デモンバスターズ

　

　

第２６話　仲間の絆　呪われた血

　

　

　

　

　

　

　

　

　

　

　

　

　

　

　

　

　

　

　

ぐねぐねと、目が回りそうな景色の中を前と信じる方向へ向かって進む。
空間がどこも歪んでいて、すぐに迷いそうな場所だが、生憎と迷路には慣れている。
・・・・・・あの人に迷いの森に放置されて、一週間さまよった経験があるからな。

　

エリス　「ぐ・・・・・・が・・・ぁ・・・・・・っ！」

　

祐一　「？」

この声は・・・エリス？

何かに苦しんでいるような。
とにかく尋常な状態じゃない声だ。
まさかあいつに限って敵に出くわして苦戦してるなんてことはないと思うが・・・。

俺は声のする方へ向かって走る。
すぐに蹲って苦しむエリスの姿を捉えた。

祐一　「エリス！」

エリス　「来るなッ！」

祐一　「な・・・！？」

完全な拒絶の声。
あいつとは顔を合わせれば喧嘩ばかりだったが、ここまではっきりと拒絶の意思を感じたのははじめてだ。
いったい、何があったんだ？

祐一　「！！」

ちっ、こんな時に。

　「なんだぁ？　やりあう前からダウンかよ」

魔族・・・。
それも、上級クラスだ。

赤い髪をオールバックにして、ぼろを纏っただけの軽装だが・・・なかなか強いな。
この状態じゃ、エリスは戦えない。
エリスを庇いながら、俺一人でやるしかないな。
倒せない相手じゃないが、エリスを狙われると厄介だ。

エリス　「ぐっ・・・・・・うぁぁぁっ！！」

さらにエリスが苦しみだした。
これは本当に・・・普通の苦しみ方じゃないぞ。

それに何だ？

何か・・・異様な雰囲気が・・・。

　「な、なんなんだ？」

魔族の奴も訝しがっている。
確かにこれは、普通じゃない。

　

――・・・タイ

　

祐一　「？」

　

――・・・イタイ

　

何だ？
何かの意思が響いてくる。
音じゃないけど、どす黒い意思が、はっきり言葉となって頭に伝わる。
これは・・・。

　

――・・・サ・・・ク・・・・・・イ・・・

　

祐一　「なんなんだよ、これは・・・？」

エリス　「ゆ・・・・・・いち・・・・・・ぐぁ・・・き・・・が・・・衝動が・・・抑え・・・かはっ・・・・・・こっち・・・に・・・・・・・・・くるなッ！」

祐一　「エリス！？」

様子が変だ。
ただ苦しんでるだけじゃなくて・・・何かが・・・。
そうだ。
このどす黒い意思・・・・・・あいつから？

！！
言葉が、はっきり・・・・・・。

　

――エ・サ・ク・イ・タ・イ・・・

　

えさくいたい。
餌、食いたい？

　

エリス　「！！！！」

　

変わった！？
空気が・・・。

　「な、なんだよっ、これは！」

奴も気付いている。

祐一　「っ！　エリスの、体が・・・」

　

カッと見開かれた目。
爛々と輝く金色の瞳が、獣のような殺気を放つ。
白目の部分が、赤い攻撃色に変わっていく。

髪の毛が盛り上がって・・・下から角が生える。
服の背中が破けて、角なのか翼なのかわからないものが一対、左右に向かって伸びる。
爪は伸び、牙も伸び・・・・・・圧倒的な殺気が・・・。

これは・・・アルド以上か？

　

エリス　「・・・・・・」

苦しんでいる様子がなくなった。
代わりに、エリスはまったく違う姿になっていた。
見た目こそ、角やら爪やらを除けばいつもと変わらないのに。
それは、まったくの別物だ。

まさに獣・・・・・・いや、竜。

　

　「・・・けっ、大げさに振る舞いやがって。ちょっと妙な変化した程度で俺に勝てると・・・」

直感的にわかった。
こいつ・・・・・・死ぬ。

エリス　「・・・・・・」

ドシュッ

　「な・・・かはっ・・・！」

一瞬だった。
俺でもあいつの動きが微かにしか見えないほどのスピード。
それでエリスの腕が、魔族の胸を貫いていた。

　「こ、こいつ・・・！」

エリス　「！！！」

　

ガァアアアアアアアアアアアアアアッッッッ！！！！！

　

