何処かの聖杯戦争
2
――凪沙――
「聖杯戦争に参加せよ。勝ち残った者に、我が魔術刻印を授ける」
およそ一年ぶりに会った父が挨拶も抜きも開口一番告げたのは、そんな言葉だった。
「わかった」
ええー!?
しかも、わたしが呆気に取られている間に、同じく一年ぶりに会う兄はあっさり父の申し付けを受けていた。
まったく、二人ともどうかしてる。
けれどこれが、魔術師の家系たる西条家の在り方なのだろうと理解もしている私がいた。
不条理なことこの上ないけど、ここは世間一般の常識が通用しない場所だ。そしてここでは、宗家たる父こそが法だった。
その父が宗家として私達兄妹を呼び出して告げたからには、これはもう西条家としての決定事項なのだ。
逃げ道はたぶん、ない。
いや、今ならまだあるのかもしれないけど・・・・・・。
使用人が私達の前に、2つの箱を運んできた。
両手で抱えられるくらいの箱には、物理的な鍵と魔術的な鍵両方によって厳重な封印がされていた。
何だろうと思っていると父から説明があった。
「それらには欧州で探索し、発見された聖遺物がそれぞれ1つずつ入っている。それを用いてサーヴァントを召喚せよ」
もうお膳立ては整っていた。
西条家はそもそもここ、秋津市を根城にして古くから続く魔術師の家系だし、聖杯戦争がはじめてこの地で行われてからもう200年が経っている。つまり西条家の魔術師である私、西条凪沙と兄、西条鉄也の二人には、充分に聖杯戦争に参加する資格があるということだ。
加えて用意された2つの聖遺物。
あの父がわざわざヨーロッパで探し出したくらいだから相当なものに違いなかった。これを使ってサーヴァント召喚を行えば、間違いなく最高クラスの英霊を呼び出せるだろう。
一応、聖杯戦争っていうのは7人のマスターで競われるものなのだけど、父は絶対に私か兄、どちらかが勝者になると確信していた。兄に至っては自分が勝つと信じて疑わないはずだ。もしも万が一
、二人とも負けたら正統な後継者が一人もいなくなるっていうのに、そんな心配微塵もしていないのが窺える。
それだけ西条の魔術師としての格と、入手した聖遺物に自信があるのだろう。
あとは私と兄が、この箱を手にし、サーヴァントを召喚する。それだけで、私達の聖杯戦争は始まる。
箱を手に取ったらもう、戻れないな。
「あのぅ、一応お尋ねしたいんですけど・・・・・・ここで降りるというのは・・・」
「ん?」
「いえ、何でもないです」
あるはずもなかった。
父は私の言い分を1ミクロンたりとも理解していない眼で睨み返してきた。
チラッと兄の反応を盗み見るが、こっちはまったくの無反応。私など、参加しようがしまいが眼中にすらないのだろう。これは私が特別どうとかいう問題ではなく、兄にとっては全ての相手がそうなのだ。向き合う相手が何であろうと自らは決して揺らがない。それは魔術師としては、この上なく完成された者の証と言えよう。
私はただ、生まれ持った魔術回路がちょっと多いだけで、それ以外に魔術師としての才能があるとは思えなかった。第一に性格が向いていない。父や兄を見ていると特にそう思う。
彼らがあるべき西条の魔術師の姿だとするなら、私には絶対無理だった。
だから私は、西条の後継者候補を降りることにまったく躊躇いはない。
西条家が代々蓄積してきた魔術刻印を受け継がなければ、私は“そこそこの魔術師”で終わることになるだろうが、それで全然構わない。
そんな私が、わざわざ兄と後継者の座を争って、マスター同士の殺し合いたる聖杯戦争に参加する理由はない―――のだけど、どうやら、逃げ道は最初からないらしい。
これは単に、西条家に生まれたことの不幸、か。
私はじっと、目の前に並ぶ箱を見比べる。
箱の形状も、封印の施し方もまったく同じ。これだけ厳重に封印されているのだから、中身はこうして見ていてもまったくわからない。
どっちを選んでも、たぶんそんなには変わらない・・・・・・と思う。
再びチラッと兄の方を窺う。
すると今度は反応があった。
