デモンバスターズANOTHER 〜ノワール・ムーン〜

 

 

第2話 総天夢幻流・斬魔剣

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

幻斎 「舞よ・・・」

蝋燭の光だけが照らす薄暗い、畳張りの部屋の中。
中央に敷かれた寝具の上には、優に百を超えていそうな総髪の老人が横たわっている。
掛け布団の上からでもわかるほど、老体とは思えぬほど鍛え抜かれた体。
風貌も屈強な武士のものを思わせるが、誰が見ても死期が近付いているのは明らかだった。

舞 「・・・・・・はい」

寝具の傍らに正座し、十歳ほどの少女が老人を見下ろしている。
幼き日の舞である。

幻斎 「わしは・・・間もなく逝く」

舞 「・・・・・・はい」

幻斎 「もはや伝えることもない。総天夢幻流は、おまえのものだ」

紡がれる声もはっきりしており、とても瀕死の床に伏している者とは思えない。
しかし、死相は間違いなく老人の体を覆いつくしている。
鍛え上げられた強靭な肉体と精神力が、それを微塵も感じさせないのだ。

舞 「・・・師匠、お聞きしたいことがあります」

幻斎 「なんだ?」

舞 「私の前に、総天夢幻流・斬魔剣の教えを受けたという男のことを」

幻斎 「・・・・・・」

淀みなく話していた老人、幻斎の言葉が止まる。
僅かに瞑目した後、再び口を開く。

幻斎 「・・・あの男には、教えを受けたという表現は適切ではない。そう・・・まさしく奴は、わしが築き上げた夢幻流の全てを盗んでいった、とでも言うべきか」

舞 「・・・・・・」

幻斎 「もう十年近く前・・・おまえが生まれていたか否かという頃の話だ。わしの前に現れたあの男は、まだ少年であったが、既に何者にも負けぬほどの強さを持っていた。それは剣の強さではない。生きる強さだ」

幻斎は、遠い日の記憶を呼び覚ます。
今でも鮮明に思い出すことができる。
群れから自立した獣の子のような眼。

 

『てめェかジジイ、地上最強の剣とかいうのを使うのは』

『何だ小僧。教えを乞いに来たか?』

『違ェな。その最強の称号、俺がもらいに来たんだよ』

 

当時既に、齢九十を超えていた。
だが幻斎の剣は、晩年に入ってさらにその冴え渡り、あの頃は絶頂期と言ってよかった。
いかに並外れた強さを持っていたとて所詮は十にも満たない少年。
幻斎の敵ではなかった。

しかし、立ち合いに敗れても、少年の眼は死ぬことはなかった。
来る日も来る日も幻斎のもとを訪れ、勝負を挑んだ。
どれほどの日々をそうして過ごしたか、いつしかその少年は、幻斎が放つ剣を自ら放つようになっていった。

幻斎 「ついにわしを負かすことはなかったが、わしから得るものがなくなったと悟った時、彼奴はわしのもとを去った。それからしばらくしてのことだ。総天夢幻流・斬魔剣を操る剣士が、たった一人で魔物の群れを全滅させたという話を聞いたのは」

舞 「・・・・・・それが・・・雛瀬豹雨」

幻斎 「小僧の名など、最後まで聞きはしなかったがな。夢幻流を使う者は世界広しと言えど、三人しかおらん 。もうじき二人になるがな」

舞 「・・・・・・」

幻斎 「気になるか、その男のことが」

ほんの僅か、意識的ではなかったのかもしれないが、舞の首が縦に揺れる。

舞 「・・・私と・・・」

幻斎 「それは、わしの知るところではない」

私とその男と、どちらが優れているか。
舞はそう問いたかった。
しかし、幻斎はその問には答えない。

舞 「師匠。私はまだ強くなりきれてない。もっと・・・教えを乞いたい」

幻斎 「おまえはまだ子供だ。強くなくて恥じることはない」

舞 「けどっ・・・」

幻斎 「総天夢幻流の全ては、おまえに伝えた。もはやわしが教えることはない」

舞 「・・・・・・」

幻斎 「一人で強くなる自信がなければ、以前話した男のもとを訪れ、師事するがいい」

舞 「師匠・・・・・・」

舞は感情を表に出さない少女だった。
異能の力を持つがゆえに、幼い頃から蔑まれてきたことがその原因だった。
忌むべきその力に頼るのが嫌で、確固たる強さを身に着けたくて幻斎のもとへやってきた。
剣を学び、体と心を鍛えたかった。

そうして強くなったつもりだったが。
幻斎の最期を看取るにあたり、抑えていた感情が漏れ始めた。
どんなに気丈に振舞っても、舞はまだ十歳の少女である。

舞 「師匠・・・・・・っ」

涙が溢れる。

幻斎 「舞。悲しい時には泣け。それが自然な姿だ。おまえは・・・強い」

舞 「・・・違う・・・・・・私は・・・まだ弱い・・・!」

幻斎 「それがわかることが、強さだ。己のあるがままに生きよ。おまえは、わしの唯一人の弟子であり、娘だ」

舞 「ぅっ・・・ぐすっ・・・」

幻斎 「舞・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

郁未 「・・・い・・・まい・・・・・・舞!」

舞 「!」

隣に座る舞に声をかけ続けて、やっと起きた。
珍しく熟睡してたわね、この子が。

郁未 「起きた?」

舞 「・・・・・・うん」

郁未 「? 舞、あんた・・・」

泣いて、たの?

