D.C.〜ダ・カーポ〜 & 水夏
笑うカドには福来る
「う〜み〜♪」
「そ〜ら〜♪」
「「広いよ〜〜〜♪♪」」
やたらと明るい少女が二人が、丘の上で高らかに叫ぶ。
一人は長い黒髪と白い帽子のお嬢様然とした美人。
もう一人は見た目まだ小学生かと思われる金髪碧眼の美少女。
「はぁ・・・」
「・・・かったりー」
後ろのベンチでは、疲れた表情の少年が二人。
一人は頭を押さえて首を振り、もう一人はぼんやり空を見上げている。
「何がどうしてこうなったんだっけか?」
「どうでしたっけ?」
少年達は回想する。
それは春の一ページ。
初音島在住の朝倉純一がいつもように、かったりー、とか言いながら街中を歩いてきた時のことである。
ふと前方にどこかで見たような黒髪と白い帽子が出現した。
どうやら横の店から出てきたところらしい。
「あ・・・」彼の記憶が確かなら、彼女のことを見かけるのは三度目だったと思われる。
ついでに言うなら、一度目に遭遇したのもこの辺りだ。
僅か三度目ではあるが、経験則から彼女と関わるとあまりいいことはなさそうである。
美人であるという点で興味は尽きないが、生憎と彼女には彼氏ありき。
ここは素通りするのが得策だった。
が。
「こんにちは」
「・・・・・・こんにちは」
相手から先に挨拶をされたのでは、応えないわけにはいかないではないか。
「確か、前にお会いしましたよね?」
「人違いという可能性も否定できませんよ」
「そうだね。でも、そのどこか気の抜けてそうな顔はあんまりたくさんはいないと思うな」
微妙にひどい言われようであるが、事実と言えないこともない。
意外と観察力のある女性である。
「まさかとは思いますが、また迷子ですか?」
「やだな〜、道に迷ってるだけですよ」
「だから迷子・・・」
「道に迷ってるだけ」
「だからそれを迷子と・・・」
「道に迷ったんです!」
あくまで迷子という言葉を否定したいらしい。
どこまで否定し続けるか実験してみたい気もするが、そんな根競べをする面倒を進んでしたいと思うような男ではなかった、朝倉純一という男は。
「じゃあ、道に迷ったということで・・・・・・またですか?」
人の顔を観察する能力はあるくせに、何故道を覚えられないのか。
「こうお店がたくさんあると目移りしちゃうんですよね〜」
なんとなくわかった。
たぶん、何も考えないで歩いているのだろう。
頭は良さそうだが、それ以上におてんこな性格をしているらしい。
「ところでせっかくだから、道案内してくれませんか?」
「俺が?」
「うん♪」
どうにも、断れない笑顔だった。
どんなにがんばっても勝ち目はなさそうだ。
勝つためには多大な労力が必要そうであり、それはこのまま道案内をする面倒を上回ると思われる。
つまり、素直に案内をすることがもっとも安上がりだ。
選択の余地なし。
「・・・いいですよ」
だが、かったるいことに変わりはない。
常盤村在住、初音島には旅行で来ている上代蒼司はわりと困っていた。
起こっている問題そのものはいつものことなので仕方ないと言えば仕方ないのだが、それでも困っていることに変わりはない。
連れが迷子なのだ。
いや、彼女は迷子と言うと怒るので、道に迷っているのだ。
今日で十日連続で道に迷っている。
どうやったらそこまで道に迷い続けるんだと聞いてみたくて、聞かなくてもすぐに答えを見付けられてしまう辺りが悲しいやら嬉しいやら、もう何がなんだかわからなくて蒼司は困っている。
とにかく、まずはその連れを見つけなくてはならない。
「桜を見ると言ってたから、この公園内にいる可能性は高いけど・・・」
しかし、彼女の行動パターンを完全に予測することは不可能に近い。
長年の付き合いからある程度の予測は立てられるが、普段住んでいる村と比べてこの島は彼女の興味を引く存在が多すぎる。
