デモンバスターズEX

 

 

第40話 悲劇の遠野親娘

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

城内を警備していた唯一の部隊だった親衛隊を片付けたせいで、城の中は完全に静まり返っていた。
俺達の足音だけが広い通路によく響く。

さやか 「ところでさ、どこ向かってるの?」

祐一 「・・・・・・」

浩平 「・・・・・・」

琥珀 「・・・・・・」

美凪 「・・・・・・しーん」

なるほど、考えてみたらどこへ向かうのかなんて考えてなかったな。

祐一 「ちなみに言っておくが、俺が目指してるのは王の間だぞ。俺の用があるのは公王だからな」

さやか 「そうなんだ」

魔族を探すってのもあるが、それは後回しだ。
俺の場合は探し人が王であり、どこにいるかは大体わかるからいいが、他の三人の探し人はどこにいるか皆目検討もつかない。

浩平 「ま、そのうち出てくるだろ。向こうだってこっちを待ってるんだ」

琥珀 「わたしの相手は絶対待ってなんかいないと思いますけど」

確かに、浩平と美凪の相手は二人を待っているだろうが、琥珀の相手、マギリッドは何にも感じていないというか、既に琥珀のことなど忘れている可能性すらある。
そういう性格だからな。

祐一 「まぁ、一人一人見つけていけばいいだろ。幸い、向こうから来てくれたみたいだからな」

誰かが近付いてくる。
人間らしい気配は一つだけだが、複数だな。

美凪 「・・・・・・」

通路の先から現れたのは、全身を黒いローブで覆った奴。

美凪 「・・・お父さん」

なるほど、こいつが遠野時谷、美凪の父親で、ネクロマンサーか。
ということは、姿は見えないが、あちこちに感じる気配はアンデットのものだな。

時谷 「・・・待っていた、美凪」

美凪 「・・・・・・」

奴の用があるのは美凪一人。
だがあの様子だと、俺達を通すつもりはなさそうだな。
アンデットどもは俺らを足止めするための壁か。

美凪 「・・・相沢さん」

俺の顔色を窺うように、美凪がこっちに視線を向ける。
ま、急ぎってわけでもない。

祐一 「好きにしろ」

こくんと頷いた美凪は、一人前に進み出る。
向こうのアンデットどもは、やはり反応する素振りを見せない。
だが俺達が動けばそうはいかないはずだ。
誰も邪魔をするなということか。
この親娘の戦いを。
どんな因縁があるのかは知らないが、実の親娘で戦うというのは・・・。

 

 

美凪 「・・・お父さん」

時谷 「美凪、こちらへ来い。みちるも待っている」

ローブの下から、小柄な少女が現れる。
赤い髪のツインテール、意志のない無表情。
あれが、みちるって子か。

 

祐一 「さやか、おまえなら何か知らないのか? あいつらのこと」

さやか 「そうだね。私が知ってることと言えば、あの子、みちるちゃんはもう二年も前に亡くなってるってことくらいかな」

 

死んだ人間を蘇らせる。
それはネクロマンサーって連中にとっての至上命題だという。
だが、完璧な形で死んだ人間を蘇らせた例は数えるほどしかない。
あのみちるという少女も、体だけがただ動いている、それだけだ。
ゾンビの類と変わらない。

時谷 「来なさい、美凪。また昔のように、親子で仲良く、幸せに暮らそう」

美凪 「・・・それは・・・・・・」

あの男からは、ネクロマンサーの多くが持つ邪念の類がほとんど感じられない。
本当に純粋に、失った日々を取り戻したいがゆえに邪道に身を堕としたのだろう。
しかし、どんな理由があっても、邪道は邪道でしかない。

美凪 「・・・お父さん・・・時間は、巻き戻せません」

時谷 「そんなことはない。みちるはここにいる。あいつも・・・」

美凪 「・・・いません・・・・・・みちるも、お母さんも、もういません」

時谷 「いる。私の力で、みんなまた昔のように・・・」

美凪 「受け入れなくちゃ駄目なんですっ。二人はもう、いないということを。自然の理に逆らうことは・・・」

時谷 「・・・・・・」

美凪 「・・・いけません」

そのとおりだな。
過去に囚われていては、人は前へ進むことはできない。
あの男の心は、妻と娘が死んだ時から止まっているのか。

 

さやか 「・・・・・・」

似てるな、美凪とさやかの境遇は。
さやかの父親も、死んだ妻を生き返らせるために・・・。

 

