デモンバスターズ

 

 

第4話 栞の弟子入り志願

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ちゅんちゅんちゅん・・・

 

・・・どうやら朝だな。

それを感じ取った俺は、ゆっくりと体を起こす。
ひさしぶりにぐっすりと寝たな。
こんなに落ち着いた気分で寝られたのは、たぶん二年ぶりだ。
あの頃は戦いの連続で毎日ぴりぴりしてたが、一人でも起きてれば見張りには十分だったから、寝る時はしっかり寝れた。

・・・よそう、あまり昔を思い出すのは。

祐一 「よっ・・・と」

野宿や安宿に慣れてる身としては、過ぎたベッドだな。
かえって肩が凝りそうだぜ。
嘘です。
もう、これでもかってくらいぐっすり寝られて、疲れもばっちり取れました。

祐一 「さてと、居候が初日から寝坊じゃ格好がつかないな。と言ってももう十時か。随分寝たな。さっそく名雪に仕事の話を聞きに行くか」

借り物の寝間着を脱ぎ、さらにこれまた借り物の普段着に着替える。
さすがは温泉宿、普段着は浴衣だ。
他のものもあったらしいんだが、なんとなく気に入ってこれを借りた。

 

部屋を出る。
確か名雪の部屋は・・・・・・、この時間じゃもう部屋にはいないか。

階段の向こう側にある名雪の部屋を一瞥してから、下へ降りようとする。
と・・・。

じりりりりりりりりりりっ
ぴぴぴぴぴぴぴぴぴ
りーんりーんりーんっ
どんてんかんてんとんかん

祐一 「・・・・・・・はい?」

以前にも言ったが、俺は幾多の修羅場を潜り抜けてきた。
突然警報が鳴り響こうが、動じたりはしない。
だが、さすがに突然大量の目覚ましが大音量で鳴り出すと言う事態は想定できなかったぞ。
しかもその全てがたった一つの部屋から発せられているという事実は驚異的だ。

祐一 「なゆきのへや?」

そう書かれてある扉の向こうに全ての音源が存在する。
俺は一応ノックをするが、この音ではまったく聞こえないだろう。

祐一 「おい名雪、いったいこれは・・・?」

少し迷った後、扉を開けて中の様子を伺う。
目に入ってきたのは、二十はくだらない目覚ましと、その中心でぐっすり寝ている名雪の姿だった。

祐一 「・・・・・・・・・」

えーと・・・だな。
水瀬名雪は戦場では生き残れないな。
俺達はねずみが立てた音にも反応して起きなきゃならんのに、これじゃあな。

と、論点のずれたことを考えながら、俺は騒音を発する目覚ましを止め、何も見なかったことにしてその部屋を後にした。
今度からはあいつと話をする時は、あいつが寝る前にしよう。
仕事は明日からかな。

 

 

 

 

 

 

祐一 「おはよう」

翡翠 「おはようございます、祐一様。お疲れかと思いましたので、今日は起こしに行きませんでしたが・・・」

祐一 「頼めば来てくれるのか?」

翡翠 「お望みとあれば」

祐一 「わかった。その時は頼むよ」

翡翠 「はい。朝食は?」

祐一 「もらえるか?」

翡翠 「こちらへ」

階段を下りたところで遭遇した翡翠に案内されて、昨夜と同じ部屋にやってくる。
仕事があるらしく、翡翠はすぐに行ってしまった。
入れ替わりに琥珀が食膳を運んでくる。

琥珀 「祐一さん、のんびりでしたねー」

祐一 「名雪ほどじゃないだろ。いつもああなのか?」

琥珀 「はい。起こす手段はいくつかありますけど・・・まぁ、起きてこなくてもそれほど問題ないみたいですし」

祐一 「仕事の方はいいのか?」

琥珀 「良くはないですねー。でも、お客さんもみんなわかってるので、午後からしか来ないんですよ」

なるほどね。
よろず屋とやらは午後のみ営業と。

祐一 「俺はどうするかね?」

琥珀 「来たばっかりなんですし、のんびりなさったらどうです?」

祐一 「他の連中は?」

琥珀 「往人さんと美凪さんはいつもどおり、よろず屋の前で売れない芸と占い屋やってます。香里さん栞さんはたぶん道場で、さやかさんはわかりません」

祐一 「そうか」

道場は・・・昨日の今日で顔を出すのもまずいだろう。
今行ってもまた喧嘩状態になるだけだろうからな。
四天王とやらの残り二人が気になるところだが、まぁ、急ぐ必要はないだろう。

俺は今日一日はのんびり過ごすことにした。

 

 

 

 

 

 

 

