何処かの聖杯戦争



   予告編





















 街の夜景を一望できるホテルの展望レストラン。
 その片隅のテーブルに、不思議な二人組が向かい合って座っていた。

 一人はゴシックロリータ調のドレスを纏った、見た目十歳程度の少女。
 肩辺りの長さで適当に切った印象の髪は色素が抜け落ちて灰色がかっているが、艶は失われておらず、手入れをすれば人並み以上に見栄えがするだろう。伸び放題の前髪に半ば隠れた顔はぼんやりとした表情をしているが、整っていることは疑いようもなく、将来相当の美人になるであろうことが予測される。
 素材は良いのだが、本人にはまるでそれを活かす気がないようなゴスロリ少女は、淡々と目の前に並ぶ食事を口に運んでいる。自分の容姿には気を使わないわりに、仕草は優雅なものを心がけている節があった。

 対面に座って少女の様子を眺めている女性は、古風な印象のドレスを着ていた。
 年齢は十代半ばから三十程度まで幅広い印象があり、見た目からははっきりしない。日本人離れした容姿は紛れもない美人に違いないが、快活であどけない少女のような雰囲気と、厳格で大人びた女性という正反対の雰囲気を同時に感じさせる、掴み所のない人物だった。
 食事は摂らずにワイングラスだけを傾ける女性の存在は、見る者から見ればとても異様なモノとして映っただろう。

 不思議も不思議。
 この二人、常人ではない。
 彼女達はまもなくこの地で行われる魔術儀式――聖杯戦争と呼ばれる魔術師同士の争いの参加者たるマスターとサーヴァントであった。


「それでマスター。あなたは聖杯に、何を望むのかしら?」
「無限の富を」


 マスターの少女、鳳雅(おおとりみやび)は浮世離れした雰囲気で、ひどく世俗的な望みを口にした。


「あなたは? キャスター」
「個人的なことよ。話して聞かせるほどの望みでもない。まぁ、あなたの望みの邪魔になるものではないわ」
「そう。なら」
「ええ」


 夜のレストランで、二人は静かに契約を交わした。
 こうして、彼女達の聖杯戦争は幕を開けた。














 聖杯戦争。
 あらゆる望みを叶えるという伝説の杯を手にするため、7人の魔術師が争う儀式。
 それがかつて聖者の血を受けた真の聖杯であるかどうかは知れない。だが物の真贋に意味はなかった。
 “この”聖杯は、確かに本物たる力を秘めていた。
 ゆえにそれを手にしたものは、全ての望みを叶えるという。
 望みを抱く魔術師は、聖杯自らによって選ばれた7人。
 彼らはマスターと呼ばれ、それぞれがサーヴァントを召喚、使役して他のマスターとサーヴァントを倒し、最後の一人となることで聖杯を手に入れる。
 それが儀式の概要。
 そして彼らが使役するサーヴァントとは、人の身を超えて精霊の域にまで達した英霊であった。
 存在そのものが伝説となっているモノを聖杯の力によって現世に呼び寄せる大魔術。それこそが“この”聖杯が本物と言われる所以だった。
 召喚された英霊は、7つのクラスという器に憑依し、サーヴァントとなる。
 7つのクラスとは即ち、
 剣の騎士、セイバー。
 槍の騎士、ランサー。
 弓の騎士、アーチャー。
 騎乗兵、ライダー。
 魔術師、キャスター。
 暗殺者、アサシン。
 狂戦士、バーサーカー。
 いずれかのサーヴァントと契約を結んだマスターは、己が欲望のため他の6組を全て倒し、聖杯を手に入れるために死力を尽す。
 その聖杯戦争が、この地でも行われようとしていた――。














 西条家は魔術師の名門であった。
 世代交代の時期を迎えていた西条家には、二人の後継者候補がいた。
 いずれも歴代屈指の天才児と幼少の頃より言われ、二十歳を待たずして一族の宗家として現在、魔術刻印を有する彼らの父親を除けば最高の魔術師と謳われるほどの若者達だった。

 長男、鉄也は若いながらに卓越した魔術の実力と、他の全てを排斥して目的のために邁進する鉄の意志を持ち、誰よりも魔術師として完成された者として一族の誰もが後継者にと推す逸材であった。

 長女、凪沙は生まれついて持った魔術回路の数こそ兄に勝っていたが、世俗との繋がりを好み、魔術師として己の世界に籠もる道を厭っており、魔術刻印を受け継ぐに相応しくないと周囲では囁かれていた。

 そんなある日、宗家が二人を揃って呼び出した。
 日頃それぞれ別個に生活を営み、顔を合わせるのさえ一年ぶりという中、宗家が二人に与えたものは二つ。


「聖杯戦争に参加せよ。勝ち残った者に、我が魔術刻印を授ける」


 という言葉と、英霊召喚の触媒となる聖遺物が二つ。
 聖遺物は厳重に封をされた小箱に入っており、外から中身を窺い知ることはできなかった。二人はそれぞれ、自分が選んだ箱を開封するための鍵のみを与えられ、宗家の前を辞去した。
 そうして西条家は、後継者争いの場として聖杯戦争を選んだ。