言ってしまえば、彼女は十メートル先の看板を見に行くと言って一キロ先の店まで行きかねない。
一瞬でも目を離せば、その間に遥か彼方に消えている。
「どうしたものか・・・」
「にゃ?」
「?」
ふと足元を見ると、そこに猫がいた。
いや、それを猫と呼んでいいかは甚だ疑問だったが、この際それはどうでもいい。
とにかく白い猫なのだ。
「どうしました?」
性格なのか、猫に対してつい敬語になってしまう。
しゃがんで覗き込むと、猫は首をかしげる。
「にゃ」
「すまないけど、僕は猫語はわからないからね。食べ物もないし」
「にゃ〜」
「うにゃあ〜」
「ん?」
気が付けば猫が二匹に増えている。
否。
猫ではない、人間だ。
見たところ小学生か・・・・・・珍しい金髪碧眼をしている。
外国人かと思われたが、面影は日本人っぽい。
「Hello♪」
「あ、はい、こんにちは・・・」
あまりに流暢な英語で挨拶されて、つい日本語で返してしまう。
「ああ、えっと・・・ハロー」
英語は得意ではないが、基礎くらいはできている。
「にゃはは、ごめんごめん、日本語でオッケーだよ」
「そうですか、それはご丁寧に・・・」
何かが違うような気がするが、蒼司も少々気が動転しているようだ。
よーく見ると少女はかなりの美少女だ。
しかも外見に似合わずわりと大人びた雰囲気もある。
「うたまるが何か迷惑かけたかな?」
「うたまる? ああ、この猫ですか。いえ、そんなことはありませんよ」
対応に困っていたのは事実だが。
「そっか、よかった〜」
にこっと笑う。
どこか彼の探し人と似ている気がして、思わずドキッとする。
「ところでおにいさん何してる? 何か探してるみたいだったけど」
「見てたんですか?」
少し気恥ずかしい。
「散歩してたら見かけたんだ。もしかして迷子?」
「いえ、僕は迷子ではないんですけど、連れが、たぶん道に迷ってるんですよ」
「どんな人?」
「そうですね・・・。一言で言えば美人なんですけど、こう、ちょっと浮世離れしてそうで、ふらふら〜っとどこかへ歩いていってしまいそうな、そんな人です」
「うにゃあ・・・不思議そうな人だね」
「ええ、不思議な人ですよ」
「うにゃ? もしかして恋人さん?」
「そう・・・ですね。たぶんそういうことになるんじゃないかと」
「やっぱり♪ 今のおにいさん、ちょっとノロケ入ってたよ」
「あはは・・・」
そんなつもりはなかったのだが、思わず顔に出ていたのかもしれない。
なんとなく、目の前の少女には隠し事ができそうになかった。
「うん! 一緒に探してあげるよ」
「え? でも、悪いですよ」
「いいよいいよ、困った時はお互い様。世の中は義理と人情だよ♪」
そう言って少女は蒼司の手を取って立ち上がる。
小さな体をいっぱいに動かして蒼司を引っ張っていく。
「ほらほら、出発しんこー」
「はいはい、わかりました」
奇妙な少女とともに、連れの捜索は続く。
「「「「あ!」」」」
全員の声が重なった。
所は桜公園の入り口付近である。
僅かな静寂の後、小さな影が突撃する。
「お兄ちゃ〜ん♪」
がしっ
突進していった金髪少女が純一の腰の辺りにしがみ付く。
「うわぁ! 可愛い子だぁ♪」
だきっ
その金髪少女に、さらにおてんこ少女が抱きつく。
三人の人間が一つになった瞬間である。
「え〜と・・・・・・とりあえず僕は何をどうつっこんだらいいんでしょうか?」
「さあ? 俺はとりあえずかったりーっス」
少年二人はその光景を前に、同時にため息をつく。
「また会ったね」
「にゃあ」
「こんなにたくさん人がいるところで同じ人に何度も会うなんて凄いよね」
「にゃあ」
「やっぱり散歩はやめられないよね。本当は蒼司君と二人っきりでのんびりと・・・きっとのんびりはさせてくれないんだろうけど♪ でも、心ときめく散歩がしたくて出てきたんだよ」
