デモンバスターズEX
第23話 目指すはカノン公国
・・・・・・・・・重い。
空気が重い。
今は食事時で、とりあえず起き上がれるくらいまで回復した秋子さん、折原、国崎らもいるんだが、とにかく重い。
エリス 「翡翠、おかわり」
翡翠 「はい」
しかも普段大量に食べる三人のうちの二人。
みさきはいなくて、国崎は超珍しく食が細い。
唯一エリスだけがいつもどおりに食べている。
この一事をとってもいつもと違う。秋子 「・・・・・・」
何が一番この重い空気を形作ってるって、たぶんそれは秋子さんだろう。
いつも暖かい笑顔を浮かべている秋子さんの表情が沈んでいる。
それが最大の要因だろう。この屋敷の住人でムードメーカーとなっているのは常にさやかと琥珀、それに折原だ。
だがそのバックには、常に変わらぬ微笑を浮かべている秋子さんという存在があった。
本当の意味でこの水瀬屋敷の笑顔を支えていたのは、秋子さんなんだ。祐一 「・・・・・・」
敗北したがためか。
それとも皆を利用していることへの罪悪感か。
とにかく秋子さんに元気がない。
一番それを気にしているのは、娘の名雪や美坂姉妹だな。
どうしたもんか・・・・・・。琥珀 「はいはい、ちゅーもーく!」
と、数少ない今元気な奴が皆の注目を集めようとする。
だが、暗く打ち沈んだ連中のほとんどはそっちを見ていない。琥珀 「・・・・・・注目しない人のご飯には怪しいお薬が入っています」
バッ!
全員が一斉に顔を上げる。
よく考えれば、誰が注目するかしないかなんてわからないのだから、予め怪しい薬を入れておくことなどできないはずなのだが、相手は琥珀である。
俺が思うに、おそらくこいつはエリス以上の策士だ。
何をやらかすかわからない上に、この手の話をこいつがする時は笑えない。
琥珀ならやりかねないからだ。琥珀 「ま、冗談ですけどね・・・・・・次はほんとにやりますけど」
俺は何も聞かなかったぞ。
琥珀 「それでお話の前に、秋子さんにお願いがあるんですけど」
秋子 「はい?」
琥珀 「しばらく休暇をください」
秋子 「それは・・・構いませんけど。どうしたんです?」
琥珀 「ちょっとカノンに行ってきます」
ちょっと町まで買い物に行ってきます、くらいの調子で言われ、一瞬皆、俺を除く全員が何を琥珀が言ったのか理解できなかったっぽい。
あの、よほどのことがなければ動じない秋子さんまでもが呆然としている。琥珀 「それでですね」
誰かが何か言うよりも先に、琥珀が先を続ける。
琥珀 「一人旅もつまらないですし、一緒に行く方募集してます。十日後の正午、町外れの丘に集合です。行く人は遅れないでくださいねー」
一切の反論を許さず、琥珀はその話を一方的に締めくくった。
まぁ、今さら何を言わんやだけどな。
誰かが音頭を取るべきことだった。
どうせ他にも、カノンへ行こうとしてる連中はいるんだからな。
翡翠 「姉さん」
琥珀 「何、琥珀ちゃん?」
食事の後。
後片付けを終えてから、翡翠は廊下で琥珀を呼び止めた。
辺りには誰もいない。翡翠 「さっき言ってた、カノンへ行くって・・・」
琥珀 「うん、行ってくる」
翡翠 「・・・そう・・・・・・」
それ以上、姉が何も言わないであろうことを、翡翠はわかっていた。
昔から妹の自分には何も言わず、一人で勝手に何もかも抱え込むのが琥珀だったからだ。琥珀 「心配しないで、翡翠ちゃん」
沈んだ表情の翡翠を、琥珀はそっと抱きしめる。
琥珀 「わたしは必ず、帰ってくるから」
翡翠 「・・・・・・・・・うん」
美凪 「・・・往人さん」
往人 「何だ?」
まだ傷が癒えないため、早々と布団に入っている往人の傍らに、美凪が腰を下ろす。
反対を向いているため、往人の顔は見えない。美凪 「・・・私も、行ってきます」
往人 「そうか」
美凪 「・・・はい・・・・・・」
互いに押し黙る。
遠野美凪という少女が、見かけによらず頑固なところがあることを、往人はよく知っていた。
そう決めた以上、何を言っても行くのだろう。往人 「一つ約束しろ」
美凪 「?」
往人 「ちゃんと戻って来いよ」
