デモンバスターズEX

 

 

第2話 姉妹対決・香里vs栞

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ことの始まりは、ある日の道場にて――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

パァーン!!!

 

香里 「!!」

両目を驚愕のため見開いた香里の手から、竹刀が弾き飛ばされる。
宙を舞った竹刀はそのまま北川の額を直撃し、北川は昏倒した。

おまえ、避けろよ、それくらい・・・。

しかし・・・。

栞 「や・・・やりましたっ!」

ちょっと栞の成長具合を見てやろうと思って持ちかけた香里との試合だったんだが・・・思わぬ結果になったな。
確かに、香里に相手が妹だからという遠慮と油断があったろうが、それでもあの香里に勝ったのは恐れ入った。

四天王の他の三人が化け物なのと、最近相手してたのが魔族だったりでいまいち目立たないが、香里は強い。
たぶん四天王を除いた中では筆頭と言える北川が手も足も出ないほどだ。
はっきり言って、並大抵の才能と努力で辿り付ける強さではない。
栞を鍛え始めて、もう三ヶ月になるが・・・。

祐一 「驚いたな」

正直な感想だった。

栞 「祐一さんっ、やりましたよっ!」

祐一 「・・・ああ、とりあえず良くやったな」

弟子の成長を見ることができて、悪い気分ではない。
俺ははしゃぐ栞の頭を撫でてやった。

けど・・・・・・。

香里の方はまだ信じられないのか、呆然とたたずんでいる。
これは、ただでは終わりそうもないな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

香里 「・・・・・・」

祐一から持ちかけられた栞との試合から三日経った。
いまだに香里は放心状態に近かった。

決して慢心するような性格ではない。
周りには自分より遥かに強い者達がいて、彼らに負けないよう日々精進を積んできた。
努力という意味では、誰にも負けていないと思っている。

その上で、香里は自分の力に自信を持っていた。
確かに斉藤、石橋、折原らと比べて劣りはするが、それでも自分の実力が高いレベルにあると思っていた。

香里 「・・・どうして・・・?」

それがどうだ。
ドラゴンを前にしては子供のように震え、下級魔族一匹倒すのに苦労し、中級クラスを相手にしては一太刀浴びせるのがやっと。
ついには、妹にまで敗北するとは。
香里の自信はずたずただった。

妹の栞が密かに努力しているのは知っていた。
だから自分が思っている以上に栞が強くなっていたとしても、それはいい。
けれど、自分の努力が妹に劣っているとは思えなかった。

香里 「何が・・・違うのよ?」

違うと言えば、自分は道場で鍛錬し、栞は祐一と一緒に裏山で修行している。

香里 「ん?」

一つあるとすれば、決定的な違いがあった。
今の香里の鍛錬は全て自分でやっているものだ。
それに対して栞は、祐一という師を得ている。
自分より強い者から教えを請う。
香里も、石橋や斉藤と稽古をしてはいるが、既に教えられているという感がない。
今香里が相手している者達は、その二人を除けば北川など下の者達だ。
確かに、彼らとの稽古で得るものもあるだろう。
だがさらに高い境地へ上るためには、その高さにいる者に教えを請わなければならないのかもしれない。

香里 「あたしに、足りないもの・・・」

それは師、と呼ぶべきものなのかもしれない。
今以上に強くなるためには、それが必要ということか。

では、誰を師と仰ぐべきか。
単純に考えれば、秋子ということになるが、何かと忙しい彼女に付きっ切りで指導を受けるのは無理だろう。
四天王の面々、浩平はまず除外、斉藤と石橋は・・・確かに強いが、道場内で並び称される者に、いまさら師事するというのもプライド的に嫌だった。
そんなことを言っている場合でもなかろうが、いずれにしてもそれでは今までと変わらない。
他に強い者・・・といってもたくさんいるのだが。
みさき・・・パス。
往人、美凪・・・・・・論外。
さやか・・・これもダメだ。
祐一・・・・・・・・・負けた相手の師匠に師事するのも癪だ。

香里 「そう・・・もっと強くて・・・・・・・・・」

いた。
該当者が二人。
特にそのうちの一人・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

楓 「はい?」

さやかに借金を返すべく、屋敷内の家事手伝いをしていた楓は、突然尋ねてきた香里の言葉に呆けた顔をする。

香里 「ですから・・・あの相沢君の師であるあなたに・・・私を弟子にしてほしいんです!」

似たようなことを以前妹がその祐一に対してしたなど露知らない香里は、楓に向かって頭を下げる。

楓 「えっと・・・・・・聞いちゃ悪いのかもしれないけど、やっぱりこの間栞ちゃんに負けたって言うのが・・・」

香里 「・・・・・・それだけじゃありません。あたしはもっと強くなりたい! 今のままじゃ、ダメなんです!」

楓 「・・・・・・」

真剣な顔で頭を下げる香里に対し、楓も表情を引き締める。

楓 「本気で、強くなりたいのね」

香里 「はい」

楓 「何のために、強くなりたいの?」

香里 「え?」

楓 「その答えを持って、夕食の後山頂に来なさい」

香里 「あ・・・」

それだけを言い置いて、楓は家事作業に戻っていった。
残された香里は、問いかけの意味をじっと考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして約束の刻限。
香里の姿は山頂にあった。
山頂にある木の下で、香里は尚も先の問いかけの答えを探していた。

