何処かの聖杯戦争



   8





















   ――凪沙――



「ハッ・・・・・・ハハハ、ハッハッハッハッハ! 見たかっ、西条兄妹! これがオレ様のアサシンの力だ!!」


 ランサーの宝具を見て一番唖然としていた東郷一樹が、自身のサーヴァントが健在なのを見て笑い声を上げる。
 けれど誰も彼の言葉を聞いてなどいなかった。
 私とセイバーは驚異的な強さを見せるアサシンに対して戦慄を隠せず、最大限に緊張していたし、必殺の一撃を防がれた兄とランサーも警戒を強めている。
 でも、必殺を期した宝具をかわされたわりに、兄もランサーも少しも動揺していない。
 さすがに心構えの持ち様が違うな。

 それぞれの立ち位置が少しずつ変わって、セイバー・ランサー・アサシンがちょうど正三角形の頂点になるように等間隔で対峙する。
 誰にとっても敵は二人ずつ、味方はいない。
 片方に集中すれば、もう一方に横合いから狙われる。先ほどランサーがそうしたように。
 攻めるにも退くにも、容易には動けない三竦み状態だった。
 どちらも危険な相手で、二人同時に相手をするのは困難極める。
 困った。
 どうしよう・・・・・・。

 と、私が動き方を決めかねていると、アサシンがまるでセイバーの姿など見えていないかのようにランサーの方へ向き直る。
 最初にセイバーに挑んできた時と同じように、一方の相手を完全に無視した大胆さ。
 この三竦みの状況では無謀とも言える構えだけど、さっきランサーの攻撃をかわした動きを見れば、それはアサシンの自信なのだとわかる。
 たとえ不意打ちを受けても、それを捌き切れる、と。
 挑発とも取れるその行為に、セイバーの腹が煮え繰り返っているのがわかる。
 だけどセイバーもわかっているんだ。
 迂闊に手を出せば、返り討ちに合う可能性があることを。
 セイバーと互角に渡り合っていた時も確かに大した強さだったが、それでもランサーの宝具をかわした動きは異常だった。
 私達はまだ、アサシンを底が見えてない。
 アサシンがランサーを標的に定めたなら、ここはあえて静観して、その強さを秘密を見極めるべきだった。

「わかってるよね、セイバー」
「・・・・・・・・・」

 返事はない。
 納得がいかないという態度だけど、一応私の意見は尊重してくれてる風に見える。
 自信家のセイバーにこの選択は屈辱だろうけど、今は耐えるしかないと思う。


「クックック、ランサーよ、驚いているか? 自分の宝具がいとも簡単にかわされたのが不思議か?」
「・・・・・・・・・」
「そっちのマスターと一緒で動かない表情、まるで鉄仮面だな。オレの仮面の方が表情豊かだと思わんか、ん?」

 笑いを含んだ声で話しかけるアサシンに対してランサーはただ無言で槍の穂先を向けている。
 敵と言葉を交わす気などないということか。
 そうした辺り、兄と似ている。

「まぁ答えずとも良い。すぐにその表情を突き崩してくれよう。先ほどの返礼として、オレの宝具の力でな」

 空気が淀んだように感じた。
 アサシンの周りの空気が歪んで見える。
 セイバーやランサーのような苛烈さはないが、見ていて不安を覚える不気味さがあった。
 あれがアサシンの宝具なのだろうか。

「貴様の宝具をかわしたのもこの宝具の力よ。一撃必殺の破壊力は持たぬが、これを使った以上はオレの勝利は揺るがん」
「御託は結構です。後がつかえているので、早くなさい」
「クックック、良いぞ。貴様らのようなお高く留まった英雄をその座から引き摺り下ろす。オレのような英霊の成り損ないたる亡霊にはこの上ない快感だ」

