ」
イシス 「っ!」
キッとイシスがあざ笑うような声を上げたベリアルを睨む。
イシス 「いくらあなた様でも、あの方への侮辱は許しませんよ!」
ベリアル 「ほう、どう許さないってんだ、お嬢ちゃんよ」
羊の角を持つ長身で筋骨隆々とした男が少女を睨み返す。
イシスは視線に屈することはなかったが、その圧倒的な威圧感に僅かに怯む。
彼女も魔神の端くれには違いないが、相手はレベルが違いすぎた。
四魔聖は、魔神の中でも特別なのだ。アシュタロス 「よしたまえベリアル。要は己の目で確かめればいいのだよ」
ベルゼブル 「そのとおりだね。私も是非会ってみたいよ。ねぇ、ルシファー」
ルシファー 「そうですね。千年振りですから、僕も楽しみですよ」
長髪の優男と、漆黒の翼を持った青年がそれぞれにベルゼブルと共に言う。
フェンリル 「待て、我も興味があるぞ」
ブラッド 「我もそういえば、彼の者とは直接の面識がまだなかったな。貴様らがそれほど気にかけるほどの者ならば、我も会ってみたい」
イシス 「・・・!!」
他の面々も、我先にと名乗りを上げる。
これだけの面子に出てこられては、イシスに口を挟む余裕はない。オシリス 「・・・落ち着け」
ベリアル 「何だと?」
オシリス 「今はまだ、天界の者達に我々が地上にいることを知られるのはまずい。派手な行動は控えるべきだろう」
ベルゼブル 「ああ、オシリスの意見はもっともだね。では、二人ほど代表を決めて行くことにしよう」
全員が、当然行くのは自分という顔をしている。
ベリアル 「俺様が行くに決まってんだろ」
フェンリル 「我を差し置くでない」
ルシファー 「僕も行きたいですね〜」
イシス 「ま、待ってくださいっ。あの方とは、私が・・・!」
アシュタロス 「静まりたまえ。このような言い争いは美しくない」
全員の間を練り歩きながら、アシュタロスが大仰な仕草で場を沈める。
そしておもむろに二本のダーツを取り出し、それをイシスに手渡す。イシス 「?」
アシュタロス 「あれを見たまえ」
指し示された方向には、全員分の名前が書かれたルーレット型の的があった。
アシュタロス 「その二本のダーツを投げて、的中した者が出向く。公平なルールだろう?」
ベリアル 「おい、何で投げるのがその嬢ちゃんなんだよ?」
アシュタロス 「美しいレディに優先権を与えるのは当然だ。それに、我々では技量が高すぎて、正確に自分の名前を狙えてしまうだろう。その点彼女にはそこまでの真似はできまい」
イシス 「む・・・」
悔しいがそのとおりだった。
高速回転している的に正確にダーツを当てる自信は到底なかった。
それでも、これならば自分が行ける可能性もある。イシス 「わかりました」
全員が見守る中、イシスはダーツを投げ、そして二本とも的に命中した。
そこに書かれている名は・・・・・・。
水瀬屋敷――。
祐一 「・・・というわけだ」
今、部屋には俺と秋子さんの二人きり。
カノンに行ってきた事の顛末を話し終えたところだ。祐一 「公王倉田高峰は二年も前に死んでいた。だから、もう、あんたが復讐する相手はいない」
秋子 「・・・そうですか」
真剣な表情だが、穏やかなものに見える。
本当はとっくに、復讐なんて感情を捨てていたのかもしれない。
だがそれでも、憎しみとかそういった類の感情は簡単に消えるものじゃないだろう。詳しい経緯は知らないが、秋子さんの夫は公王に殺された。
だから秋子さんは、倉田高峰を恨んでいた。
しかも、もう恨みをぶつける相手はいない。祐一 「もうカノンが俺達を狙うこともないだろう。あそことの因縁には決着がついた。ここにいる全員な」
秋子 「祐一さん、私は・・・・・・」
祐一 「あっちが賑やかだ」
秋子 「・・・ええ、そうですね」
あの馬鹿みたいな笑い声は、さやかにみさき、楓さん辺りのものだな。
