デモンバスターズEX
第1話 ひまわりの思い出
さやか 「♪〜」
祐一 「・・・・・・」
何故、こういうことになっているのだろう?
朝、いきなりこいつがやってきたかと思うと、ちょっと付き合って、と言われて引っ張ってこられた。
何の用だとか、どこへ行くだとかも聞かされず、いきなり色々荷物を持たされて水瀬屋敷を出た。
その荷物を持ったまま町中をぶらぶら・・・。ちなみに先日魔族に襲われた町の被害は、水瀬屋敷の面々のお陰で最小限に抑えられ、活気もすぐに戻った。
いいことだな。話が反れた。
それで散々連れまわされた挙句、町を少し離れた小高い丘の上の平原へまでやってきた。さやか 「うん、この辺でいいかな」
祐一 「・・・で、さっきからこの質問何度目か忘れたが、いったい何の用だ?」
さやか 「とりあえず、荷物降ろして」
聞いちゃいねぇ・・・。
仕方がないので、言われたとおり荷物を降ろす。
色々嵩張っていたが、いったい中身は何なんだ?さやか 「はいはい、手伝ってね〜」
祐一 「はぁ・・・へいへい」
というか、何で俺はこいつの思うように動かされてるんだか。
・・・そうだな、朝迎えに来た時のこいつの表情が、珍しく真剣だったから、かな?
町を歩いてる間や、ここに来るまでの間は、ずっといつもどおりなんだけどな。
相変わらずよくわからん奴だ。え〜と・・・。
俺はさやかに指示されるままに荷物を広げる。
一番大きくて運ぶのに厄介だったのはこれだな・・・三脚?
他には、筆、絵の具・・・・・・。祐一 「画材道具?」
結構本格的なものっぽい。
よく知らないけど。
だが少なくとも、全て絵を描く道具らしい、というのはわかる。さやか 「あ、それ用意しておいてね〜」
それとは、この三脚のことか。
用意しろと言われても・・・えー、ここがこうか?
悪戦苦闘する俺をよそに、さやかはそこらを歩き回っている。
察するに、スケッチポイントを探しているといったところか。
両手で四角を作って、そこを覗き込んでいる。さやか 「ん〜」
こっちの作業はとりあえず終わった。
これでいいんだろう、たぶん。
で、さやかはまだ場所探しをしている。
俺は他にすることもないので、残りの道具を整理してみたりする。さやか 「♪ ここがいいかな。祐一君、それこっちに持ってきて〜」
祐一 「おー」
気のない返事を返し、三脚などを持って移動する。
それをさやかの指示で適当は場所に設置し、さらに他の道具も持ってくる。
位置の調整をしながらさやかが二つある折り畳み式の椅子の片方を渡してくる。さやか 「君はあっち」
と言って反対側を指差す。
位置的に、描かれる側だ。
あまり気乗りはしないが、ここまで来たら半ばヤケだ。
言われたとおり、さやかの正面少し離れた場所に椅子を立ててそこに座る。祐一 「で、どんなポーズがお望みだ?」
こういうのにつき合わされるのははじめてではない。
栞も時々絵を描こうとするんだ。
が、これがまた人にいちいち注文つけるくせに、完成品は意味不明な紋様でしかないという。
モデルの意味ないじゃん、って感じだ。さやか 「あぁ、別にいいよ。そこに座っててくれるだけで」
祐一 「は? 座ってるだけって・・・」
さやく 「楽なようにしてていいよ。というか私の視界内なら動いてても全然構わないし」
祐一 「そうなのか」
よくわからんが、そういうことならお言葉に甘えよう。
じっと座ってるだけってのは性に合わんからな。
けどとりあえず歩き回ってもしょうがないので、椅子の上に腰掛ける。さやか 「・・・・・・」
一方のさやかはこっちを向いて座り、スケッチブックを構えてじっとこっちを見ている。
