銀色
踏鞴の御霊
















「たまにでも思い出してください」

「おかしな味の吸い物をつくる、変わり者の娘がいたと・・・」

「私にしか出来ない事があるんです」

「すごいと思いません?すごいですよね!」

「・・・頼人様」















夏の暑さがなりをひそめ、山が赤くなりだした頃。
そう、季節はもう、秋になろうとしていた。



「・・・まぁ、このくらいか」

俺は整理していた書簡を閉じて脇に退ける。
ふと外へ顔を向けると、もう蒸し暑さは感じないが、それでもまだ暖かい風が爽やかに吹いてきた。
寒すぎず、暑すぎず、過ごしやすい時期だ。
今年は領内で大きな水害も日照りもなく、もうじき各地で収穫が滞りなく行われる事だろう。

「・・・・・水害、か」

ふと思い浮かんだものを頭を振って追い出す。
それでもやはり、あの場所で過ごした時の事が頭に浮かぶ。



もうあれから、二ヶ月以上が経っていた。
都に戻った俺は、父上に簡単な報告をした後、昔通りに屋敷に住む様になった。
今でも兄上達との衝突は絶えないが、以前に比べたら幾分ましになった気もする。
概ねは俺が妥協している事がほとんどだ。

「急ぐ必要はない・・・」

あの兄上達に久世の家を任せておけない、という気持ちは今でも同じだ。
だからといって家督を掠め取ろうなどという野望があるわけでもない。
純粋に家の事を思ってなのだが、兄上達には俺が野心を持っている様にしか見えないようだ。
だから最近ではほどほどにしている。
歯痒いのは仕方ない。
また辺境へ謹慎させられては敵わないからな。

「・・・・・ちっ」

考えまいとすればするほど、あの日々の事が思い浮かぶ。

「・・・たまにどころではないぞ、狭霧よ・・・」

その名を口にしてみる。
落ち着いているかと思えば、実はそそっかしい。
朝の掃除はやかましい。
花を愛でるかと思えば食べる。
変な味の吸い物はつくる。
妙に頑固な部分のある、そんな変わった娘。
僅か数ヶ月の時を共に過ごした、ただそれだけの娘。
今はもういない娘。



「俺と一緒に都に来ないか?」

「遠慮があるなら働けばいい」

「なんなら・・・」



あの時、あれに続く言葉を、何故言えなかったのか。
いや、言ったところで結末は変わらなかったろうが。
もし言っていたら、あいつはどんな顔をしたのだろう。
きっとひとしきり驚いた後、喜んでくれたはずだ。
そして最後には、あの曇りのない目で・・・。

「・・・よそう。詮無い事だ」

俺は久世家の三男、頼人だ。
これから先、この家を影に日向に支えていこう。
それが、俺の生きる道だ。
おまえほど立派には、歩めそうにないがな。







またしばらく時が経った。
俺の日常は相変わらずだ。
いや、だった。
この朝から、俺の日常は大きく変化する事になるのだ。

「・・・・・」

ドタドタ

「・・・・・?」

ドタドタドタッ

何やら懐かしい音がするな。
まだ気だるい体を寝床から起こす。
音は外から聞こえており、どうやら廊下を走る足音らしい。
はっきり言って、高貴な身分と言える久世の屋敷ではほとんど無縁のはずの音だった。
何か惹かれるものがあって俺は襖を開けて廊下に出る。

ドタドタドタドタッ

「あ〜、姫様どうかお待ちになって〜」

女どものそんな声がこちらに向かってくる。
そちらに視線を向けると、音の震源地と思われる少女が廊下を走り、その後を侍女らしき者達が追いかけるという図式が見て取れた。

「これ、そこのっ」
「・・・俺か?」
「他に誰がおる。そんなところに突っ立っておると邪魔じゃ」

確かに俺は廊下に出た状態で立っており、そしてそこは丁度走っている少女の進行方向上でもあった。
だが久世家の廊下は広い。少女の方が避けて通るだけの幅は十分にある。

「そちらが避けてはどうかな?」
「わらわの道を邪魔する気か。ならばこうしてくれるっ」

衝突する一間ほど手前で少女は床を蹴り、片足を突き出した状態でこちらに飛んでくる。
そのまま蹴りをお見舞いされては堪らないので、俺は仕方なく一歩下がり、少女は何もない空間を飛びぬけていった。
器用に着地した少女は、そのままこちらには目もくれずに走り去っていく。