美凪 「・・・お父さん、もう・・・」

時谷 「・・・悪い子だ、美凪」

ビュッ

美凪 「・・・ぐっ!?」

祐一 「な!?」

時谷の腕から何かが伸びて美凪の首を掴む。
というよりあれは、あの男の腕・・・か?」

琥珀 「な、なんですかっ、あれ!?」

さやか 「腕が、伸びてる?」

人間の腕があんな風に伸びたりするかよ。
しかも、あの半分腐敗したような皮膚・・・。

祐一 「ちっ!」

細かい氷の礫を複数生み出し、時谷に向かって飛ばす。
奴のローブが切り裂かれ、その姿が晒された。

美凪 「・・・おとう・・・さん? その・・・体は?」

灰色になった、岩の表面のような皮膚。
腐りかけたような感じ・・・ほんとんどゾンビのそれだ。
まともな人間の部分なんて、顔の半分くらいしかない。
こいつは、もうとっくに・・・。

さやか 「あれって・・・生きてるの?」

祐一 「あんな状態で普通の人間が生きてるものかよ。どんな邪法を使ってやがるんだ」

たぶん、体の主要部分以外は死体による継ぎ接ぎだ。

美凪 「・・・そんな・・・・・・」

時谷 「聞き分けのない子には、おしおきが必要だ。みちるのようにおとなしくおなり」

美凪 「く・・・ぅぅ・・・・・っ」

ぎりぎりと奴の手が美凪の首を締め上げる。
あの野郎、美凪を殺して蘇らせるつもりか。
そうすればあのみちるって妹の方みたいに自分に従順な人形を作れる。
ふざけた真似を。

浩平 「・・・どうする?」

祐一 「・・・・・・もう少し待て」

これは、美凪の戦いだ。
俺達が手出しすべき問題じゃない。
美凪がどうしても戦えないというなら、その時は仕方がないが。

美凪 「・・・・・・」

時谷 「さあ、みちるや。お姉さんを迎えに・・・・・・みちる?」

美凪 「っ!」

あれは・・・。
みちるの目から涙が流れていた。
表情はまったく変わらないのに、ただ一筋の涙だけが。

美凪 「み・・・ちる・・・・・・」

みちる 「・・・・・・」

嫌がっているんだな、この悲しい戦いを。
既にあの父親は、狂ってしまっている。
そのこと自体が不幸なのか、それともあの男をそこへ追い込んだ、妻と娘の死が不幸なのか。
それとも、そうなってしまった男に引導を渡さなければならないことが不幸か・・・。
いずれもしても、これ以上は・・・。

さやか 「・・・美凪ちゃん。辛いなら、私がケリをつけようか?」

美凪 「・・・・・・いいえ」

美凪の手が動く。
一枚のカードから魔力が解き放たれ、空気の刃首を絞めている手を切り裂く。

時谷 「!!」

美凪 「・・・決着は、私の手でつけます」

時谷 「・・・みちる、来なさい」

奴が、みちるを自らの体に招き入れる。
二人のゾンビが、融合する。

時谷 『さあ美凪、おまえも私達と一つに・・・』

さらに、周りに潜んでいたゾンビどもがどんどん融合していく。
奴の体はもはや原型を留めておらず、膨張して醜い化け物の姿になっていた。
美凪はその姿を見ないように目を閉じ、手許のカードをシャッフルしている。
あいつのカード魔法は、シャッフルすることで魔力を溜め、引いたカードの絵柄で発動する魔法が決まるという。
さらに、複数の同系列カードを組み合わせることで、より強力な魔法が発動する。

美凪 「・・・“炎”・・・“大地”・・・“怒”・・・“死”・・・“山”・・・」

五枚のカードが星型を描くように並ぶ。
これらの絵柄から連想されるものは・・・。

ズンッ!

大地が裂ける。
通路を覆うほど巨大になった奴の足元だ。
そこから真っ赤なマグマが溢れ出した。

時谷 『ふぉおおおおおおお・・・・・・!!!』

膨大な熱量に、奴が震え、声を上げる。
マグマはまるで意志をもっているかのように奴にまとわりつき、地面の中へ引き込もうとする。
奴の体は熱で溶けながら、徐々に沈んでいく。
盛大な火葬だ。

美凪 「・・・さよなら、お父さん・・・みちる・・・・・・」

マグマは、全てを飲み込んで地面の底へ還っていった。
後には、地面の亀裂が残っただけで。

美凪 「・・・・・・」

さやか 「美凪ちゃん、大丈夫?」

美凪 「・・・・・・はい」

さやか 「そっか。よかったよ。もしかしたら、あのまま殺されちゃってもよかったぁ、とか思ってるんじゃないかと思って」

美凪 「・・・帰るって、約束しましたから・・・あの人と」

国崎とか。
そう言ってたな。
やれやれ、こっちもラヴラヴってわけね。

美凪 「・・・それに・・・・・・みちるは、ここにいますから」

懐から美凪が取り出したのは、小さな瓶。
何か、砂のようなものが入っている。

さやか 「星の砂だっけ、それ」

美凪 「・・・はい」

形見か。

さやか 「私がむしろ聞きたいのは、お父さんのこと」

美凪 「・・・・・・」

祐一 「・・・・・・」

やっぱりさやかは、あの親娘に、自分達の姿を重ねていたか。

美凪 「・・・あれで、よかったんです。ああするしか・・・」

そう。
ああするしか、あの男を救う方法はなかっただろう。
もうあの男も、死んでいたのだから。
どうしてあんな姿で生きていたのかは知らないが、人間としてはもう死んでいたも同然だった。