「やっぱり、やらなきゃダメ、なんだよね・・・・・・」

 元々、魔術師の家系に生まれ、才能に恵まれていたとはいえ、進んで魔術師としての道を歩みたいとは思っていなかった。
 聖杯を頼りにしなければ叶えられないような願いを抱いてもいない。
 何より、仮にそれらのものを欲していたとしても、何年も前からまともに交流を持っていないとはいえ実の兄と殺し合ってまで手に入れたいとは思わない。
 だから凪沙は、聖杯戦争に参加したくなどなかった。

「あーあ・・・。恨むなら、こんな家系に生まれた自分の身を、か」

 けれどもう、選択肢はなかった。
 手には宗家たる父から渡された、古びて音も出ない角笛が一つ。
 サーヴァント召喚は、大部分を聖杯が行うため、マスターが負うべき負担はほとんどない。マスターの刺客さえあれば、どんな魔術を行うよりも簡単に英霊を召喚できる。だがより強力な英霊を呼び出そうとするならば、その英霊に縁のある何らかのアイテムを触媒として用いるのが確実だった。
 宗家はどこからか手に入れてきた聖遺物を二つ、凪沙と兄の鉄也にそれぞれ与えた。兄が受け取った聖遺物がどんなものかは知らないが、凪沙が得たのはこの角笛だった。

「じゃあ、やるか!」

 覚悟、と呼べるほどのものがあったかは知れない。
 だが心は決めた。
 そうして凪沙は、サーヴァントを召喚した。
 7つのクラス、その中でも最高と言われる、セイバーのサーヴァントを。



「サーヴァント、セイバー。参上した。
 ―――汝が、我がマスターか?」



 剣の英霊と共に、凪沙の聖杯戦争が始まる。














 苛烈を極めるサーヴァント同士の戦い。



「魔術師が騎士たる私に正面から挑むかっ、愚劣!」

 7つのクラスの中でも、セイバー、ランサー、アーチャーの三騎士は抜きん出た対魔力を有している。それに正面から戦いを挑んだ時点で、キャスターの不利は決まっていた。
 ―――かに見えた。

「相手の特性も見極めずに勝った気になることこそ愚かと知りなさい、セイバー!」

 放たれた無数の光弾は尽くセイバーの前に霧散する。
 防がれながらもさらに十重二十重に降り注ぐ光弾の嵐に晒されながら、セイバーの前進は一瞬たりとも緩まない。
 銀の一閃がキャスターの身を切り裂いたかに見えた。
 されどセイバーの剣が斬ったのはただの残像。
 本物のキャスターは瞬時にセイバーの背後へと回り、その手には魔術師のサーヴァントには相応しくない、巨大な凶器が握られていた。
 如何なる対魔力があろうと、必ず死をもたらすであろう大鎌の一撃から神速をもって逃れるセイバー。
 それをキャスターは、騎士をも唸らせる速度でもって追撃する。

 まったく予想外なことに、キャスターは正攻法でもって、最強のカードを謳われるセイバーと接近戦で互角に渡り合ってみせた。


「裏の裏を読みなさい、セイバー。魔術師がわざわざ自分の手の内を晒す意味。例えば―――時間稼ぎとかね!」


 神代の大魔術を易々と操るキャスターを前に苦戦するセイバー。

 されどセイバーもまた、最高の称号を持つ剣の英霊。


「我が剣に、断てぬものは―――無い!」


 人智を超えた存在、サーヴァント同士による剣と魔術の激闘。
 伝説の顕現。
 それこそが聖杯戦争――。









 さらに、続々と姿を見せるサーヴァント、そしてマスター達。




 二つの黒い人影。
 片方は修道服を着た外国人の少女。そしてもう一人は、黒い甲冑を纏い、日本刀を手にした男。
 紛れもなく、マスターとサーヴァントであった。

「まぁ。マスターもサーヴァントも、とてもかわいらしい方々ですね」
「ふむ、あれが余の敵、か。おもしろい」


 教会に属さないはぐれシスターの少女と、アーチャーのサーヴァント。


「この地上に、真の楽園を築き上げる英雄が再臨なされるのです。あなた方は、そのための聖なる生贄となるでしょう」

 神に絶望した少女、アリア・フランシスは純なる狂気で世界の平和を願う。

「今一度、この地上に君臨し、我が身を神と成そうぞ」

 黒衣のサーヴァントは自ら神への道を辿らんとする。




 オーロラの如き輝きを纏って現れたの乙女は、ランサーのサーヴァントであった。
 ランサーのマスターたる凪沙の兄、鉄也は容赦なく妹の命を狙う。あまりにも非常な兄の在り方を魔術師として理解しながらも、肉親で殺し合うことに戸惑う凪沙。
 絶大な力を見せ付けるランサーは、セイバーを圧倒してみせた。