 ランサーの挑発を受けて、魔力の収束速度がさらに高まる。
 最大限に膨張したそれが弾ける時、アサシンの宝具が発動する。



妄想遊戯ジハード



 左手で仮面を覆い、言霊を発する。
 そして――。


「どこを見ているランサー? オレはこっちだぞ」


 次の瞬間、アサシンの姿はランサーの真横にあった。
 驚く、という単純な反応をする暇さえなかった。
 私がそれを認識した時はもう、アサシンの曲刀がランサーの横腹を抉っていた。
 それでも反撃を試みたランサーはさすがと言うほかない。
 だけど槍を向けた先に敵の姿はなく、突き出した腕からは鮮血が飛び散る。

「くっ」

 痛みに顔をしかめるランサーは、さらに背中にも斬撃を受ける。
 続いて肩、腕、足。
 反撃はおろか、防御も回避もできないままランサーの身が切り刻まれていく。
 それを成しているはずのアサシンの姿は、肉眼で捉えることができない。
 私や兄だけでなく、サーヴァントの眼にすら映っているかどうか。
 あまりに速過ぎる。
 人間にとってサーヴァントとは、次元の違う強さを持った存在だけど、アサシンのこの動きはサーヴァントの領域にあってさえ桁が違っていた。
 圧倒しているなんてものじゃない。
 ランサーはアサシンに、手も足も出なかった。
 これはもう戦いですらなく、一方的な蹂躙、嬲り殺しだった。
 アレはいったい、何なのか――

 ようやくアサシンが動きを止めた時、ランサーは満身創痍だった。
 槍を杖にして辛うじて立っているように見える。
 それでも戦意はまた衰えていないのか、静かな炎を宿した瞳は、真っ直ぐに敵を見据えている。

「粘るな、ランサー。だがそろそろ限界か?」

 余裕の体でアサシンがその様を嘲笑う。
 どう見ても、もう勝負がついていた。
 ランサーの眼は観念することを否定しているが、力の差は歴然としていた。
 というより、あんなものにどうやったら太刀打ちできるのか想像もつかなかった。

 直接自分が脅威に晒されているわけでもないのに、私の体は震えてしまっていた。
 得体の知れない敵に対する恐怖というのももちろんある。
 だけどそれ以上に私の身を支配しているのは、信じられないという気持ちだった。
 だって、ランサーは兄のサーヴァントなのに。
 最強のマスターであるはずの兄が呼び出したサーヴァント、それが最強でなくて何だと言うのか。
 ああ、私はおかしなことを言っている。
 7人のマスター全員を知っているわけでもないくせに、私は無条件で兄を最強と定めているのだ。
 実際に会ったキャスターのマスター、雅のことだって、彼女がどの程度の魔術師かなんて私は知らない。
 東郷一樹だって、最後に会ったのは一年以上前なのだから、それから想像以上の成長を遂げて私達を凌駕する実力を得ているかもしれない。
 でもそんなものは関係ない。
 どんな魔術師がマスターになっていようと、他の誰よりも私こそが、兄を最強と信じて疑わなかったのだ。
 何て愚かしい。
 そんな私が聖杯戦争を戦ったって、最初から兄に勝てるはずがないじゃないか。
 それよりも、今はその兄の命の方が危険に晒されていて――


「あ―――」


 不安に揺れる私の瞳が、その姿を映す。
 本当に、いつもいつも、私の考えてることは空回りばかりだ。
 また私は間違っている。
 私なんかじゃない。
 一番、西条鉄也を最強と信じているのは、やっぱり兄自身に他ならない。
 今だって、自分のサーヴァントが倒されそうになっているのに、その心は微塵も揺らいではいなかった。
 血に染まったランサーの後ろで静かに佇む兄は、自らが勝利する未来を疑っていない。
 主の絶対の自信を背中に受け、活力とするかのようにランサーが身動ぎする。
 蒼穹の如く深く、澄んだ色と湛えた瞳が敵を見据える。
 銀光を放つ槍の穂先が真っ直ぐに前へ向けて構えられる。
 傷を負った凄惨な姿は、より彼女の身を美しく際立たせていた。
 黒衣の暗殺者が見せる異常な強さを尚圧倒する、確固たる英霊としての格を見せ付けて、蒼銀の戦乙女が放つ戦意が場を支配していた。

