カノン・ファンタジア

 

 

 

 

2.覚醒の刻

 

   −6−

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

炎上する町。

崩れ落ちる建物。

飛び交う悲鳴と逃げ惑う人々。

それを見下ろしながら哄笑する、金色の瞳の魔女。

地獄絵図と呼んで差し支えない光景を前に、成す術のない己の弱さに歯噛みする。

 

(こんなことが・・・)

 

ほんの数メートル先には、ほんの少し前まで生きている人間だったものの屍が無数に転がっている。瓦礫に押しつぶされたり、炎に焼かれたりして、原型を留めていないものも多い。

耳を澄ますまでもなく、悲鳴は連鎖的に聞こえてくる。

平和だった町は、その平和な光景の一部に溶け込んでいたはずの存在の手によって、無残にも破壊の限りを尽くされていた。

 

(こんなことが許されていいのかっ!)

 

町の人々は、殺されるべくして殺されたのではない。

敵対する存在に命を奪われたのでも、略奪のために殺されたのでもない。

ただ単に、巻き込まれただけ。

強大な力を持った二つの存在が、この地を舞台に戦った。その巻き添えを受けて死んでしまっただけだった。何の理由もなく、殺されたわけでもなく、ただ死んでしまった。

天災ならば、それも運命かもしれない。

だがこれを成したのは、人としての知識と意志を持った存在である。

 

(ふざけるなっ!)

 

殺気を込めた眼で、この惨状を生み出した存在の片割れを睨み付ける。

その瞬間――。

 

「っ!!」

 

炎の中心から伸びた黒い槍が、その身を貫いた。

盾として体の前に立てて構えた刀を砕いて、槍の先端は胸の中心に突き刺さっている。

 

「莢迦さん―――ッ!!」

 

悲鳴に近い声をフローラが上げる。祐一はただ呆然と、目に映った光景を見ていた。

 

ドン――ッ!!

 

燃え上がっていた炎が弾けて、その中心から伸ばした槍を取り込むようにして黒い影が莢迦の下へと飛んでいく。

胸を貫いた一撃は致命傷ではなかったのか、莢迦は身をよじってかわそうとするが、刺さった槍に動きを封じられて逃げ切れない。

莢迦の眼前に迫った黒い影、レギスは右手を突き出し、既に幾度も町に破壊をもたらした光波を放った。

光に飲み込まれた莢迦の身は、その勢いに押されて海上まで飛ばされていき、海面に叩きつけられた。

一瞬の出来事だった。だがそれ以上に祐一の目を釘付けにしたのは、レギスの眼だった。先ほどまではただ淡く金色の光を帯びていただけだったそれは、まるで獣のような瞳をしており、さらに爛々と金色に輝いていた。その瞳を見ていると、本能的に恐怖がわきあがってくるようだった。

けれど今の祐一は、恐怖よりも怒りが先立っていた。

 

「ふんっ、第二段階までならされるとは、伝説になるだけのことはある」

 

怒りの矛先を受ける相手が、道路ともはや呼べないほどに荒された地面に降り立つ。祐一達がいる場所からは、20メートルと離れていない。

 

「だが、どうやらこれまでか」

 

海に沈んだ相手が浮かんでこないのを見届けると、レギスの獣の如き瞳は元に戻る。

恐怖と怒り。祐一の心を占めていた二つの感情の内の片方が薄らぐ。それと同時に、祐一は駆け出していた。

どうしてだか体が軽い。心は鉛のように重いが、その重さが逆に力を生んでいるかのように、全身に力が漲っていた。痛みもない、恐怖もない、ならば何を躊躇することがあろうか。

 

怒りのぶつけ先はすぐそこにいる。

 

ならば遠慮することはない。

 

ただ感情の赴くままに。

 

その力を解き放てばいい。

 

 

「うぉおおおおおおおおお!!!!!」

 

 

雄叫びのような声を上げながら、祐一は振りかぶった剣を振り下ろした。

 

ズンッ!!

 

大剣の一撃は容易に地面を砕いた。が、敵はそこにはいない。

しかし先ほどと違い、今度の祐一は相手の動きを捉えていた。

 

(右っ!!)

 

重量のある剣を大きく外に振って遠心力を生みながら、祐一は片足を軸にして体を旋回させる。

 

「むっ」

 

軽く手を払う程度の動作をしようとしていたレギスは、相手の思わぬ回避行動に声を上げる。

逆に相手の背後を取った祐一は、遠心力をそのまま乗せた一撃を薙ぎ払った。

 

ガッ!!