「これ姫様!なんとはしたないっ!」
「しかも久世の若様に対してなんという無礼!」
「頼人様っ、申し訳ございません!」

後からやってきた女達が先ほどの少女を叱り付けると共に、俺の前で立ち止まって頭を下げる。

「いや、気にするな。それより追わなくていいのか?」
「は、はいっ。本当に申し訳ございませんでした!」
「姫様お待ちを〜!」

ドタドタドタドタッ

そしてようやく嵐は去っていった。

「・・・賑やかな朝だ」

どこぞの朝よりもはるかにうるさかった。
世の中にはこんなに騒々しい朝があるのだとはじめて知った思いだ。







父上の話によるとだ。
先ほどの姫はさる公卿が使用人の娘に産ませた姫らしい。
今回わけあってしばらく久世家で預かる事になったそうな。
名は焔姫。
なるほど、名前負けしない激しい気性の姫だった。
その気性が家の方でも問題視されていたらしく、しかも二年前に母親が亡くなって以来、父の公卿にも家の人間の苦情を押さえきれなくなり、友人である父上に泣きついた、というのが実際のところらしい。
あの気性ではもてあましても仕方あるまい。

「まったく父上も困った方です」
「あんなじゃじゃ馬を預かっていかがいたすのです?」

兄上達は口々に不平を漏らしている。

「そう申すな。彼とは旧知の間柄、それに内々の頼みとは言え、相手は仮にも公卿だ。無下にする事は出来まい」

身分の話を持ち出されては、兄上達は何は言えない。
父上は身分に関して細かい事は気にしない方だが、兄上達はそうしたものは第一に重んじる。
妾の子とは言え、焔姫は目上の娘である。

「しかし、あまり我が物顔で屋敷をうろつかれるのは・・・」

尚も不平を述べている。
朝のあの様子を見れば兄上達でなくともそう思うのは無理ない。

「この屋敷で過ごす以上は、大人しくしてもらわねば」
「それにはお守りが必要ですな」

兄上達の口調が変わった。
なんとなく話の雲行きが怪しい。

「うむ、屋敷の事をよくわかっておって、姫と対等に向き合える者」
「しかも歳の近い適任がおりますなぁ」

二人の視線があからさまに俺の方を向く。
父上の方を見ると、すまなそうな目を俺に向けていた。
どうやら逃れる術はないらしい。







「と、いうわけで姫、俺がそなたの守り役になぜかなってしまったようなので、よろしく頼む」

そして俺は今例の姫と向き合っている。
話に不服があるのか、それとも単に興味がないのか、姫は辺りをきょろきょろ見回している。
うちの屋敷がそんなに珍しいだろうか。

「姫、そんなに当屋敷が珍しいか?」
「別に珍しくなどない。じゃが・・・」
「じゃが?」
「そなたの部屋は随分と片付いておるな」
「ああ」

別にこれくらいは普通とは思うが、確かに俺はあまり物持ちのいい方じゃない。
必要なものだけを残し、いらないものは処分する。
そしてそれらをあるべき場所に整理しておく。
だから部屋が散らかる事もあまりないのだろう。

「つまらん」
「は?」
「これでは何もする事がないではないか」

何もって・・・、一体人の部屋で何をする気でいたんだ、この姫は。

「何かなさりたい事でもあるのかな、姫」
「そなたに関わりなき事じゃ。それよりする事がないなら、わらわはもう行くぞ」
「行くとは、どちらへ?」
「何かする事があるところへじゃ」

そう言って立ち上がると、俺の部屋から出て行こうとする。
俺はなんとなくそんな姫を呼び止めた。

「何かするところ、とは?」
「何でもよい。とにかく何か出来ればよいのじゃ。掃除でも洗濯でも、飯炊きでもよい」
「ここにはそんな事をする人間はいくらでもいる。姫がわざわざする必要はないぞ」

