デモンバスターズ
第29話 水瀬屋敷の宴 前編
祐一 「と、いうわけなんだが」
さやか 「どうです?」
秋子 「了承」
早ッ!
噂には聞いていたが、これが秋子さんの必殺一秒了承か・・・。俺とさやかは、楓さんとエリスがこの屋敷に住むことを頼みに来たんだが、事情の説明が終わるなり、秋子さんは快く承諾した。
秋子 「楓さんとエリスさんですね。どうぞ、いつまでも気の済むまで暮らしてくれて構いませんよ」
楓 「ご迷惑をおかけします」
エリス 「よろしくお願いします」
楓さんはともかく、エリスまでもが礼儀正しく頭を下げている。
こういう辺り、普段の性格が嘘のように大人なんだよな、この二人は。
・・・実際、この二人の実年齢を俺は知らないし・・・。
何しろ二人とも、七年前に会った時から少しも変わってないんだから。
もっともそれは、豹雨やアルドも同じことだ。
思えば正体不明の集まりだよな、デモンバスターズは・・・。さやか 「よーしっ、それじゃあさっそく、楓さんとエリスちゃんの歓迎パーティーの準備といこうか〜♪」
相変わらずのテンションだ、こいつは。
エリス 「アタシは屋敷の中を見て回りたいんだけど」
祐一 「どうせパーティーの準備には時間かかるだろ。楓さんとエリスは、俺が屋敷内を案内するよ」
楓 「あ、私はもう少し水瀬さんと話があるから、エリスちゃんだけ行ってきて」
エリス 「? まぁ、いいけど・・・」
祐一 「俺とエリスの二人・・・ねぇ」
楓 「ふふっ、喧嘩しちゃダメだよ」
エリス 「・・・たぶん」
祐一 「努力はするよ・・・」
果たしてどこまでもつかはわからないが・・・。
三人が出て行ったのを見届け、誰もいないのを確認してから、楓は障子を閉める。
部屋に残っている秋子の方を振り返った時、先ほどとは打って変わって冷たい表情をしていた。
その視線を受けて、秋子の顔からも笑みが消える。楓 「まさかこんなところであなたに会うとは思わなかった。カノン公国“ナイツ・オブ・ラウンド”の一人、《蒼穹の戦乙女》水瀬秋子」
秋子 「だいたい十・・・・・・十一年振りですか。《大地の巫女》、楓さん」
楓 「こんなところでいったい何をしているの?」
秋子 「私はもう、円卓の騎士団を脱隊しました。ここにいるのは、ただの温泉宿の女将、水瀬秋子ですよ」
楓 「そうね。ただの温泉宿の女将だったなら、私も疑わないわ。けど、ここはいったい何?」
秋子 「何・・・とは?」
楓 「斉藤元の姿を見たわ。それに石橋剛健も。他にも若いながらに相当な実力者が揃っている。この場にいる全員の力を束ねたら、一国家にも匹敵する戦力となるわ」
秋子 「・・・・・・」
楓 「偶然にしてはできすぎてる。これだけの戦力を集めて、いったい何を考えているの?」
秋子 「別に何も」
楓 「カノン公国最強騎士の一人が、名立たる者を集めている。それで何もないなどと言って、信じると思っているの?」
秋子 「仮にそうだとして・・・」
すぅっと秋子の目が細められる。
さらに口元に微笑が浮かんだ。秋子 「あなたはどうなさるおつもりかしら?」
楓 「・・・・・・別に私は、あなたが何を考えていようと知ったことではないわ」
一度伏せられた楓の目が、再び秋子を睨みつける。
明確な殺気を含んだ目だった。楓 「あなたが何を企んでいるかは知らない。けど、祐一君やエリスちゃん、さやかちゃん・・・私の大切な人達に害を及ぼすことがあったなら・・・・・・私はあなたを絶対に許さない。そんなことがあったら、私があなたを殺す」