何のために、強くなりたいのか。

楓 「答えは見付かった?」

声がかけられる。
振り向くと、木刀を片手に持った楓がいた。
香里の手にも、木刀が持たれている。

香里 「・・・・・・あたしは・・・」

楓 「体を鍛えることはできる。技を教えることはできる。けどそれだけじゃ、人は強くなれない」

香里 「・・・・・・」

楓 「ちなみに、祐一君はこの問いかけに即答したわ」

香里 「!!」

楓 「けど別に、彼があなたより優れているというわけじゃない。ただ彼とあなたでは境遇が違う。身の回りの事情が違ったから」

香里 「彼は・・・なんて答えたんですか?」

楓 「それは教えられない。それに、彼の答えが参考になることもないでしょう」

香里 「・・・・・・」

楓 「さあ、あなたの答えは?」

思いを馳せる。
そして、自分がはじめて強くなりたいと思った時のことを思い出した。

楓 「頭で考えずに、思いついたことを口にすればいいよ」

答えは、あっさり見付かった。
こんなに簡単な理由だったのかと思ったほどだ。

香里 「あたしは栞を・・・妹を守る強さが欲しかった。だから・・・強くなりたい」

楓 「くすっ・・・合格。さっそく稽古を始めようか。私から一本でも奪えるかな?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

栞 「ヤァッ!」

祐一 「ほらっ」

カッ!

裏山に木刀を打ち合わす音が響く。
こうしてやっていると、香里に勝ったのも決してマグレではないとわかる。
いい感じにこいつは強くなっていた。
しかも、姉に勝ったからと言って修行の手を緩めない。
この向上心がいい。

栞 「次の目標は、祐一さんに勝つことです! てやぁー!」

祐一 「それは百万年早い」

ぱしっ

栞 「えぅ〜〜〜」

栞渾身の一撃をあっさり捌く。
体が泳いだ栞は、そのまま木の幹に衝突した。

祐一 「休憩すっか」

最近暇な日はこうやって一日中山の中にいるため、昼の弁当と飲み物用のクーラーボックスを持ってきている。
そこから水筒を取り出す。

栞 「はぁ・・・次の目標はまだまだ果てしなく遠いです」

俺の横に腰掛けて、栞はクーラーボックスからアイスを取り出す。
バニラ味が好みらしい。

祐一 「ま、気長に行け」

確かに、次の目標は果てしなく遠いかもしれん。
俺はもちろん、身近にいる他の目標になりそうな連中と言えば、石橋、折原、みさき・・・・・・既に化け物レベルに突入している。
正直、香里は強いが、今は伸び悩んでいる時期と言っていいだろう。
香里に勝ったのは褒められることだが、でもまだ化け物レベルには遠い。

さやか 「お、はっけ〜ん」

エリス 「まったく、何でアタシがこんな使いっぱしりみたいな真似しなくちゃならないのよ」

さやか 「気にしない気にしない。ちゃお〜」

祐一 「・・・よぉ」

この間の一件以来、特に俺達の関係が変わったということはない。
こいつは今までどおり俺と接し、俺も別に特別に構えたりはしない。
ただちょっとだけ、前とは違う風に意識することもなくはないかもしれない・・・ような気がする。

祐一 「どうした?」

それはそうと、この二人は最近良くつるんでいる。
楓さんは基本的に家事手伝いをしてるから、必然的にそうなったんだろうが。

さやか 「ふっふっふ〜」

祐一 「なんだよ、不気味だな」

エリス 「伝言よ」

祐一 「伝言?」

エリス 「ええ。というより果たし状ね。今日から一週間後の午後三時、山頂まで来られたし、美坂栞殿、美坂香里より」

なるほど、果たし状じみてるな。
この間のリベンジマッチというわけか。
道場でなく山頂を指定してくるとは。
しかも何でこの二人が伝言役?

