デモンバスターズANOTHER 〜ノワール・ムーン〜
第8話 クジャクナタラ
世に魔獣と呼ばれる存在は数多あれど、これほど巨大な奴は珍しいかもしれない。
といっても、実際私も魔獣なんて代物を見たのははじめてだから、何とも言えないんだけど。郁未 「デカイわね・・・」
舞 「はちみつくまさん」
魔獣が起こす波が高いので、砂浜からは少し後退している。
けど、離れても充分にその大きさが実感できる、そういう規模だ。郁未 「さくら、あんた最初からこれを私達に退治させるつもりだったんじゃ?」
さくら 「どうなんだろうね。それが残りの半分かも」
自分でもよくわからないといった表情でさくらが答える。
まだこの子の真意は完全にはわからないけど・・・当面の問題はやっぱり、あれをどうするかでしょうね。郁未 「とりあえず、このままだと町が危ないわね」
酒場では撃退してるなんて言ってたけど、とてもあそこにいた連中のレベルでどうにかできる相手じゃない。
それにしても、カノンからの追っ手から逃げるを優先してたせいか、情報が遅れたわね。
こんなのが暴れまわってるなら、裏ではそれなりに情報が流れてるだろうに。舞 「・・・行く」
郁未 「ってこら、舞! 何の策もなしに・・・!」
基本的に、舞は猪突猛進タイプだ。
相手が何者だろうと、まずは突っ込んで行く。郁未 「ああもう!」
さくらをその場に置いて、私も舞の後を追う。
放っておくわけにもいかないものね。
幸い、ここの海岸には岩場が多い。
それを足場にすれば、海上にいる間にクジャクナタラに接触できる。
それで何ができると言われると・・・困るけど。先を行く舞は、もう魔獣のもとに着いている。
舞 「せぃっ!」
足元の海を斬るような斜め下から切り上げ。
激しい波のような剣圧が魔獣の腹部辺りにたたきつけられる。
グォオオオオオオオ!!!
少しは効いたか、魔獣が咆哮しながら動きを止める。
しかし、僅かに横に動いたが、あれだけの大きさがあるだけに、あまり効いたようには見えない。郁未 「まったく・・・・・・龍気砲!!」
こういうデカイのを相手にする時、狙うべきは二箇所。
そのうちの片方は現状ではあまり意味まいから、もう一方、顔を狙って気砲を撃ち込む。ドォンッ!
どんなに大きく、硬い体でも、顔の皮膚はそれなりに弱いものよ。
思ったとおり、顔面に一撃を受けたクジャクナタラは仰け反る。ちなみに狙うべきもう一箇所とは、足だ。
ただしこれは地上にいる場合に限る。
巨大であるがゆえに、その超重量を支えている足にダメージを負うことは致命的になる。
けど、水上では効果が薄い。郁未 「舞! 首を狙いなさい!」
魔獣にだって急所はいくつかあるでしょう。
確実に息の根を止めるための急所は、心臓と首。
これをやられて無事でいるのは不死者だけ。舞は私の声を聞くと、仰け反っている魔獣の顎辺り目掛けて駆け上がる。
ほとんど垂直の魔獣の体を30m以上駆け上っていく・・・相変わらずむちゃくちゃな奴。舞 「総天夢幻流・・・・・・っ!!」
しかし、舞の剣が届く前に魔獣の首は下に向けられ、口と思われる場所から吐き出された息が突風となって舞を押し返す。
バランスを崩し、舞は海に落下した。郁未 「舞!・・・・・・っ!」
こっちに対しても、奴は攻撃を仕掛けてくる。
前足らしきもので水飛沫を上げ、私を吹き飛ばそうとする。
やっぱり、海上ではこっちが圧倒的に不利だわ。
かといって、上陸されてからじゃもっとやりにくいし・・・町が近すぎる。郁未 「やっぱり取り付いて・・・」
龍気砲でも効果は薄かった。
遠距離からも撃てる代わりに、やっぱり威力が今ひとつね。
直接一撃を叩き込まないと、確実じゃない。考えをめぐらせていると、舞が海の中から出てくる。
郁未 「舞、無事?」
舞 「はちみつくまさん」
問題はなさそうね。
けど、既に私達は眼中にないのか、クジャクナタラは移動を再開している。
このままだと、上陸は時間の問題・・・・・・。郁未 「?」
誰かいる?