祐一 「ん?」

それに気付いたのは、縁側に腰掛けて年寄りくさくのんびりしていた時のことだ。

祐一 「隠れてないで出てこいよ」

穏やかな調子で声をかけてやる。
誰かはもうわかっていた。

栞 「お、おはようございます」

おずおずといった感じで茂みから出てきたのは、栞だった。

祐一 「どうした? 道場の方だと思ってたけど」

栞 「ええ、まぁ、そうなんですけど・・・」

祐一 「ん?」

栞 「じ、実は・・・折り入って相談が・・・」

祐一 「言いたいことははっきり言えよ。度胸のない奴だな、その胸みたいに」

栞 「むっ、胸は関係ないでしょう! そんなこと言う人、嫌いですっ!」

むきになって反論してくる。
その仕草がなんとなくかわいかった。
思えばこういう年下の女の子の知り合いってのは今まであまりいなかったな。
あのバカは例外だ。
ああ見えてあいつは俺より年上だからな。

祐一 「それで、なんだって?」

栞 「お願いがあるんです」

祐一 「ふむ」

栞 「私を弟子にしてください!」

祐一 「・・・ふむ」

そう来たか。
確かにそういう雰囲気ではあったが・・・。

祐一 「何でだ? 水瀬流は立派なものだろう」

栞 「そうは思いますけど、でも祐一さんにはあっさり負けちゃったじゃないですか」

そんなことをでかい声で。
門下生達が聞いたら泣くぞ?

栞 「それに、立派なんて・・・。あんな風に勝った人にいちゃもん付けて大勢でかかろうとする人達とは思いませんでした。器が小さいです! ああいう人達は嫌いです」

先輩達に失望したってわけか。
わからんでもないが。

祐一 「けど、尊敬できそうなのもいるだろう。斉藤や香里なんて、実力は申し分ないし、性格も問題ないだろう」

栞 「それはもちろんです。お姉ちゃんは私の憧れですし、目標です」

祐一 「だったら尚更、俺に師事する必要性はないだろう」

栞 「あります!」

祐一 「なんだ?」

栞 「あの道場じゃ、私はこれ以上強くなれないんです。私は知ってます。斉藤さんやお姉ちゃんのあの強さが、物凄い鍛錬によるものだってことを。でも道場だとお姉ちゃんが・・・私に無茶をさせてくれないんです」

なるほど、そういうことか。

祐一 「事情はわかった。あの香里は実力もあるし、教える側としても優秀だろうが、妹に甘いってわけか」

栞 「はい」

祐一 「いいお姉さんじゃないか」

栞 「それはわかってます。でも私は、お姉ちゃんほどじゃなくても、強くなりたいんです」

ひたむきに強さを求めるか。
そういう年頃なのかもしれないな。
この歳で武術を嗜む女の子ってのは。
いや、男も同じか。
俺も昔はそうだった。
たぶん明確な理由なんてない、けど周りに強い奴がいるから、自分も強くなりたいと思うんだ。
こいつは、あの頃の俺と良く似てる。

祐一 「・・・何か持って来い」

栞 「はい?」

祐一 「竹刀でも木刀でもいいから、何か得意な武器を持って来い」

栞 「は、はいっ。わかりました!」

返事をするなり鉄砲玉のような勢いで庭を出て行った。
数分すると、木刀片手に戻ってきた。
定寸よりも少し短め。
栞の体にはちょうどいい大きさってところか。
たぶん専用のものだろう。
見れば練習の跡がしっかりと見られる。
さらに良く見れば、栞の手もそうだ。
努力してるな。

栞 「お待たせしました」

祐一 「じゃあ、そいつで打ち込んできてみな」

栞 「えっと・・・このまま・・・ですか?」

祐一 「そうだ」

栞 「でも・・・」

祐一 「心配するな。おまえ程度の腕じゃ、丸腰の俺にさえ当てることもできん」

栞 「む・・・」

それは栞もわかっているだろう。
こいつは馬鹿じゃない。
だがこう面と向かって言われると、やはりむっと来るのが人情だろう。

栞 「行きます!」

掛け声とともに、栞が木刀を上段に振り上げて踏み込んでくる。
真上から唐竹割りに振り下ろされる木刀。
良く素振りをしているらしく、なかなかの速さだ。

祐一 「・・・・・・」

栞 「・・・・・・?」

もっとも、俺のレベルから見れば止まってるのと変わらない。
たぶん栞は何が起こったのかもわかっていないだろう。
気が付けば自分は縁側に手をついていて、握っていたはずの木刀は俺が持っていて、栞の背中の上で寸止めされているんだからな。

栞 「えっと・・・・・・?」

祐一 「わかったか?」

栞 「その・・・よくわかりませんけど、わかりました」

起き上がった栞に木刀を返す。
きょとんとした顔の栞に、俺は自分の言わんとするところを言葉にして伝える。

祐一 「これからいつでも、そいつで俺に向かって打ち込んでこい。寝てる時でも、飯食ってる時でも、俺が他の誰かと試合してる時でも、とにかく隙を見付けて、どんな形ででも俺に一撃を入れてみせろ。それが課題だ」