エリス 「伝えたわよ」

さやか 「ちゃお〜♪」

エリス 「まったく面倒くさい・・・」

さやか 「ねーねー、エリスちゃん」

エリス 「イヤ」

さやか 「ぎゅってしていい?」

エリス 「だからイヤって言ってるでしょ」

それだけで二人は帰っていった。

栞 「・・・なんかさやかさん、機嫌いいですね?」

祐一 「そうか? いつもあんなものだろ」

栞 「うーん・・・なんかちょっと違うんですよ。よくわかりませんけど」

祐一 「なんだそりゃ? そんなことより、どうする?」

栞 「おもしろいじゃないですか・・・。お姉ちゃん相手に優位に立つなんてめったにありませんからね・・・・・・祐一さん! この一週間は、特訓をお願いします!」

はりきってるな。
いい傾向だ。
ふむ、香里vs栞再び・・・おもしろい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてあっという間に一週間。
俺と栞は三時ジャストに山頂に到着した。
既に香里はいる。
さらにさやかとエリスはいいとして・・・なんでか楓さんも・・・。
そして香里はあちこちぼろぼろだ・・・。

ああ・・・なるほど、そういうことか。

祐一 「楓さんを味方につけてたか、香里の奴」

いい人選だな。
この屋敷にいる面々の中でもっとも師事するに適している。
だがあの人は、修行において一切遠慮や容赦をしない。
香里の姿がそれを物語っている。
おそらく香里にすれば、地獄の特訓だったろう。

祐一 「これは手ごわいぞ、栞」

栞 「大丈夫です」

もっとも、ぼろぼろなのは栞も一緒だ。
この一週間は、俺も容赦なく栞を扱いたからな。
やるからには勝たせる。

 

香里 「来たわね、栞」

栞 「お待たせしました」

香里 「良く逃げずに来たものね」

栞 「当然じゃないですか。私はお姉ちゃんに勝ったんですよ」

早くも勝負は始まっている。
ここで熱くなってはいけない。
いや、適度に熱く、されども冷静に。

そうこうしている間に、俺は楓さんの隣に移動する。

祐一 「どうだった? 香里は」

楓 「いい筋してるよ。ちょっと伸び悩んでる雰囲気だったけど」

祐一 「壁は越えたか?」

強くなっていくと、人間必ず壁にぶつかる。
これを越えられない奴は、そこで終わる。
越えた奴は、一つ上の強さを手に入れる。
栞は俺に師事して一つ壁を越えた。
香里はどうかな?

楓 「答えは、この勝負で出るよ」

祐一 「だな」

二人の師匠は静かに弟子達の勝負を見守る。
公正にするため、審判はさやかとエリスの二人に任せてある。

さやか 「では・・・」

エリス 「はじめ!」

合図と同時に栞が仕掛ける。
先手必勝だ。
対して香里は木刀を構えたまま動かない。

ガッ!

栞の鋭い一撃を、香里は静かに受け流す。
落ち着いてるな。
前回負けたことに対する気負いはなさそうだ。

しばらくは互角の攻防だったが、基本的に栞が押していた。
パワーではたぶん負けるから、手数で攻める栞。
だが、以前と比べてずっと無駄がなくなっている。

香里 「・・・・・・」

栞 「たぁっ!!」

しかし香里は冷静だ。
栞の攻撃を受けながら、徐々にその動きに慣れていっている。

ヒュッ

栞 「!!」

ガキッ

危ないところだったな。
香里の反撃は必殺の一撃だったが、栞はぎりぎりのところで受け止める。
だが、受け止めたのは失敗だった。

香里 「せぇいっ!」

栞 「きゃっ」

香里は力ずくで栞を押し倒した。
重量の差もあり、栞はあっさり押し切られる。

栞 「くっ・・・!」

追い討ちを避けるため、栞は転がって距離を取る。
何とか起き上がるが、逆に香里に攻め立てられる。
攻守逆転だ。
今度は香里のペースになる。
嵐のような連撃を、何とか凌ぐ栞。

栞 「こんのぉっ!」

強引に反撃に転じ、攻撃の主導権を取り戻したかに見えた栞。
だが・・・。

香里 「・・・・・・ふっ」

栞 「!!」

パァーンッ

香里の顔に笑みが浮かんだと思ったら、栞の木刀は空高く弾き飛ばされていた。
前回とは正反対の、香里の勝利だった。

 

 

 

祐一 「なぁ、楓さん。香里にあの質問したのか?」

楓 「うん、したよ」

祐一 「なんて答えた?」

楓 「栞ちゃん・・・妹のために、だって」

祐一 「・・・はぁ・・・」

楓 「どうしたの?」

祐一 「俺も栞に、同じ質問したんだよ」

楓 「それで?」

祐一 「姉貴に迷惑かけないよう、守られないでもいいように強くなりたいんだと」

楓 「・・・ぷっくく・・・」

祐一 「なんだかなぁ・・・あの姉妹は」

楓 「仲が良くて、いいよね」

祐一 「まぁな」

楓 「あの子達は、強くなるよ」

祐一 「たぶんな」

楓 「うかうかしてられないね、私達も」

祐一 「まさか。百万年早いって」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

つづく