デモンバスターズEX

 

 

第38話 光と闇・楓vs榊

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

榊 「もう十八年も前のことだ」

楓 「(十八年・・・)」

楓が大地の巫女となった時期とほぼ一致する。
ますますもってわからなかった。
豹雨と共に旅立って以降は、あの男と共に多少は人に恨まれる行為もしてきた。
しかし大地の巫女として過ごしていた頃は、そうしたことはなかったと思っていた。

榊 「わらわも当時は普通の巫女として修行の身であった。家は代々神祇官の家系だったが、しばらく大きな役職も巡ってこなかった。両親はわらわに期待しておった」

 

 

他人よりも強い力を持ち、かつ努力家だった榊は、十歳になる頃には並みの神官などを遥かに上回る力を身につけていた。
そんな折、榊の家にとってこの上ない話が持ち込まれた。
榊を大地の巫女の候補として推薦するというものだった。
彼女の両親は狂喜した。
待ちに待った機会が巡ってきたのだ。
両親の喜びとともに、榊自身も巫女として最高の栄誉たる大地の巫女の候補になれたことは誇らしく、さらに修練に励んだ。
そしてやがて、大地の巫女としての適正を試される日がやってきた。

榊 「父様、母様。榊はきっと、栄誉ある大地の巫女となってみせます」

意気込む本人と、それを送り出す両親。
だがいざ出立という時になって、突然その話が白紙に戻されてしまった。
驚愕する彼女らに伝えられたのは、新たな大地の巫女が決まったということだった。

大地の巫女とは、この地上に宿る大精霊、或いは地神と呼ばれる存在と契約し、大地を安定させ、そこからもたらせる恵みで人々に安らぎを与える役職のことであり、古くから この大陸において巫女として最高の称号であった。

その大地の巫女の誕生祭で榊が見たのは、自分より二つ年下の少女が神輿の上に凛々しく立っている姿だった。
少女の名は、楓。
生まれた時から類稀なる神気霊力を持ち、今回はなんと前代未聞の、地神自らが下した神託によって選ばれたのだという。

榊 「・・・・・・」

それを見ていても立ってもいられなくなった榊は、神輿を送る行列の最前列へ飛び出した。

 「何者です、神聖なる祭典を妨げる者は!」

榊 「無礼を承知で、新たな大地の巫女となられた楓様にお願いがございます! どうかその御力をお示しいただきたく存じ上げます!」

少し面食らった表情をしていた幼い楓は、にっこり微笑むと、道端に生えていた枯れかけの木に力を注ぎ、もう一度それに多くの葉を青々と生い茂らせてみせた。

 

 

楓 「あの時の・・・」

確かにその出来事は、楓も記憶していた。
しかし、それを懇願してきた少女の姿までは覚えていなかった。
一度会ってみたいとその時は思ったのだが、周りの者に止められる内に忘れてしまっていた。

楓 「・・・あなたがなるはずだった大地の巫女を、結果として横取りしたような形になった私を恨んでいるの?」

榊 「馬鹿にするでない。わらわにもプライドがある。そのような形で恨みはせぬ」

 

 

罰を受けることを覚悟の上であのような願いを言ったのは、楓の力が見たかったからだった。
そして榊は、はっきりそこで楓の力が自分より上であると悟った。
悔しい気持ちはあったが、より優れた者が上の地位へ昇るのは当然のこと。
そう割り切っていた。

 

 

榊 「貴様の力を認めたからこそ、その後の苦労にも耐えてきた」

楓 「苦労?」

榊 「・・・ふっ、負け犬はいらぬのだ」

楓 「!!」

 

 

榊は両親に捨てられた。
敗北者など、家には必要ないものだったのだ。
若干十歳の少女が家を追い出されたのだから、そこから先どれほどの苦労をしたかは語るまでもない。
体を売って糧を得たのは一度や二度ではなかった。
だが、そんな生き方をしながらも、榊は巫女として修行してきたことに対する誇りだけは捨てずにいた。

