デモンバスターズ

 

 

第1話 シルバーホーンの町

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大きいわけでもなく、小さいわけでもない。
冬には雪が綺麗な地方だというが、今は春先でその気配はない。
そんな、旅の途中どこでども立ち寄るような平凡な町だった。

祐一 「やっぱ、つまんねぇ」

やれやれ、この二年間ですっかりこれが口癖になっちまったな。

 

俺は七年前に全てを失った。

そこでみんなに拾われてから五年間、すごく充実した日々を過ごした。

あまりに楽しすぎる日々だったため、それがなくなってからは全てがつまらないものに思えてしまう。

今の俺に目的はない。

いや、強いて言うなら、失ったものを取り戻そうとしている、と言えるかもしれない。

 

祐一 「なぁ」

 「ん、なんだい?」

適当な酒場のカウンターに座った俺は、目の前でグラスを磨いているマスターに声をかけた。

祐一 「人を探してるんだ」

そう言ってその人の特徴をマスターに説明する。
聞き終わったマスターは少し考えていたが、やがて・・・。

 「すまないが、心当たりはないな」

祐一 「そうか・・・・・・コーヒーくれるか」

 「はいよ。ミルクと砂糖はどうする?」

祐一 「いや、いい」

出てきたカップを口元に運ぶ。
味はまぁまぁだ。
酒は飲めるが、あの人は「未成年の成長に良くない」って言ってほとんど飲ませてくれなかったっけ。
それでもたまに隠れて飲んでたんだよな。
二年前からは一度も飲んでない。

祐一 「ふぅ」

これでどれだけの町で同じことを聞いたか。
一度として手がかりらしいものを掴んだことはない。
もうあの人には、会えないのだろうか。

祐一 「はぁ・・・」

気が重いな。
今の俺にとっては、あの人を探すことが唯一の生き甲斐だってのに。
こう手がかりがないんじゃ・・・。

 

ガシャーンッ

 

 「やれやれ、またあいつらか」

騒がしいな。
まぁ、酒場での喧嘩なんてのは大して珍しいことでもないか。

 「何だと貴様ら! もう一度言ってみろ!」

 「おう、何度でも言ってやるわ。この国の騎士団は腰抜け揃いだな!」

 「言わせておけば・・・! そこへ直れ! 今日こそは叩き斬ってやる!」

 「上等じゃねえか! 腰抜け騎士団の方々にお相手願おうじゃねぇか、なぁみんな!」

 「「「はっははははははは」」」

鬱陶しいな。
やるなら外でやれってんだ。
けど、連中外に出る気なんてさらさらないみたいだな。
面倒くせぇが、鬱憤晴らしくらいにはなるか。

俺は席を立って喧嘩してる連中の方へ歩いていく。
ゆっくりとした足取りでさも当然のように歩み寄っていく俺を、誰もが唖然としている。

祐一 「おい」

 「あぁん?」

祐一 「喧しいから、やるなら外でやれ」

 「んだと、こるぅぁ!」

 「てめぇから先にやったろかい!」

 「引っ込んでいろ、浮浪者風情が!」

浮浪者ねえ・・・。
確かに小汚い格好してるかもしれないな。
何せ着の身着のままの旅人だからな。
だが浮浪者はねぇだろ。

祐一 「決めた」

 「あん?」

祐一 「おまえら全員病院行き決定」

 「っざけんなぁっ!」

俺から見て右側の奴が殴りかかってくる。
まったくもって、遅い。
止まって見えるような動きだ。

俺にとってはちょっとした動き、相手にとっては目にも止まらない速さだったろうが、殴りかかってきた腕を無造作に掴んで引き寄せる。

 「なぁ・・・!?」

そのまま勢いを殺さず、反対側の奴に向かってそいつを投げつける。
二人もつれて倒れていく。

 「ぐぁ・・・!?」

 「ってぇ・・・」

 「この野郎ッ!」

すぐに全員が敵意を持って向かってくる。
だが、幾多の修羅場を潜り抜けた俺にとっては、殺気と呼ぶにもおこがましい程度の意思でしかなかった。
間違いなく、雑魚ばかりだ。

 

どかっ ばきっ どごっ

 

