何処かの聖杯戦争
5
――凪沙――
校門の影に隠れながら校舎内を窺う。
まず屋上の給水塔の上―――誰もいない。
次に魔術的感覚を研ぎ澄まして、内部の様子を探る。
何かの仕掛けが施されている様子は、わかる範囲ではない。かなりじっくり探ったから、たぶんないはずだと、思う。
というか、昨夜の痕跡すらまるで残っていなかった。
私が帰る時には戦闘の影響でかなり破壊されていたグラウンドも綺麗に整地されている。
夜中の内に処理されたのだとしたら、監督役の手腕も大したものだった。
とりあえず、学校にはもう敵の気配は感じられなかった。
朝っぱらから、私は不景気なため息をついた。
「魔術師の家に生まれたからって、何でこんなことしてるのかなぁ、私」
これじゃ私の方が不審者だ。
校門からこそこそと中の様子を窺って・・・・・・制服着てなかったら警備の人が飛んでくるところだろう。
登校してくる他の生徒達の視線も痛い。
(結局また学校へ行くとは、君も物好きなことだ)
「だって、まだ兄さん相手に学校が安全なことに変わりはないし・・・・・・」
けど、キャスターのマスターにはもう私のことは知られちゃってるだろうから、またここで仕掛けてくる可能性は充分にあるんだよね。
昨夜の戦闘で手傷を負わせたなら、しばらくは来ないと思うけど。
でも、学校でも気を抜けないっていうのは辛いなぁ。
私が魔術師としての自分を忘れられる唯一の空間なのに。
(あくまで戦闘を避けて様子見に徹するならば、家に立て籠もるのが一番確実であろうに)
「それは嫌。なんか引きこもりみたいだもの」
(やれやれ、君もつまらんプライドに拘るな)
「あなたにだけは言われたくない」
(む。待て、凪沙よ。私の輝かしい名誉心を君のちっぽけな自尊心と一緒にしてもらっては困る)
「ああ、はいはい。わかったからもう黙って、教室着くから」
ちっぽけで悪かったわね、まったく。
自分でもそう思ってるけど。
教室に入るとそこにはいつもの風景。
それを見て、私は心の内でホッとする。
大丈夫。ここにはまだ、私の日常がある。
あとどれくらい、それを保てるのかはわからないけど。
「おはよう」
「おはよー、凪沙」
「なぎさっち、おはー。ねね、今日の放課後ヒマ?」
「ん、どうかな。これといった予定があるわけじゃないけど・・・・・・」
「ヒマだったらさ、カラオケ行かない、カラオケ!」
「む」
カラオケ・・・・・・ちょっと惹かれるかも。
しばらく行ってないし。
「あんた最近、ちょっと景気悪い顔してるし、気晴らしにどう?」
「え、そんな風に見えた?」
確かに聖杯戦争が始まってから気分はずっと憂鬱だけど、学校では変わった風に見えないよう振舞ってたつもりだった。
でも、友人達に見抜かれているようではまるで隠せてなんかいなかったのかも。
「まー、何となくだけどね。で、どう?」
「行こうよ行こうよ、なぎさっち!」
「う~ん・・・・・・・・・よしっ、行くか!」
「やたー♪」
「おーい、一人追加ー。凪沙も行くってさー」
『おおー!』
って、随分な大所帯で。
返事をした人数をざっと数えると10人くらい。
最初に挨拶した二人は顔が広い子達だからな。きっとクラスで交友関係にある顔ぶれを一通り誘ったんだろう。私はあくまで、そんな中の一人でしかない。
そう、ここに日常があると言っても、私とクラスメート達との距離はこれくらい。
会えば挨拶するし、遊びに誘い誘われたりもする。
けど、特別親しい誰か、というのもいない。
「じゃ、放課後ねー」
「おっけー」
自分の席に向かう。
カラオケか。
よし、思い切り歌ってスカッとしてこよう!
(凪沙よ。遊戯に現を抜かしている余裕などあるのか?)