秋子 「・・・・・・十年で・・・変わりましたね、楓さん」
楓 「自分に正直になっただけよ」
秋子 「・・・・・・」
楓 「・・・・・・」
先に、秋子の表情が緩む。
いつもどおりの笑顔になった。秋子 「確かに、私は何かを企んでいるかもしれませんね。けど、これだけは間違いありません。私は、ここにいるみんなのことを家族と思っています。だから、害を及ぼすなんてとんでもない。むしろそんなことをする人がいたなら、私が許しません」
楓 「・・・・・・」
秋子 「・・・・・・」
楓 「・・・・・・ふっ」
楓の表情も緩んだ。
もう、殺気は一切なかった。楓 「いいわ。仮にあなたが何かを企んでいても、思い通りにはまずならない。特に、斉藤元と祐一君は、あなたと言えども自由にできる存在じゃない。そして何より、さやかちゃんがいる」
かの少女のことを、楓は頭に思い描く。
本当に、向日葵のような笑顔が似合う、純真な少女のことを。楓 「彼女は、自ら戦術の鬼才を名乗り他者の心の機微を読むことに長けるエリスちゃんをもってすらその行動を読めない・・・・・・誰もが予想だにしない行動を取るカオスな存在、しかも迷いなくそこを進む純粋な心の持ち主。何人たりとも、彼女を御することはできないわ」
秋子 「・・・・・・」
楓 「まぁ、そういうわけだから。さっき私が言ったこと、忘れないでね」
秋子 「ええ、肝に銘じておきます」
くっそー、ふざけやがってあのチビガキが・・・!
エリス 『バカに案内してもらってもちっとも為にならないから、適当に行ってくるわ』
俺をバカにしてんのか。
いやしてるんだな、はっきりそう言ってるし。
しかも反論する間もなく消えやがって。
あんにゃろう・・・あとで覚えてろよ。と・・・、戻ってきたところで楓さんが部屋から出てくる。
祐一 「楓さん、話終わったか?」
楓 「うん、終わったよ。エリスちゃんは?」
祐一 「知らん」
楓 「また喧嘩したの? ダメだよ。もう、どうして二人は仲良くできないかなぁ」
祐一 「・・・・・・まぁ、少しはあいつのこともわかったけどな」
楓 「あ・・・」
祐一 「・・・・・・」
楓 「そう。祐一君はそれでも、エリスちゃんを・・・」
祐一 「あいつは仲間だ。楓さんも同じ。それはどんなになっても変わらないさ」
楓 「うん、そうだね」
あいつが楓さん以外に隠してきた魔竜の血のこと。
それを知ったからって、俺とあいつの仲が変わることはない。祐一 「それより楓さん、さっき行ったとおり、屋敷内を案内するよ」
楓 「ありがと。道場があるって言ってたよね。まずはそこに行こう」
「ちぇーーっ!」
「おりゃぁ!!」
いつにも増して活気に満ちている道場。
昨日の(亜空間に行ってる間日付が変わっていた)、魔族襲来に際して、主だった面々以外はあまり目立った活躍はできなかった。
まぁ、魔族相手じゃそれが普通なんだが、どうやらそれで刺激を受け、皆はりきっているのだろう。北川 「つぇやぁっ!!」
香里 「甘いッ!!」
バシィンッ
北川 「ぐぁ・・・!」
以前にも増して鋭くなっている北川の突きを、香里があっさり弾き返す。
そして容赦ない一撃で北川が吹っ飛び、他の連中に介抱されている。
誰も大して気に留めないのは、いつもの光景だからだろう。香里 「次!」
やっぱり誰よりもはりきってるのは香里だな。
栞 「あ、祐一さん・・・・・・と、そちらの方はこの間の」
楓 「こんにちは」
栞 「こんにちはっ。先日はどうもありがとうございました」
楓 「どういたしまして。いい道場だね」