榊 「優劣はつけた。悔しいけど、彼女が相手なら仕方がない」

自分より劣っている者が大地の巫女となったなら、それは許せないことだ。
しかし楓は間違いなく自分より上で、それを榊自身認めた。
楓が大地の巫女であるなら、自分も納得だった。
そのはずだった。

 

 

榊 「それを貴様はっ! 男にうつつを抜かしてあっさりその地位を捨ておった!!」

楓 「・・・・・・」

十年前。
つまり楓が大地の巫女となってから八年が経っていた。
その時楓は豹雨と出会い、彼と共に旅立つことを選び、大地の巫女としての地位を捨てた。

榊 「多くの巫女が、血の滲むような努力を重ねて、それでも届くことのない巫女として最高の地位にありながら、それを貴様はあっさり捨てた。たかが男一人のために貴様は・・・! わかるかっ、わらわがどんな思いで親に捨てられてから生きてきたか! 貴様がわらわより巫女として優れていると認めていたからこそ、大地の巫女はわらわでなくば貴様をおいて他にないと思ったからこそ惨めな思いをしながらも生きてきた! その日の糧を得るため、汚らわしい男どもに抱かれ、盗みを働いたこともあった・・・・・・。貴様がわらわの人生を狂わせた! 逆恨みと言わば言うがいいっ。わらわは決して、貴様を許しはしない!!」

榊は手に持った札を楓目掛けて投げつける。
黒い靄を帯びた札は、楓の左肩を掠めていった。

楓 「っ・・・」

鋭利な刃物で切られた上に、凝縮された呪いの効果によって鋭い痛みが走る。

榊 「さっきまでの威勢はどこへ行った? それとも、おとなしく死を受け入れる気になったな。もっとも、ただでは死なせぬ。わらわが味わった屈辱の数々、たっぷり味わわせてから殺してくれる」

さらに続けて、榊は同じ札を投げつける。
楓はぎこちない動きでそれをかわしていくが、数発は受けてしまっていた。
普段の動きではない。

 

 

 

 

 

 

 

 

榊の口上は、近くにいた者達の耳にも届いていた。

香里 「楓さん・・・」

いつもの楓からは考えられないほど鈍い動き。
やはり相当ショックを受けているのか。

香里 「まさか楓さん、抵抗しないつもりじゃ・・・!?」

京四郎 「確かに、このままではいけませんね。僕が行きましょう」

豹雨 「その必要はねェ」

京四郎 「!」

いつの間にか会場の反対側からこちらまでやってきていた豹雨が京四郎を制する。
二人の間に微妙な空気が流れるが、今それを気にかけている余裕は誰も持ち合わせていなかった。

京四郎 「必要ないって?」

豹雨 「これは、楓の問題だ」

京四郎 「けど、あのままじゃ殺されるかもしれないよ?」

栞 「そんなことはありません!」

京四郎の言葉を、栞は力強く否定する。
その場から身じろぎもせず、栞はじっと楓の姿を見ている。

栞 「私は少しですけど、あの人達のことを・・・デモンバスターズのことを知っています。本当の強さが何なのか知っている人達で・・・そして・・・・・・絶対に負けない!」

香里 「栞・・・」

豹雨 「・・・けっ、小僧の弟子の小娘が偉そうに」

そう言いながらも、豹雨は笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

楓 「・・・・・・」

正直、ショックと言えばショックだった。
そして改めて、二年半前の出来事を楓は思い出していた。
己の身を汚した相手に対する暗く激しい憎悪を感じ、自分が神聖な存在などではない、ただの人間に過ぎないことを知った時のことを。
だがそれでも、自分の行動がこんな形で誰かを不幸にしていたとは思わなかった。

楓 「(まだまだ、世間を知らない温室育ちの箱入り娘ってことか・・・)」

楓は孤児だった。
育った村は貧しく、恵まれた幼少時代を過ごしていたわけではない。
それでも、孤児院の仲間達と共に楽しく暮らしていた。
大地の巫女となった後は、生活面では不自由することはなかった。
結局、本当の苦労を知ることはなかったのだ。

 