咆哮。

いつも目にするものとはわけが違う。
本物の竜の咆哮だ。

　「か・・・ぁ・・・ぁ・・・・・・」

瀕死だな、あの魔族。
もう戦う力なんて残ってないだろう。
だが、今のエリスはそんな相手にも容赦はしなかった。

エリス　「・・・・・・」

ガブッ！

気絶状態の魔族の体に噛み付く。
そのまま肉を食いちぎった。

　「・・・ぎ、ぎやぁああああ！！！！」

痛みで意識を取り戻したか。
だがそれは、ただの不幸だった。
エリスはさらに爪で奴の体を裂き、噛み付いては食らった。

　「ぐ、ぐはっ・・・ぎゃはぁぁっ！！！　うがぁあああああああっっ！！！」

祐一　「くっ！」

魔族なんかに同情する感情は持ち合わせてないが、この光景は正視に堪えない。
俺は離れた場所から、奴の首を静かに落としてやった。

奴は息絶え、絶叫は止んだ。
しかしエリスの捕食行為は、まだ続いていた。
動かなくなった魔族の肉体を叩きつけ、引き裂き、中身を抉り出しては食らう。
獣が行う行為としては当たり前のものでも、人の姿をしたものが人の姿をしたものを食らう光景が、こんなにおぞましいとは・・・。

こいつとは長い付き合いだが、こんな姿を見たのははじめてだった。
しかし思い返せば、こいつと楓さんが時々二人して俺達の前から姿を消すことがあった。
といっても一、二週間のことなので、その頃は気にも留めなかった。

魔竜姫エリス。
楓さんに聞いた話だと、こいつは呪われた一族たる魔竜と人間とのハーフだという。
これがこいつの、魔竜としての本性なのか？

　

　

　

　

　

　

どれくらいの時が経ったか。
もはや魔族であったものの肉片は跡形も残ってなく、ただ真っ赤に染まったエリスがその場に蹲っていた。

エリス　「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・・・・」

背中を向けているので、表情は見えない。
だが、激しく肩で息をするようになってから、角や爪は引っ込んでいった。

祐一　「エリス・・・」

エリス　「来ないでッ！」

祐一　「！！」

また拒絶。
だが、さっきのような切羽詰った感覚はない。
もう、あれは過ぎ去ったのだろう。

エリス　「・・・・・・・・・くっ！」

自分の体を省みて、袖口で口を拭おうとする。
だが、袖どころか、服全体まで返り血に染まっていて、拭ける場所がない。
それでもエリスは、自分の体に付着した血を落とそうと躍起になる。

祐一　「・・・・・・」

ばしゃぁぁぁ

俺は集められるだけの水を集めて、エリスの頭からかけてやった。
血はなかなか落ちないけど、少しはマシだろう。

エリス　「・・・・・・」

体にかかる水を使って、少しでも血を落とそうとするエリス。
俺の能力は、水分の中から不純物を取り除いて、純水を生み出すことができる。
何度も何度も、あいつが満足するまで水をかけ続けてやった。

　

　

　

祐一　「エリス・・・」

エリス　「・・・祐一」

まだ満足はしていなそうだが、一通りの血を落として、エリスはようやくこっちを向いた。
少しは落ち着いたのだろうか。

エリス　「・・・ありがと・・・」

弱弱しい声。
こいつのこんな姿は、はじめて見た。

祐一　「・・・おまえが前に、自分の居場所は楓さんの傍にしかないって言ったのは、このためか？」

エリス　「・・・うん」

それからぽつりぽつりとだが、エリスは自分の体について話した。

魔竜と人のハーフである自分は、時として魔竜の呪われた血に支配される時があると。
その時は、凄まじいまでの飢餓が襲い掛かり、敵も味方も関係なく、餌と見なした相手を徹底的に捕食する獣になるらしい。
さっき見たとおりだ。

エリス　「魔竜は・・・共食いの種族。同族である他のドラゴンを捕食するため、呪われた竜族と呼ばれるわ。人間の血のせいか、アタシは共食いとまではいかないけど・・・時々こうやって、人か、魔に属するものを食さないとならないわ」

祐一　「・・・・・・」

エリス　「楓の傍にいると安定するのよ。こんな風に、不安定になることは滅多にない。あの頃は、たまに下級魔族を食らうだけでどうにでもなった」

二人がいなくなる時だな、たぶん。

エリス　「いざ血に犯されて狂ったときも、楓の力なら抑え込めた。他の奴と一緒だと・・・そいつまで食らってしまいそうで・・・・・・」

祐一　「だから、楓さんだけ、か」

エリス　「こんなアタシを、誰もが恐れ、蔑んだ。でも楓は・・・優しかったのよ・・・」

祐一　「・・・・・・」

わかるな。
あの人なら、どんな相手とでも分け隔てなく接することができる。
誰からも拒絶されて孤独の中にいたエリスを、楓さんは優しく包み込んだのだろう。
その時の様子が、容易に想像できる。

祐一　「・・・・・・」

俺はそっと、エリスを抱きしめた。

エリス　「ちょ、ちょっと！　な、何するのよっ！？」

祐一　「泣き出しそうな顔して強がってんじゃねぇよ」

エリス　「だ、だって・・・その、血、つくし・・・汚れる・・・」

祐一　「構うか」

エリス　「やめてっ、同情なんて受けたくない！」

祐一　「そんなんじゃない」

エリス　「けど・・・！」

祐一　「俺達仲間だろうが」

エリス　「！！」

祐一　「おまえが他人を信じられないのは、少しだけどわかる。けどさ・・・俺だって楓さんほどじゃなくても、おまえの苦しみを共有できる。仲間なんだからさ。弱みの一つくらい、見せろよ」

