デモンバスターズ

 

 

第20話 さやかと楓

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さやか 「とりあえず、おひさしぶりです」

楓 「半年振り・・・かな」

さやか 「ええ。楓さんが黙ぁって出て行って以来です」

黙っての部分にことさら力を入れて言う。
さやかなりに怒っていることを示したつもりだった。

さやか 「それで、いいんですか? 祐一君が呼んでますよ」

楓 「・・・・・・」

さやか 「なんだか随分ひどい言われようでしたよね〜」

楓 「・・・・・・」

さやか 「楓さん?」

楓 「・・・会えないよ、あの子には」

弱弱しい声。
ちらりと楓の様子をさやかは盗み見る。
そして思う。

この人は、こんなに弱く、小さい人だったろうかと。

 

 

 

 

 

 

 

さやかと楓の仲は古い。
それこそ祐一と楓が出会うよりも前、いやデモンバスターズのはじまりとなった楓と豹雨の出会いよりも前。
まだ楓が、とある地方で人々を導く巫女として生きていた頃のことだ。

天才的画家にして稀代のネクロマンサーであった父白河律とともに旅をしていたさやかは、その地方に立ち寄った際に楓と知り合った。
母を亡くし、父とは冷戦状態にあったため、すさんでいたさやかの心は、この女性との出会いでかなり変わった。
強く、気高く、大きかった楓は、さやかの憧れとなった。

 

二度目の出会いは、デモンバスターズ時代。
その時は、楓とエリスの二人との偶然の邂逅だった。
ちょうどその時期、さやかはようやく父親と和解し、同時に父を亡くした時だった。
楓との再会が、どれほどさやかの心の救いになったかわからない。

 

そして三度目の出会いは・・・一年半前。

 

 

 

 

 

さやか 「か・・・楓さん・・・?」

その姿を見かけた時、さやかは最初見間違いかと思った。
それほどまでに、彼女の姿はさやかの知るものとかけ離れていた。

場所は、難民が集まってできた非合法な町の、さらに罪人が多く集まるスラム街の一角。
路地の突き当たりで、膝を抱えて蹲っていた。
髪は振り乱れ、着物は薄汚れ、目は光をなくし、虚ろだった。

それでも名前を呼ばれると顔を上げ、さやかの姿を見止めると、笑みを浮かべた。

楓 「・・・あ・・・さやかちゃん・・・」

さやか 「!!」

あまりに痛々しい表情で、見ていられなかった。
さやかは手近にあった布を引っつかむと、楓の頭から被せた。
こんな彼女の姿を、誰にも見せたくなかった。

さやか 「楓さん、行こう」

そのまま、彼女の体を支えて立ち上がらせる。

楓 「・・・ねぇ、さやかちゃん。私、一つ勉強したよ」

さやか 「?」

楓 「人間、どんなになっても、浅ましく生を貪るものなんだなって」

さやか 「何言って・・・」

無言で楓が指し示した方を見る。
そしてさやかは息を呑んだ。

そこには、無残に斬り殺された死骸がいくつも転がっていた。
中には死んでからかなり経ったものもあり、腐臭が漂っている。

さやか 「これは・・・」

楓 「みんな、私の体目当てで寄ってきた男達」

さやか 「!!」

楓 「お金とか食べ物とか色々持っててね。お陰で今日まで生きてたよ」

体目当てで寄ってきた男達を殺して、その金品を奪って生きてきたと。
たとえ守るべき民を捨てて自由に生きる身になってからも、清らかな巫女であり続けた楓がこんな生き方をしていることが、さやかには信じられなかった。

楓 「・・・堕ちるところまで堕ちたよね・・・私も・・・」

さやか 「何が・・・あったの?」

楓 「・・・・・・」

楓は、何も答えなかった。

 

 

 

 

スラム街から楓を連れ出したさやかは、とある町の郊外に家を借りて、そこで暮らした。
最初の頃の楓は、本当に見ていられなかった。
一日中ベッドの上で膝を抱え、食事はちゃんと取ったが、それ以外は何もしようとしなかった。