海岸の少し横・・・半島気味になっている高い岩場の上。
遠くてよく見えないけど、男・・・・・・長い刀を持った男・・・?舞 「・・・あいつは・・・!」
郁未 「舞?」
同じ相手に気付いた舞の顔に、普段はない激情が浮かぶ。
舞がこれほど感情を露にする相手と言えば・・・。
まさか、あれが?
クジャクナタラの動きが、止まった?
その視線の先にいるのは、やはりあの男だ。
たった一人、刀を肩に担いだ格好で立っているだけで、その男は魔獣の侵攻を止めていた。
グォオオオオオオオ!!!!
魔獣が咆哮する。
まるで、仇敵を威嚇するかのように。
近付いていった私には、男が笑ったように見えた。
そして、肩に担いだ刀がゆっくりと振られる。一薙ぎ・・・。
その一撃で、魔獣は自身の体の大きさ分くらい後方に吹き飛んだ。
あれほどの質量・・・優に数千から数万トンくらいありそうな巨体が・・・たった一薙ぎの剣圧で吹き飛ばされた。郁未 「う・・・嘘・・・?」
なんて一撃よ!?
これが・・・・・・・・・地上最強の男の剣・・・。
舞 「豹雨!!」
声を張り上げる舞。
そのまま岩場を駆け上がっていった。
私も仕方なく、後を追う。
舞 「・・・見付けた」
豹雨 「舞か。久しぶりじゃねェか」
舞 「・・・何をしてる? こんなところで」
豹雨 「おまえの質問にいちいち答えてやる義理はねェよ。おまえこそ俺に何か用か?」
舞 「・・・勝負」
豹雨 「ほぉ」
舞 「どっちが真の総天夢幻流の使い手として相応しいか、勝負」
豹雨 「そんなものは知らねェな。流派がなんだろうが、要は強ェ奴が強ェだけの話だ。俺にとっちゃ総天夢幻流は、ただ使い易い技に過ぎねェ」
舞 「・・・・・・」
舞は豹雨という男に向かって剣を構える。
ていうか、そんな場合か、あんたら!郁未 「舞! 今は・・・!」
追いついた私が声をかけようとする。
その声と水の音とが重なる。
やはりまだ生きていたか、クジャクナタラが起き上がった。
グォオオオオオオオオオオ!!!!!!
豹雨 「俺は今あのデカブツと遊んでんだ。おまえの相手なら後でしてやるよ」
舞 「・・・・・・」
郁未 「舞。気持ちはわかるけど、とりあえずアレをなんとかするのが先決よ」
一応、今のところこの男は敵じゃないみたいね。
とか考えている間に、豹雨は岩場を蹴って魔獣に躍りかかる。
その剣が一振りされれる度に、魔獣の身に傷が刻まれていく。
あんなにいとも簡単に・・・。巨大な魔獣を前にしながら、あの男の強さは圧倒的だった。
今まで七匹もの魔獣を倒してきたっていうのは、本当みたいね。
それに、今までもこいつを撃退してきたのはこの男だったんだ。さくら 「どうかな〜、調子は?」
郁未 「いまいち、ってとこね」
そもそもやることがなさそうだわ。
あの男一人で勝ちそうだし。さくら 「あれが斬魔剣の豹雨かぁ・・・噂には聞いてたけど、やっぱすごいねぇ」
郁未 「確かに。あれなら伝説になってもおかしくないわ」
舞から聞いた話だと、ジークフリードとは引き分けたらしいけど・・・果たしてこの男が本気になったらジークと言えども・・・。
さくら 「でもね、彼もすごいけど・・・彼じゃダメなんだ」
郁未 「?」
さくら 「だからできれば、郁未ちゃんと舞ちゃんの手で、クジャクナタラは倒してほしい」
郁未 「それに意味があるの?」