 

咄嗟に振り返ったレギスは辛うじて防御するが、威力までは殺しきれずに大きく吹き飛ばされる。これは予想外のことだったのか、これまでほとんど崩れなかったレギスの表情が僅かに歪んでいる。

祐一はさらに地面を蹴って、吹き飛んだレギスを追っていく。

繰り出される祐一の攻撃をかわしながら、レギスは後退して行く。それを追いながら、祐一は相手をある方向へと誘導していた。

港である。町の惨状でほとんどの人々が逃げた今なら、港は無人だった。入港しようとしていた船も、燃え上がる町を見て沖合いに出ようとしている。

時既に遅しであったとしても、これ以上の被害を防ぐためには港で戦うのは確実だった。

 

「チィッ!」

 

レギスは海面を滑るように移動しながら、港方面の堤防へと向かう。

それを追う祐一は海に落ちそうになるが、“海面を蹴って”堤防まで一気に跳躍した。どうしてそんな真似ができたのか、理由は今はどうでもいい。不思議なほど体の軽い今の祐一は、それができることなのだと自然に思っていた。

堤防の上で停止した二人は、そこで互いを鋭い眼光で射抜きながら対峙する。

 

「小僧・・・羽虫の分際で私と渡り合えるつもりか?」

「・・・・・・・・・」

「妙な波長を感じると思ってはいたが、何だ貴様、その魔力は?」

「・・・・・・魔力?」

 

そこでようやく祐一は気付いた。

自分の体が、魔力を帯びていた。

物心ついた時から、一度たりともその身が魔力を帯びたことはないというのに、今は後から後から溢れ出てくるほどの魔力が全身に満ち満ちていた。体が軽い理由はこれだった。魔力をまとうことで、自身の能力が大幅に向上しているのだ。先ほど海面を蹴ったのも、足下に魔力を集中して水面と反発させてのことだろう。以前学んだ、高度の魔力の使い方にそうした技法があったはずである。

何故突然、自分が魔力を操っているのか、疑問に思うところではあったが、祐一にはその理由よりも大事な確信があった。これは力だ。目の前の敵に対抗できるだけの力だった。ならば今は、それで充分。理由はこの敵を倒した後にでも考えればいい。

 

「どうでもいい」

「何?」

「俺のことなんかどうでもいいんだよ。たださっきも言った通りだ」

 

片手で水平に持ち上げた剣の切っ先を、正面に立つ相手に向ける。

 

「俺はてめぇを絶対に許さねぇっ!!」

「羽虫が吠えるなっ!」

 

レギスの右手が持ち上がる。だがそこから光波が放たれるよりも前に、祐一は相手の懐に入っていた。

縮地の応用版、ではあるが祐一のそれは未完成品でありそれだけでは先ほどの莢迦を上回る速度を生み出すことはできない。それに加えて今は、足下で魔力を爆発させて加速力を得たのである。魔力の扱いははじめてで戸惑う部分も多いが、今は使いこなすしかない。

剣を振り上げると、レギスは驚愕の表情を浮かべながら左腕の刃でそれを受け止める。

 

ギリギリ・・・ッ!

 

しばらくその状態で押し合いが続くが、先に下がらされたのはレギスの方だった。

噴き出してくる祐一の魔力をまとった剣を押さえ切れなかったのだ。

魔族、という存在は祐一も知識として知っていた。少なくとも、人間を遥かに上回る魔力と身体能力を持った存在だということだ。そんな魔族たる己が、人間相手に押し負けたことが信じられないのか、レギスは後退しながら歯軋りしている。

だがそれで終わるほど簡単な敵でもない。下がりながらレギスは再び右手を突き出す。

放たれる光波。今度は避けきれない。縮地の連発まではまだとてもできるものではなかった。それに何より、この角度で避けては町の方に直撃する。ならばどうする。

 

――できるか?

 

自問する。考えている時間はない。迫り来る光波が祐一の身を包むまで1秒もなかった。その間に祐一は、決断し、実行した。

 

 

バァンッ!!!