栞 「どんな時でも、ですか?」

祐一 「風呂入ってる時でも構わんぞ」

栞 「それはやりませんっ。でも・・・」

祐一 「今見たとおり、おまえの剣は今のままじゃ俺に掠りもしない。少なくとも、今俺がおまえに何をしてああなったのかさえわからない内はな」

栞 「・・・・・・」

祐一 「もしも俺に一撃を入れられたら、次のステップに進んでやる」

栞 「・・・・・・わかりました! ではさっそく・・・!」

返事とともに再び木刀を振り上げて向かってくる栞。
俺は軽く投げてやる。

ばたんっ

栞 「えぅ〜・・・」

祐一 「そうそう、さっきみたいに優しく押さえ込んでやるのは最初だけだからな。これからは容赦なく投げ飛ばすから、受身の練習はちゃんとやっておけよ」

栞 「・・・は・・・はい、せんせ〜・・・」

先生か・・・。
悪くない響きだ。

祐一 「それと、打ち込む時にいちいち掛け声をするな。あれじゃ隙なんて付けないぞ。それに遠慮は一切無用だ。おまえが本気でもまったく問題にならんからな」

この修行、俺も昔やった。
あの人と。
あの手この手を使って、一撃入れるまでに三ヶ月かかったんだ。
それまでは掠りもしなかった。
さて、こいつはどれくらいで達成できるかな。

琥珀 「あ、いたいた。祐一さーん」

祐一 「琥珀? どうしたんだ?」

俺の注意が琥珀に向いた瞬間をチャンスと思ったのだろう。
畳の上で痛がっていた栞がサッと起き上がって木刀を突き出してくる。
体を数センチ動かすだけであっさりそれをかわした俺は、栞の腕を浮かんで勢いのままに庭に放り出す。

栞 「えぅ〜〜〜」

琥珀 「おっと」

薄情にも飛んでいった先にいた琥珀は、栞を受け止めることなく回避する。
当然栞はそのまま地面にタイブ。

祐一 「で、どうした、琥珀?」

琥珀 「あ、実はですね」

何事もなかったかのように会話を続ける俺と琥珀。
こいつもなかなか・・・。

琥珀 「よろず屋の方に急なモンスター退治の依頼が入ったんですよ。でも今誰もいなくて・・・」

祐一 「ほう・・・」

俺は少し考え込む。

祐一 「栞、起きてるか?」

栞 「はい〜、なんとか〜」

祐一 「いい機会だ。弟子入りしたいなら、お師匠様が真剣で戦うところを見ておいた方がいいだろう」

栞 「え?」

祐一 「琥珀、その依頼、俺が受けてやる。どこだ?」

 

 

 

 

 

 

 

場所を聞いた俺は、栞を伴って街道上に陣取るモンスターの群れのもとへやってきた。
キマーリカか・・・わりと凶暴なモンスターだな。
でかいカマキリのようなモンスターが五匹。

祐一 「栞、三分で片付けるから、俺の動作一つたりとも見逃すなよ」

栞 「え?」

祐一 「強くなりたければ、強い奴の技を盗めるだけ盗め」

少し離れた場所に栞を残し、俺は前に進み出る。

栞 「あ、祐一さん、丸腰で・・・」

祐一 「誰が丸腰だよ」

俺は右手を軽く上げて力を集中する。
すると掌を中心に水が集まってくる。
もちろん、昨日即興で見せた時とは集まってくる水の量が違う。
十秒ほどでたっぷり集まった水を凍らせて、氷の刀を生み出す。

祐一 「・・・さぁ、ひさびさに《氷帝》の力、とくと振るわせてもらうぜ」

 

 

氷の刀を生み出した祐一がキマーリカの群れに向かっていくのを、栞はじっと見ていた。
言われたとおり、その僅かな動きすら見逃さないように目を凝らして。

祐一の力は、圧倒的だった。
道場で北川、斉藤と戦った時もすごかったが、真剣を持った時では気迫も何もかもまったく違った。
氷の刀身が振られる旅に、モンスターの鮮血が飛ぶ。

栞 「すごい・・・」

そして本当に、二分ちょっとで五匹全て切り伏せてしまった。
しかも最初の一匹を倒した後、残りに逃げるチャンスまで与える余裕を見せながら。
結局一匹も逃げず、全て祐一の前に屍を晒した。

決して口だけの男ではない。
祐一の自信は、確かな強さの上に成り立っているものだった。

栞の胸に去来する感情は、はたして尊敬の念なのか、それとももっと甘いものなのか。
まだ幼い少女にそれを判別することはできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

つづく