紙の上に視線を落としたり、またこっちを見たり。
表情は真剣そのものだ。
そのうちイメージが固まったのか、筆を走らせ始める。
迷いもなく筆を走らせ、ひとしきり描いてから手を止める。さやか 「・・・・・・」
そしてページをめくると、次の紙に再び筆を走らせる。
今度も迷うことなく、さやかの手は動く。楽にしていろと言われたものの、俺はそんなさやかの仕草に見入ってしまった。
常に明るく元気なおてんこ娘が、こんなに真摯に打ち込むものがあったのかと思った。何度か描き直しは続いた。
それが終わると、描いた中から数枚を選び出して見比べる。
三枚まで絞った中から、最終的に確か一番最後に描いた一枚を選び出した。今度は、キャンバスを用意して三脚に乗せる。
そして、絵の具を用意して再び筆を動かし始めた。
ちょうど太陽が真上に来る時間帯だ。
祐一 「なぁ、少し休憩して昼にしないか?」
さやか 「あ、ごめん、忘れてた」
手を止めると、さやかは唯一自分で持っていた荷物から重箱を取り出す。
さやか 「はいこれ」
俺のもとまで歩いてきて、それを手渡す。
祐一 「用意がいいな」
さやか 「一日仕事になると思ったからね。全部食べちゃっていいよ」
祐一 「おまえは?」
さやか 「私はいいよ。じゃ・・・」
そう言って戻ろうとする。
踵を返した瞬間、さやかの体がよろめく。
俺は重箱を左手に持ち、右手でさやかを支えた。祐一 「っと・・・」
さやか 「・・・あっはは・・・ごめん」
謝るさやかをよそに、俺は腕の中にいるこいつの症状を診る。
祐一 「・・・軽い日射病だろ」
もう夏になるからな。
さやか 「私って、わりと太陽苦手なんだよね〜」
祐一 「ったく・・・帽子くらいかぶれ」
いつも持ち歩いてるくせに、肝心な時にかぶらなくてどうすんだ。
祐一 「それと少し休め。飯にするぞ」
さやか 「そうだね。そうしよっか」
てくてくとキャンバスまで歩いていき、カバーをかけると、再びてくてくと戻ってくる。
俺はまだふらついているさやかを連れて木陰に移動した。
宴会の時はどれが誰の作ったものだかわからなかったが、改めて食ったさやかの料理はなかなかだった。
少なくとも、標準レベルはクリアしている。
飯を食って昼休みを取ってから、再び作業に入る。
今度はしっかり帽子をかぶらせた。祐一 「ふむ」
さやかは再び作業に戻った。
俺はすることもなくぼーっとしている。
少し暑くなったな。
もう夏だな。
そういや前に・・・はじめて会った時に、さやかは夏が一番好きだとか言ってたな。そんなどうでもいいことを考えながら、さやかが描き終わるのを待っていた。
さやか 「・・・・・・ふぅ」
いつもの軽い調子ではなく、本当に何かをやり遂げたという感じでさやかが筆を下ろす。
終わったらしい。さやか 「いいよ、もう」
祐一 「そうか」
もう日は半分近く傾いている。
まぁ、絵のことはよくわからんから、早かったのか遅かったのかはわからないが。
とにかく完成したらしい。さやか 「見る?」
祐一 「見る」
ここまで付き合ったんだ。
俺がモデルになってるみたいだし、完成品を一番に見る権利くらいはあるだろう。暑いのかスケッチブックをパタパタと仰いでいるさやかのもとに移動する。
そしてキャンバスの方へ振り向いた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
祐一 「・・・・・・・・・」
・・・なんていうか・・・言葉もない、って感じだった。
何度も言うが、俺は絵のことはさっぱりわからない。
そんな素人の俺でも、それが並みの絵でないことは理解できた。
