デモンバスターズEX
第20話 悪夢の一夜 中編
屋敷の各所で戦いが続いていた。
そのうちの一箇所では、香里、栞、翡翠の三人がアンデットモンスターの群れと戦っている。
名雪が起きないため、それを護りながらという不利な状況で。香里 「このっ!」
栞 「よらないでください!」
翡翠 「近付く方に容赦はしません」
相手は所詮モンスター。
一体一体の戦闘能力は低い。
この三人にとっては決して苦戦するような相手ではないが、いかんせん数が多い。
しかも完全に体を破壊しなければ活動を停止しないため、面倒な相手である。香里 「はぁぁぁぁぁ!!!」
体ごと左右へ高速移動し、その度にロングソードを振るう。
香里が通過した後には、崩れ落ちたアンデットの残骸が転がる。
楓との修行で、以前よりも剣の切れが増していた。栞 「修行の成果、見せてやります!」
同じく祐一と修行してきた栞も、前から格段に進歩している。
多数との戦いでは両手に武器を持つと良いと教えられたため、最近では少し短めの刀を二本持っての戦いも訓練しており、それを試すいい機会だった。翡翠 「・・・・・・」
翡翠も、姉の琥珀ほどではないがかなりの使い手である。
素手ではあるが、その手の動きを見切ることは困難だった。名雪 「・・・・・・くー」
三人が戦っているのを余所に、名雪は一人、呑気に眠っていた。
その名雪に、三人の攻撃をかいくぐったアンデットが迫る。香里 「しまった・・・!」
名雪 「だおー!」
ボンッ
近付いたアンデットの体が一瞬にして弾ける。
何が起こったのか、見ていた香里達にもわからなかった。香里 「今の、名雪が?」
栞 「寝てますよね、名雪さん?」
翡翠 「確かに寝ています」
前々から、名雪は寝ている方が冴えているのではないかなどと囁かれていたが、それが事実だったと証明されたような気が三人はした。
だがどちらにしても、アンデットモンスター数体をあっさり撃退するとは、さすがは秋子の娘といったところか。この四人は、そこそこ戦っていた。
もっとも、アンデット達が彼女達を足止めするように戦っていることには、四人とも気付かずにいたが・・・・・・。
香里達と戦っているアンデットを操っているのは、この男だった。
時谷 「・・・・・・」
往人 「黙ったままで不気味な野郎だな。戦う気がねぇならどっか行きな」
相手の実力は相当なもの。
下手をしたら先に戦った魔族の集団以上かもしれない。
普段おちゃらけている往人も、今度ばかりは気を引き締めずにはいられなかった。美凪 「・・・・・・」
一方の美凪は、不思議そうな顔で目の前の男を見ている。
何故か、懐かしい感じがしていた。美凪 「・・・・・・あなたは、誰?」
時谷 「・・・美凪」
名前を呼ばれた。
その瞬間に、美凪は全てを悟った。美凪 「・・・お父さん」
往人 「何?」
時谷がマントのフードを取る。
その姿は間違いなく、美凪が知る父、遠野時谷のものだった。
美凪にとっては父親であり、占星術師としての師匠でもあり、一流のネクロマンサーでもある男。往人 「遠野の親父だぁ? 何だってそんな奴が敵として出てくんだよ」
美凪 「・・・どうして、ここへ?」
時谷 「美凪・・・」
体を覆っていたマントを、時谷は完全に取り払う。
その下から、小さな人影が現れた。
それを見て、美凪は父の正体が判明した時以上の衝撃を受ける。美凪 「・・・・・・・・・なんてことを・・・」
小さな人影は、少女だった。
赤い髪を、左右で結んでいる少女は、どこか美凪と似通っている。美凪 「・・・みちる・・・・・・」
時谷 「美凪・・・・・・おいで。ここにはみちるもいる」
父が手招きしている。
妹のみちるも、そこにいた。
美凪はふらついた足取りで、前へ踏み出そうとする。
それを往人が止める。往人 「よく見ろ、遠野。あれがみちるか?」
美凪 「・・・・・・」
往人 「あんな魂の抜け殻みたいなのがみちるかよ?」
美凪 「・・・・・・」