エリス　「・・・・・・」

弱弱しい抵抗もやめ、声もなく、エリスは俺の腕の中に納まっている。
こいつ、ほんとに小さいな。

しばらく、そうしていた。

　

　

　

　

エリス　「その・・・ありがと」

二度目の礼の言葉。
まさかこいつから一日に二度も礼を言われるような日が来るとは・・・。

祐一　「気にするな」

エリス　「うん・・・」

なんとなく気まずい空気。
あの厚顔不遜にして傍若無人なエリスが顔を赤らめ、しおらしくしている姿というのは、違和感ありまくりだった。
なんというか・・・調子が狂う。

祐一　「お・・・」

エリス　「あ・・・」

声が重なる。
それでどっちも黙ってしまう。
ら、らしくないぞ・・・俺達！

エリス　「そ、そうだ！　あんたもたまには良いこと言うわよね！」

祐一　「な、何だ？」

エリス　「仲間だ云々ってやつよ！　あれ、楓にも適用できるわっ」

祐一　「へ？」

エリス　「だから・・・あのことがあって、楓ショックだったはずなのに、アタシ達に何の相談もなくいなくなってさ。一人で抱え込んで・・・だけど、仲間なら、話しくれていいはずよね！」

祐一　「あ、ああ・・・」

エリス　「悩んでたのよ。楓を見付けても、なんて言っていいのかわからなくて・・・。傷を深めるようなことしたくないし・・・・・・でも、そうよね、アタシ達仲間だもの！」

祐一　「・・・・・・」

・・・ああ、そうだよ。
なんでこんな簡単なこと今まで気付かなかったんだ。

俺もエリスと同じだ。
ただ会いたいと思って探してたけど、会ってどうしようと思ってもいたんだ。
けどそうだ。
仲間なんだから、苦しいことだって分け合えるはずだ。

祐一　「そうだな！」

エリス　「そうよ！　あっはは、あんたもたまには良いこと言うわよね、バカのくせに！」

祐一　「んだと、このチビガキ！」

エリス　「ガキ言うな！　アタシはあんたより年上だ！」

祐一　「けっ、泣き虫のくせに」

エリス　「だ、誰が泣いてたって言うのよっ！　祐一のくせに生意気な口叩くな！」

祐一　「いいや、しっかり見たぞ。泣いてた泣いてた！」

エリス　「泣いてない泣いてない！　黙れバカ！」

祐一　「バカ言うな、ガキ！」

エリス　「うっさい、クソバカ！　年上を敬え！」

祐一　「ババアが説教たれんな！」

バキッ

祐一　「ぐはっ」

エリス　「ババア言うな！　ウルトラバカッ！！」

祐一　「こいつ・・・！！」

エリス　「何よ！」

祐一　「何だよ！」

　

ああ、結局俺達ってこうなるんだよな。
でも、この方が落ち着く。
やっぱりエリスとはこうやって喧嘩してた方が普通なんだよなぁ。

やれやれ・・・。

でも、エリスの新しい一面を知ることができて、少し絆は深まったかな。
その過程で、楓さんに会って言いたいことも決まったし。

そうだ。
楓さんとの再会も、もう少しだ。

　

エリス　「あ、そういえば・・・」

祐一　「？」

エリス　「あんたって、さやかと仲いいみたいだけど・・・・・・その・・・付き合ってるの？」

祐一　「はぁ？」

いきなり何を言い出すんだこいつは。
俺とさやかは確かによくつるんでるが、付き合ってるってなんのこっちゃ。

祐一　「っていうか、なんでおまえがさやかのこと知ってるんだ？　さっきも一緒にいたし」

エリス　「あれ、知らなかったの？　アタシとさやか、それに楓は知り合いよ。どころか、楓とさやかなんてアタシ達が知り合う前からの仲だし」

祐一　「初耳だぞ！」

さやかと楓さんが知り合いだぁ？
あいつそんなこと一言も・・・まぁ、俺もあいつには一言も楓さんのことを話した覚えは・・・・・・ああ！！
まさかあの時・・・。
ネフィルスの街の城で楓さんを追いかけた時、あいつ隠してやがったな！
道理で見付からなかったはずだ。

祐一　「あんにゃろう・・・」

エリス　「で、どうなのよ。付き合ってるの？」

祐一　「んなわけねぇだろ。大体なんでおまえがそんなこと気にするんだよ」

エリス　「べ、別にいいじゃない。ほら、さっさと行くわよっ、ノロマ！」

祐一　「なんだよっ、自分から振っておいて」

　

　

　

　

　

　

　

　

　

　

　

　

　

　

つづく