さくら 「意味はないかもしれない。けど・・・」
郁未 「はっきり言って。あなたの目的は何?」
さくら 「・・・わかったよ。ボクは、二人の力が見たい。その理由まではまだ話せないけど・・・二人の本当の力が知りたいんだ」
郁未 「・・・・・・」
舞 「・・・・・・」
本当の力・・・か。
確かに、私はここまでの戦いでは全然本気を出していない。
舞の方は、まだ隠している力がある。郁未 「・・・・・・いいわ。ひさしぶりに全開で行きましょう。舞もいいわね?」
舞 「・・・・・・わかった」
あまり納得はしてなさそうだけど。
舞には剣以外に、もう一つ隠された力がある。
本人はそれが原因で幼い頃蔑まれたり、除け者にされたりしたから、嫌っているけれど。郁未 「じゃあ、見せてやりましょう。ノワール・ムーンの本気ってやつを」
舞 「はちみつくまさん」
先に行って戦闘中の豹雨に追いつく。
豹雨 「邪魔しに来たのか?」
郁未 「かもね。あれは私達が倒すわ」
豹雨 「できるか? 小娘どもに」
舞 「やる」
豹雨 「なら、やってみな」
意外にあっさりと引き下がったわね。
余裕ってやつ?
それとも、少しはこっちに興味を持ってくれたのかしら。
まぁ、いいわ。
とにかく、今はこいつを倒すのみ。
グォオオオオオオオ!!!!
強敵が退いたためか、なかなか強気な魔獣の咆哮が耳をつく。
まったく、喧しいわね。郁未 「少し黙ってなさい! 龍気砲!!」
大口開けているところに気砲の一撃を叩き込んでやる。
口の中は鍛えようがないから、喰らったらさすがに効くでしょう。
思ったとおり、まともに受けたクジャクナタラは仰け反り、口の端から血を流す。郁未 「舞、狙いは額よ!」
舞 「わかってる!」
正面から行くとまた息で吹き飛ばされかねない。
舞は横から駆け上がる。
牛がハエでも払うかのように、尻尾で自らの体を打つ魔獣。
けれど舞の速さは、そんなもので捉えることはできない。郁未 「相手はこっちにもいるわよっ!」
奴の前足に取り付いて、腹の辺りに一撃を叩き込む。
怯んだ隙に、舞がやっとように魔獣の体を駆け上がる。
さすがに、舞みたいに身軽にはいかないけどね。先に魔獣の頭近くまで行った舞が、高く跳び上がる。
逆手に持って刀は、普段と違っていた。白く光る雷を纏っているのだ。
それこそが舞が持つもう一つの力。
その片鱗。
ドスッ!
舞の刀が魔獣の額に突き立てられる。
舞 「招雷!!」
バチバチバチバチッ!!!
舞の力によって呼び寄せられた雷が、刀を介して魔獣の体内に送り込まれる。
内部を直接えぐる衝撃に、さしもの魔獣も苦しげに悶える。
その間に私も魔獣の頭上にまで上がる。郁未 「龍気掌!!」
首筋に向かって私の掌底が放たれる。
膨大な気を込めた一撃が、魔獣の皮膚を抉る。まだ終わらないわよ。
密着した零距離から龍の気を一気に爆発させる奥義。郁未 「龍神轟爆波!!!」
内部からの凄まじい衝撃で、クジャクナタラの表皮が吹き飛ぶ。
首筋から胸元にかけて、分厚い皮膚の鎧が全てなくなる。郁未 「舞!」
剥き出しになった魔獣の内部。
そこには、これだけの傷を負ってなお脈打つ巨大な心臓があった。舞 「総天夢幻流・斬魔剣・・・・・・いづな!」
空間を歪めるほど強力な雷を纏った強化版のいづな。
その衝撃波がクジャクナタラの心臓を貫く。
グ・・・ォオオオオ・・・!!!