祐一 「まぁ、そこそこな」
確かに、普通のレベルから考えれば大したものだと思う。
だが、どうにもハイレベルな戦いに慣れてしまっている俺には、やはりまぁまぁ程度にしか思えない。
それは楓さんも同じだろうに、ちゃんと褒められる辺り、やっぱり大人だなぁ・・・。楓 「ねぇ、祐一君。ひさしぶりに稽古しない?」
祐一 「いいね。ちょうどやりたいと思ってたところだ」
二年振りの楓さんとの稽古だ。
あの五年間で、俺はほとんどのことを楓さんから教わった。
まぁ、他の三人は誰かに何かを教えるという考えが根本的に欠落してるような奴らだから、必然的にそうなったわけだが。祐一 「なぁ、木刀と場所を貸してくれないか?」
香里 「いいけど、どうするの?」
祐一 「稽古だよ」
香里 「稽古? あなたが?」
祐一 「そ」
楓 「お邪魔してごめんなさい」
香里 「えっと・・・」
祐一 「楓さん。俺のお師匠様だ」
香里 「え?」
「相沢の師匠!?」
「あの若くて綺麗な人がか?」
いきなり注目集めてるな、楓さん。
実際、楓さんは美人だからな。
それも超が付く。美人であるからという理由と、俺の師匠という理由から、全員が周りに集まって見物している。
祐一 「よし」
楓 「うん」
ひさしぶりだ。
アルドとのやり取りを見る限り、決して衰えてはいないだろうけど・・・やっぱり少し抑えた方がいいよな。楓 「行くよッ」
ヒュッ
祐一 「っと!」
横から飛んできた楓さんの剣を受け止め、剣を滑らせるように反撃する。
だが、その一撃はあまりにあっさり外れ、楓さんは俺の背後に回る。祐一 「くっ・・・!」
飛び退りながら振り返る俺。
しかし楓さんは攻めてこない。楓 「祐一君。遠慮は無用だよ」
祐一 「・・・そうみたいだ」
抑えるなんてとんでもないな。
祐一 「改めて行くぜッ!」
そこからは超高速の戦いだった。
おそらく、見ている連中の大半は何が起こっているのかわかってないだろう。
この場には斉藤も石橋も折原もいない。
誰一人、俺達の動きを正確に把握することはできない。パァーンッ
だから・・・・・・こうして俺の体が宙を舞って道場の壁に向かって吹っ飛んでいった理由を悟れる奴などいないわけだ。
ドタンッ
香里 「・・・!!」
栞 「・・・・・・!」
顔は見えなくても、見てる連中が息を呑むのがわかる。
ここの連中にはかなり強さを見せ付けてたから、俺が吹っ飛ばされるなんて思わなかったんだろう。楓 「ごめん、祐一君。ひさしぶりだから加減が利かなくて・・・」
祐一 「嘘だ。楓さんは稽古と称しながら、加減とか容赦なんてものとは無縁だった。昔は何度死に掛けたことか・・・」
楓 「そぉ〜だったかな・・・?」
目が泳いでいる。
こういうところは子供っぽいんだけどなぁ・・・。それにしても、やっぱり強い。
俺も随分強くなったが、まだまだこの人には勝てるって気がしない。北川 「相沢ァ!」
祐一 「あん?」
起き上がった俺に、木槍を向けている奴がいる。
こいつさっき運ばれてったはずじゃないのか?北川 「勝負だ!」
祐一 「・・・・・・」
そういえば、こいつとの第二戦はうやむやなままになってたな。
しかしいきなりだな。
確かにあまり道場には顔を出してないが。
けど今は、楓さんの案内の続きをせねば・・・。楓 「祐一君。私のことは気にしないで、相手してあげなよ」
祐一 「でも、楓さんの案内・・・」
栞 「はいはいっ、私やります!」
祐一 「・・・・・・わかった。じゃあ、栞に任せた」