失言でもあったのか、姫が振り返りながらキッ、と俺を睨みつける。

「そなたもわらわを役立たず扱いするつもりか!」
「!」

その言葉は俺の頭のどこかに響いた。

「姫・・・」
「姫などと呼ぶな!ようやくあの窮屈な家を出たと言うのにまたそんな呼び名に縛られてたまるものかっ!」

怒鳴り声を上げてから壊れそうな勢いで障子を開けてドタドタと廊下を歩き去っていった。
廊下の向こうの方でまた何やら女達の騒ぎ声が聞こえる。
何人かが俺に頭を下げに来たが、俺は適当に相手をしておいた。

「・・・役立たず、か」

いつかの事を思い出し、俺は箱の中に入れておいたものを取り出す。
何の変哲もない、ただの鞠。公家の者達が使うような上等なものではなく、田舎にあるぼろい鞠。
この鞠の持ち主の事を思い浮かべる。
他の者達にいじめられていた子供。
そして、その子が役立たずと罵られた時の、あいつの顔。



また妙なやつに出会った日のこと。
あの日々を思い出した、そんな日のこと。













 

ドタドタドタ

「・・・・・ん?」

ドタドタドタッ

朝から何事だ?
やたらとうるさい足音と・・・。
俺は寝床から体を起こす。
足音と共に聞こえるのは女どもの悲鳴にも似た声。
スッ、と襖を開けて廊下に出ると、思い描いたとおりの光景が展開されていた。
ただ微妙に違っていたのだが。

「姫様!その様な事は我らにお任せを・・・!」
「やかましいわ!その方らに任せておいた結果がこれじゃ!」

焔姫が手にした雑巾を広げて侍女達に見せる。
見事なくらい真っ黒であった。

「この様に小汚いままにしておけるわけがなかろう!」

ドタドタドタッ

そして再び雑巾を床につけて走っていく。
とても公家の姫君のする事ではない。
だがまぁ、言っている事は正しいな。
まさかあんなに汚れていたとは。
あれでは姫でなくとも怒るかもしれん。

「それにしても、もう少し静かに出来ないものか・・・」

姫がこの屋敷に住まうようになって数日が過ぎたが、俺は彼女が仕事をしたがるのを止めはしなかった。
だがどうにも姫の性格が豪快なのか、やる事なす事全て大きな音が出る。
先日縫い物をしていたはずなのに何故か物凄い音が響いていた。
あれは一体なんだったのか・・・?
それはともかく、姫という身分に似つかしくない、元気な娘だった。







「姫」

ぶんっ

「おっと・・・!」

呼びかけた途端に何かが飛んできた。
後ろを見ると、それは今まで姫が遊ぶのに使っていた鞠だった。

「いきなり何をなされる?」
「姫などと呼ぶなっ、と申したであろう」
「では、なんと呼べばよろしい?」
「わらわには焔という名がある。それと、その卑屈な喋り方も改めよ」

卑屈・・・一応敬意を払っているつもりだったのだが。
それに姫の喋り方は十分すぎるほど姫らしいと思う。
ま、名前で呼び合う仲の方がこの先やっていきやすいか。
・・・呼び合う仲・・・。

「そういえば姫」
「姫と呼ぶなっ」
「そちらもまだ一度も私の名前を呼ばれた事がありませんね」
「わらわはそなたの名を知らぬ」

確かに名乗った憶えはないが、話の中で何度も俺の名前は聞いているはずだが。

「久世頼人と申します、焔姫」
「何度も言わせるな頼人殿とやら、わらわの事は焔と呼べ。後敬語も・・・」
「わかった。では、焔と呼ばせてもらっていいのか?」
「それでよい。それより鞠を取ってくれぬか」
「心得た」

俺は後ろに飛んでいった鞠を拾って焔に返してやる。
それを受け取った焔は、庭に戻っていこうとしたが、ふと立ち止まって振り返る。

「そういえば、用があったのではないのか?頼人殿」

「ん?ああ、そうだった。珍しい菓子が手に入ったので食べないかと思ってな」

「食べるぞ」

「そうか」

その後は二人して俺の部屋に行って菓子を食べながら、日常の他愛ない話などをした。
ようやく少しだが、彼女との距離が縮まったようだ。







またしばらくが過ぎた。
互いに名を呼び合うようになってから、焔とは頻繁に話をするようになった。
彼女を知ってみるとますます働き者なのがわかり、ためしに俺の仕事を手伝わせてみたら結構使えた。

