デモンバスターズ

 

 

第7話 幻の霊薬を求めて 前編

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

水瀬屋敷に居候するようになって一週間が過ぎた。
大分馴染んできたところだ。

屋敷内の家事全般と宿に関するほとんどは、琥珀と翡翠の二人がやっているらしい。
癖のある奴らだが、その能力は高いらしく、見ている限りかなりの仕事をしながらまったく疲れた様子がない。

道場の方は相変わらず。
石橋や斉藤、香里は二、三日に一度くらいに顔を出すらしいが、それ以外の日も十分に密度の高い稽古をしているように見える。
折原は・・・・・・ちょくちょく顔は出すようだが、まともに稽古する姿はここしばらく誰も見ていないそうだ。

よろず屋の前では国崎と美凪が仁王様のように両側で陣取って何かをしているが、はっきり言って黙殺されている。
店の中では名雪が船をこいでおり、実質道場にはいない折原とみさきが何かをしている。

秋子さんとさやかは、昼間何をしているのかは不明だ。
そして栞は、暇を見つけては俺が出した課題をやっている。
今のところ成果はないけどな。

 

栞 「えぅ〜」

今もあっさり撃沈したところだ。

祐一 「これで五十回ばかりやったかな。そろそろ何か工夫を凝らさないと、猪と変わらんぞ」

栞 「そ・・・そんなこと言う人、嫌いです」

一週間程度じゃ、力や速度が急激に伸びるわけじゃない。
そんな中で少しでも進歩を見せるとすれば、やはり工夫しかない。
いかにして相手の裏をかき、たった一撃を入れるかだ。
目はいいんだから、五十回もやられればいい加減俺の動きにも慣れる頃だろ。

祐一 「精進せい」

栞 「はい」

さてと・・・また何か仕事入ってないかな。
こいつの相手は、これはこれで楽しいんだが、やはりもっと体を動かしてないとつまらない。

名雪 「あ、祐一」

祐一 「よう名雪。どうした?」

いつものぽけぽけ娘が、わりと真剣な顔してるじゃないか。

名雪 「うん・・・ちょっと、ね」

祐一 「厄介な仕事でも入ったか?」

顔に出る奴だ。
すぐにわかる。
思ったとおり、そう言うと名雪は頷いた。

名雪 「厄介だね」

祐一 「何だ?」

名雪 「祐一、エリクサーって知ってる?」

祐一 「・・・聞いたことはあるな」

確か、幻の霊薬とか言われてるあれだ。
大陸中旅した俺でも、まだ一度もお目にかかったことがない。

栞 「エリクサー・・・どうして急に?」

名雪 「必要かもしれないんだ・・・・・・。お医者様も、さじを投げたって」

祐一 「無茶な話だな。医者がさじを投げたような患者だからって、いくら何でも屋でもエリクサーは無理だろ」

名雪 「うーん・・・わりと無理じゃないんだよ」

祐一 「は?」

名雪 「材料さえあれば、お母さん作れるから」

祐一 「マジかよ」

いや、でもありえない話じゃないな。
相沢一族の能力は人それぞれかなり違う。
俺は水分を自在に操る力を持っているが、逆に火を操る奴もいた。
秋子さんが相沢一族なら、何かその手の能力を持っていてもおかしくはない。

祐一 「しかし技術があっても、エリクサーの材料が道端に生えてるわけじゃないだろ」

名雪 「うん・・・・・・だから、絶対に約束はできないって言ってあるし、依頼人さんも半ば藁をも掴む思いって感じだったから」

栞 「あの・・・」

祐一 「ん?」

栞 「私、エリクサーの材料がある場所知ってます」

祐一 「何?」

名雪 「ほんと?」

栞 「・・・はい・・・可能性の問題ですけど・・・」

歯切れの悪い言い方だ。
つまり確信はないということだが、これだけ言うからには根拠はあるはずだ。

祐一 「どうして知ってる?」

栞 「私、昔重い病気だったんです。助からないって言われてて・・・でも、秋子さんのエリクサーのお陰で助かったんです」

名雪 「あ、思い出したよ! あの日、香里が栞ちゃん抱えて、エリクサーの材料持ってお母さんのところに来たんだった」

祐一 「忘れてんなよ、そんなこと」

名雪 「だって・・・夜中だったんだもん・・・」

あ、なるほど納得。

栞 「あの時、お姉ちゃんが、絶対助けてあげる、って言って出かけていって・・・・・・心配になったから私もこっそりついていって、それである渓谷で、エリクサーの原料となるエリクシアの花を見つけたんです」