心臓を潰されては、いかな魔獣と言えども生きてはいられない。
断末魔の声を上げるクジャクナタラ。
しかし、尚もその巨体は立っている。郁未 「何て奴!」
確実に絶命するほどの傷を負わされ、さらには心臓まで潰されたというのに。
恐るべき生命力で、魔獣は前進を続ける。
豹雨 「どいてな」
郁未 「え?」
後退する私の横に、あの男が立っていた。
舞も戻ってくる。豹雨 「・・・・・・」
豹雨が発する凄まじい闘気に、私も舞も身動き一つできず見入っていた。
魔獣はもう理性も本能も残っていないのか、ひたすら前に向かって進む。
正面に立つ豹雨の姿にも気付いてはいないだろう。
向かってくる巨大な敵に少しも怯むことなく、豹雨は大太刀を肩に担いだまま立っている。豹雨 「総天夢幻流・斬魔剣」
舞 「!!」
舞と同じ・・・!?
豹雨 「・・・しぐれ」
ヒュッ!
太刀が振られる音と、何かが斬れる音とが同時にした。
心臓を潰されても止まらなかった魔獣の歩みが・・・止まった。豹雨 「聞こえるだろう、死へと誘う雨音が」
私にも・・・かすかに聞こえたような気がした。
それはまさに、死神の足音のようで・・・。
ブシュゥゥゥゥゥ!!!!
魔獣の巨体が、粉微塵に吹き飛ぶ。
太刀筋は、ほとんど見えなかった。
これだけ近くにいたのに。
舞のいづなとは違う・・・けど同じ、斬魔の剣・・・。豹雨 「へっ、もう少し遊んでやっても良かったんだがな」
太刀を鞘に納め、豹雨は魔獣が沈んだ海に向かって言う。
この男は本当に、あの魔獣を相手に遊んでいたんだ。
確かに、一撃で仕留めたのは私達がダメージを与えてあったからだろうけど・・・。
強い・・・この男・・・・・・とてつもなく。舞 「待って」
豹雨 「何だよ? 遊んでほしいんなら、明日の朝にでも向こうの丘に来な。どうせもうヘトヘトなんだろうが」
舞 「・・・どうして、わざわざ斬魔剣の技を撃った?」
豹雨 「何のことだ?」
舞 「とぼけないで。技を使わなくても、とどめは指せたはず」
?
舞、何が言いたいのかしら?豹雨 「斬魔剣は、教えられるものではない。総天夢幻流の技を磨く中で、自らの編み出し、極めるもの・・・とかジジイが言ってやがったな。だから唯一、夢幻流の技の中で固有の名称がついている」
それってつまり・・・使う人間によって技の種類も、名前も違うってこと?
数ある技の中から、もっとも自分の得意な技を抜き出し、それを磨き、極める。
夢幻流を使う一人一人の、オリジナルの奥義が完成するというわけね。豹雨 「ただでさえ俺の方が強ェのに、そっちの技が見たことがあって、こっちが初見じゃあ、遊びにもなりゃぁしねェだろうが」
舞 「馬鹿にして!」
豹雨 「少しは楽しませろよ。デカブツをてめェらの譲って、せっかくの楽しみが減っちまったんだからな」
舞 「・・・!!」
大した自信ね。
舞を相手にここまで余裕の口を聞くなんて・・・実際にあいつの強さを見てなかったら、馬鹿かと思っていたかもしれない。
それくらい、舞は強い。
けどそれすらも霞ませるほどに、この男、斬魔剣の豹雨は強い・・・。郁未 「・・・舞、やるの?」
舞 「・・・・・・当然。そして・・・勝つ」
郁未 「そう」
勝負は明日の朝、か。
しんどい一日だったのに、明日は早起きかぁ・・・。・・・っと、もう一仕事あるわね。
さくらの真意を問いただしたいけど・・・それは明日の勝負の後になりそうね。郁未 「舞。先に戻ってて。明日勝負なんだから、とっとと休みなさい」
つづく