「出来たぞ、頼人殿」
「お、速いな。ふむふむ・・・しかも間違いもない」
「どうじゃ、わらわは役に立つであろう」
「ああ、大助かりだ」

実際、俺の仕事は多い。
原因となっているのは兄上達だ。
兄上達の仕事は粗だらけで、その尻拭いのような事を俺はいつもしている。
もっと早くに口を出せばいいのだが、そうするとまた色々と問題を起こすきっかけとなる。
適度に自分を中心から遠ざけているつもりなのだが・・・。

「どうも解せぬな」
「何がだ?焔」
「頼人殿はこれだけの仕事が出来るのに、何故この様に裏方ばかりに廻る?これでは損をしておるようにしか見えぬが?」

賢い娘だ。
俺の仕事を手伝っているうちにそんな事に気付いたか。

「どう見てもそなたの方が兄達より優れているように見えるがな」
「確かに、そうかもしれない。だがな、俺が兄上達の仕事に口を挟むと揉め事が起こる。それはあまり望ましくない」
「なら蹴落としてしまえばいいではないか。見たところ、頼人殿の父君も高齢じゃ。まもなく家督を譲る事になるのじゃろうから、その時に・・・」
「・・・焔。人にはそれぞれ役割というものがある」
「それはわかるが・・・」
「俺は影でいい。多少仕事が出来ても、俺は表に立つに相応しい男ではない」
「本当にそう思っておるのか?」

少し黙る。
俺の方が兄上達より優れている事は自他ともに認めている。
その気になれば二人を差し置いて家督を継ぐ事も出来よう。

「・・・望んでいない、というのは嘘かもしれない。だから、もし皆が望むのであれば・・・」

そこから先の言葉は言わない。
言えば今の状態が崩れる気がしたからだ。
焔も俺の思いを察したか、それ以上その話には触れなかった。
そう、皆が望むのであれば・・・。
そして、表立つ事をしていない今でも、兄上達の仕事の粗を片付けている事で、また俺の方に信頼が集まり始めているのも知っている。







「頼人殿」
「ん?焔か」

夕食時が近い時間帯、部屋で読書に耽っていると、焔が襖の端からこちらを窺っている。

「どうした?そんなところで」
「あ、あのじゃな、頼人殿・・・お腹は、空いておるか?」
「そりゃ・・・もう夕食時だからな」
「そ、そうか。ではその・・・食べてくれるか?」
「?」

言っている事の意味がよくわからなかった。
それにこちらに入ってこない理由もよくわからない。

「だっ、だから・・・・・わらわの作ったものを、食べてくれるか・・・?」

よく聞いていないと聞き逃したかもしれない小声。
だが確かに聞こえた。
そういう事か。

「腹が減って仕方ない。早く持ってきてくれ」
「う、うむ・・・もう持ってきてあるのじゃが・・・」

そう言っておずおずと俺の前に膳を運んでくる。
焔が来て以来、屋敷の奥向きの事はすっかり彼女が仕切っている節があったが、台所でその姿を見かけた事はなかった。

「ほほう」
「・・・・・」

俺の前には膳。
見たところ普段のものと大して変わらない。
まぁ、変わった膳とはどういうものだと聞かれても困るのだが。
作った本人は赤くなって俯いているが、目だけは期待を込めてこちらを窺っている。
俺はまず吸い物に口をつけた・・・。