「大丈夫だってば。みんなで行動してればそうそう襲われたりなんてしないよ。しかも行き先は街の中心部なんだから」
行き付けのカラオケ屋は東町の繁華街にある。
この秋津市で最もたくさんの人が集まる場所だ。
学校と同じで、真っ当な魔術師なら絶対に仕掛けてこない。
(その学校の安全説は昨夜崩れたばかりではないか)
「それは違うわ。学校っていうのは特殊な空間で、昼間賑わうのに対して夜はまったく人気がなくなる。夜の学校は危険だよ。
けど、夕方の繁華街なら、人はたくさんいる。帰りが遅くなりすぎない限り大丈夫だってば」
(君は慎重論を唱えるくせに楽観的だな。まぁ、好きにすると良い)
ええ、好きにさせてもらいます。
楽しみだな~、カラオケ。
私はとても浮かれていた。
「いぇーーーーーい♪」
と、いうわけで放課後。
総勢12人の集団となった私達は東町の中心地へ移動し、目的地のカラオケ屋へ一直線に突撃した。
人数が多いと自然とテンションが上がるもので、私も一曲目から飛ばしまくった。
歌ってる瞬間だけは、自分が魔術師であることも、今が聖杯戦争で殺し合いの真っ只中にいることも綺麗さっぱり忘れて頭の中クリーンにできる。
人、それを逃避と呼ぶ。
けど構うものか。
そうさ、私は被害者だ。
私は本当は戦いたくなんかないのに、西条家の娘として生まれ、魔術の才に長けてしまっていたために望みもしない殺し合いに身を投じる羽目になった哀れな子羊なのだ。
せめて学生でいる間は全てを忘れてはしゃいだって罰は当たらないだろう。
そんなわけで、私は異様なハイテンションで歌い続け、周りも大いに盛り上がった。
「ふぃー」
「なぎさっち飛ばしてるねぇー」
「よっぽど溜まってたのね。何か家であったの?」
「ま・ね~。いつものことだけど」
当然、学校の友人達は私の家がどんな家かなど知らない。
ただ、厳しい家訓がある、くらいの伝え方はしてあるので、私の気分が沈んでいると大抵家で何かあったから、ということになるのだ。
「大変だ、お嬢様は。ま、気晴らしにはこれが一番よね」
「うんうん!」
「ほんと、いいタイミングで誘ってくれたわ。感謝感謝」
もう少し遅かったら、今度こそ呑気に遊んでいる暇もなくなっていただろう。
私がどんなに望まなくても、戦いは必ず激化していく。
そしてその果てに、もしかしたら私は・・・・・・。
おっと、いかんいかん。
今そんなこと考えちゃダメだ。
ここはもう喉が枯れるまで歌い尽しちゃる。
でもその前に――
「ちょっとトイレ行ってくるね」
お手洗いを済ませた私は、鏡の前に立って自分の顔を覗き込む。
なるほど、こうして朝見た時と今とを比べてみると一目瞭然。朝の私は何とも景気の悪い顔をしていた。
やっぱり来て良かった。
問題の解決にはまったくなっていないけど、沈んだ気分のままでいるより、少しでも晴れやかでいた方が戦いやすいというものだ。
「さーて、続けて行きますか!」
気合を入れて、喉の限界に挑むべくトイレを出た私は―――そこで固まった。
廊下の突き当たり、一番奥の部屋の扉の前。
そこに、昨日の昼間、学校で出会ったゴスロリ少女が、こっちをじっと見ながら立っていた。
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・はむ」
「――♪ ――――ッ! ~♪」
友人達に「ちょっと知り合いに会ったから話をしてくる」と断って、私は奥の部屋へやってきていた。
どういう態度を取ればいいのかわからず呆然と隅っこに座る私。
私の背後の壁に実体化して寄りかかって警戒心を剥き出しにしているセイバー。
部屋の真ん中に陣取って曲目リストを見ながらお菓子を頬張っているゴスロリ少女。
そしてノリノリで熱唱しているのは、キャスターだった。
何?
この状況何?