祐一 「それで、その渓谷にならもしかしたらあるかもしれないってことか」

栞 「でも、まだあるとは限りませんし、私あの時最後の方は意識が朦朧としてて、細かく道を覚えてないんです」

祐一 「だから可能性だな・・・けど、可能性はあるってことだ」

ゼロじゃないなら、できることはあるってことだ。
できることがあるのにやらないで後悔するより、できること全部やってから後悔する方がいい。
あの人は、そう言っていた。

祐一 「よし、行くぞ」

栞 「え、でも・・・」

祐一 「可能性があるなら、やっておいた方がいい」

さやか 「うん賛成」

祐一 「道案内しろ、栞。途中までわかる場所まででいい」

栞 「は、はいっ」

さやか 「そんじゃ、いざれっつごー♪」

祐一 「・・・・・・」

栞 「・・・・・・」

名雪 「・・・・・・」

祐一 「・・・おい、おまえいつからいた?」

さやか 「“と”の辺りから」

祐一 「どこだよっ!?」

さやか 「まぁまぁ、話は聞かせてもらったよ。及ばずながら私もお手伝いするよ」

こいつがねぇ・・・。
しかし・・・もしかしたらこいつは戦力になるかもしれない。
折原と一緒で、こいつの力も外見から判断できない部分があるからな。
・・・・・・かえって足手まといになる可能性もあるが。

祐一 「危険な場所かもしれないぞ」

さやか 「うん、だろうね」

祐一 「俺はいざという時、二人も守ってる余裕はないかもしれん。その場合は、栞を優先するぞ」

栞 「ゆ、祐一さん?」

祐一 「じゃないと香里が怖い」

栞 「・・・あ、そういうことですか・・・」

さやか 「祐一君、そういう時は嘘でも栞ちゃんが大事だからって言うものだよ」

祐一 「ちゃかすな。とにかくおまえに構ってる余裕はない」

さやか 「いいよ、それで」

相変わらずのにこにこ顔。
何考えてるんだかわからないが、まぁいい。
たぶん、こいつは大丈夫だろう。
これは勘だ。

祐一 「じゃあ名雪、俺達はちょっくら行ってくる」

名雪 「うん。無理しないでね。ミイラ取りがミイラになったらしょうがないよ」

祐一 「当然だ。自分達のことを最優先に考えるさ」

というわけで、俺と栞、さやかの三人は幻の霊薬エリクサーの材料を求めて旅立った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

徒歩と馬車を使って半日ほど。
数年前に香里と栞が訪れたというバアラ渓谷にやってきた。
わりと近かったが、人里離れた秘境という言葉がよく似合う風景だ。
ここなら幻の薬の材料もありそうだな。

さやか 「いやー、絶景かな絶景かな。こう気持ちいいと歌いだしたくなるよね♪ ら〜ららら〜♪」

祐一 「で、ここで間違いないな、栞」

栞 「はい。場所はここで間違いないです」

おてんこは無視して、俺と栞は谷道を下っていく。
正直、人間の通る道とは思えなかった。
俺はこれくらい何ともないが、他の二人は・・・。

さやか 「ら〜らら〜♪ ららら〜らら〜♪♪」

こっちは心配するだけ損。

栞 「よっ・・・ととっ・・・ふぅ・・・」

こっちはちょっと心配だな。
やっぱり栞の方を優先的に注意しておいた方がいいだろう。

祐一 「大丈夫か、栞?」

栞 「平気です。一度来た道ですから」

最悪途中で帰して、俺一人で探した方がいいかもしれんな。
だがこの広さだ。
少しでもここを知っている栞にいてもらった方がいい。
それに・・・こういう場所を体験するのは修行にもいい。
物事は合理的に考えなくてはな。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

大分進んだところで、道がなくなった。

祐一 「これはさすがに進めないな」

栞 「前来た時は、この先まで行けたんですけど・・・」

それはおまえ、その頃は子供だったんだろ。
子供ならこの先もなんとか行けるかもしれないが・・・。

祐一 「しかし、香里ってのはそんな子供の頃から強かったのか?」

栞 「えっと・・・喧嘩はずっと強かったですよ。でも本格的に強くなったのは、やっぱり水瀬道場に入ってからでしょうか」

それ以前、喧嘩が強い程度のレベルでここまで来たのか。
妹思いもそこまで行くと尊敬に値するな。
栞は気付いてないようだが、さっきからかなりレベルの高いモンスターがあちこちから俺らのことを狙ってやがる。
俺が気を張ってるから襲ってこないが。
これだけのモンスターどもがいる場所をガキの頃に体験してる香里と栞。
まぁ、俺があの人に蹴落とされた谷はもっと凄かったが。

祐一 「ここから、下に降りるしかないな」

谷底まで行けば、とりあえず落ちる心配はなくなる。
これ以上この状態でいると、いつ敵に襲われるかわかったものじゃない。
いくら俺でも、この悪条件で二人を守りながらの戦いは無理だ。
やっぱいざとなったら・・・さやかも守らなきゃまずいだろ。

さやか 「あ、落石」

祐一 「何っ!?」

雨でも降ってきた程度の、あまりに普段どおりの口調だったんで思わず聞き逃すところだった。
上を見れば間違いなく落石が起こっている。
しまった、非常にまずい!
今からじゃ氷の壁を作ってる暇もない。
降りるしかないか。
二人抱えて降りれるか?