往人 「目を覚ませ。みちるはとっくに、死んでる」
美凪 「・・・・・・国崎さん」
往人 「悪趣味親父は、俺がぶっ倒す」
その場に美凪を残し、往人が前に進み出る。
普段は決して見せない険しい表情で。往人 「覚悟しな」
時谷 「・・・・・・みちる、私達親子の邪魔をする者がいる。倒しなさい」
みちる 「・・・・・・」
ギィンッ
秋子の剣と、シュテルの剣とが撃ち合わされる。
速さもパワーも、ほぼ互角に思えた。シュテル 「はっ! 腕が鈍ったかと思ってたが、やるじゃねぇか、水瀬よぉ!」
秋子 「偉そうなことを言っていたわりには、大したことありませんね、シュテルさん」
シュテル。
既にナイツ・オブ・ラウンドの一員となって十年余りにもなる古参の一人。
秋子が知る頃のナイツのメンバーで残っている数少ない男である。
そして、ジークフリード、秋子に次いで実力第三位と言われていた。秋子 「あなたが得意とする相手は、ドラゴンでしょう」
この男の肩書きはドラグーンナイト。
対ドラゴン戦において圧倒的な強さを誇るのがこのシュテルであった。
もちろん、地上最強の獣であるドラゴンを倒せるというのは、それだけ強いということだが。シュテル 「まだまだ、俺がこんなものだと思ったら大間違いだぜっ!」
攻撃の回転を上げるシュテル。
秋子も何とかついていくが、実のところかなりきつくなってきている。
本人の言うとおり、シュテルの腕は以前よりさらに上がっていた。
新加入の少女セリシアの強さと言い、マギリッドのパワーアップぶりと言い、秋子はひょっとして自分がナイツを甘く見すぎていたかと思い始めていた。秋子 「くっ・・・」
シュテル 「おらおらおらぁ!」
相手の猛攻に、秋子が押され始める。
武芸の腕において秋子は誰にも劣らぬ自信を持つが、パワーやスピード、気迫といった面で圧倒されていた。秋子 「これならっ」
剣を右手一本に持ち替え、左手には槍を持つ。
これが秋子流の二刀流である。
どちらをとっても超一流だからこそできることだが・・・。シュテル 「俺には通じねぇ!」
ガキィンッ
秋子 「あ・・・」
あっさり剣を弾き飛ばされる。
続いての攻撃を槍でなんとか防御する。
完全に秋子が劣勢だった。秋子 「・・・・・・」
冷や汗が秋子の背中に流れる。
予想外にナイツ・オブ・ラウンドの強さが増していた。秋子の思惑に、狂いが出始めている。
彼女本人が勝てない相手に、水瀬屋敷の面々が勝てるか。
答えは限りなく否に等しい。カノン公国を潰すため、ナイツ・オブ・ラウンド対策として集めた者達だが、このままでは勝算はない。
秋子 「(負けるわけには・・・いかない!)」
シュテル 「もう諦めな。いくらあんたでも、ちょっとやそっと戦力を集めた程度でカノンは潰せねぇ」
秋子 「・・・・・・」
シュテル 「気持ちはわかんなくもねぇけどよ、誰にも俺達ナイツ・オブ・ラウンドを倒すなんてできやしねぇよ」
この男は、秋子が何を思い、何を望むかを知っている。
秋子の過去を知っているからこそである。
だが、どう言われても秋子は思いとどまるつもりはなかった。秋子 「・・・もう、私は後へは引けません」
シュテル 「そうかい。じゃあ残念だが、あんたが集めた連中もろとも、ここで死にな!」
楓 「黒巫女ね、あなた」
黒巫女。
それは本来神に仕えているはずの巫女が道が外れ、呪術などの邪道を身につけた者のこと。
この榊という女はそれだった。楓 「その黒巫女が、私に何の用? 悪いけれど、のんびり相手をしている時間はないわ」
敵がナイツ・オブ・ラウンドでは、皆分が悪すぎる。
まともに相手できる者はほとんどいないであろうから、楓がどうにかするしかない。榊 「そう時間は取らせぬ。おまえを殺す、それだけだからの」
楓 「あなたに恨まれる覚えはないけど?」
榊 「お主にのうても、わらわにはあるのじゃ!」
黒い波動が榊の手から伸びる。
それらは黒い蛇の姿になって楓に襲い掛かる。楓 「ハッ!」
ザシュッ
