デモンバスターズEX

 

 

第21話 悪夢の一夜 後編

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

戦いは、尚も続いている。
悪夢は、まだこれからだった。

 

 

 

 

浩平対氷上。
神速の抜刀術と、神速の刺突との対決は、一見互角に見えた。
しかし、僅かずつだが、氷上の剣の速さが浩平の上を行っていった。

ブシュッ

浩平 「くっ・・・!」

氷上 「今のは僕が紙一重の上、紙二重分くらい速かったかな」

みさき 「浩平君!」

駆け出そうとするみさきを、浩平は手を挙げて制する。

浩平 「そんな声出すなよ。ちょっと掠っただけだ」

氷上 「今は、そうだね。けどこのままじゃ、いずれ君は死ぬよ。次はもっと速く行くからね」

みさき 「そんな・・・!」

既に浩平の放つ剣の速度は限界に近付いていた。
少なくとも、みさきの認識ではそうだった。
それに対して、氷上はまだ余裕があるというのか。

氷上 「さあ、折原君」

浩平 「ちっ」

また剣が交わる。
今度はもう、完全に浩平が速さで競り負けた。

浩平 「ぐっ・・・!」

みさき 「あ・・・あぁ・・・・・・」

信じられなかった。
確かに浩平よりも強い人間は知っている。
斉藤や祐一は今の浩平よりも確実に強いだろうが、しかし浩平の放つ抜刀術の速さは凄まじい。
ことスピードにおいては、折原浩平は誰にも負けないはずだった。
その浩平が今、速さの勝負で負けている。
そんな光景が、みさきには信じられない。

浩平 「つぅ・・・・・・」

氷上の突きは、浩平の脇腹を深く抉っていた。
傷の痛みに、浩平は蹲ったまま起き上がれない。

氷上 「もう、勝負あっちゃったかな?」

まったく余裕の表情を浮かべている氷上は、変わらぬ微笑で浩平を見下ろす。

氷上 「困ったな。いつの間にかこんなに差がついてたんだね、僕達」

浩平 「氷上・・・・・・」

氷上 「残念だけど、君はここで殺しておかないと、カノン公国にとって危険そうだから・・・・・・悪く思わないでね」

蹲る浩平に向かって剣を振り下ろそうとする氷上。
だがそれは、横合いから妨げられる。

みさき 「浩平君は、やらせないよ!」

氷上 「川名さんか。君も強いけど、折原君ほどじゃないだろう。僕の相手ができるかい?」

みさき 「わからないけど・・・・・・これ以上浩平君が傷付くのを黙って見てはいられないよ」

氷上 「・・・なら、僕を止めてみるといい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

遠野時谷に従うアンデット、みちる。
対するは往人。

ドッ

往人 「ぐっ・・・!」

普段は売れない芸をするだけの法術だが、本来はもっと多種多様に渡る力を持っている。
攻撃術も当然その中には含まれていた。
戦いになればそうした技を操る往人はかなり強い。
しかし・・・。

みちる 「・・・・・・」

バキッ

往人 「がはっ!」

今はみちるを相手に一方的に攻撃を受けていた。
相手の速さを前に、術を発動するのが間に合わない。
ある程度使える体術で応戦しようにも、それはまるで相手に及ばない。

ドカッ バキッ ドグッ

往人 「ごっ・・・がはっ・・・ぐはぁっ!!」

みちるの蹴りと拳が、容赦なく往人の体を痛めつける。
その光景を、美凪は真っ青な顔を見つめていた。

昔・・・・・・。
まだ幸せな記憶がある頃。
二人はよく蹴ったりぶったりでじゃれあっていた。
あんなに微笑ましく感じていたものが、今では・・・。

美凪 「や・・・めて・・・・・・」

ドゴッ

往人 「ぐほぉっ!!」

美凪 「やめてぇ!!」

普段のおとなしい彼女ではありえない、悲鳴のような声。
それに反応して時谷が手をかざすと、みちるは動きを止めた。
攻撃の手を止められ、往人のその場に倒れる。

美凪 「国崎さんっ!」

美凪はそこへ駆け寄り、往人を抱き起こす。
既に往人は意識がなかった。

美凪 「国崎さん! 往人さんっ!!」

泣き叫ぶように男の名を呼ぶ美凪。
今の彼女の目には、父も妹も入っていなかった。
そのことで、父の時谷の顔に影が差す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アンデットの大群に追われ、戦いながらも逃げるしかない香里達。
やがて、屋敷のほぼ中央に位置する大きな庭に出る。

栞 「お姉ちゃん! こっちじゃほとんど逃げ場がありませんよ!」

香里 「わかってるわよっ、そんなこと。でも仕方ないでしょ!」

逃げ道を模索しているような余裕はなかった。
敵は弱いが、数が多すぎる。

翡翠 「あれは・・・」

先頭を走る翡翠が何かに気付く。
反対側から何かが凄まじい勢いで迫ってきていた。

ズガンッ!