「貴様が先に選べ。負けた時の言い訳にならないようにな」
うん、この人自分が負けるなんてこれっぽっちも思ってないわ。
本心からただ単に、自分が先に選んだ場合、私が負けた際の言い訳として自分で箱を選べなかったからだと言われるのが煩わしいというだけの理由でこう口にしたのだ。
私は数秒間だけ悩んで、結局2つ並んでいる内の遠い側、つまり兄に近い方に置かれていた箱を手に取った。
この状況に対する不満を表現するための、せめてもの捻くれた選択。ただそれだけだった。
それから父は、決着がつくまで本家には近寄らないこと、勝者のみが報告に訪れることの2点のみを告げてさっさと話を終えた。
質問することもなく、あったとしてもそれが許される雰囲気でもなかったので、話が終わると早々に立ち上がった兄に続いて、私も本家を辞去した。
家を出る際に、箱の鍵だけが事務的に渡される。これから殺し合いをしに行く一族の後継者候補達に対して、末端の使用人に至るまでが素っ気無い。本当に、ここには真っ当な人間はいなかった。
いや、違うな。
ここでは、私の方が異端なんだ。
これはもう私が生まれついての、西条家にとっての突然変異なのだろう。
育った環境すら問題じゃない。だって兄だって数年前までは私と同じ、ごく一般的な公立の高校に通っていたのだから。
「兄さんは魔術刻印を受け継いだら、すぐに向こうに行くんだろうな」
魔術師としてさらなる高みを目指すならば、魔術協会の総本山があるヨーロッパの方へ行くのが一番だ。
本当なら兄は高校を卒業したらすぐにでも行きたかったと思うけど、西条の魔術刻印を継承する方が先と考えたんだろう。
そしてその機会は、こうして巡ってきた。
あの鉄仮面の下で、案外兄はほくそえんでいるのかもしれない。
「・・・・・・・・・ないな。兄さんに限ってそれは」
兄は自分の勝利を絶対に疑わない。
父からあの申し付けがあった時点で、既に兄の意識は魔術刻印を継承した先にまで飛んでいるのだろう。
そう、兄にとっては聖杯戦争すら通過点に過ぎない。
じゃあ、私はどうか。
西条の後継者となることに執着があるわけじゃない。
聖杯なんてものを手に入れてまで叶えたい願いも、特にない。
大体にして、この私があの兄に勝つという図が思い浮かばない。
まぁ、不思議と負けるという図も想像できないのだけど。
幼い頃から何度も比べられてきたはずなのに、兄と私の間に明確な優劣がついたことはなかった。
生まれつき持っていた魔術回路の数は私の方が上。
魔術師としての心構えの持ち方や、術者としての力量は兄の方が上。
それが絶妙なバランスで拮抗していて、何をやっても最終的に私達の評価は横並びだったのだ。
一応、一族の間では兄を高く評価している人の方が多いけど、誰一人として私を無視することができない。
ああ、だからか。
―――だから私達の優劣は、殺し合いでしか決められない。
家に帰ってきた。
兄も私も、中学を卒業した時点で宗家からは追い出された。
生活費の面倒は見てもらっているし、今住んでいる家だって宗家が用意したものだからその表現は正確じゃないのだけど。
とにかく、西条家の後継者たる者、高校生にもなったら自分の工房は自分で管理するのが当たり前らしい。
「さて、と・・・・・・ぐだぐだしてても事態が好転するわけでもないよね」
きっと、兄も自分の工房へ戻ったらさっそくサーヴァント召喚の準備を始めるだろう。
私も腹を括らないといけない。
「まずは箱の封印を・・・・・・」
渡されたのはあくまで箱そのものの鍵だけで、魔術的な封印は自力で破らなくてはならない。
それくらいは当たり前。
やたら厳重だったので少し苦労させられたけど、無事に箱は開いた。
中に入っていたのは古びた・・・・・・角笛、かな。
手に取ってみる。
あまりこういう骨董品には詳しくないのでよくわからないけど、何となく年代物っぽい。
試しに吹いてみたが、欠けているようで音は出なかった。
色々な角度から眺めてみたけど、私にはただの骨董品にしか見えない。