 

 

掬い上げるようにして、光波の接近に合わせて剣を振り上げた。

魔力を帯びた剣が光波に当たると同時に凄まじい負荷が両腕に響いたが、それを押し切って振り抜いた。

結果、光波はその軌道を変え、空に向かって消えていった。

剣を下ろすと、視線の先ではレギスの表情が今までで最大の驚愕に彩られていた。

 

「馬鹿な・・・」

 

祐一は剣を構えなおす。さすがに今のは両腕に軽い痺れが走ったが、まだ充分に剣は握っていられた。

 

「こんな小僧が・・・少々不可解な力を操るとは言えこんなただの羽虫が・・・」

「いつまでも羽虫とか言ってんなよ。俺には相沢祐一って名前がある」

「黙れっ。貴様の如き小僧が、“金色なる闇”の何たるかも知らぬ餓鬼がぁっ!」

「知らねぇな。何の躊躇もなく町中で戦って、周りの人を巻き添えにするような奴らの力のことなんて!」

 

驚愕に彩られていたレギスの顔が、今度は怒りで歪む。

 

「聞けっ、小僧! 魔なるものを超越し、深遠なる真の闇の力に選ばれし者の証たる聖痕、それこそが“金色なる闇の眼”だ! その眼を生まれ持った者は例外なく闇の歴史にその名を残す。即ち超越者の証だ! 貴様の如き羽虫風情が及ぶ領域の力ではないわっ!!」

「だから、知らねぇって言ってんだろうが!」

 

魔がどうした、闇がどうした、と祐一は心で叫ぶ。そんな言い分程度で大勢の命を無造作に奪って良い道理はない。

プライドを傷つけられて怒っているようだが、祐一の怒りはそんなものよりも遥かに大きいと自負していた。理由なく人の命を奪うようなプライドなら、粉々に打ち砕いてやりたかった。

 

「いつまでもなめてないで、さっき莢迦をやった時みたいになれよっ」

「なん・・・だと?」

「本気で来いって言ってるんだ! 潰してやるからよっ!」

「・・・“金色なる闇の眼”でもなければアーティファクトを持つわけでもないただの人間が、この私に本気を出せだと・・・あまつさえ、潰してやるだと・・・?」

 

どくんっ、と心臓が跳ねた。

肌が、焼けるような痛みを感じる。

喉がからからに渇き、耳鳴りがしてくる。

大気が、レギスを中心に震えているようだった。

 

「獅子は兎を狩るにも全力を尽くす・・・貴様ら人間の言葉だったな。そうまで言うならば我が力を受け・・・潰れるが良い!!」

 

金色の、獣の眼が輝き、今までのそれに数倍する魔力が収束される。

潰すという言葉の通り、目で見えるまで具現化された巨大な板のような形の魔力が、レギスの頭上に形成される。

そして僅かな迷いも慈悲もなく、その魔力を操るレギスの腕が、振り下ろされた。

先刻の光波とは比べ物にならない。

止める、弾く、などの行為は無意味だと直感的に思った。

ならば今度はどうする。

 

――斬る。

 

ぎゅって両手に力を入れる。

思い出されたのは、大武会の時に見た、あの男の斬撃だった。

まさに究極の斬撃と呼ぶに相応しかったあの一刀ならば、どんな強大な力でも切り裂いてみせるだろう。

それを繰り出せば、この壁のような魔力も、斬れる。

 

(斬れる――ッ!!)

 

ダッと地面を蹴って前に出る。

あの獣の眼を見た時から、恐怖が心と体を縛るが、恐れるなと、自らを叱咤する。

一瞬、斬れるか、と躊躇しそうになった心に、斬れる、と念じる。

今まで、何百万回も剣を振ってきた。

その中で、最高の一振りを、今この瞬間に――。

 

 

「はぁああああああああああ――――――ッ!!!」

 

 

気合一閃。

全身全霊を込めた一刀を、振り下ろした。

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

ズバ―――ッ!!!!!

 

自らの放った一撃で、目の前が光に染まった。その先にあるものは、例外なく全て跡形もなく消滅する、はずだった。

だが、一筋の線が縦に入り、光は両断された。

消滅するはずだった人間の小僧は、剣を振り下ろした体勢で硬直している。

そして、レギスの顔には、右目の上を通るように縦に線が走っていた。

傷は浅い。だが、本気で敵を捻り潰すために放った一撃を両断されたみならず、その剣圧でもって離れた位置にいた己の顔に傷まで負わされるとは。

 

(こんな・・・馬鹿なことが・・・!?)

 

魔力の総量は絶対的にレギスの方が上回っていた。

不可思議な魔力を噴き出していた相手の力は、確かに人間としては信じがたいほどに強力なものではあったが、それでもレギスを脅かすほどではなかったはずである。だというのに、質量ともに上回っていたはずの一撃のぶつかり合いで、負けた。

 

(質・・・? まさか、奴の魔力の硬度が、私のものを上回ったというのか? 純粋魔族たる我が魔力よりも、奴の魔力の方が高純度だったというのか!?)