「・・・・・ぶぅーーーっ」
「わーっ!き、汚いではないかっ、頼人殿!何をするっ」
「そういう事はこいつを飲んでから言え」

手にした吸い物を焔に渡す。
訝しげにしていた焔は自分で作ったその吸い物を口にする。

「・・・・・ぶぅーーーっ」

なんとなく予想できる事だったので、俺は咄嗟に着物の袖で防御する。

「・・・なんじゃ、これは・・・」
「俺が聞きたい」
「・・・・・ぐ・・・っ、待っておれ!今すぐ作り直してくるからな!」

ドタドタドタッ

吸い物の椀だけを持って走り去っていった。
後に残されたものを口に運ぶと、それは別に問題ない味を出していた。

「・・・なんとも・・・本当に・・・」

思い出させるやつだ・・・。







そんなこんなで、いつの間にやら年も押し迫った。
来てより半年、すっかり焔も久世家に馴染み、こんな噂まで囁かれるようになっている。
焔姫様はまるで久世家の奥方のようだ、と。
一体誰の奥方だ?
父上?兄上?それとも・・・。
そんなある日、焔の実家から正式に婚姻の申し入れがあったそうだ。
或いは最初からそれが狙いだったのか、あの姫では入内させるわけにもいかないだろうし、それなら有力な家である久世との繋ぎに使おうという腹であろう。

「婚姻とは、誰と?」

当然の疑問だ。

「任せる、との事じゃ」

まず父上ではない。
歳を考えれば当たり前の事だ。
となると、残るは俺を含めた三人の息子達。
久世の側としても妾腹なりとも公卿の姫を嫁に貰えば大したものだ。
兄上達はしきりに自分を主張している。
だが、やがて噂は妙な方向へ進んだ。
つまり、焔が俺の嫁になる、と。
俺も焔も何も言った憶えはない。
しかし普段からの様子を見ていれば、そんな噂が立つのも仕方あるまい。



正直、俺はまだ久世家の家督を継ぐ決心などない。
ついでに言うと、嫁を貰う気も今のところない。
このまま周りに流されていいものか。
また兄上達がうるさくなりそうだ。

「困ったものだ」

((どうしてですか?))

「そう訊かれると答えに窮するのだがな」

((とってもいい子じゃありませんか))

「それは認めるが・・・」

((頼人様はあの子のこと、どう思っているのですか?))

「妹、くらいか、今のところは・・・・・」

((妹ですか))

・・・・・・・・・・・・・・・

あまりに自然に会話が始まったので気にもならなかったが、一体俺は誰と話している。
寝転んでいた状態から体を起こし、声にする方へ顔を向ける。
そこには、あの頃と少しも変わらぬ姿の、あいつがいた・・・。

「・・・・・なんというか、あれだな」

((何がですか?頼人様))

俺は半分体が透けている姿で隣りに座っている狭霧に話し掛ける。

「何の脈絡もなく、唐突に、それでいて非常に自然に現れたな」

((えっと〜、それはお褒めになっているのでしょうか?それとも、貶されているのでしょうか?))

「どっちとも言えんな」

実際にどっちからと聞かれても困る。
思った事をそのまま口にしただけだからな。

「で、こんなところで何をしている?」

((・・・暇なんです))

「は?」

思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。

((村の方達に立派な社まで建ててもらって、治水の御霊として奉られているんですけど。全然雨の降らない時期なんて何もする事がなくて・・・))

「・・・・・」

((掃除もする必要ありませんし、ご飯も作りませんし、琴も弾けませんし、お話する相手もいません。お昼寝はいくらしていても咎められないからよいのですけど))

「・・・ぷっ・・・くくくっ・・・あはははははは」

俺は腹を抱えて笑い出してしまった。

((う・・・頼人様、笑うなんてひどいですよ))

「くくくく・・・すまぬ・・・・・だが、おまえらしすぎるぞ、狭霧・・・」

((あはは・・・馬鹿は死んでも治らないと言いますけど、ほんとに私って馬鹿ですよね))

「ああ、大馬鹿だ」

二人して笑った。
あの頃と変わらぬ、いや、あの頃よりも和んだ光景がここにある。

「で、正直なところはどうなのだ?」

((え?))