一分もしない内に、向かってきた全員が床に転がることになった。
歯ごたえなさすぎ。

祐一 「つまんねぇな」

またこの口癖だ。
あの五年間が嘘のように、この二年間は強敵と出会わない。
こんな雑魚どもばっかりだ。

しきりに感心している周りの連中を無視して、俺は元いた席に戻る。
すると新しいコーヒーが差し出された。

祐一 「追加注文はしてないけど?」

 「サービスだよ。店の被害が最小限で済んだ」

祐一 「別に。俺も連中と同じで、ただ喧嘩がしたかっただけさ」

 「世の中動機よりも結果が大事さ。それにしても、あんた強いな」

祐一 「相手が弱かったのさ」

 「そんなことはない。あいつらはそれぞれ、騎士団と裏町のならず者でな、みんな手を焼いていた。それをあっさりやっちまうなんて、まるであのデモンバスターズみたいだな」

祐一 「・・・冗談よせよ。デモンバスターズは、俺なんかより遥かに強ぇよ」

 「知ってるのか?」

祐一 「いいや。噂に聞いただけさ」

 「そうか。まぁ、あの最強と謳われた五人組が姿を消してもう二年だ」

祐一 「・・・・・・」

最強・・・か。

 「今となっちゃ、その実態をはっきり知る奴は少ねぇだろうな」

だろうな。
最強ってのは、立ちはだかる者全てを倒してきたからこそ付いた称号だ。
だから、その正体を知って生き延びた奴は珍しい。

 「ああ、それはそうと、あんたの強さならあそこに行ってみるといいかもしれん」

祐一 「あそこ?」

 「ちょっと特殊な場所でな。強い連中も集まってる。何より、あんた人を探してるって言ったろ」

祐一 「言ったな」

 「あそこになら、もしかしたら情報があるかもしれねぇぞ。何しろ、国家機関レベルの情報が集まるなんて言われてるぐらいだからな」

祐一 「そうか。気が向いたらな」

一応、あそことやらの場所だけは聞いておいた。
なんとなく怪しい話だったが、機会があれば行ってみるのも悪くない。
どうせ暇なんだしな。

祐一 「ごちそうさん」

 「また来てくれよ」

俺は席を立って店を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

店を出て行く祐一の姿を、目だけで追っている者がいた。
喧嘩が起こっている間中、野次馬に混ざるでもなく、そこでずっと一部始終を見ていた男は目を細めて祐一が去った方向を見ている。

?? 「強いな、あの男」

男の口元に笑みが浮かぶ。
歳は二十歳過ぎほど、背の高い、少し痩せ気味の男である。
傍らには、定寸より少し長いくらいの刀が置かれている。

?? 「この斉藤元(はじめ)に思わず鳥肌を立たせるとはな。何者だ? まぁ、あそこのことを聞いていたようだし、待っていればいずれ再会もできるか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

酒場を出てから、このシルバーホーンの町をぶらぶらと歩く。
商店街の賑わいは、まぁ、普通だ。
市が出ている状態ならこんなものだろう。
その市を見るともなしに見ながら歩き、気付けば人通りの少ない簡素な場所に出ていた。
そして困ったことに、道がわからん。

祐一 「ここはいったいどこだ?」

?? 「どこだろうね〜?」

見た感じ並木道だな。
道の両側に並ぶ桜が綺麗と言えば綺麗だ。

祐一 「春を感じる場所だな」

?? 「私は夏の方が好きだけどね」

祐一 「俺は秋だな」

?? 「栗くりころりん、さんまひょろひょろ〜、焼き芋ぽん♪ 食欲の秋だね〜」

祐一 「まぁ、今は春だけどな」

?? 「綺麗な桜だね〜。いい絵が描けそうだよ」

祐一 「・・・・・・」

?? 「♪〜」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

俺は今まで幾多の修羅場を潜り抜けてきた。
実戦においては不足の事態など日常茶飯事であり、ちょっとのことで動じていては命取りになる。
現に昔戦争で、予想外の出来事に戸惑って目前にあった勝利を逃した軍の話なんかを聞いたような、聞かないようなだ。
ともかく、実戦経験豊富な俺にとって、物事に動じるなどもってのほかというわけだ。
だが、それでもあえてこの状況にはつっこませてくれ。

祐一 「・・・ていうかおまえ誰? いったいいつからいた?」

あまりにも自然に、唐突に俺の独り言に割って入ってきて、さも当然のように会話の流れが生まれたから俺もすぐには気が付かなかったが、俺の隣にはいつの間にか同い年くらいの女の子が立っていた。
なかなか上物っぽい服に、白いレースの帽子、白いリボン、長い黒髪のお嬢様然とした少女。
とりあえず第一印象はそんなところだ。

お嬢様な少女 「いつからって、ここはいったいどこだ、の辺りから」

祐一 「んなこたわかってる」

独り言に割り込んできたのもそこからだったはずだ。
しかし問題なのは、この俺に気付かれもせずにこんな近くまで接近していたことだ。
いくら殺気の類を感じないからって、普通の奴をこうも簡単に近付かせるなんて。
鈍ってるのかな?