けど、父がわざわざ用意したものが贋物であるはずがなかった。
これは絶対に、英霊に関わる何らかのアイテムなのだろう。それも、最高クラスの英霊に違いない。
はたと気がついた。
箱の開錠に失敗したとか言って降りる手があったのではないだろうか。
「阿呆か私は・・・。そんな言い訳が通用する相手なら最初から苦労しないって・・・・・・」
まったく、くだらないことでも考えていなければやっていられない。
いい加減認めろ、私。
もう私に、選択肢なんてないんだ。
「やっぱり、やらなきゃダメ、なんだよね・・・・・・」
仕方がない。
これは宿命だ。
納得はしていない。
理解もできていない。
ただ一つ確かなのは、私は逃げられないということだけ。
「あーあ・・・。恨むなら、こんな家系に生まれた自分の身を、か」
歯車は、私が生まれた時から狂っていたんだ。
「じゃあ、やるか!」
むんっ、と気合を入れて、私は地下の工房へ向かった。
深夜――。
サーヴァントの召喚に難しい手順はいらない。
召喚自体は聖杯が行ってくれるのだから、マスターはその存在を繋ぎ止めるだけでいい。
西条家に伝わる召喚儀式の手順に則り、私は、サーヴァントを呼び出した。
確かな手応えと、魔力をごっそり持っていかれた疲労感。
それらの結果として、今、眼前には莫大な魔力を内包したナニカが存在していた。
「サーヴァント、セイバー。参上した。
―――汝が、我がマスターか?」
正直に言おう。
この時私は、ただ見惚れていた。
問いかけの意味を理解することも、それに答えることも忘れて。
ただただ、まるで私が物語の中のお姫様であるかのように目の前で傅く、銀の鎧を纏った騎士の姿が、私の全てを虜にした。
言葉が出ない。
頭の中が真っ白になって、それとは逆に顔はどんどん紅潮していく。
――カッコイイ
童話の中のお姫様と騎士に憧れたのなんて、何年も前の子供の頃の話だ。
高校生にもなって、いつまでもそんな純真さを抱いてなんていられない。
ましてや特殊な環境に育ったことで、夢見る乙女なんてさっさと卒業せざるを得なかった。
なのにこのシチュエーションは何だ。
そこに傅いているのは、幼い頃に理想として思い描いていた騎士の姿そのもので、その騎士が頭を垂れているお姫様は私で――
ってダメだ。
私はこんな高潔そうな騎士に釣り合うようなお姫様なんかじゃありえない。
ただの小娘で、才能を食いつぶしてるだけのへっぽこ魔術師で・・・・・・
「どうしたマスター? 先ほどから赤くなったり青くなったり、忙しそうだな」
「うぐっ!?」
ま、間近で覗き込まれると混乱がピークで思考がフリーズで――
「ちょ、ちょっと離れてお願い!」
「む」
訝しげな顔をする青年騎士を押しのけ、深呼吸を繰り返す。
まず、とにかく、何でもいいから、落ち着け私。
「すーはー、すーはー・・・・・・」
クールダウン、クールダウン。
うん、ちょっとはマシになってきた。
「ふぅ・・・・・・ごめんなさい。そう、確かに、私があなたを呼び出したマスター・・・で、間違いないんだけど・・・・・・」
「そのようだな。令呪も確認した。魔力の供給も感じる。他に何か、問題があるか?」
「えっと、その、呼び出しておいていきなりこんなこと言うのはあれなんだけど・・・・・・あなたみたいな英霊に、私なんかがマスターでいいのかな、って・・・・・・」
落ち着いて改めて見れば、目の前にいる彼が如何に格の違う存在かがわかる。
英霊というのはそもそも人間の領域を超えて精霊と同格にまで昇華した存在だから人間以上なのは当たり前だけれど、彼はその中でもかなり高位の者に違いなかった。
わかってはいた。
父が用意した聖遺物を触媒に使ったのだから、最高の英霊を呼び出せるだろうとは思っていたのだけど。
それにしたって、実物を前にした私はそのあまりの霊格の高さに度肝を抜かれているというか。
ともかく、こんな心構えも何もなっていない魔術師がマスターとしてこのサーヴァントを従えて良いものなのか、私は大いに疑問を抱いてしまっていた。