特に隠そうともせずに、舞は目元を拭う。
表情は変わらないけど、少しだけ涙を流している。

郁未 「・・・何か悲しいことでも思い出した?」

舞 「・・・うん」

郁未 「そう」

この子の過去に何があったのか、詳しいことは知らない。
けど、人間生きてれば悲しいことの一つや二つあって然るべきだ。
特に私達みたいな生き方をしている人間には。

舞 「・・・夢を見てた」

郁未 「夢?」

舞 「師匠が死んだ時の夢」

郁未 「師匠って・・・」

舞が師匠と呼ぶ人間は、確か二人いるって聞いたわね。
一人は、カノン公国にいた時に師事していた男で、公国最強と呼ばれる騎士だ。
もちろん、今も現役ばりばりで活躍中。
つまりそっちの師匠じゃない。
あまり話を聞いたことはないけど、その前にいたもう一人の師匠の方だろう。
そして舞にとって本当の師匠は、そっちの方なんだと思う。

舞 「・・・・・・呼んだ?」

気持ちを落ち着けたのか、もういつもの舞に戻って聞いてくる。

郁未 「ええ。そろそろ目的地の街に着くわ」

舞 「・・・そう」

郁未 「・・・敵さんが仮に襲ってくるとしたら、そろそろでしょうね」

運んでいる途中の物を奪いに来る連中がいるかもしれない、とのこと。
街中に入ってしまえばもう手出しはできないだろうし、届けて終わってしまえば、あとは私達の知ったことではない。
ただ、私達ノワール・ムーンが運んでいる間は、どんな物でも絶対誰にも渡しはしない。

私達の自走車が走っているのは何もない荒野。
普通の街道を自走車で走るのは危ないからね。
見通しがいいから、奇襲を受ける可能性は低い。
けれど、いざという時逃げ場がないというのもある。
もっとも、並みの相手なら戦って負けることはないし、スピードならこっちが断然上だ。
あるとすれば・・・待ち伏せ・・・。

舞 「郁未!」

郁未 「わかってる!」

 

ドゴォーン!

 

すぐ目の前で爆発。
地面に何か仕掛けていたのね。
爆発は連続して起こり、比較的滑らかだった地面がでこぼこになる。

郁未 「ちっ!」

なめるんじゃないわよっ。

私はブレーキではなく、アクセルの方を踏み込んでさらに加速する。
手ごろな岩を見つけて、そのまま乗り上げる。

郁未 「舞、ちゃんと掴ってなさいよ!」

舞 「はちみつくまさん」

岩に乗り上げて、一気にジャンプ。
即座に足場になりそうな岩を見つけて車輪を接地させる。
そこからぎりぎり通れるルートを割り出して走る。

ドンッ!

郁未 「なっ!?」

舞 「!!」

瞬間、下から衝撃。
爆発のものではない、もっと硬い何かで叩かれた。

車ごと宙に投げ出される。
空中で回転しながら吹き飛ばされていく。

郁未 「こんのぉ!」

このまま落ちたらいくらなんでもやばい。
私はドアを開け放つ。

力を使って落下の衝撃を抑えれば・・・。
タイミングが命・・・・・・・・・今!

ドォンッ!

気による衝撃波が私の手から放たれ、風圧が落下速度を軽減する。
落ちる速さは軽減されたが、今度は車が流され、さっき以上に回転が激しくなる。
何とかしてしがみ付いているのがやっとだった。

ズンッ

地面に落ちる。
車輪からだったのはせめてもの幸い。
衝撃で一瞬意識が飛びそうになるが、ぎりぎり持ちこたえてきりもみする車体を安定させる。
たまたまそこにあった岩に半ば激突するような形で停止した。

郁未 「・・・ふぅ」

・・・やってくれるじゃない。
こんなにひやひやしたのはひさしぶりだわ。

郁未 「舞、無事?」

舞 「ぽんぽこたぬきさん・・・」

見れば、横の席で舞は逆さまにひっくり返っていた。
とりあえず五体満足ではあるみたいだけど。
まぁ、無事でしょう。

郁未 「よし、無事ね」

舞 「無事じゃない」

郁未 「ったく、やってくれるわね。ちょっと壊れただけでもこいつの修理にはお金がかかるんだから!」

舞 「無事じゃない」

郁未 「襲ってきた連中から修理代いただいても、誰も文句は言わないわよね」

舞 「無事じゃ・・・」

郁未 「あー! やかましいっ・・・・・・って・・・げ!」

いつまでもうるさい舞を怒鳴りつけた際、横を向いた私の視界にとんでもないものが飛び込んでくる。

郁未 「やばっ!」

ギュゥゥゥゥン!!!