「なんだ、俺に会いたくて来てくれたのではないのか・・・」

((へ?え?あの・・・))

「そうかそうか、俺達の仲は琴の見せた幻であったな。いや、俺の一人善がりであった、忘れろ」

((ち、違います違います、はいそうです!頼人様にお会いしたくて・・・・・あ・・・))

言ってしまってから赤くなって俯く。
そんなこいつが、堪らなくかわいい。
少しの間、二人とも何も話さない。
話さなくとも、共にいるだけで満たされる、あの頃と何も変わらない。

「・・・おまえの琴が聞けないのが残念だな」

((今度、修行してみます))

修行してどうにかなるものなのかは疑問だが。

((・・・・・頼人様、もし、私に遠慮なさっているのでしたら・・・))

「・・・・・」

((そうだったら私、怒りますよ))

「・・・いや、そういうわけじゃないさ。けれど・・・」

俺はまだおまえを忘れられない。
焔に惹かれているのも、所詮おまえに似ているからだ。
顔も性格も似ていないのに、する事なす事、すべておまえを思い起こさせる。

「・・・まだ、駄目だ」

あいつにおまえの面影を見ているうちは、あいつを幸せにする事が出来ない。

「おまえの言うとおり、あいつはいい子だ」

だからこそ、半端な気持ちの俺に嫁いで、せっかくの幸せを逃す事はない。

((・・・でも、頼人様には、幸せになってほしいから・・・))

・・・・・・・・・・・・・・・

「・・・・・今夜は、このまま傍にいてくれないか」

((・・・・・はい))

たとえ夢でも幻でも、おまえと再び見えた夜。
あの頃に戻ったような気がした、そんな日のこと。













 

狭霧・・・

謹慎同然の形で逗留した領内の村。

そこで世話になった社にいた巫女の娘。

正確には巫女ではなく、製鉄所で働いていた者の娘。

少し変わっていたが、ごく普通の娘であった。

僅か数ヶ月の時を共に過ごした。

俺の・・・







はっきり言って変なやつだ。
何度でもそう思う。

((それでですね、頼人様、その子が・・・))

一度やってきて以来、こいつは頻繁に俺の下を訪れてくる。
とりあえず幽霊なのか、それとも土地を守護する一種の土地神の御霊の類なのか、こいつを見ていると神仏というものに対する考えを改めさせられる。
他のどこに世間話をしに来る幽霊にせよ神様にせよがいるだろうか。

((あ、もうすぐちょっと雨が来そうな時期になるので、戻りますね))

そう言って来た時と同じ様に唐突に帰っていく。

((今度は、頼人様がこっちに来てくださいね。いつでもいいですから))

「ああ・・・」

((それと・・・))

「まだ何かあるのか?」

((頼人様は、ちゃーんと幸せにならないといけませんよ))

「・・・・・」







年が明けた。
今、俺は都の外れ辺りに来ている。
焔が外出したいというので、ここまで連れてきたのだ。

「俺に見せたいもの?」
「うむ、こっちじゃ」

他に供はいない。
それは焔が望んだことであり、俺が望んだことでもある。
少し入り組んだ道を進んでいくと、大きな桜の木のある場所に出た。
たった一本の大木は、見事な花を咲かせている。

「これは見事な・・・」
「うむ。それとな、こっちに・・・」
「ん?」

木の反対側に出ると、そこには小さな墓が一つ建っていた。

「これは?」
「・・・母の墓じゃ」
「・・・・・」

焔の母。
確か、彼女の家の使用人であった者が妾となったと聞いたが。
それでこの様な場所に墓を立てたのか。

「今日は頼人殿を母様に紹介しようと思っての。それと、この場所もな」
「ここを?」

俺達は大きな桜の木を見上げる。

「よい木じゃろう。じゃが意外と知られておらん、わらわの秘密の場所じゃ」
「いいのか?そんな場所を俺に教えて」
「だから特別じゃ。秘密を教えられると嬉しいじゃろう」

・・・まただ。
また、あいつの面影が・・・。

「わらわも母様から教えられて嬉しかった。だから墓は母様のお気に入りだったここにしたのじゃ」
「そうか・・・」
「秘密じゃぞ」
「・・・ああ」

例の婚姻の話は聞いているはずだが、焔は何も言わない。
いつも通りに振舞っていた。
だが、それがそうでもないと気付いたのは、それから大分経ってからだった。







さらに数ヶ月が過ぎ、その間ごたごたしていたため婚姻の件はうやむやになったいた。
俺も仕事やら、狭霧の相手やらで半分忘れていた頃だ。
それが夏になろうという頃にまた話に上った。
今度は一気に話を進める気らしく、焔の父親自ら出向いてきた。
俺はその場には居合わせていなかったのだが・・・。