建物が一気に切り崩される。
土煙の中から、琥珀が飛び出してきた。

翡翠 「姉さん!」

琥珀 「翡翠ちゃん!? 香里さん達も・・・」

セリシア 「ふんっ、どうやら追い詰めたわね」

琥珀 「!!」

崩れた建物の瓦礫の上に立っているセリシア。
まだ少し顔が青いが、毒の効果も薄れてきている。
とんでもない生命力と言えた。

そして反対側、香里達の背後からはアンデットモンスターが湧き出てくる。
まさに前門の虎、校門の狼。

名雪 「・・・くー」

香里 「あたし、はじめて名雪のこのどこでも寝られる性質が羨ましいと思ったわ」

琥珀 「状況最悪ですからね・・・」

翡翠 「・・・・・・」

栞 「こんな時、祐一さんがいてくれたら・・・」

あの男ならば、これくらいの窮地は余裕で脱してしまうような気がした。
それほどまでに、あの男は強い。
しかし今ここに、祐一はいなかった。

セリシア 「あいつがいないのは残念だけど、心配しないでもいつかあいつも殺してやるわよ。安心して死になさい!」

無数の糸が舞う。
琥珀一人なら避けられるかもしれないが、他の四人をおいて逃げるわけにはいかない。

琥珀 「くっ!」

セリシア 「終わりよ!」

これまでかと思われたが、全ての糸は五人を切り刻む前に斬りおとされた。

セリシア 「な・・・!?」

楓 「間に合ったわね」

それをやってのけたのは、楓だった。

香里 「楓さん!」

楓 「遅くなってごめん」

祐一はいないが、まだ頼れる人間はいた。
その祐一の師匠でもある楓だ。

セリシア 「な! ちょっと榊のおばさんっ、楓とかいう女はあんたがやるんじゃなかったの!?」

榊 「喧しい。おばさんとか言うでないわ、小娘が」

斬られている肩を押さえながら、榊がセリシアの横に現れる。
楓には、肩を斬られて逃げられたのだ。
こうして追ってきたわけだが、片腕の感覚が落ちている状態では呪術を使うための印も結べない。