「にゃあ」
「だからね、これから私とデートしない?」
「う、うにゃあ?」
「・・・今、唐突に話が飛びませんでした?」
「いえ、今日のはまだマシな方です」
「そうか・・・」
今のでマシな方なのか、と純一は未知の生物を見るような目をする。
杉並に教えてやったらおもしろいかもとふと思って、非常にかったるいことになりそうなのでやめておこうと結論した。
「先輩、まずは自己紹介しませんか? 二度も世話になってこのまま別れるのもどうかと思いますし」
「そうだね。私は白河さやか、この間高校をギリちょんで卒業して、今は詩人さんやってまーす」
「ということは、俺のライバルか。初音島の詩人朝倉純一です」
「初耳だよ、お兄ちゃん。ボクは芳乃さくら。こう見えても教師だよ」
「僕は上代蒼司です・・・・・・って、教師?」
「イェス、アイ・アム」
「へ〜、先生なんだぁ。私先生って嫌いな人ばっかりだったから嫌いだったけど、さくらちゃん先生は好きだよ♪」
「・・・言っちゃ悪いけど、こんなのが手に職持ってるって、何か世の中変じゃないか?」
「うーん、僕からは何とも・・・」
学生の男二人、社会人の女二人。
何となく、特に問題はないのだが、妙な話である。
「それでさくらちゃん、デートしよ」
「うにゃあ・・・・・・」
「う〜ん、うにゃあってポイント高いよ! もうぎゅってしたいくらいっ」
と言いながらさくらの小さな体を抱き上げる。
「うん、決定、デートしよう」
「さやか先輩、相手の都合も考えないといけませんよ」
「大丈夫。蒼司君も朝倉君とデートすればいいんだよ」
「は?」
「あ♪ それいいね。ダブルデートってやつだね」
「そうそう♪」
「おいおい、さくらまで・・・」
雲行きが怪しい。
先ほどまではさやかに押され気味だったさくらまでノッて来た。
これは良くない兆候であると、経験則から純一も蒼司も知っている。
だが同時に経験則から、こうなった二人を止める手立てを自分達が持ち合わせていないことも知っていた。
「ね、行こっ、蒼司君♪」
「行こうよ〜、お兄ちゃん♪」
そして、この笑顔に逆らえない悲しい男の性も・・・・・・。
そして今に至る、と。
女・女、男・男の奇妙なダブルデートが成立していた。
「上代さん」
「蒼司で結構ですよ」
「じゃあ、蒼司さんは男とデートして楽しいか?」
「朝倉君はどうです?」
「俺はかったりー」
地面にへばり付いているような顔で、二人の少年はため息をつく。
もう今日何度目かわからない。
「わ、ねーねー、あっちにカモメがいっぱい飛んでるよ」
「ほんとだ! もうちょっと海に近いとよく見えるんだけどなぁ」
「じゃ、今度は海に行こうね♪」
「うん、そうしようね♪」
すっかり意気投合してはしゃいでいる少女二人。
今にも飛んでいきそうなくらい元気だ。
「なんだかんだで、さくらの奴も楽しんでんじゃねーか」
最初にさやかに捕まっていた時は困っていたくせに。
基本的に根が似ているのかもしれない、あの二人は。
「ふふ」
「どうしたんすか?」
「いえ、いいなと思って。ああやって笑ってるのが」
「ま、確かに」
「先輩、少し前にお父さんを亡くしてるんです。思えばはじめて会った時も、お母さんを亡くした直後でした」
「ふーん」
「その時は、あの笑顔が見れなかったんですよね」
そういえば、さくらも祖母を亡くした時はそんな感じだったような気が純一はした。
「いつも振り回されてるんですけど、結局、あの笑顔が好きみたいなんですよね、僕は。あはは、すみません、ノロケになっちゃったかな?」
「そうっすね。けど、俺も同じですよ」
「やっほ〜、蒼司く〜ん♪」
「お兄ちゃ〜ん、こっちおいでよ〜♪」
いたら色々とかったるいのだが、いないと困る。