アクセル全開で急発進。
駆動系は問題なさそうね。

直後、巨大な質量を持った生物が岩を吹き飛ばし、地面を砕いた。
さっき私達の車を吹っ飛ばしたのも、あれね・・・大土竜。
モグラというよりは、その名のとおり竜に近いモンスター。

郁未 「舞?」

舞 「・・・ぽんぽこたぬきさん」

急発進したのと、起き上がろうとしたのが同時だったのか、舞は後部座席に突っ込んでいた。
無表情は変わらないんだけど、額に青筋が浮かんでいる。

舞 「郁未、乱暴」

郁未 「仕方ないでしょ、この場合!」

私だってこんなのごめんよ。
車が壊れるから。

舞 「郁未!」

郁未 「また来たわね!」

さっき最初に起こった爆発は誰が仕掛けたものか知らないけど、そのせいで地中にいた大土竜を怒らせたみたいね。
だからって私達を追ってくることないのに!

こっちはかなりのスピードで走っているのに、地中を進む大土竜の速さは充分についてきてる。
また下から来られたら厄介なことこの上ないけど・・・何度も同じ手は食わないわ。

郁未 「・・・・・・」

舞 「郁未」

郁未 「黙って。問題ないわ」

落ち着いて。
大丈夫、わかる。

郁未 「!!」

ハンドルを思い切り切る。
車体が傾くけど、下から出てきた大土竜の一撃はかわした。

郁未 「舞!」

舞 「・・・・・・」

刀を引っつかんで、舞が車から飛び出す。
攻撃がかわされたことで、大土竜は放心している。
その頭上に舞が飛ぶ。
空中で刀を抜き放つ。
気が付いた大土竜が再びもぐろうとするけど・・・遅い。

舞 「総天夢幻流・斬魔剣・・・・・・いづな!」

ザシュッ

振り下ろされた舞の剣が、大土竜を一刀両断する。
あんな大きなモンスターを一太刀で仕留める、総天夢幻流恐るべしってとこね。

郁未 「む」

遠くに馬の群れが見える。
ただの馬じゃなくて、人もいるわね。
しかもこっちの様子を伺っている。
なるほど、襲ってきた連中ね。
逃がしゃしないわよ。

郁未 「舞!」

車を反転させて、一度スピードを緩めて舞を回収する。

郁未 「よっしゃ次ー!」

舞 「まだ乗ってな・・・・・・っ!」

ドアのところに舞が手と足をかけた時点で加速する。
振り落とされそうになった舞は必死で掴っている。

舞 「郁未、速い」

文句を言ってるみたいだけど、風の音で聞こえなーい。

馬と車じゃスピードが違うのよ。
ましてやそんな駄馬揃いじゃね。

 「ちっ!」

逃げ切れないと判断したか、馬に乗った連中が取って返して向かってきた。

郁未 「さあ、身包み剥いでやるから覚悟しなさいっ」

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

弱い・・・。

二人がかりで相手は二十人。
五秒で終わってしまった・・・。

郁未 「ふっ、強すぎるって、罪よね」

舞 「・・・郁未、乱暴・・・」

暴れ終わったあと、舞は車に酔ったのか、刀を杖にしている。
時々こうなるんだけど・・・なんで?

郁未 「まぁ、鬱憤晴らしにはならなかったけど、こいつらの懐漁れば、修理代くらいは浮くわよね〜」

舞 「・・・私は鬱憤溜まった・・・」

郁未 「何よ舞、あんた前に平衡感覚には自信あるとか言ってたじゃない」

舞 「それとこれと、全然違う・・・」

なんだかなぁ。

郁未 「よっし! 修理代も手に入ったし、ちゃっちゃと仕事終わらせるわよ」

舞 「・・・・・・いいの?」

郁未 「迷惑料よ。当然の権利だわ」

舞 「・・・・・・・・・」

ごそごそごそ

言われて気付いたのか、舞まで倒れている男達の懐を探り出す。
が、一つも見付からないらしい。

舞 「・・・少しほしい」

郁未 「だーめ」

舞 「ほしい」

郁未 「だめ」

舞 「ほしい」

郁未 「だめ」

舞 「・・・けち」

郁未 「あなたに渡したって、どうせ全部食べ物に変わるんだから。お金は有意義に使わなくちゃ」

舞 「・・・ならせめて、あれをもっと快適にして」

うんざりした表情で車を指差す。

郁未 「何よ、いつもぐっすり寝てるくせに。何が不満なのよ?」

舞 「・・・・・・やっぱり、郁未の性格を直す」

郁未 「その言葉、そっくりそのまま返してあげるわ」

ばちばちばちっ

しばらく二人して睨み合う。
荒野で、美少女二人が、むさくるしくて弱っちぃ男達の屍(死んでない)に囲まれて、どうでもいいことで睨み合っている。
・・・・・・不毛だわ。

郁未 「ふぅ・・・行くわよ、舞。とんだ道草だったわ」

舞 「はちみつくまさん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

つづく