さやか 「でも、悲しいでしょ」

美凪 「・・・・・・」

さやか 「泣いてもいいよ」

美凪 「・・・・・・・・・はいっ」

美凪は、さやかの胸に顔を埋めて、泣き崩れた。
俺達は声もなく、しばらくそこに佇んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さやか 「大丈夫?」

美凪 「・・・はい」

しばらくして泣き止んだ美凪も一緒に、俺達は先へ進む。
後味の悪い形ではあったが、とりあえず目的の一つは達した。
次は・・・。

ん、あれは・・・。

祐一 「郁未!」

郁未 「祐一?」

通路の先にいたのは、郁未だった。
舞とさくらはいないようだが。

祐一 「何してんだ?」

郁未 「ゼルデキアを追ってたんだけど、見失ったわ」

祐一 「そうか」

話によると、やはりゼルデキアという奴が魔族だったらしい。
思ったとおりだな。
俺達は郁未を加えて、さらに奥を目指す。
その途中・・・。

琥珀 「・・・・・・」

祐一 「どうした?」

琥珀 「・・・ここ、見覚えがある。確か・・・」

俺の問いかけには答えず、琥珀は先に立って歩き出す。
本来のコースからは外れていたが、俺達はその後に続いた。
辿り着いた先には、少し大きめの扉。
何か、異様な雰囲気を醸し出している。

郁未 「ここは・・・もしかして」

琥珀 「間違いない。あの男の部屋」

バンッ

勢いよく琥珀が扉を開く。
中に広がっていたのは、雰囲気どおりの異様な光景だった。
無数のガラスケースや、使い道のよくわからない機械が立ち並んだ部屋。
実験室、ってやつか?
なるほどあの男、マギリッドの部屋っぽい。

その部屋の中央付近に、人影が一つ。
小さな人影だ。
マギリッドじゃなく・・・。

セリシア 「ふ〜ん、時谷のおじさん、やられちゃったんだ」

テーブルの上に腰掛けて足をぶらぶらさせているのは、あの生意気な銀髪の少女、セリシアだ。
だがいつものような小悪魔的な笑顔はなく、どこか無表情だった。
少し様子が違うな。

郁未 「セリシア・・・」

セリシア 「郁未。それに琥珀と・・・祐一、だっけ?」

順番に俺達の顔を見ていく。
やはり表情に覇気がない。

セリシア 「それとそっちが、時谷のおじさんの子供?」

最後に美凪に目が行く。

浩平 「俺は?」

さやか 「私も」

無視された連中がぼやくが、やはり無視。

セリシア 「キレちゃってる親を持つと、子供は苦労するよねぇ」

美凪 「・・・・・・」

祐一 「おい小娘、ヒョロメガネはどうした?」

セリシア 「さあ? ここにはいないわよ」

嘘を言っているようには見えないな。
どこへ行きやがった?

祐一 「なら質問が変わるが・・・・・・遠野時谷の体に細工をしやがったのは奴か?」

美凪 「!?」

セリシア 「・・・なんで?」

祐一 「遠野時谷は明らかにもう死んでいた。いくらあの男がネクロマンサーでも、自分を蘇らせることは不可能なはずだ。となれば、誰か他の奴が」

死体を継ぎ合わせて生き返らせた。
もっとも、生き返らせたという表現が的確かどうかはわからないがな。

セリシア 「なかなか鋭いじゃない。そのとおりよ」

祐一 「やっぱりな」

セリシア 「時谷のおじさんだけじゃなくて、榊のおばさんに怪しげな薬やら呪法やら教えてたのもあいつよ。ま、榊のおばさんも楓とかいう人にやられちゃったみたいだけど」

ということは、ナイツはこれで二人消えたってことか。
楓さんにかかれば当然だな。

祐一 「聞いといて何だが、随分ぺらぺら喋るな」

セリシア 「・・・嫌がらせよ」

祐一 「嫌がらせ?」

セリシア 「ついでだからもう一つおもしろいこと教えてあげる。それはね・・・」

 

―――――――

 

祐一 「・・・今の話はマジか?」

セリシア 「大マジよ。もっともそれを知ってるのは、ナイツの中でも三人だけだけどね」

当たり前だ。
そんなこと他の連中が知ってたら大騒ぎだろうが。
おそらく三人ってのは、マギリッドとセリシア、それにゼルデキアだろう。
こいつらが諸悪の権現ってか。
もっともおそらくこのセリシアは・・・。

セリシア 「さ・て・と・・・お喋りはおしまいよ」

祐一 「・・・・・・」

セリシア 「せっかく色々知っても遅いわ。あんた達は、ここで死ぬんだから」

小娘の体が、変化した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

つづく