そんな笑顔だ。
「呼んでますね。行きますか」
「かったりーけど、今日くらいは付き合ってやるか」
のどかな春の一日であった。
おまけ
その夜――。
「兄さん、これはいったいどういうことなんですか?」
ちょっぴり不機嫌な、少し困惑気味な妹音夢の声。
これ、とは即ち今の状況、朝倉家には三人の客がいる。
一人は既に客とは言えないほど何度もやってきているさくら。
そして残り二人は、蒼司とさやかだ。
「蒼司さんがどうしてもって言うからな」
「蒼司君って真面目だから」
デートが終わって、二度も世話になったのだから何かお礼がしたいと言い出した蒼司に、さくらが朝倉家の食糧事情を話したところ、是非とも夕食を作らせてくださいということになった。
何度か断った純一だったが、押し切られる形でこうなっている。
だが結果として今純一は助かったと思っていた。
何故なら、帰ってみると音夢が台所に立っていたからである。
どうやら作る気だったらしい。
妹を強制退去させ、自分から進んで蒼司を台所に押し込んだ。
「もう、せっかく今日こそは腕を振るおうと思いましたのに」
お客がいるせいで大っぴらに怒れず、それがまた静かな怒りとして純一に突き刺さる。
生きて明日の朝を迎えられるか不安だった。
今夜はさくらの家に泊まるのが無難かもしれない。
何やらさくらは期待の眼差しで見ている。
「ねぇ、お兄ちゃん、よかったら今夜・・・」
ギンッ!
一瞬。
ほんの刹那の瞬間の殺気。
だが、それを見逃す純一とさくらではない。
「・・・えっと・・・何でもないよ」
「そうだな」
今は余計なことを考えない方が良い。
「お待たせしました。時間がなかったんで、大したものは作れませんでしたけど・・・」
「いやいや気にするな蒼司さん。どんなものでもどこかの誰かさんが作るものに比べたら 全然オッケーだ」
「兄さん・・・今夜はゆっくりお話をしましょうね」
やはり今夜は断固としてさくらの家に退避するべきであろう。
でなければ命が危ない。
しかし、それ以前に食による命の危険に晒されることはこれで回避できたわけだから、よしとしよう。
「さあ、食べよう食べよう。いただきまーす」
「「「「いただきます」」」」
ぱくっ
「「「(う・・・!!!)」」」
一口目を食べた瞬間、女性陣が硬直する。
「おお!! 美味い、めっちゃ美味いぞ蒼司さん」
「それほどでもありませんよ」
だが、その蒼司の謙遜は女性陣にとっては嫌味にしか聞こえなかった。
「(そ、蒼司君ったら・・・相変わらず女のプライドをずたずたにするような料理なんだからぁ・・・!)」
「(お、おいしい・・・・・・ど、どうやったらこんなものが作れるの!?)」
「(うにゃあ・・・・・・すごくおいしくて嬉しいのに、なんか悔しい・・・)」
「美味い。こんなに美味い料理はすっげぇひさしぶりだ」
「大げさですって」
こうして、朝倉家の夜は更けていく。
ちなみに純一は、蒼司とさやかを街まで送っていった足でさくらの家に逃げ込み、音夢の怒りを回避した。
もっともその後、さらに怒りMAX状態になった音夢によって地獄へ落とされることとなるのだが、それはまた、別のお話である、
あとがき
短編集第五弾・・・これも過去に他サイトへ寄贈したもの。今回は「ダ・カーポ」より小さな魔法使い、芳乃さくらと、町で出会った謎のおてんこ少女(って名前出してるっちゅーの)の共演作。もちろん、原作内における小ネタエピソードの発展版な話である。これも、もしもおてんこ物語がシリーズ化していたらその1エピソードとなったかもしれないお話といえよう。
ここまでの五作品は、過去に書いたものの再公開品となったが、次回第六弾からは完全新作をお送りすることとなる。色々と書いてみたいが・・・まぁ、いつ仕上がるかは微妙だ・・・。