最初の時以来、さやかは何があったのかを聞くことはなかった。
というよりも、聞けなかった。
楓の様子を見れば見るほど、それを聞くことは躊躇われた。

半年ほど経って、ようやく楓に、以前の笑顔が戻った。
もっとも、それが上辺だけのものであることは、さやかにはよくわかっていた。

それからは、表面上は楽しげな生活だった。
本当の姉妹のように仲良く暮らした。
このまま暮らして、いつか楓の心の傷が癒えたら、そうさやかは思っていた。

しかしさらに半年経った頃、今から半年前、突然楓は出て行った。
理由はすぐにわかった。
楓が出て行った直後、エリスが訪ねてきた。

彼女は、かつての仲間から、逃げたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして今も・・・。

彼女は祐一から逃げている。

さやかの知らない間に・・・祐一とエリスの話から照らし合わせると、二年前。
いったい彼女の身に何があったのか。
何が楓を、ここまで変えてしまったのか。

さやかが憧れた、優しくて、強くて、気高くて、大きな楓という女性は、どこへ行ってしまったのか。

さやか 「・・・っ!!」

やりきれない気持ちになって、さやかは拳を振り上げる。
だがその手は、壁を殴るより前に、楓によって止められる。

楓 「ダメだよ、絵描きさんが手を傷めるようなことしちゃ」

さやか 「・・・最近、あんまり描いてない」

一年間共に暮らしている間に、何度か楓に自分の絵を描いてくれと頼まれたが、さやかは一度も応じなかった。
ぼろぼろの姿の楓を絵にする気などまったく起こらなかった。
その姿がいつも瞼の裏にあって、今はあまり絵を描く気分にならないのだ。

さやか 「私・・・今の楓さん、嫌い」

楓 「・・・・・・」

さやか 「私の知ってる楓さんは、強い人だった。どんなことからでも逃げたりしない!」

楓 「買いかぶりだよ」

楓が浮かべる笑顔は、どこまでも寂しげだった。

楓 「私はいつだって逃げてばっかり。巫女としての使命から・・・みんなの前から・・・私は、あなたが思ってるほど強くなんかない」

さやか 「強いよ・・・」

楓 「弱いよ。とても・・・ちょっとのことで、自分を見せるのが怖くなってしまう。今の私に、祐一君のまっすぐな目は眩しすぎる、エリスちゃんに慕われる資格もない、アルド君を満足させてあげることもできない、豹雨に・・・・・・」

さやか 「・・・・・・」

楓 「・・・・・・」

さやか 「・・・だったら・・・さっさと行っちゃえば」

楓 「・・・うん」

さやか 「そんな楓さんを、いつまでも見ていたくないっ、私の前からも、早く逃げちゃえばいいよ!」

楓 「・・・ごめんね・・・さやかちゃん」

互いに背中を向けたまま、楓は歩き出す。
彼女の気配がなくなるまで、さやかは振り返らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

楓 「・・・?」

浩平 「あるところに住んでいた爺さんは、柿が好きだった。だから家の庭に、柿の木を植えたんだ。桃栗三年柿八年って言うけど、爺さんは八年待った。そして八年目の秋、ついに念願だった、自分で育てた柿を食べる時が来た」

門の淵に寄りかかって独り言のように話す浩平の横を、楓が素通りしようとする。
浩平は構わず話を進める。

浩平 「しかし運が悪く、台風が来た。ようやく実った柿の実は、大きな台風のせいで吹き飛ばされてしまった。爺さんは悲しんだが、幸運なことに、最後の一つが残っていた。天の恵みと思った爺さんは、最後の柿に向かって手を伸ばした。だが、突如として飛来した物体が柿をぶち抜き、さらには爺さんの頭を直撃し、木から落ちた爺さんは最期の時を迎えることとなった」

楓 「・・・・・・」

みさき 「・・・・・・」

浩平 「それは偶然だったが、砕けた柿の一欠けらは、倒れ行く爺さんの口の中に落ちた。死期を悟った爺さんは、しかし幸せだった。念願の柿を食べながら死に逝けるのだから。何より、それを祝福するかのような音が響いていた。そう・・・カキーン・・・と」