技術とかそういうのじゃなく・・・・・・その絵が持つ迫力に圧倒される。さやか 「楓さんと君と、どっちにしようか迷ったんだけどね」
この場所から見える景色・・・・・・高い青空の下、広い草原・・・そしてその中央に立つ、一人の剣士。
横姿で、顔ははっきりしないので、俺と言われればそうかもしれないし、そうじゃないと言われれば違う気もする。
白く、光を反射して輝く剣を持ち、空をまっすぐに見上げている。祐一 「・・・すげぇ・・・」
上手いとか、綺麗とかいう言葉じゃなく、すごいというのが最初に出た言葉だった。
さやか 「うん。我ながらいいのができたよ」
描いた本人も、感慨深げに言う。
しばらく二人して、その絵を見つめていた。
絵の具がかわくまで、ということで、俺達はその辺りをぶらぶらしている。
この辺りに来てさやかは半年になるらしいが、この辺りははじめてみたいだ。さやか 「最初の夏でもあるね」
祐一 「そうだろうな」
俺にしたってそうだ。
さやか 「あ・・・」
不意にさやかの足が止まる。
つられて俺も立ち止まり、さやかの視線の先を追う。祐一 「・・・ひまわり、だな」
時期的に少し早いが、一本だけ、ひまわりの花が咲いていた。
さやか 「・・・・・・」
祐一 「さやか?」
横を見て驚いた。
祐一 「おまえ・・・泣いて?」
さやか 「・・・・・・」
さやかの目許から、涙が一筋流れ落ちていた。
目線は、ひまわりに向けられたまま、表情も変わらない。
ただ、流れ出る涙を拭おうともせず、さやかはじっとひまわりを見ていた。さやか 「・・・ひまわりはね」
祐一 「うん?」
さやか 「思い出の花なんだよ」
祐一 「そうなのか」
さやか 「楽しい思い出、辛い思い出、悲しい思い出、嬉しい思い出・・・みんなみんな、ひまわりと一緒にあるんだ」
言いながらさやかは、ひまわりの方へと近付いていく。
そこまで行くと、かぶっていた帽子を花の上に乗せる。さやか 「お母さんと一緒に過ごしたひまわり畑・・・お母さんが死んだのはひまわりの下・・・お父さんが描いた死んだお母さんとひまわり・・・・・・お父さんが描いた私とひまわり・・・」
祐一 「・・・・・・」
さやか 「大嫌いで、大好きな花」
祐一 「・・・・・・」
さやか 「祐一君さっき、スケッチブック見てたよね」
祐一 「・・・ああ」
完成した絵への感動が少し収まった後、他の絵も気になってスケッチブックを開いた。
さやか 「びっくりした?」
祐一 「少しな」
全部俺をモデルにした絵なのだろうが・・・どれもまったく違っていた。
それでいて、それは全て俺なんだとわかる絵。
どれも、俺の内面を具現化したものに思えた。
俺という人間の本質を、的確に見抜かなければ描けないであろう、そんな絵だった。
長年一緒にいた楓さんとかでも、あそこまで俺をよく知っているか、疑問に思えた。さやか 「子供の頃の私は、魔女と呼ばれていた」
祐一 「・・・・・・」
さやか 「私にはね、見えるんだ、人の心が。ううん、人だけじゃない、目に映るもの、全ての心が。だから、気味悪がられたよ」
心が見える、か。
エリスの奴が得意な分野だけど・・・。
もしそれを子供ができたとしたら・・・しかもそれを、遠慮なしに口にしていたとしたら。
自分の心が知られている・・・・・・それほど嫌なことはないだろう。さやか 「ただ、絵を描くためには羨ましがられる才能らしくて、お父さんには妬まれたよ」
祐一 「親父さんも、絵を描いたのか?」
さやか 「天才だったよ、あの人は」
祐一 「・・・・・・」
さやか 「大好きでした、お父さん・・・そしてもちろん、お母さんも」