「ふむ。つまり君は、自分が私のマスターとして相応しくない、と思っているわけだな」
「そんな感じ、かな。正直に言うと、私は聖杯戦争にあまり積極的じゃなくて、止むを得ない状況に流されたというか、他に選択肢もなかったというか・・・・・・」
「どういうことかな?」
「つまりね――」
私は、私が聖杯戦争に参加せざる得ない状況に立たされた経緯を彼に話した。
いきなりサーヴァント相手に弱音を吐くマスターなんて最悪だ。
けどどうしようもないじゃないか。
最初からたぶん、私は誰かに不満をぶつけたかったのだ。
家には誰も、心の内を打ち明けられる相手なんかいないから。
学校には気心の知れた友達もそれなりにいるが、私が魔術師であることを知っている人は一人もいないから、やっぱり心の底から信頼しあえる親友というのもいない。
誰も私を理解してくれない。
それでも今まで普通にしてきたけど、一度弱気になってしまうとダメだった。
たぶん今の私は、かなり情けない。
その証拠に、私の話を聞いた彼はとても呆れた顔をしていた。
「なるほど。君の事情は理解した」
彼は一度頷き、
「マスター、君の名前は何と言うのかな?」
次いで私の名を尋ねてきた。
「私は、西条凪沙」
「では凪沙よ。尋ねるが、君に守るものはあるか?」
「え?」
「答えよ」
「えっと・・・・・・」
守るもの。
私が守るもの・・・・・・。
西条の魔術師としてなら、色々ある、ような気もする。けどそれは、私があえて守るものではない。
なら私が守るものと言えば・・・・・・家族、は守る必要なんかないし。友達、は状況次第で助けることはあっても、命をかけて守ろうというほどのものでもないし。恋人、はそもそもいない。
地位とか名誉なんてものも当然ないし、あとは・・・・・・。
「よくわかった。確かに君は私のマスターに相応しいとは言い難い」
「うぅ・・・・・・」
わかってはいるけど、面と向かって言われるとさすがにへこむ。
「だが現実には、君は私のマスターだ。そしてサーヴァントを召喚し、聖杯戦争に参加することは君自身が選んだ道だ」
「私、が?」
「そうだ。状況に流されただの、他に選択肢がなかっただのはただの言い訳だ。例えば君が、マスター同士、その兄とやらとの殺し合いをどうあっても望まぬのなら、戦いに参加しないために自刃して果てる道もあったはずだ」
「そ・・・・・・」
それはちょっと極端な話という気が・・・・・・するのだけど、ちょっとだけ頷ける部分もあった。
「もしも戦いを望まず、平穏な生活を守りたいと思ったなら、そのために尽せる手はまだあったはずだ。仮にそれが徒労に終わるとしても、まず行ってみることにこそ意義がある。
君は自分の意思を、はっきりと父君に伝えたのか?」
「伝えて、ない。だって、あの人はそんなもの・・・・・・」
「認めない、か。そうかもしれん。だが試しもせずに諦めておいて、それで選択肢がなかった、などと言うのは見苦しい」
「むぅ・・・・・・」
彼の言い分はもっとも、反論することはできなかった。
反論したとしてもそれはやっぱり見苦しい言い訳にしかならなくて――
「でも、じゃあ私はどうしたらよかったのよ?」
結局、こんな風に逆切れ気味に返してやっぱり情けないことになる。
ああ、自己嫌悪。
「そんなことは知らん」
そして彼は容赦なかった。
「しかし凪沙、君は私を呼び出した。それは紛れもない、君が選んだ道だ。
私は騎士、君は魔術師、立場は違えど争いの近くに身に置く者という点は同じ。そうした者ならば、時に望まぬ道を選ばねばならないこともあろう。君にはその覚悟もないと言うのか?」
「覚悟なんて、ない・・・・・・」
「ならば戦いに巻き込まれた哀れな被害者として死を受け入れるか?」
「それは、嫌」
「それだ」
「はい?」
「命。先ほど君は守るものなどないと思っていたようだが、少なくとも君は自分の命は守りたいと思っている。ならば今はそれで充分だろう。
止むを得ず戦いに巻き込まれた、逃げ道はない、命を守るためには戦うしかない。そして君の手には、戦うための最強の剣がある」