こっちばっかり緊張してて相手はものすごいリラックスしてるんですけど。
というかこんな近くに―――しかもキャスターは実体化して―――いたのにどうして今まで私もセイバーもまったく気付かなかったのか。
たぶん、部屋の壁に結界を張って気配を遮断していたんだと思うけど、だとしたら彼女達は私達が来るよりも前からここにいたってことで、一体ここで彼女達は何をしていたのか。
まさかずっとカラオケで遊んでいたわけじゃ―――ないと思うけど・・・・・・。
「あ、あのぅ・・・・・・」
「鳳雅」
「はい?」
「わたしの名前」
「あ・・・ああ。えっと、私は・・・・・・」
「西条凪沙」
「う・・・・・・」
やっぱり、彼女の方は私の名前を知っていた。
そりゃあ学校で網を張って待ち伏せていたんだから、私の情報くらいとっくに入手しているだろう。
たかがそのくらいのことで言葉に詰ってる場合じゃないぞ、私。
「えっと、その、雅・・・ちゃんは、ここで何してるの?」
「カラオケ」
「え? いや、それは」
まさか、本当に――?
「冗談」
どっちなのよ!?
「学校の時と同じ。網を張って他のマスターが近くを通りかかるのを待ってる。キャスターが気に入ったから、カラオケしてるのも事実だけど」
「待ってるって・・・・・・いつからいるの? ここに」
「朝からずっと」
「何時間いるの!?」
「お金はちゃんと払ってる。店員にはどれだけ長くいても怪しまないよう、暗示をかけてあるけど」
「そ、そう・・・・・・」
ま、マイペースな子だなぁ。
昨日戦ったばかりの相手がいながら、まったく意に介せず歌い続けてるキャスターもだ。
どうにも話していて調子が狂う。
「そんなに構えなくても、今日はあなたとは戦わない」
「それは、そうなんだろうけど・・・・・・」
相手が臨戦態勢なら、セイバーは私の後ろじゃなくて前に立つ。
警戒は緩めてないけど後ろにいるってことは、セイバーも彼女達に敵意がないことがわかっているのだろう。
学校の時とは違って、今日ここで私達が遭遇したのはまったくの偶然。
こうして同じ部屋にいるのは、この場では戦わないという暗黙の休戦協定みたいなもの。
だからと言って、敵の前でここまで無防備な姿を晒すものだろうか。
何というか雅というこの女の子、兄とは違う形で我が道を行く子だなぁ。
この子の姿を見ていると、緊張しっぱなしの自分が馬鹿らしく思えてくる。
そうだ。
殺し殺される関係の他のマスターとゆっくり話をする機会なんて滅多にないことだし、少し話してみようかな。
「ねぇ、雅ちゃんはどうして聖杯戦争に? 聖杯に、何を望んでるの?」
「お金」
「は?」
「おもしろいでしょう、この子」
いつの間にか歌い終わったキャスターが雅の頭を撫でながら、その隣に腰を下ろす。
「聖杯が本当に話に聞くとおりのモノなら、魔術師の悲願たる根源へ至ることも可能でしょうに。この子はそういうのは自分の力でやりたいんですって。けど、そのための研究には莫大なお金がかかるから、聖杯にはそれを望むのだそうよ」
「そ、そうなんだ・・・・・・」
「個人主義なところは魔術師的だけど、そういう即物的なところはとっても人間的な子よ、雅は。自分の欲望に正直だわ」
「欲望のない人間なんていない。そして欲望は、自分のためにこそあるもの」
キャスターはくすくすと笑いながら、たぶんお酒の入ったグラスを手にしつつ、雅から曲目リストを取り上げる。
手持ち無沙汰になった雅は、グラスに残ったジュースを飲み干してから立ち上がり、マイクのところへ向かう。
「あなたは?」
「私?」
マイクを手に問いかけてくる雅。
音が室内で反響して、同じ問いかけを何度もかけられているように錯覚する。
それはたぶん、ずっと自問していることでもあったからだろう。
私は一体、聖杯に何を望むのか――。
「私は別に、望みなんてない」
「本当に?」