 完全に、その姿に心奪われた。
 輝ける神聖さは、人の手には余るものだった。
 誰もがその威風に呑まれる。
 この場において、彼女と並び立つことが許される存在は、おそらくセイバーだけだ。
 人間である私達はもちろん、どれほどの強さがあっても、所詮は亡霊に過ぎないアサシンとて彼女に触れることは許されない。
 けれど、それを自身も理解しているだろうに、尚もアサシンは全身で愉悦を表現する。


「クックック! そうでなくてはな、英霊よ! それでこそオレが殺すに相応しい存在だ!」


 ランサーの戦意と、アサシンの殺意とがぶつかり合う。
 格の違いから生じる威圧感を示すランサーと、圧倒的な戦闘能力を見せるアサシン。
 もうこの勝負、どっちが勝つか予測がつかない。


 その時だった――。


 ほぼ全員が同時、第四の乱入者の存在を感じ取っていた。
 空中に浮かび上がった魔法陣から、魔術による砲撃が降り注ぐ。
 砲撃は、地上にいた全員を狙っており、各人がその対処に追われて目の前の敵と対峙するのを放棄せざるを得なくなった。
 私も、一瞬後にはセイバーに抱えられて大きくその場から後退していた。

「セイバー、これって――」
「まったく、今日は無粋な横槍ばかり入る日だ。不本意だが、この場は退いた方がよかろう」
「うん、そうだね」

 答えながら私は、たぶんセイバーも感じているだろうこの砲撃の不自然さについて考えていた。
 これを仕掛けてきた相手に心当たりはある。
 それはさておき、意図が不明瞭だった。
 さっきのランサーの攻撃みたいに、この場に集った私達を一網打尽にすることを狙ったのなら、あまりに攻撃が大雑把過ぎた。
 むしろこれは、私達を逃がすためのものみたいな。
 違う。
 私達だけじゃなく、この場での戦闘を中断させ、ここにいた全員を後退させること。
 この攻撃の意図は、そんなところにあるように思えた。

「何で・・・・・・?」

 攻撃を仕掛けてきた相手の姿は見えない。
 口をついて出た私の疑問にも、答える声はなかった。














   ――雅――



 キャスターの砲撃が止む頃には、その場にいた全員が姿を消していた。
 公園を離れた時点で、サーヴァントは全て実体化を解いたようで、気配が感じられなくなる。
 凪沙と、アサシンのマスターである東郷一樹の気配が遠ざかっていくのは、まだキャスターには感知できているはずだった。
 ランサーのマスターである西条鉄也は、自身の気配まで消して去ったので既に所在が掴めなくなっていた。
 けれどランサーが負ったダメージは決して小さなものではなかったから、今後しばらくは動いてこないだろう。
 今夜の戦いは、これで終了だった。

「昨日に続いて、今日もいい収獲だったわね。けど、これで良かったの?」
「何が?」
「あのまま放っておけば、面倒なセイバーとランサーをアサシンが始末してくれてたんじゃないの?」
「そうかもしれない」

 確かに、さっきの状況のまま続いていれば、勝者となるのはアサシンだったろう。
 セイバーもランサーも、アサシンの異常な強さに対処する手段を掴めてはいなかった。
 強力な対魔力を持つ騎士のサーヴァント、セイバーとランサーはわたしとキャスターにとっては天敵と言えるから、それが一掃されるならむしろわたし達にとっては幸運だったのだろうけど。

「でも、アサシンに利用価値はない」
「ふ〜ん、言い切るわね」
「セイバーの宝具はどんな相手にも確実な決定打になる。ランサーはたぶん、まだ奥の手を隠し持ってる。けど、アサシンの底はもう見えてる。まだ遭遇してないサーヴァントが2体いる状況で、セイバーとランサーを失うのは惜しい」
「アサシンの宝具の正体、わかったの?」
「ええ、予測はつく。攻略法もだいたい」
「さすがね。そこまで考えてるならいいわ。私はまた、あの子に情が移ったのかと思ってたけど」
「・・・・・・」