 兄妹の殺し合いに割ってはいるように現れた髑髏の仮面を被ったサーヴァント。
 西条家の後継者たる二人に並々ならぬライバル心を抱いて聖杯戦争に参加したのは、もう一つの魔術師の家系の後継者たる東郷一樹。
 彼が従えるアサシンは、最も異質なるハサンであった。




 自らをライダーと名乗るサーヴァントが2体現れる。
 魔術協会より派遣された双子の魔術師は、その特性を利用して双子の英霊を召喚したのだった。
 本来ありえない同じクラスの2体のサーヴァントに、全てのマスター達は苦戦を強いられる。




 次々と起こる戦い。
 街では突如として、吸血鬼事件などと呼ばれる現象が起こり始める。果たしてそれは、聖杯戦争と関わりのあることなのか。
 そして、協会から封印指定を受けた、生きた伝説とまで言われる老魔術師が、己の生涯をかけた研究の集大成として聖杯戦争に参加する。現代に生きる魔術師でありながら、サーヴァントと生身で渡り合う存在に、誰もが戦慄を覚えた。














「わたしと手を組まない?」

 共闘を申し出る雅に、凪沙はどう答えるのか――。





 戦いの中芽生えていく、いくつもの思いが複雑に絡み合う。


「あなたは特に、私の手で救わなくてはいけないようですね」


 己が欲望のみを求める雅を執拗に狙うアリア。


「資格のない者は、早々に舞台から立ち去れ」


 自ら最強を自負して疑わない鉄也。


「他の連中はどうでもいいっ、あいつらだけは絶対に殺せ!」


 ただ西条の兄妹に勝つことだけに固執する一樹。


 それぞれに必勝を期す双子の魔術師と、伝説の老魔術師。


 やがて聖杯戦争は、激しさを増していく。





「魔術師の家に生まれたからって、何でこんなことしてるのかなぁ、私」

 凪沙は思い悩みながらも、命を奪おうと向かってくる敵と戦い続ける道を選ぶ。
 その先で得るものは何か――。



「わたし、欲しいものは一つでも多く手に入れたいの」

 雅の心に、迷いはなかった。









 果たして、聖杯を手にするのは誰か。



 これは、誰も知らない何時か、何処かで行われた、一つの聖杯戦争の記録である。



















あとがき
 とりあえず、何か予告編っぽいのを作ってみた。本当にこんな話が始まるのかは不明・・・・・・いや、たぶん2〜3話は確実に書くと思うのだけどその先まで続くかどうかはわからない。というかたぶん続かない。それを最初から踏まえた上で書いている。要するに息抜き的。だから設定の辺りに多少の矛盾があっても気にしない。特に奈須ワールドは細かい裏設定が山のようにあるから、その内のどれかに抵触するようなことは充分にあり得るが、そーゆーのは全力で見逃すべし。
 そもそも、
 これはほぼ私のオリジナルの話である。FateのSSっぽいように見えて、登場人物は全て私が独自に生み出したここだけのオリジナルキャラクター達であり、魔術に関する設定も曖昧になっている。あくまで、聖杯戦争の形態のみを借りた形だ。バトルロイヤルものにするだけなら別にわざわざ聖杯戦争に拘る必要もないのだろうけど、どうせパクリっぽいものにするなら、いっそはじめから聖杯戦争という舞台を借りた方が話が簡単だ。今まで書いてきた様々な話よりもオリジナル色が強まっているけど、でもまだ完全なオリジナルではないというこの中途半端さ。これが平安京流。

 あえて余計な話をするなら、これは過去のボツアイデアの再利用の場でもある。
 例えば一番わかりやすいところで、前に書きかけた「夏の雪」で出すはずだったアイデアの一部が今回のサーヴァント達に流用されている。双子の魔術師と2体のサーヴァントとか、キャスターの性格とか、それ以外にも少々。ただしいずれも「夏の雪」の時とは正体たる英霊は変わっていたりする。それから西条兄妹のキャラクターは、一時期考えていた旧デモンシリーズの二世達として登場させようかと思っていたものだったりとか。まぁ、それでも最後まで書く気があるのかないのかわからない状況では再利用も何もないのだが。

 とはいえ、舞台設定が借り物とはいえ、全ての登場キャラクターがオリジナルという話でどんな感じになるのかという部分で実験的な試みでもあるので、もしかしたらしばらく続くかもしれない。本当に、これっぽっちも版権キャラは出ない。魔術協会とか聖堂教会とか、封印指定とか代行者とかの用語は使わせてもらっているけど、それらに該当するような奈須ワールドのキャラがちらっとでも出てきたりということは、ない。