「う・・・・・・だって、私は元々、こんな殺し合いになんか参加したくなかったし、結果として参加したのは父さんが無理矢理。だから叶えたい望みなんてものもないし、強いて言うならこのまま戦いから降りられたらってことだけど、そんなことはできなくて――」
雅の問いかけはとても心の深いところに響いてきて、私は聞かれてもいないことまでベラベラと喋ってしまう。
しかもまた言い訳を繰り返してる。
ほんと、いつまでも煮え切らない自分に腹が立つ。
「なら、平穏があなたの望みね」
「え?」
「そうでしょう。戦うことのない日常を過ごしていたい―――それも立派な欲望の形だわ」
「むぅ・・・・・・」
確かに、そうかもしれないけど――
何でこう、セイバーもこの雅って子も、人が悩んでること、私自身が全然わかってないことにこうも簡単に、しかも的確な答えを突きつけてくるんだろう。
でも、なるほど、私の望みが平穏というのは頷ける。
けどそれはやっぱり、聖杯に望めることじゃない。
だって聖杯を手に入れるということは、戦って勝ち残ることであって、その時とっくに私の平穏は失われているのであって、それから平穏を願ったところで意味はない。
なら、聖杯を手に入れた後で全てをなかったことにして、聖杯という存在を失くした上で戦いが始まる前からやり直すか。
そんなことはできない。しちゃいけない。
それは命懸けで戦った他のマスターの行為を汚すものだ。
どんな結末であろうと、それが皆の行動の結果であるならば、受け入れなくちゃいけない。
でもだからやっぱり、私の望みは叶わない。
というかもう、叶うことはないのだ。
「はぁ・・・・・・また憂鬱になってきた」
せっかく気晴らしをするはずだったのに、これじゃ朝よりさらに沈んでるかもしれない。
と、落ち込む私の前にマイクが差し出された。
顔を上げると、雅が自分のマイクと、もう一つ別のマイクを持って私のすぐ横に立っていた。
「歌う?」
「ん?」
「歌えば、少しはすっきりするかも」
気を使ってる、のだろうか。
いや、この少女に限ってそれはたぶんない。
本心からこう言っているのだ。
私は差し出されたマイクをじっと見詰めた後―――考えることを一切やめた。
「よしっ、歌おう!」
それはからはもう、歌った。
とにかく歌った。
歌って歌って歌いまくった。
雅とデュエットもしたし、後半になったらキャスターとも一緒に歌ったり、最後は三人一緒に大熱唱。
セイバーも歌いこそしなかったが、いつの間にかすっかりリラックスした様子で椅子に腰掛けてお酒を飲んでいた。
その状況で私は、今置かれている全ての状況を忘れた。
仮にこれが雅とキャスターの計略で、このまま殺されたとしたって本望、ってくらい盛り上がりつくした。
いや、もちろん殺されたくはないけど。
とにかく私達は、今が聖杯戦争だってこととか、私達が互いに敵同士であるマスターとサーヴァントだとか、そんな無粋なことを全て忘れて歌い続けた。
「はぁ~、歌はいいね~。文化の極みだよ」
もうなんか、私相当テンパってた。
飲んだことないけどお酒に酔ったらこんな感じなのかな、ってくらいの変なテンション。
その勢いのまま雅を連れて友人達の部屋まで乗り込んだ―――さすがにこの時セイバーとキャスターは元の部屋に残ってた。
適当に親戚だ、とか言って紹介した雅に群がる女子ども。
「いや~んっ、この子かわいー♪」
「ちっちゃいーい!」
「ぷにぷにしてる~!」
「ハムスターみたいー♪」
「萌えー!!」
私の異様なテンションが目立たないほどはしゃぎまくる友人達。
かわいいもの好きの面々のつぼにはまったらしい雅は皆にもみくちゃにされていた。
本人は楽しいかどうかは無表情で全然わからないのだけど、とりあえず嫌そうではなかった。
そんな調子で私達は時間一杯まで大いに盛り上がって解散することになった。
「いやーーー、一生分くらい騒いだ気がする」
店を出たところで吹き付ける夜風が程好い熱冷ましになる。
さっきまでは頭がどうにかなっちゃったってくらいにヒートアップしていた。
冷静になってくるとかなり無茶苦茶してたような気がしてくるけど、とっても楽しかった。