さやか 「祐一君、栞ちゃんだけ抱えればいいからね」

祐一 「っておい!」

言うや否や、さやかは一人で勝手に谷底に向かって降り始める。
軽快な足取りで、なんか危なっかしいんだがしっかり降りていっている。
あれなら、大丈夫か。

祐一 「栞、掴まれ!」

栞 「はい!」

俺は栞の体を抱えると、さやかと同じように岩の出っ張りを利用して下へ降りていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方その頃・・・水瀬家にて――。

香里 「なんですって!!?」

見ている者誰もがたじろぐ剣幕で香里が名雪に食いかかる。

香里 「栞と相沢君がバアラ渓谷に行ったですって!?」

名雪 「えっとその・・・さやかさんも一緒に・・・」

香里 「そんなことはどうでもいいのよっ! どうして止めなかったのよ!?」

名雪 「そ、そう言われても・・・」

香里 「あそこには・・・!」

香里の顔が歪む。
それは怒りではなく、恐怖だった。
その表情に名雪が戸惑う。
妹のことで怒る香里は何度か見ているが、恐怖に震える香里というのははじめて見る姿だった。

香里 「くっ・・・!」

いても立ってもいられないという様子で、香里は名雪を押しのけて飛び出す。

名雪 「香里!」

呼んでも、香里が振り返ることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

祐一 「・・・ふぅ、なんとかやり過ごしたな」

さやか 「帰り道なくなっちゃったけどね」

落石はそれほどひどいものではなかったが、大急ぎで降りてきたため、元来た道からかなり離れてしまった。
戻るのには骨が折れそうだ。

 

グルゥウォォォォォォォォォォォ

 

栞 「な、な、何事ですか!?」

祐一 「風・・・か?」

さやか 「さあ?」

地の底から響いてくるような声だったが、谷間に吹く風が稀にこういう音を出すこともある。
たぶんその類だとは思うが・・・・・・この声・・・まさかな・・・。

さやか 「さて、ここからどうする? もう栞ちゃんにも道わからないでしょ」

栞 「はい、すみませんけど」

祐一 「ま、仕方ないさ。どのみち最後は足で探すことになるんだ」

左右の岸壁に注意を払いつつ、谷底を進んでいくしかないだろう。
こんな場所だけに、植物はほとんど生えていない。
むしろ探すには好都合だろう。

祐一 「栞、花の形はわかるんだろうな」

栞 「はい、ちゃんと絵もありますから」

そう言って栞がポケットから一枚の紙を取り出す。
そこには・・・・・・・・・。

祐一 「・・・・・・俺はひょっとして花というものに対して誤った認識を持っているのか?」

栞 「そんなこと言う人、嫌いですっ! ま、間違えました・・・これ、私の絵です・・・・・・あれ? えっと・・・お姉ちゃんが描いた方を持ってきたはずなんですけど・・・」

つまり間違えたんだな。
しかし、お姉ちゃんが描いた方を、ということは、これも同じものを描いた絵ってことなんだろうな?
どこをどうすると花がこんな絵になるんだろうか。
栞のニュープロフィール、摩訶不思議な絵。

祐一 「さて、どうするかな・・・」

さやか 「はい、これ」

祐一 「ん?」

横から差し出された紙には、実物と見間違えんばかりの、見たことのない花の絵が描かれていた。

さやか 「人が描いたものを写しただけだから、栞ちゃんのみたいに実物見て描いたものじゃないけど」

栞 「あ、これで間違いありません。でも・・・今のはすっごい皮肉に聞こえます・・・」

さやか 「ごめんごめん♪」

うーむ、さやかのニュープロフィール、意外過ぎる天才的筆使い。

さやか 「ねぇ、それより祐一君」

祐一 「・・・ああ、わかってる」

囲まれた、か。
もしかするとさっきの落石も、モンスターどもが意図的に起こしたものかもしれないな。
谷底に追い込んで一気に仕留めるつもりで来たか。

祐一 「栞、俺から離れるなよ」

栞 「は、はいっ」

祐一 「さやか、そっちは・・・!」

ちらっと振り返った俺の目に入ってきたのは、さやかの周囲にいくつも浮かぶ炎の塊だった。
魔法か・・・。

さやか 「こっちは任せてもらっていいよ」

祐一 「・・・了解!」

意外と、こいつは頼りになるかもしれん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

つづく