スッと、彼の手が私の前に差し出される。
「君が生き延びるために戦う道を選ぶならば、我が剣の全てにかけて君を守ろう」
ドキッとした。
自慢じゃないが私はそこそこ容姿が良いのか、学校で男の子に告白されたことも一度や二度ではない。だけど、こんなに強く胸が高鳴ったことはなかった。
恋、かどうかなんてわからない。
だって相手は人間じゃないし、とても私と釣り合うような存在じゃない。
けれどこの時、私の心はこの騎士に奪われたのかもしれない。
おずおずと手を差し出す。
私の手が彼の手を取ると、彼はその場に跪いて、私の手の甲に口付けをしてみせた。
もう、その瞬間は、本日最大の――
とにかく隠しようもなく、私の頭は沸騰し、顔は今までに見たことのあるどんな赤よりも真っ赤に染まっていた。
――10分後。
やっと冷静になった私は、とりあえず地下の工房から1階の居間へと場所を移した。
ソファに腰を下ろして彼、セイバーと改めて向き合う。
「じゃ、とりあえず私があなたのマスター、ということでいいのね?」
「無論だ。騎士として忠誠の証も示した。私は君を決して裏切らず、必ず君の命を守り、君に勝利を捧げることを誓おう」
「ぁぅ・・・・・・」
忠誠の証と言われて、さっきの口付けのことを思い出し、またしても赤面してしまう。
手の甲にまだ感触が残っていた。
「と、とにかく。私のことはそれでいいとして、セイバー。あなたは何を望んで聖杯戦争に参加するの?」
「よくぞ聞いた。我が望み、それは勝利の栄光だ」
「勝利?」
「そうだ。生前の私は、私自身のためにも、我が主君のためにも、ついに勝利を得ることは適わなかった。我が戦い、我が名は後世に残りはしたが、敗軍の将となり討たれた最期の記憶は、悔いとなって残っている。
今一度、私に戦う機会が与えられたなら、今度こそ勝利を!」
「じゃあ、聖杯はいらない、ってこと?」
「聖杯に望む願いなどはない。だが、それを手にすることが勝利の証、我が名誉となるならば、私は聖杯を求めるだろう」
淀みない口調で望みを語るセイバーの姿は輝かしくて、私はまたしても見惚れてしまう。
それを悟られまいとして、マスターらしく振舞うよう心がける。
「そ、そう。わかったわ。じゃあもう一つ、あなたはどこの英霊なの?」
「我が名はローラン。フランク王シャルルマーニュに仕えし十二勇士が一人にして最強の騎士」
ああ、そうか。「ローランの歌」。
私はどこかで聞きかじった覚えのある叙事詩の内容を何とかして頭に思い浮かべる。
ローランを筆頭とする十二勇士は、敵対国の大軍に囲まれて、奮戦の末討死にする。その時、仲間はローランに角笛を吹いて援軍を呼ぶように言うんだけど、ローランは名誉心からそれを拒んで、最後の最後になってようやく吹いたけどもう遅かった、って話だったと思う。
じゃあ、父が用意したあの角笛はその時の・・・・・・。
彼が勝利に拘る理由も、この話からすれば納得がいく。ローランの勇猛さはこの話で広く知られることになるけど、結局彼は勝利の栄誉を手にすることはできなかったのだから。
けれど「ローランの歌」は、西洋の騎士を描いた物語としては最も有名なものの一つだ。
もう一つローランで有名なのは、彼が持っていた剣、デュランダル。瀕死のローランが敵に渡すまいと岩に叩きつけたら、逆に岩を真っ二つにしたって伝説のある剣だ。
なるほど、デュランダルは剣の宝具としては最高位のものの一つ。その持ち主たる彼ならば、セイバーのサーヴァントとしては申し分ない。
思ったとおり、セイバーとして最高の英霊を私は引き当てたのだ。
彼となら、私はこの戦いを、生き延びることができるかもしれない。
まだ戸惑いはある。
兄と殺し合いをしなければならないことに納得はいってない。
覚悟なんてものだってできていなかった。
でもセイバーの言うとおり、私は選んだんだ。
戦う道を。
だから――
「私を、勝たせてくれる? セイバー」
「御意のままに、マスター」
こうして、私とセイバーの聖杯戦争は始まった。