ドタドタドタッ

「・・・・・?」

いつもながらの足音が、今日は殊更に乱れている。
まだ話の途中かと思われたが、焔が俺の部屋の前を大股で通り過ぎていった。

「・・・・・」

なんとなく、追いかけて来いという意思表示に思えたので、俺は彼女の後を追った。
少し行った庭先の木の下に、焔はいた。

「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・姫になど、生まれとうなかった」
「焔?」
「わらわはもっと自由に生きたいのじゃ。姫などという殻から抜け出して。だというのに父様も皆も、わらわに姫として姫としてと・・・たくさんじゃ!わらわは焔という一人の人じゃ、姫などではない!」
「・・・・・」
「・・・すまぬ、怒鳴って。わらわは、頼人殿が相手なら嫁いでもよいのじゃ。だが、姫として政治の道具として他家に行く、そういうのが嫌なのじゃ・・・」
「・・・・・」

俺は、いつもと違うものを見た気がした。
今、はじめて俺は焔を焔として見ている感じがする。
あいつの面影を見ずに・・・。

「・・・焔、俺は少し遠出をするのだが」
「?」
「一緒に来るか?」
「どういう事じゃ?」
「前に、おまえの秘密を教えてもらったな」
「あの桜の事か?」
「ああ。今度は、俺の秘密を話したいんだが、来るか?」
「・・・・・」

少し考えてから、焔は首を縦に振った。







夏の日差しが暑いくらいの日。
今年は雨季にも関わらず、さほどの雨は降りそうにない様子だった。
そんな中を、俺は焔を伴ってあの地へ向かっている。
一年ぶりに、そこを訪れる。
あいつと会う事自体はしばらく振り程度なのに、ここに来るとまた違った感慨があった。
たぶんそれは、これがあいつと会う最後になるだろうという予感からでもあるだろう。

「ここだ」
「ここは・・・社?」

着いて真っ先に、川の辺、堤の端にある社の前にやってくる。
本人の言っていた通りの場所に、確かにその社は建っていた。

「この社がどうしたのじゃ?」
「ここにはな、この川の氾濫を治めるために贄となった娘の御霊が奉られているんだ」
「・・・・・」

それを聞いて焔の表情が神妙な、そして少し不快そうなものになる。

「・・・気分のいいものではない、生贄など・・・」
「そうだな。そしてここは、俺がこれまでの生涯で唯一愛した娘の眠る場所でもある」
「!」

賢い娘だ。
それだけで何を意味するのかを理解している。

「・・・しばらく、黙って聞いていてほしい」
「・・・・・」

焔は黙って頷く。
そして俺は、一年前の事を話し始める。
この村に来た理由。
狭霧との出会い。
ここで過ごした日々。
彼女の過去と、そして、最後にいたるまでの事。

「誰だって望まない事だ、生贄になるのも、身近な人間がそれになるのもな」
「・・・・・」
「だがな、陥れられたと知りながらも、狭霧は自らこの役を受けた。皆に望まれて、自ら望んで、自分にしか出来ない大役を果たすのだと言って、立派にそれを成し遂げた」
「・・・そんなもの・・・そんなの理不尽ではないかっ!」
「ああ、俺もそう思った。今でも納得はしていない。けれど自らの役目に臨んでいったあいつの姿は、見事なものだった」
「・・・・・」
「・・・押し付けられた役、どこか、おまえと似ていないか?」
「?」
「自ら望んでと言ったが、あいつも最初から生贄になる事など望んでいなかったはずだ。だが、皆に望まれて、それを受け入れて真っ直ぐに自らの道を進んでいった」
「・・・・・わらわに、それを見習えとでも言うのか?」
「そんな事は言わない。あいつの道はあいつの道、おまえの道はおまえの道だ。あいつの生き方をおまえに押し付ける気は全然ない。以前おまえは、役立たずでいたくないと言ったが、姫として両家の橋渡しになるというのも、立派な役 目かもしれない、と思っただけだ」
「そ、そんなもの・・・」
「勘違いするな。そうしろなんて言わないし、正直自由にしたいやつを縛るのは俺も好きじゃない。でも、押し付けられた役でも立派にやり遂げたやつがいるって事を、知ってほしかった。・・・というのは建前で、本音を言うと、あいつの事を一人でも多くに認めてもらいたい、って事かもしれない」
「・・・・・本当に好きだったのじゃな、その娘の事・・・」
「何故あの時掻っ攫ってでも都に連れ帰らなかったのか、と思うくらいにな」