しーん・・・

沈黙。
と思われたが、楓もみさきも顔を押さえたりしながら震えている。
何故かウケていた。

浩平 「おお、俺の高尚なるギャグを理解する人間第3号だ」

楓 「・・・ぅっくっく・・・な、なんかよくわかんないけど・・・あはは・・・」

浩平 「ふむ。相沢からあんたを足止めしてくれるよう頼まれてるんだけどな、どうする? なんだったら、もっとおもしろい話をしてやろうか」

楓 「ふぅ・・・興味あるけど、ごめんね。祐一君には会えないから」

浩平 「そうか」

楓 「それとも、力ずくで止める?」

浩平 「無理だろう。万全の状態でもあんたには敵いそうもない」

楓 「そう。どうかな。・・・・・・じゃあね」

浩平 「そうそう、さっきは助けてもらって、サンキューな」

みさき 「ありがとうございました」

楓 「そんなに大したことじゃないけど・・・どういたしまして」

二人に笑いかけて、楓は城をあとにした。

浩平 「・・・・・・随分、寂しそうな笑い方する人だな」

みさき 「何か、心に傷を負っているみたいな、そんな感じがしたよ」

浩平 「・・・・・・」

みさき 「・・・・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

祐一 「・・・・・・はぁ・・・」

今度こそ・・・もうダメだ。

また逃げられちまったよ。

どうして逃げるんだよ、楓さん。

 

栞 「あの・・・祐一さん」

祐一 「ああ、大丈夫だったか、栞・・・」

栞 「・・・祐一さんの方が、あんまり大丈夫に見えませんけど」

祐一 「・・・・・・」

気が付かないうちに、泣いてたらしい。
かっこ悪いとこ見られたな。
俺は何気ない風を装って目元を拭って起き上がる。

祐一 「香里は?」

栞 「打撲がひどいですけど、大丈夫そうです。今、さやかさんが診てくれてます」

祐一 「そうか。で、おまえは?」

栞 「大丈夫です」

祐一 「そうか」

とりあえず、一件落着なんだろう。
さっき見た感じじゃ、折原とみさきも無事みたいだし、栞も助けられた。
香里とさやかも問題ない。

楓さんを逃がしたこと以外は、全部問題なく片付いた。

栞 「・・・さっきの人が、楓さんですか?」

祐一 「・・・ああ」

そういや、栞には楓さんの話をしたんだっけな。
俺達五人の話を。

栞 「えっと・・・その・・・・・・綺麗な人でしたね」

祐一 「ああ、あの人以上に綺麗な人を見た記憶はないな」

そう。
誰よりも美しく、気高く、強い人・・・。
俺の憧れ・・・。
なのに・・・。

栞 「何が・・・あったんですか? 祐一さんとあの人の間に」

気が付けば、さやかと香里もこっちへ向かっていた。

祐一 「・・・情けない話さ」

栞 「・・・・・・」

さやか 「・・・・・・」

祐一 「俺達は、最強なんて呼ばれていながら、たった一人の女性を守れない、情けない連中の集まりだったのさ」

それ以上を、俺は話さなかった。
話したくなかった、ってのが本当だろう。

何だか気まずい雰囲気のまま、俺達はこの街をあとにした。

後始末は、さやかが街全体に火を放った。
街はモンスターに襲われて全焼・・・そんなところでいいだろう。
俺達は巣食っていたモンスターどもを片付けた。
それで終わりだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

浩平 「つまりそれは、アーンデット・・・ってわけだ」

みさき 「くすくす」

さやか 「くっくっく・・・」

水瀬屋敷に戻ると、俺達は元の生活に戻った。

往人 「お、どうした相沢、ノリの悪い顔をしてるな。よっしゃ、俺の芸を見て和め」

祐一 「そんなつまらんものを見てもどうにもならん」

往人 「ぐはっ! と、遠野・・・」

美凪 「・・・よしよし」

俺はなんとなく所在無げに過ごした。
やっと会えたと思った楓さんを逃がしてしまったことで、落ち込んでたんだろう。

翡翠 「祐一様、掃除をしますので・・・」

祐一 「そうか」

部屋でごろごろしてたら、翡翠に邪魔者扱いされて追い出された。

琥珀 「あ、祐一さん、ダメですよー、つまみ食いしたら」

台所に行っては琥珀に追い出され。

名雪 「くー」

こいつは寝ていた。

往人 「待て、相沢! リベンジマッチだ! 今度こそおもしろいと言わせてやる!」

などと吼えながら人形を歩かせるだけのつまらん芸を繰り返す国崎。

美凪 「・・・元気のない方には、お米が一番」

意味不明な理屈で美凪は俺にお米券をくれた。

どこにいても落ち着かない。
それはこの場所が悪いのではなく、俺の心の方に問題があるのだが。
栞にはしばらく自主練をやらせている。
悪いが今の俺にまともな稽古をつけてやれるとは思えないからな。

そんな風な日々を過ごしていたある日、斉藤が声をかけてきた。

斉藤 「相沢君、ちょっといいか?」

誘われるままに、俺は斉藤についていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

つづく