栞 「はいっ、よろしくお願いします!」
楓 「こちらこそ、よろしくね、栞ちゃん」
二人は早くも打ち解け合って、仲良さげに道場をあとにした。
北川 「行くぞッ、相沢!」
祐一 「・・・ふぅ、わかったよ。簡単にやられて、つまらなくさせるなよ」
道場を出て、道すがら改めて栞と楓は互いに自己紹介をした。
楓 「へぇ〜、祐一君のお弟子さんなんだ」
祐一 「はい。でも、アルドさんもエリスさんも・・・祐一さんの昔のお仲間はみんなすごいんですね」
楓 「そうだね。一応、それなりに有名人だからね」
祐一の話題を中心に盛り上がりながら、栞は楓を屋敷内の各所に案内する。
それから、二人は温泉に入りにやってきていた。楓 「ちょうどお風呂が恋しかったんだ、そういえば」
脱衣所で嬉々としている楓。
栞も楽しげだった。栞 「でもほんと、あの祐一さんが負けるのなんてはじめて見ました」
楓 「道場での稽古のことだよ。本気で戦ったら・・・今の私じゃ祐一君には勝てない。たぶん」
栞 「え? そうなんですか?」
楓 「うん。・・・栞ちゃん、戦いで一番大切なものは何だと思う?」
栞 「えっと・・・祐一さんは、生きる意志だって言ってました」
楓 「そうね、それも一つ。けどそれも含めて、もっといい言葉がある」
栞 「いい言葉?」
楓 「信念よ」
栞 「信念・・・」
楓 「そう、信念。自分を自分たらしめる強固な意志・・・それを貫ける者は、本当に強い」
栞 「・・・・・・」
楓 「形は人それぞれ、全然違うけどね。例えば私の戦う理由と、アルド君の戦う理由とはまったく違うし、同じになることはたぶんないと思うけど、彼の持つ、己を貫く強い意思は尊敬に値する」
栞 「あの人が・・・」
楓 「それに・・・・・・」
信念と言えば、あの男だった。
豹雨。
あの男が持つ勝利に対する絶対の意思。
それこそが、あの男を最強たらしめている最大の要因だった。楓 「・・・確かに、力、速さ、技とかにおいて、まだ私は祐一君を上回っているかもしれない。でも、明確な信念を持たない今の私じゃ、たぶん本気の祐一君には勝てないよ」
栞 「そんなものですか」
楓 「まぁ、それ以前に。たぶん私と祐一君が本気で戦うことなんて、ないんだろうけど。本気の戦いっていうのは、命のやり取り・・・殺し合いだよ。できれば、祐一君とそんな風にはなりたくない」
栞 「・・・その・・・楓さんと祐一さんは・・・その・・・・・・・・・どういったご関係でっ!!」
楓 「はい?」
栞 「え、えぅ〜・・・・・・」
真っ赤になって俯く栞。
その姿を見て、即座に楓は彼女の想いを悟った。楓 「くすくす」
栞 「わ、笑わないでください〜」
楓 「ごめんね。うん、祐一君の気持ちは知ってる。けど私にとって彼は弟・・・みたいなものかな。私はもう、ある人のものだから」
栞 「あ・・・」
また別の意味で栞が赤くなる。
最後の台詞を言った時の楓の表情が年上の、大人の顔だったから。
すぱーんっ
物凄い勢いでドアが開かれる。
さやか 「はっけーん!!」
栞 「きゃっ・・・びっくりしました〜」
楓 「さやかちゃん」
さやか 「お風呂入るなら誘ってくれなきゃ♪」
栞 「・・・・・・そういえば、この人も強いですけど。この人の信念っていったい・・・」
楓 「う〜ん・・・この子ばっかりは私にも理解不能だから・・・」
さやか 「るんるるんるる〜ん♪」
楓 「強いて言うなら、自然体なところ、かな」
栞 「・・・天然なだけじゃ・・・」
楓 「そうとも言うかも・・・」
さやか 「♪〜」
つづく