榊 「!」

楓 「・・・・・・」

鈍かった楓の動きが変わった。
榊の放った札を全て剣で切り払ったのだ。

榊 「貴様・・・」

楓 「・・・何も、言い訳するつもりはない。謝ったって、失った時間は取り戻せないし、かといっておとなしく死を受け入れるほど私は人生悟ってない。どうすればいいのか全然わからないけど、少なくとも、ここで殺されるわけにはいかない」

榊 「ふんっ、そうやって貴様は他者を踏みにじった上に生きていくわけじゃな」

楓 「そうかもしれない」

奇麗事では生きていけない。
楓が選んだ道は、そういうものだった。
こうした恨みを買うことは、これから何度もあるかもしれない。
だが、それから逃げず、己が犯した罪を正面から受け止めて生きていく。
それが、楓の選んだ答えだった。

楓 「来なさい、榊。あなたの憎悪、全てこの私が受ける」

榊 「いい覚悟じゃ!」

黒い蛇の本体が猛スピードで突進してくるのを、楓は横に跳んで回避する。
そしてすれ違いざまに、蛇の首筋を切り裂いた。

楓 「!!」

榊 「ふっ」

切り口から溢れ出たのは血ではなく、どす黒い煙のような瘴気だった。

楓 「これは・・・!」

それは、水瀬屋敷で対決した時と同じものだった。
蛇の体内には、呪いのかかった瘴気が血の代わりに流れている。

榊 「あの小さな蛇でさえ人一人簡単に呪い殺せる量の瘴気を内包していた。この大きさの蛇を倒せばどうなるかな?」

水瀬屋敷で斬った蛇は普通の蛇と同じサイズのものだ。
それに対してこれは、全長が数十メートルもある巨大さがある。
もしこの蛇の体内にある瘴気が全て溢れ出れば、この城はおろかミステリアの城下町全てが呪いに覆われることになるだろう。

榊 「さあ、どうする!」

蛇の尻尾が襲い掛かってくる。
それをかわした楓に向かって、榊が呪いの札を投げつけてきた。
いずれも回避できないものではないが、逃げ回っていても勝てない。
呪いの蛇が攻撃できないならば、手は一つ。

楓 「術者を直接叩けば!」

榊 「甘いわ!」

蛇の頭の上にいる榊に狙いを定めて跳んだ楓だったが、剣が振り下ろされる寸前に榊は蛇の体を伝って逃げた。
振り下ろしかけた剣を止めた楓に向かって、榊が札を放つ。
攻撃の手を一旦止めた隙をつかれたため、何枚かの札はまともに喰らってしまった。

楓 「くっ・・・!」

榊 「死ねぇ!!」

頭の上から滑り落ちた楓に向かって大蛇が巨大な口を開け、そこから瘴気を吐き出す。
黒い瘴気が楓の体を包み込み、そのまま下に落下する。

榊 「とどめじゃ!」

落ちた楓に向かって、榊は大蛇の頭を落とす。

楓 「輝光爆陣!」

光が弾け、瘴気が全て吹き飛ばされる。
その衝撃で、大蛇の頭も押し返された。

榊 「くぬっ!」

楓 「はぁあああああ!!!!」

さらに楓は、地面に突き刺した剣から大地に力を注ぎ込む。
光が地面に亀裂を入れながら走り、それが大蛇を取り囲んでいく。

榊 「な、何を!?」

楓 「・・・・・・」

最終的に光は、大蛇をすっぽり囲う円を描いた。

楓 「(・・・大地の巫女をやめても、まだ私はあなたの契約者でいるのね。巫女をやめて以来ほとんど使ってなかったけど、今だけあなたの力を貸して、大地の精霊、地神黄龍!)」

 

 

 

 

 

 

 

光の方円から、何かが姿を現した。
それは黄金の輝きを見せる蛇、いや龍だった。

さくら 「あれは!」

芽衣子 「黄龍だな」

さくら 「わぁっ、また突然出てくるし・・・」

芽衣子 「気にするな。しかし、幻とは言え生で地龍神とも呼ばれる黄龍を見る機会があるとはな」

さくら 「四神と同じく、この大地を安定させるために存在している神。大地の巫女は、その力の一部を顕現させる」

芽衣子 「しかしここまで巨大な力を発揮できる巫女は史上数えるほどしかいないだろうな。いや、おそらく彼女ならこれ以上のこともできるだろう」

さくら 「神を召喚する・・・・・・そんな真似ができる人間が、さやかちゃん以外にもいるなんて・・・」

 