 戦闘を邪魔したのは、もちろん計算があってのことだった。
 アサシンの能力はわかった。確かに一見強力に見えるけど、大きな落とし穴がある。キャスターなら攻略は容易だし、実態を掴めばセイバーもランサーも遅れを取ることはないだろう。
 その上マスターも二流となれば、アサシンを利用したところで大きな戦果は得られない。
 それよりはセイバーとランサーを生かしておいた方が、確実に勝利へ繋がる布石とすることができるだろう。
 もちろん、リスクもあるのだけど。
 けれどそうした計算とは別に、私はここで彼女を死なせたくなかったのかもしれない。
 そういう気持ちが少しはあったことは否定できなかった。
 さっき一緒に遊んだのは楽しかったし、何より彼女の生き方に対して思うところもある。

「そう。うん・・・・・・」
「ん?」
「・・・・・・いえ、やっぱりまだいい。まずは残りのサーヴァントの正体を探るのを優先しよう」
「そうね。セイバー、ランサー、アサシンと判明して、アーチャーも予測がついてる。後はまだ遭遇してないライダーとバーサーカーね」
「これまでに見てきたサーヴァントで、例の吸血鬼事件に関わってそうなのはいなかった。明日以降もまず、それを追う」
「了解」

 また一日が終わる。
 脱落したマスターはまだいないけれど、情報は確実に集まってきている。
 前哨戦に費やすのも、多くても後二、三日。
 本格的な戦いが始まるのも、そう遠いことではなかった。



















あとがき
 この話は毎回、数話分をセットで更新していくようにしている。だいたい作中での一日単位で。今回の4話分はセイバーvsキャスターがあった翌日、二人の主人公が戦闘以外で遭遇して関連を持ったり、新たなマスターとサーヴァントが2組出てきたり。今のところ主人公コンビの内では凪沙の方が主に出番が多いわけだけれど、巻き込まれ型の主人公ということでひょこひょこ戦闘する羽目になっている。 序盤戦の視点とするには、とても動かしやすいと言えた。彼女は私の書くバトルものには結構珍しい、戦う意義について思い悩むタイプで、ちょっと新鮮な気持ちで書いてたりする。逆に雅や、今回登場した凪沙の兄、鉄也はいつもどおりの、戦うために戦う人達で、私の話の典型的な登場人物となっている。
 登場したマスターとサーヴァントはこれで5組。さて、残る2組はどんな形で登場してくるのやら。

 

登場キャラ達のちょっとした解説

西条 鉄也
 自分が勝つに決まってると思っている超俺様気質な男。魔術師としては超一流。妹とは正反対のタイプなようで、実はこの兄妹意外と似てるところもあったりする。変にプライドの高いところとか。ナチュラルに他人を見下しているが本人は自覚無し。

ランサー
 作中では明言されていないけれど、もうはっきりしてると思われるので・・・・・・北欧の戦乙女、ワルキューレである。個人というよりも、何人もいるワルキューレ達の中から選ばれた一人、ということでちょっとアサシンに似た召喚をされた特殊なサーヴァント。

東郷 一樹
 西条兄妹打倒に燃える魔術師。鉄也と同じオレ様気質だが、こっちは実力の伴わない小物。勝手に敵視して、勝手に挑んで、勝手に負けて、勝手に見下されたと憤っている迷惑な奴だが、そもそも西条兄妹の側からはまるで意識されていない。それがまた彼の神経を逆撫でして、という悪循環でどんどんひねくれていった。

アサシン
 ハサン・サッバーハ、暗殺者という群体の一人である。が、あえて大勢の敵がいる中へ単身飛び込んでいって殺しを行う変わり者。実は某マンガにモデルになった人物がいる。この話において最強の戦闘能力を持つのだが・・・・・・。