まるで墓参りでもするように、さやかはひまわりに向かって頭を下げる。
少しの間、そうしていた。
頭を上げると、帽子を手に取り直す。
さやか 「泣いたのはひさしぶりだよ」
祐一 「そうだろうな」
出会ってまだ三ヶ月弱だが、こいつが泣いているというのは想像がつかなかった。
今日までは。さやか 「笑ってる私が好き。お母さんも、お父さんも、そして私も、笑ってる白河さやかが一番好き。だから私は、いつも笑っている。人の心がわかるっていう力は、みんなに疎まれるものだったけど、この力は、人を幸せにするためのものだから。だから私は、いつも笑っている。・・・・・・けど、笑ってばかりじゃ時々疲れるよ」
祐一 「・・・・・・」
さやか 「そんな時は、こうやって泣く。泣き終わったら、また笑える」
祐一 「・・・楓さん」
さやか 「くすっ。ダメだよねぇ、あの人も。自分でそう言っておいて、自分ではそれができないんだから」
祐一 「どうして今なんだ? どうして今この場で、俺の前で・・・」
こいつは、強い奴だと思う。
本当に。
めったなことで涙なんか見せないんだろう。
どうして今、涙腺が緩んだのか・・・。さやか 「・・・君になら、見せてもいいかな、って思ったからだよ」
祐一 「・・・・・・」
さやか 「覚えてる? 宴会の日の夜のこと」
祐一 「宴会の夜・・・?」
あれか?
エリスが裏山に吹っ飛ばした楓さんを迎えに行った・・・。さやか 「キス」
祐一 「あぁ」
あれか。
悪ふざけで楓さんにキスする振りをしたのをさやかが止めたやつ。
けど、あれがどうしたんだ?さやか 「知らない? キスの意味」
祐一 「知らん」
さやか 「手の甲へのキスは忠誠の証、掌へのキスは・・・・・・愛情」
祐一 「・・・・・・・・・」
さやか 「だからって私と君がどうって話じゃないんだけどね。なんとなくかな♪」
にっこり笑う。
いつもと同じ・・・いつも以上に屈託のない笑み。
綺麗だと、素直に思った。祐一 「さやか・・・」
さやか 「・・・・・・」
距離が・・・縮まって・・・・・・・・・。
エリス 「こらーーーっ! バカ祐一! どこよーーーっ!!」
楓 「祐一くーん! さやかちゃーん! ご飯の時間だよーーー!!」
祐一 「・・・・・・」
さやか 「・・・・・・」
・・・・・・今、どうなろうとしてたんだろう?
よくわからないが、ちょっと気まずい感じだな。
祐一 「・・・呼ばれてるし、行くか?」
さやか 「うん♪」
ひまわりのある場所を後にして、俺達はキャンバスを置いた場所へ向かって歩く。
・・・少しだけ、いつもより隣を歩くさやかとの距離が近い気がするのは、気持ちの問題か、それとも実際近かっただけか。
ちなみにその後、ここで描いた絵はさやかの部屋に置かれていて、俺以外の誰もまだ見ていないとか。
本人にも、あの絵のことは当分内緒だと言われた。
よくわからないが、確かにあれは、軽々しく見せるものじゃないような気がしないでもない。
そんなわけで、タイトルも決まらないまま、あの絵はまだ眠っている。
つづく
あとがきかお?
平安京(以下“京”):・・・・・・むー
さやか(以下“さ”):♪〜
京:今回から新章スタートなわけだが・・・
さ:♪〜
京:ファンタジーかどうかはどうでもいい回・・・つーか前回のラストからそんな雰囲気になっていたが・・・・・・ラヴラヴ?
さ:♪〜
京:すっかりヒロインの立場を確立したか、さやか?
さ:♪〜
京:ほのラヴ・・・・・・いやいや、次回からはまた元の雰囲気に戻るでしょう
さ:♪〜
京:ではこれからもまだまだよろしく