そうだ。
俺はあの時あいつに、こう言いたかったのだ。
都に来て、俺の妻になれと。

「焔はあいつによく似ている」
「そうなのか?」
「だから、最初はそれで惹かれていたんだと思う」
「・・・・・」
「でも今は違う。・・・・・焔、俺の妻になってくれぬか?」
「・・・わらわに、姫としての大役が務まるじゃろうか」
「そんなものは務まらなくてもいい。俺の傍にいろ。それは、おまえにしか出来ない事だ」
「じゃが・・・!この娘は・・・」
「俺に幸せになってほしいというのは、あいつの願いでもあった」

焔が社へと向き直る。
しばらくそうして社を見ていた。
それがまるで、焔と狭霧が向き合っているみたいで、俺は少し気まずい雰囲気に包まれる。
やがて逡巡していた焔の顔に決意のようなものが浮かぶ。

「・・・狭霧殿、頼人殿、確かにわらわが受け取ったぞ」

そうして社に対して両手を合わせる。
それから俺の方へまた向き直る。

「もう、約束してしまったぞ。今更後には退けぬからな。絶対にわらわを妻にしてもらうぞ、頼人殿!」
「・・・ああ」
「では、行くぞ」
「そうだな、行くか。一輔殿にも挨拶せねば」

俺達は社の前を離れ、堤を下って神社の方へ歩き出す。
その途中で、俺は一度だけ堤の社を振り返った。
そこには、いつまでも変わらないあいつの笑顔があった。







狭霧・・・

最後におまえに伝えたい言葉が三つだけある。

聞いてくれるか?



はい



すまない・・・

さようなら・・・

そして、ありがとう・・・おまえに会えてよかった



頼人様・・・どうか、お幸せに・・・







俺は道の先で呼んでいる焔の方を向くと、もう二度と振り返ることはなかった。

もう、たとえここに来ても、あいつと相見える事はないだろう。

今、俺と狭霧の道は、完全に分かれた。

ほんの僅かな間だけ交わった俺達の道。

二度と、今生で交わる事はないであろう。

あいつはこれからずっと、いつかこの村がなくなる時まで、ここを守り続ける。

俺は焔と共に歩んでいく。

けれども、悠久の時の流れの中で、俺達の道が交わった瞬間があった事は、決して忘れない。

そしてその事を、憶えていてほしい。

いつも俺達を照らしていた、あの琴の一本だけ違う色の、月明かりで光っていた弦。





銀色の光よ・・・

どうか伝えてほしい

頼人と狭霧

二人の道が、確かに交わった瞬間があった事を

永久に・・・











<了>

或いは・・・

別の物語へと、継がれていく・・・














あとがき
 短編集第三弾は「銀色」・・・ここまでの三つはいわば平安京的旧時代のもので、ものごっつい古い。当時と今と、少しは変わってきているであろうか? 元々三話構成だったものを一つにまとめたので、短編としてはちと長い。ねこねこソフトも次の作品をラストになくなるのだよのぅ・・・まぁ、結局ねこねことの付き合いは「銀色」「みずいろ」のみだったのだけど、その後も公式サイトの四コマでは楽しませてもらったもので、雰囲気が好きなメーカーであった。
 ところでこの作品のヒロインであるところの焔姫は完全な私のオリジナルキャラなわけであるが・・・改めて見直すと、デモンシリーズのオリジナルヒロイン、エリスの原型だと言っても信じてもらえるかもしれない。実際には、一切まったくこれっぽっちもそのつもりはなく(エリスを書いた頃にはもうこの作品のことは忘れかけていたと思う)、たぶん焔姫自体のモチーフは「AIR」の神奈だったのではないかと思うのだが。でも何となくそう考えると、私の脳内におけるヒロインの進化系が見えてくるような気がする。あまり意識したことはなかったのだけど、どうやらツンデレ属性 っぽいものも昔から私の中にあるのだなぁ、と・・・。