また折原がくだらないギャグでもやってるんだろう。祐一 「ここにいる連中は、誰もあんたに利用されようとしてたことをどうこう思ったりしてねぇよ。だから、あんたも気にすんな」
秋子 「・・・・・・」
祐一 「済んだことをとやかく言っても始まらないぜ。人間は日々前進するんだからな」
秋子 「・・・ええ」
言われなくても、このくらいこの人はわかってるだろう。
器の大きい人だからな。祐一 「さて、俺はもう行くぜ。ちょっと用事があるんでな」
廊下に出た俺は、軽い違和感を覚えた。
誰かいる。祐一 「(ふっ、少しは気配の隠し方が上手くなったな。だが、まだまだまだ甘い)」
あえて気付かない振りをして通り過ぎようとする。
そこを通る瞬間、疾風のような突きが横から放たれる。栞 「えいっ!!」
祐一 「てい」
ぱしっ
木刀の先端を軽く手で払ってやると、栞はおもしろいように回転しながら柱に突っ込んでいき、顔面からそこに激突した。
栞 「え、えぅ〜〜〜・・・・・・」
祐一 「進歩してるんだかしてないんだか」
楓さんの話じゃ、豹雨相手でもそれなりに戦ったっていうけど、これじゃあ、まだ免許皆伝には遠いな。
栞 「あいたたた・・・・・・」
祐一 「修行が足らん」
栞 「って言いますけど、カノンから帰ってから全然稽古つけてくれないじゃないですかぁ」
祐一 「ふむ・・・」
確かに、最後に稽古をつけたのはさくらに頼まれて四神のもとへ行く前だったな。
カノンへ行くまで、そして帰ってからも、まだ一度も稽古をつけていない。祐一 「悪いな。もう少し自主トレしてろ。今まで教えたことを反芻して、反応速度を上げろ。そうしなきゃ次のステップも何もないからな」
栞 「むぅ〜・・・・・・わかりました!」
少し不満げだったが、すぐに気合を入れて去っていった。
今は自分で色々やってのびる時期だろう。
俺が特にやることはないし、それに俺は他にやることがある。
さらに廊下を進むと、ある奴と鉢合わせた。
祐一 「む」
京四郎 「ん」
神月京四郎。
カノンで楓さん達が知り合った男だそうだ。
豹雨の昔の知り合いらしい。どうしてだか、はじめて会った時からこいつのことは生理的に受け付けんみたいだ。
こういうのははじめてだな。
そんなわけで、ほとんど話らしい話もしてないんで、どんな奴なのか俺はよく知らない。
一つだけわかるのは、半端じゃなく強い、ということだけだ。祐一 「・・・・・・」
結局、軽く視線を交わしただけですれ違う。
さやか 「ねぇ、あの人のこと嫌いなの?」
屋敷を出るところで、後ろからさやかが歩み寄ってきた。
どうやらさっきの廊下でのことを見ていたらしいな。祐一 「そういうわけじゃないがな・・・」
どうしてこんな風に感じるのか、自分でもよくわからんのだから仕方がない。
さやか 「ふ〜ん。で、どこ行くの?」
祐一 「散歩だ」
さやか 「最近しょっちゅう行ってるね。じゃ、私も行こうっと」
祐一 「勝手にしろ」
こいつは来るなと行ってもついてくると決めたらついてくる。
それに、こいつなら別に来ても構わないだろう。
屋敷を出てやってきたのは、なんだか毎度おなじみになってしまった町外れの丘。
水瀬屋敷の裏山でもいいんだが、あそこだと万一のことがあった時に問題がある。さやか 「毎日こんなところまで来て何やってるの?」
祐一 「ちょっとな」
俺は道端で拾った石を数個手の中に持っている。
さやかに離れるよう促し、石を空中に放り投げる。
一瞬で手に力を集中して氷魔剣を生み出す。ヒュンッ!
剣を一振りすると、石の一つが真っ二つになる。
さらに二度三度と振り、石を順番に両断していく。
半分になった石を、そのまた半分にし、それぞれをまたまた半分にする。
その繰り返しだ。こうやって言っているとゆっくりした動作のようだが、実際には数秒だ。
当然石ころは重力に従って下に落ちるんだからな。落ちきる前に・・・・・・!