美凪 「・・・・・・・・・はい・・・約束します」
往人 「なら、いい」
そして、あっという間に十日が経った。
正午30分前の町外れの丘。
今いるのは、俺と琥珀だけだ。琥珀 「何人くらい来ますかねー?」
祐一 「さあな」
誰も来なければ俺と琥珀だけでも充分だが。
まず何人か来るであろう奴は予想がつく。
というか、さっそく来た。さやか 「あれ、早いね〜」
エリス 「いないと思ったら先に来てたのね」
楓 「やっぱり、祐一君も行くんだ」
祐一 「ああ」
この三人か、最初に来たのは。
来るだろうと確信していた反面、一番来そうにない面々でもあるんだよな。祐一 「いいのか? おまえらは一番関係ないだろう、この一件には」
俺や琥珀、その他何人かには、明確にカノンと敵対する理由がある。
だがこの三人には、そういったものが一切ない。エリス 「何言ってんのよ。ナイツとやりあうなんておもしろそうなこと、あんた達だけでやらせはしないわ」
さやか 「友達のお手伝いは当然のことだよ」
楓 「私も同じよ」
理由はそれぞれ、か。
何にしてもこの三人は大きな戦力だ。
来てくれて正直ありがたい。
ナイツを相手に劣るつもりはないが、さすがに俺一人で十三人の相手は無理だからな。
それに、大国カノンが相手となれば、敵はナイツだけじゃない。浩平 「おお、思った以上に大人数だな」
次に現れたのは折原。
傷はもういいみたいだな。祐一 「やっぱりおまえも行くか」
浩平 「ああ。今回はお笑いはなしだ」
いつになく締まった表情の折原。
恋人のみさきが捕まっている状態では、こいつもマジにならざるをえんか。美凪 「・・・あ」
続けての登場は美凪。
国崎の方はまだ傷が癒えないのか、来ていないらしい。祐一 「おまえもか。大丈夫なのか?」
聞いた話によると、国崎を倒した奴らってのは美凪の身内らしい。
そんな相手との戦い、こいつはどんな気持ちで望むつもりなのか。美凪 「・・・はい。約束・・・しましたから」
祐一 「約束?」
美凪 「・・・戻ってくると」
祐一 「そうか」
なら、いいか。
こいつも死にに行くわけじゃないらしい。
折原は問題ないだろう。誰も死なせやしない。
全員生きて、ここへ帰ってくるんだからな。祐一 「これで揃ったか?」
楓 「そうじゃないかな」
七人。
まぁ、こんなもんだろ。
たぶん斉藤も行くだろうが、あいつは俺達と一緒はしないだろうからな。
一人くらい別行動してる奴がいた方が、後々役に立つ場合もある。琥珀 「時間ですね」
祐一 「よし、行くか」
栞 「ま、待ってください〜!」
はい?
栞・・・に、香里。香里 「置いてくつもり?」
祐一 「って、おまえらは・・・」
一番関係ないだろうが。
しかも一番戦力的に劣るし。楓 「くすっ、いいんじゃないかな」
祐一 「楓さん」
楓 「これも修行になるし、師匠として連れて行くことにするよ、私はね」
師匠として、ねぇ。
確かに最近二人とも楓さんに師事している。
そういえば十日前以来三人でどっか行ってることが多かったような気がしないでもない。
まさか、秘密の特訓をしてたってか?栞 「祐一さん・・・」
祐一 「ん?」
栞 「あの、楓さんもお師匠様ですけど、私のお師匠様はやっぱり祐一さんです。だから、祐一さんが来るなって言うなら・・・・・・」
祐一 「・・・・・・」
・・・まぁ、仕方ないか。
祐一 「おまえがやるべきことは、わかってるな?」
栞 「はい!」
祐一 「いいだろう。足を引っ張るなよ」
栞 「はいっ!」
いい返事だ。
返事は最初から良かったんだよな。
確かに楓さんの言うとおり、これもいい修行になるだろう。
危険を伴わず、強くなどなれるもんじゃない。香里 「九人とはこれまた、大所帯ね」
祐一 「頭数はとりあえず揃ったってところか。敵は十三人いるんだし、ちょうどいいだろう」
実際にはもっとだが、最大の敵はナイツ・オブ・ラウンド十三人。
あとは雑魚だと思うが、油断はできんな。
何しろ相手は、あのカノン公国だ。
魔族もいるって話しだし。楓 「これだけの人数がいると、やっぱりリーダーが必要だと思うんだけど」
エリス 「そうね」