神剣“草薙”を振るって蛇を斬りおとす。
斬られた蛇は闇に溶けて消えていく。楓 「・・・・・・」
嫌なものを感じた。
楓は即座にその黒いものを浄化する。榊 「ふっ、気付いたか」
楓 「この黒い液体・・・相当な呪いをかけてあるのね」
榊 「さすがにわかったか」
楓 「前に同じような手口でやられたことがあってね。けど、この程度の力では私に呪いなどかけられないわ」
榊 「余裕でいられるのも今の内だけよ!」
続けて、今度は十匹以上の蛇が放たれる。
蛇を斬った時に飛び散る黒い液体を浴び続ければ楓と言えども油断のならないことになる。
呪術は、普通の魔術とは違い、力の強さを介せず効果を発揮する。
実力は楓の方が上だったとしても、一瞬の油断が命取りになる。
厄介な相手だった。
しかし・・・・・・。榊 「もらったぞ!」
楓 「甘いわ」
動きを止めた楓を、四方八方から黒い蛇が襲う。
楓 「降魔調伏・輝光爆陣!」
地面に剣を突き立てたところから、楓の周囲に光の壁ができる。
それに触れた瞬間、全ての蛇が弾けとび、光の中に消えていった。榊 「何!?」
楓 「言ったはずよね、あなたの相手をしている時間はないって。悪いけれど、すぐに終わらせるわ」
いかな呪いでも、圧倒的な浄化の力の前では意味を成さない。
楓 「デモンバスターズが一人、大地の巫女楓・・・・・・参る」
また別の場所では、琥珀とセリシアの戦いが繰り広げられていた。
前回はセリシアの一方的な優位に終わったが、今は一進一退と言えた。セリシア 「こいつ!」
琥珀 「何度も同じ手にやられたりはしない!」
繰り出される銀糸による攻撃を、琥珀はほぼ見切っていた。
以前の敗北より後、この戦いを想定しての特訓を、琥珀は密かにしていたのだ。
同じ相手に二度負けるつもりはなかった。
ましてや、倒すべき本当の敵は、この相手よりも強いのだから。セリシア 「生意気な奴!」
琥珀 「子供が偉そうに!」
ピシッ
糸と刀がぶつかり合う。
スピードのある斬撃は、セリシアの糸でも絡め取ることができない。
かといって、まだ琥珀の腕では糸を斬ることも容易でない。
結局どちらも決定打を欠いているのだ。セリシア 「っ!」
リーチが遥かに長いセリシアは距離を取ろうとするのだが、琥珀は執拗についてまわる。
密着に近い状態では、糸の威力は半減する。
これが琥珀が考えた対策の一つだった。
こう近付いては、セリシアも迂闊に琥珀の背後から狙えない。
外せば自分を攻撃してしまうかもしれないからだ。
だが・・・。セリシア 「いい加減鬱陶しいのよ!」
少しのダメージならセリシアはすぐに回復できる。
ならばと多少無茶な攻撃を敢行した。琥珀 「!!」
そう来るであろうことは予測していた琥珀は、背後からの糸をかわした。
当然それはセリシアの体を刻む。
しかしセリシアは構わず離れた琥珀に向かって追い討ちをかける。セリシア 「もう近付かせはしないわ!」
琥珀 「それはどうかしら」
セリシア 「何を・・・・・・ぐ・・・がっ!」
攻撃を仕掛けようとしたセリシアが、突然胸を押さえて苦しみだす。
口からは血も吐いていた。セリシア 「な、何を・・・」
琥珀 「離れる直前にあなたの体に大量の毒をかけたのよ。自分で傷付けた瞬間にたっぷり傷口から滲入したでしょう」
セリシア 「こ・・・の・・・!!」
傷はいくら負ってもすぐに治せるが、毒に対してはそうそう簡単にはいかない。
普通の人間に比べれば耐性は強いセリシアだが、致死量を遥かに超える量を受けては、無事では済まない。琥珀 「覚悟しなさい」
セリシア 「あたしを・・・なめるなぁ!!」
髪の毛が膨れ上がって縦横無尽に暴れまわる。
塀や壁、屋根を切り刻んでいく。
狙いはいい加減だが、その分対処が難しい。セリシア 「あんた如きに、あたしが負けたりしないわ!」
琥珀 「・・・・・・」
毒で多少動きは鈍ったが、それでもセリシアは強い。
そう簡単には勝たせてもらえそうになかった。
つづく