祐一 「・・・・・・」
俺の周囲には、風で浮かび上がるほど細かくなった石の破片が無数に散っている。
だが、まだまだ斬れるサイズの塊も足元に転がっていた。祐一 「・・・ふむ」
さやか 「特訓? 珍しいね、君がそんなことするなんて」
俺もそう思うよ。
はっきり言って俺くらいのレベルになると、生半可な特訓をした程度じゃ強くはならない。
死線を潜り抜けるような実戦の中でこそ、その力を磨くことができるのだ。
こうしたことをするのは、体がなまらないようにしておく場合のみ。
毎日やるようなことじゃない。さやか 「どうしたの?」
祐一 「確かめてみたいと思ったんだよ」
さやか 「確かめる?」
祐一 「ミステリアで感じたあの力を」
さやか 「ああ・・・」
わかったようだ。
そう、あのミステリアで魔獣が召喚され、俺とエリスの中にある何かがその魔力に反応した。
そして凄まじいまでの力を発揮したんだ。
エリスの方はその力を御しきれず暴走していたくらいで、俺も実際ちゃんと操れていたかどうか怪しい。
結局あれは、暴走した者同士の衝突に過ぎなかったのかもしれない。
さやかが声をかけなければ、ひょっとするとあのまま延々と戦い続けていたかもしれない。
どちらかが力尽きるまで・・・。さやか 「もしかして、怖いとか?」
祐一 「そうだな」
怖いもの知らずは長生きできん。
中には豹雨みたいな変り種もいるが、少なくとも俺は、どんなに強くなっても怖いものはあると思っている。
今回の場合、あの力だ。祐一 「はっきり言って、今の俺はあの力を恐れている。今度発動したら、エリスのように暴走する可能性が高い」
さやか 「だからそうやって、扱えるようになろうとしてるんだね」
祐一 「まあな。だが駄目だ。どれだけの無理を自分に課しても、あの感覚は蘇らない。やっぱり、もっと特殊な状況下でなければ無理なんだろうな」
例えば命がかかっているとか。
本当の強敵が現れた時とか。
そういう時に備える意味でも使えるようになっておきたいんだが、まったく反応なしだ。さやか 「いっそ死にそうな目にあってみるとか」
祐一 「おまえの大技でも喰らってみるか?」
さやか 「おもしろそうだね。やる?」
祐一 「いや、やめておこう」
こいつの放つ一撃は確かに計り知れない威力がある。
だが、俺が全能力を防御に回せば、防げないことはないんだ。
俺の防御能力はデモンバスターズの中でも随一だからな。
実戦の中で撃たれたら全力で防御なんてする余裕はないが、今から撃つとわかっているものを防御するのはたやすい。
だからそんなやり方では意味がないんだ。祐一 「まぁ、その時が来たらなんとか・・・・・・・・・?」
何だ?
この感覚は・・・・・・。
あの感覚に似ているが、少し違う。さやか 「祐一君」
祐一 「ん・・・」
さやかが誰かの存在に気付く。
俺もそちらへ視線を移動させる。
その瞬間、ある光景が俺の脳裏に蘇った。
『ふぅ、大暴れしたあとは気持ちいいな』
『そうだな』
『ん・・・・・・おまえな、楽しかったんなら、もう少し笑えよ。仏頂面ばっかりしてないでよ』
『そうか? むぅ・・・・・・(ニヤ・・・)』
『・・・・・・・・・・・・・・・・・・おまえは笑うな。仏頂面もいいと思うぞ。おまえにはそれがよく似合う。というかそうしていろ、頼むから』
『そうか。確かに笑うというのは苦手だ。妹は何の屈託もなく笑うのだがな』
『ふっ。まぁ、表向き仏頂面でも、おまえの心が誰よりも熱いものなのは俺が知ってるぜ』
『それはおまえこそだろう』
『ん?』
『怜悧冷徹に見えて、誰よりも情に厚く、熱い心を持っている。それがおまえだろう、祐・・・・・・』
仏頂面が、そこに立っていた。
祐一 「おまえは・・・・・・・・・オシリス」
オシリス 「千年振りだ、祐」
つづく
あとがき
平安京:長らくお待たせしました、いよいよ第三部FINALのスタートです
さやか:またよろしくね〜