琥珀 「賛成です」
祐一 「だな」
リーダー、か。
しかし、この中で誰をリーダーにすると?エリス 「リーダーに必要なものは、仲間からの信頼、統率力、それに当然実力も必要だわ」
楓 「総合的に見ると、祐一君が適任だね」
祐一 「俺?」
俺がリーダーって・・・・・・。
実力から言えばエリスや楓さんでもいいと思うんだが。
何故俺?楓 「実力は申し分ないし、何より信頼という面では、祐一君が一番でしょ」
祐一 「いや、けどよ、楓さん・・・」
楓 「みんなはどう思う?」
さやか 「私は賛成〜」
エリス 「別にいいんじゃない」
琥珀 「適任だと思います」
浩平 「悪くないだろ」
美凪 「・・・賛成に一票」
香里 「ちょっと悔しいけど、それが一番だと思うわ」
栞 「はい!」
楓 「全員一致で、決定ね♪」
祐一 「・・・やれやれ」
面倒なことだ。
何よりこの面子をまとめなくちゃならんということが。祐一 「仕方ねぇか・・・・・・足を引っ張るなよ、おまえら」
楓 「ええ」
エリス 「あんたの方こそ、ね」
栞 「はい」
香里 「やってやるわよ」
浩平 「ま、気楽にな」
祐一 「じゃあ、目指すはカノン公国、行くぜ!」
さやか 「れっつ・ごー♪」
琥珀 「ごー♪」
美凪 「・・・ごー」
カノン公国――。
首都ミステリア――王城内謁見の間―――。高峰 「・・・来たか」
公王倉田高峰は、ゆっくり顔を上げた。
彼の視線の先には、十三人の精鋭達。ジーク 「円卓の騎士、お召しにより参上仕りました」
40前後と思われる騎士の男。
この男こそ、カノンが全世界に誇る精鋭部隊ナイツ・オブ・ラウンドの団長である、聖騎士ジークフリード。
そして彼を中心に、左右に六人ずつ。右に――。
副団長、ドラグーンナイト、シュテル。
ウルフキラー、メサルス・リー。
キラーナイト、アヌビス。
銀翼の貴公子、氷上シュン。
ネクロマンサー、遠野時谷。
ダークプリースト、ゼルデキア・ソート。左に――。
王女、プリンセスナイト、倉田佐祐理。
王子、プリンスナイト、倉田一弥。
狂科学者、マギリッド・T。
聖魔女、セリシア。
黒巫女、榊。
ニンジャマスター、服部重蔵。十三人の円卓の騎士である。
今、この謁見の間にいるのは、王と十三人の円卓の騎士と、あと一人だけであった。
最後の一人は、広間の端で一人佇んでいる。
眼鏡の下に、無機質な表情を浮かべて中央に陣取る者達を見ていた。
まだ若い男の名は、久瀬俊之。久瀬 「・・・・・・(ナイツの構成も変わったものだ。私の父の代には、こうも得体の知れない者達はいなかったというのに)」
以前。
まだ、あの水瀬秋子が副団長であった頃。
当時から残っているのは、ジークフリード、シュテル、マギリッド、重蔵の四人だけである。
そして新入りの中でも特に、ゼルデキア・ソート。久瀬 「(いったい何者だ、あの男? 王は何故あのような得体の知れぬ輩を・・・)」
他にも、ネクロマンサーの遠野や、黒巫女の榊、それにセリシアなどの邪道を操る面々。
そしてさらに、王は異様なほどナイツに寛容だ。
彼らがどこで何をしようとお構いなしという感じだった。久瀬 「(何かがおかしい・・・・・・。いつからか、何かが狂い始めている)」
ナイツと対を成すもう一つの軍団、久瀬が率いる親衛隊は、いまや公王の信頼を受けていないと言っていい。
久瀬 「(だが・・・まぁいい。何があろうと、私はこの国を護るだけだ。その敵が内部にいるというのなら、それも叩くまで)」
?? 「ひょっとして、私の出番も近そうですか?」
久瀬 「下がっていろ、他の者に気取られる」
?? 「申し訳ありません。しかしね、最近少し退屈しているのですよ。そろそろ楽しいお仕事をいただきたいものです」
久瀬 「その点は心配するな。すぐに貴様の出番は来る。何故ならもうじき・・・・・・」
高峰 「皆も承知していようが、間もなくあれを開催することになる」
ジーク 「はっ」
高峰 「今年もまた、皆の勇姿を見せてもらおうぞ」
久瀬 「・・・そう。カノン公国にとっての国内最大のイベント・・・・・・カノン大武会が始まる」
つづく