祐一 「で、いったい誰・・・ってどこ行く!?」

人の話を聞いているのかいないのか、少女はふらふら〜っと桜並木に沿って歩いていく。
黙って立っていれば知的な印象も受けるのに、ふやけた顔でふらふら〜っと歩いている姿は、ただのぽけぽけ女にしか見えなかった。
うむ、ひとまず名前がわからんから、おてんこ、と名付けよう。

祐一 「おい待てって」

おてんこ 「ん〜、なになに?」

祐一 「こんなところで何してるんだ?」

おてんこ 「ちょっと市場をうろついてから家に帰ろうと思ったんだけど、道に迷っちゃって」

祐一 「地元のくせに迷子か?」

おてんこ 「道に迷っちゃって」

祐一 「だから迷子だろ」

おてんこ 「道に迷っちゃって」

祐一 「・・・迷子」

おてんこ 「道に迷った」

祐一 「迷子」

おてんこ 「道に迷った」

祐一 「迷子」

おてんこ 「道に迷ったんですっ!」

祐一 「だからそれを迷子と言うんだろうが!」

なんて不毛な言い争いだ。
しかし、お互い一歩も譲らない。
彼女はかたくなに迷子という言葉を拒み続けるが、俺もいまさら後には引けない。

おてんこ 「道に迷った」

祐一 「迷子」

?? 「あれ、さやかさんじゃないですかー。どうしたんです、こんなところで?」

不毛なやり取りに終止符を打ったのは、突然横合いから現れた着物姿の少女だった。
肩よりちょっと短いくらいの赤い髪に、青いリボンをしている。

着物の少女 「あ、わかった。また道に迷ってたんですねー」

さやかさん? 「てへへ、実はそうなんだよ〜」

着物の少女 「やっぱり。相変わらずですね〜」

二人の少女はにこにこほのぼのしている。
そんな中にあって、俺は一人取り残されていた。

さやかさん? 「琥珀ちゃんはどこ行ってたの?」

琥珀ちゃん? 「ちょっと買出しです。もう帰るところですから、一緒にどうです」

さやかさん? 「うんうん、れっつごーほーむ」

祐一 「おーい」

このままだと完全に忘れ去られたまま二人がいなくなってしまいそうなので、声をかける。
すると案の定、おてんこのさやかさんとやらは今思い出したというような表情で振り返る。

さやかさん? 「あ〜、ごめんごめん。忘れてた♪」

忘れてた♪ じゃねえだろ。
まぁ、仕方ない。
本当の迷子はこれで俺だけだし、相手の機嫌損ねて置いていかれるわけにもいかん。

祐一 「俺道に迷ってんだ」

さやかさん? 「あ、迷子なんだ♪」

祐一 「・・・・・・」

さやかさん? 「♪〜」

祐一 「・・・ああ」

さやかさん? 「それならそうと言ってくれればいいのに〜」

一番最初にそう言ってただろうが、このおてんこ娘が。
いかん、いかんぞ。
俺は大人だ。
こんな安い挑発に乗る男じゃない。
いや、別に挑発はされてないんだが。

さやかさん? 「で、どこに行きたいのかな〜?」

祐一 「とりあえず、宿が取れる場所に行きたい」

琥珀ちゃん? 「それならちょうどいいですから、うちに逝きましょう♪」

祐一 「・・・なぁ、なんか“いく”のニュアンスがおかしくなかったか?」

琥珀ちゃん? 「気のせいですよー」

さやかさん? 「うんうん、気のせい気のせい」

琥珀ちゃん? 「うち、宿屋さんもやってるんですよ。さあさあ」

さやかさん? 「いざ逝かん、ぴろぴろり〜♪」

どうも、妙なのに引っかかってしまったらしい。
逝き着く先がつまらん場所じゃなきゃいいんだが・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

つづく