 

 

 

 

 

 

黄金の龍の幻影が浮かび上がると同時に、榊は大地に吸い寄せられるような感覚があった。

榊 「これは、いったい?」

楓 「光魔封神」

榊 「!!」

下に気を取られている内に、楓の姿はほぼ真上にあった。
既に剣を振りかぶっている。

楓 「その中では、全ての魔に属する力は大地に封じられ、霧散する」

封神結界が発動していれば、大蛇を斬っても呪いは拡散しない。

楓 「天浄烈閃!」

 

ドシュゥッッッ!!!!!

 

光の刃が大蛇を両断する。
黒い瘴気が大量にあふれ出すが、その全ては光の流れに乗って大地へと吸い込まれていく。

榊 「・・・・・・」

蛇の頭から落ちた榊は、呆然とした表情で下に降り立った。
だがすぐに、足場は崩れ落ちる。
楓の放った一撃は、大蛇のみならず客席まで破壊しており、会場の一部が崩落していた。

楓 「榊!」

崩れかけた足場の上で、榊は上を見上げる。
まだ崩れていない上の足場から、楓が手を差し伸べていた。

榊 「楓・・・」

楓 「こっちへ来て! そこにいたら、あなたまで吸い込まれる!」

光魔封神は、言ってみれば次元の落とし穴のようなものだ。
大地に吸収させると言うが、実際にはそこを通して亜空間へエネルギーを飛ばすというものだった。
ゆえに、人間であっても結界の中にいれば吸い込まれるという危険なものである。
術者である楓すらも、下手をすれば巻き込まれる。

楓 「早く!」

榊 「・・・・・・ふっ、おまえがそういう奴でよかった」

楓 「榊・・・」

手を挙げる榊の姿を見て、楓は一瞬安堵する。
しかし次の瞬間、榊の手には短刀が握られていた。

楓 「何を!?」

ドシュッ

その短刀で、榊は自分の腕を貫いた。

楓 「!!」

短刀の突き立った場所から流れ出たのは、赤ではなく、真っ黒な血だった。

榊 「これで、わらわの復讐も成し遂げられる」

楓 「何を言って・・・」

榊 「おまえはわらわの人生を狂わせた。そしておまえは、わらわを救うこともできなかった。その罪の意識を抱いたまま生き続けるがよい」

楓 「馬鹿な真似はやめてっ! 死んだらどうにもならないでしょ! あなたこそ生きてっ、何度でも、あなたの気が済むまで私に復讐すればいいっ、だから・・・!」

榊 「無駄じゃ。どうせもう、わらわに時間など残っておらぬ」

楓 「!!」

その言葉で、楓は榊の黒い血のわけを知った。
はっきり言って、普通の状態ではない。

楓 「それって・・・」

榊 「数知れぬ病に蝕まれ、おまえを超えるために使った数々の禁呪の影響で、もはやわらわの体は長く保たぬ。見よ」

短刀の突き立った部分から、榊の体は急速に腐敗し始めていた。
尋常でない速さである。

榊 「体の方も術で無理に保たせて来たのじゃ。結界に魔力をどんどん吸われ、もう維持することもできぬ」

楓 「・・・・・・」

榊 「ふふ・・・あははははははっ、これぞわらわの命をかけた最後の呪いじゃ! 忘れるなよ楓! おまえが殺した一人の人間の存在をっ! これがわらわの、おまえへの復讐だ!! あっはっはっ、あっはははははははははははは!!!」

榊の高笑いと共に、残っていた足場が一気に崩壊する。

楓 「榊!」

楓のいる場所も程なく落ちる。
榊のいた足場も崩れ、瓦礫の中に笑い続ける榊が落下していく。
その間に、榊の体は腐って崩れ、黒い血は大地の光に吸い込まれていった。
下に落ちきる前に、榊の体は完全に崩れ落ち、消滅した。

楓 「榊ーーーーーーっ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

つづく