榊 「おのれ楓・・・!」

楓 「・・・他のみんなは?」

香里 「わかりません。逃げるのが精一杯で・・・」

楓 「そうね」

逃げることは大事だ。
自分の実力が相手に対して足りていないなら、生き延びるために逃げなくてはならない。
他の皆もそうしてくれていればいいのだが。

アヌビス 「まだもたついていたのか」

さらに一人、ナイツの者が現れる。
巨漢アヌビスは、肩に失神したほたるを担いでいた。

琥珀 「ほたるちゃん!」

アヌビス 「この娘はおまえが連れて行くはずではなかったのか、セリシア?」

セリシア 「その前に邪魔な奴を片付けようとしただけよ。あんたこそ敵はどうしたのよ?」

アヌビス 「石橋は倒した」

香里 「な!? 石橋さんが・・・・・・」

水瀬道場で秋子に次いで人望があり、実力もあるあの石橋が倒されたと。
誰よりもその強さを知る香里は驚愕した。

香里 「そんなこと!」

アヌビス 「真実だ。まぁ、とどめは刺さなかったからな、あの程度で死ぬ男ではあるまいが」

栞 「も、もしかして・・・どんどん泥沼ですか?」

シュテル 「どんどんじゃなくて、完全に泥沼だよ、嬢ちゃん」

別の方向からまた一人現れる。
金色の鎧が半分吹き飛んでいるが、そのシュテルの手にはぐったりとした秋子が抱えられている。

栞 「あ、秋子さん!?」

シュテル 「さすがにてこずったが、な!」

抱えていた秋子の体を地面に放り出す。

秋子 「ぅ・・・うぅ・・・・・・」

シュテル 「そこで見てろ水瀬。おまえの行いの末路をな」

香里 「そんな・・・秋子さんまで・・・・・・」

絶望。
そんな言葉が脳裏に浮かぶ。
水瀬流を学ぶ者にとって、秋子は絶対の存在だった。
彼女が負けることなど、考えも及ばない。

翡翠 「・・・姉さん」

琥珀 「これは・・・・・・本当にピンチの極みですね・・・」

楓 「・・・・・・」

いかに楓が強くても、相手が多ければそうそう簡単に勝てない。
ましてや、これだけの人数を護りながらともなれば・・・。

楓 「(こんな時、豹雨だったらどうする・・・・・・豹雨だったら・・・)」

さしもの楓も、頼みの男のことを思い浮かべずにはいられない。
圧倒的不利なこの状況を覆すにはどうすればいいか・・・・・・。

 

ドガンッ!

 

また新たに、塀を突き破ってその場に乱入してきた者があった。
それは、吹き飛ばされてきたメサルスだった。

メサルス 「ぐ・・・・・・」

シュテル 「メサルス? おまえ何やって・・・・・・!!」

斉藤 「辛うじて防いだようだが、その程度で俺を倒すだと・・・笑わせる」

崩れた塀の向こうから、斉藤が歩いてくる。
既にメサルスと何度か剣を交えているだろうに、体に傷一つ負っていない。
圧倒しているということだ。

斉藤 「そいつでは相手にならんな。他の奴が相手をするか?」

シュテル 「・・・・・・」

アヌビス 「・・・・・・」

対峙しただけで、力のある者はわかる。
斉藤元という男の恐ろしさが。
そしてもう一人、楓の力も警戒すべきものだ。

シュテル 「不確定要素が二つ・・・か。こりゃ、引き際かな」

アヌビス 「止むを得んな」

セリシア 「ちょっと! あたしはまだ・・・」

榊 「わらわもこのままでは退けぬ!」

メサルス 「まだ勝負はついてねぇっ!」

シュテル 「黙れ」

決して大きくはないが、響きのある声でシュテルが一括する。
それだけで文句を言っていた三人が押し黙る。
シュテルという男がこの面々の中で頭角にあることを示していた。

シュテル 「目的は充分に達した。氷上!! 遠野!! 引き揚げだ!!!」

その場にいない二人にも声をかけ、シュテルは皆に先んじて引き上げていく。
続いて無言のまま、ほたるを抱えたアヌビスが引き上げる。

メサルス 「斉藤ぉ・・・・・・次は必ず・・・!」

榊 「ただではおかんぞ、楓・・・!」

セリシア 「覚えときなさいよ、琥珀!」

他の三人も、それぞれに捨て台詞を残して去っていく。
アンデットモンスターも、それに合わせて全て退いていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

氷上 「おや残念。帰らなくちゃ」

みさき 「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・・・・」

氷上 「残念だなぁ、ほんと。浩平君ともっと戦いたいんだけど・・・・・・そうだ!」

いいことを思いついた、という感じで氷上の顔がパッと明るくなる。

ドッ

みさき 「ぐ・・・ぁ・・・・・・・・・」

一瞬で間合いを詰め、みさきに当て身をする氷上。
気絶したみさきは、氷上の腕の中に落ちる。

浩平 「氷上、てめぇ! 何の真似だ!?」

氷上 「今日は帰らなくちゃならないけど、僕はもっと君と戦いたい。いや、誰も見たことのない本気の君とね。だから、彼女は人質だよ。返してほしければ、僕は倒すことだね」

浩平 「待て・・・!」

氷上 「じゃあね、折原君。きっと来てくれると信じてる」

みさきを抱えたまま、氷上は塀を飛び越えて浩平の前から消える。
追いかけようと走り出す浩平だが、傷が痛んですぐにまた蹲る。

浩平 「くそったれ・・・・・・みさきーーー!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

時谷 「・・・美凪」

美凪 「・・・・・・お父さん・・・どうしてこんな・・・・・・」

娘の問いかけに、時谷は答えない。
ただ、みちるを連れて、その場を離れる。

美凪 「・・・待って・・・お父さん、みちる・・・!」

時谷 「美凪・・・・・・カノン公国で待っている」

美凪 「おとうさ・・・・・・!」

唯一言を残して、時谷は去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こうして、水瀬屋敷の悪夢のような夜は、終わった。

深い傷痕を残して・・・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

つづく