もしも、今日明日中に死ぬとしたら、今日のことがきっと人生で一番楽しかった思い出ってことになると思う。
ああ、もしかしたらそんな思いが頭の片隅にあったのかもしれない。
これが人生最後の楽しみになるから、目一杯楽しんでおこう、みたいな。
あはは、最後の晩餐かっての――
うん、元のテンションに戻ってきた。
このちょっとネガティブ思考が本来の私だよね。
いやほんと、さっきの私は変過ぎたってば。
「ごめんね、雅ちゃん。その・・・色々と」
「構わない。わたしも楽しかったから」
「そう、なんだ」
楽しかったんだ、あれ。
表情変わらないからわからないな、この子は。
でも確かに、この子は嫌なことははっきり嫌っていうタイプだと思うから、あれはあれでこの子なりに楽しんでいたんだろう。
この子も魔術師の家に生まれて、普通の生活にちょっと憧れたりしてるのかもしれない。
まぁ、彼女の事情を何も知らない私の勝手な推測だけど。
「ふぅ・・・・・・雅ちゃんは、まだここにいるの?」
いけないな。
あんまり深入りしない方がいい。
こうして同年代の女の子として接する彼女はほんと、とてもかわいくて、情が移ってしまう。
そうなったらたぶん、マスターとして彼女と相対することはできなくなる。
「ええ、これからが本番だから」
私が線を引いたのを感じ取ってくれたか、彼女も私の問いに対して正確な答えを返した。
そう、夜はこれから。他のマスターを探すなら、彼らが本格的に行動を起こすだろうこれからの時間帯だ。
「東町にマスターがいるっていう、何か確証があるの?」
「はっきりしない。けど、妙な噂ならある」
「噂?」
「まだ公に報道はされてないけど、最近この辺りで―――吸血鬼事件が起こってるみたい」
「吸血鬼? まさか、こんな時期に死徒が出たとか!?」
死徒っていうのは、所謂吸血種のことだけど、一般に知られてる吸血鬼とはちょっと違う。
まぁ、どこがどう違うっていうのはこの際置いておいて。
「その可能性もゼロじゃないけど、もっと現実的に見るなら、そういう特性を持ったサーヴァントがいるんでしょうね」
「それって・・・・・・え、つまり、血を吸って魔力を蓄えてる、ってこと?」
ちょっと驚いた。
サーヴァントっていうのは英霊で、基本的には人間寄りの存在だと思っていたから、進んで人間を襲うような者がいるとは思っていなかった。
けど、よく考えてみたらサーヴァントは霊体。
その彼らが魔力を吸収するとしたら、同種の霊体から行うのが最も効率が良い。
つまり、人間から。
吸血なんていうのは特にわかりやすい摂取の仕方だろう。
「本当にいるの? 吸血鬼なんて・・・・・・」
「さぁ? それを調べてる。他に手がかりもないし。それに、ここは東町のほぼ中心だし」
「?」
「キャスターはね、ここにいながら東町全域の魔力を持った存在を感知できるのよ。あなたのことも、橋を渡ってこっちに来た時点で見つけていたわ」
「ええ!?」
「隠れてる相手まではわからないけど。実体化してるサーヴァントや、一度会ったことがあって魔力を隠してもいない魔術師なら、ほとんどわかる」
「あぅ・・・・・・」
つまり、同じ町内にいたら雅達には私の行動は筒抜け、ってこと?
家には魔力殺しの道具なんてないしなぁ。
それじゃあ、いつどこで襲われてもおかしくないのかも。
「心配しなくても、今すぐにあなたを狙う気はない」
「あ、そう」
とはいえ、そう言われて安心するほど私もお人好しじゃない。
雅は人間的には信頼できるタイプの子だと思うけど、それでも彼女は私と同じ魔術師で、油断のならない相手でもあった。
「吸血鬼事件の話をしたのは、今日楽しかったお礼」
「そっか。でもお礼なら私の方からも言いたいな。ほんとに、いい気晴らしができた。ありがとう。
これでたぶん――」
また、生き延びるために戦っていける。
「うん。じゃ、またいつか、凪沙」
「バイバイ、雅ちゃん」
私達は、二人同時に背中を向け合って、振り返ることなく別れた。