 

信じがたいことだが、それしか考えられなかった。

まともにぶつかり合っていたなら、間違いなくレギスの勝ちだった。だが相手は“斬る”という一点にのみ力を注いだため、一点集中で高められた魔力の硬度が、そこにおいてのみ自分のそれを超えていたのだ。だから、斬れた。

理屈を立てるならそうしたことも言えるが、それでも信じがたいことに変わりはなかった。

同じ“金色なる闇の眼”を持つあの魔女ならばともかく・・・。

 

(そうか、魔女だ! あの魔女との戦いで少なからず魔力を消耗していたからか!)

 

そう。そうに決まっている、とレギスは繰り返し心の中で叫ぶ。そうでなければ自分が人間の羽虫相手に傷を負わされるなどありえないことだった。

 

(とはいえ・・・)

 

己にとって僅かなりとも脅威となる力を見せた人間を、このままにしておくわけにもいかない。

どうやら相手は今の一撃で力を使い果たしたのか、膝をついて動かない。

殺すならば、今が確実だった。

 

(そうだ。あの王女が持つ“モノ”とともにこの小僧、この場で滅しておくべきか)

 

それが得策と悟ったレギスは、微動だにしない相手の下へ歩み寄る。

光波で吹き飛ばすなどといった不確かなやり方でなく、自らの手で心臓を貫いて終わりにしようと思った。それで少しは溜飲も下がるであろう。

 

「梃子摺らせてくれたな羽虫。だが、これで・・・」

 

終わりだ、と言おうとした瞬間。

 

ブゥンッ!!!

 

鋭い唸りを上げながら剣を振りぬかれた。

 

ドシュッ!

 

先ほど、剣圧で薄く斬れた右目の上と同じ場所を、今度は深々と切っ先が抉った。

 

「ぐっ、がぁああああああああっ!!!!」

 

眼球までも切り裂かれ、絶叫を上げながらレギスは後ろへ跳び下がる。

剣を振り上げた相手は、多少ふらつきながらも両足でしっかりと地面に立ち上がる。

 

「おのれっ・・・・・・・ッ!!」

 

反撃しようと右手を上げたレギスの真横で、海が割れた。

激しい水飛沫とともに、海の中から何かが飛び出す。それと同時に、上空から何かが降ってくるのが見えた。海から飛び出た影がその何かとともに落下してくる。

さらに後退するレギスが直前までいた場所に、それは落ちた。

 

ズドンッ!!

 

それは、白く、鋭く尖ったもの。巨大な牙のようなものだった。

 

「ちっ、はずした、かぁ」

 

その牙の上に、髪と着物をずぶ濡れにした女が立っていた。濡れて顔に張り付いた髪を払いのけると、その下から覗いたのは、レギスと同じく獣のように爛々と輝く金色の瞳だった。

 

(こやつも第二段階を――!!)

 

先刻海へと叩き付けたはずの魔女、莢迦が不敵な笑みレギスへと向けていた。ほとんどダメージなど受けていない様子で、ところどころ服が破けているだけで裂傷すら見えない。貫いたはずの胸の傷も、既にない。

堤防に突き立った巨大な牙の上で、莢迦は呑気にも着物の裾を絞って水気を取っている。

 

「やってくれたね。予告無しでいきなり第二段階になってくれちゃうのはちょぉーっとフェアじゃないよねぇ」

「・・・・・・・・・」

「ま、君は君で随分と手痛くやられたみたいだけど」

 

顔から血を流すレギスを見て、莢迦がくすくすと笑う。

屈辱的ではあったが、事実なので反論のしようもない。

同じ力を持った魔女相手ではなく、眼中にすら入っていなかった人間の小僧にここまでやられては面目も何もあったものではなかった。

 

「さてそれじゃあ、第二ラウンドいってみようか?」

「どけ莢迦、そいつは俺が倒す!」

「がんばってるみたいだけど、そろそろ限界っぽく見えるけどねぇ、君」

「うるさい、いいからどけっ」

 

どうするか、レギスは思い悩む。

冷静に考えれば、同等の力を持った莢迦に、得体の知れない力を見せる人間の二人を同時に相手にするのは不利過ぎた。

かといって、このまま目的も果たさずに敵に背を向けるのはプライドが許さない。

せめて王女の方だけでも始末をつけるべき、と思って町へ目を向けて、片方だけになった目を見開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

to be continued


あとがき

 祐一覚醒、&vsレギスの回。感情の昂ぶりによって眠れる力を呼び起こす・・・やりすぎるとくどいけど、やはりバトルものの王道として欠かせない展開なのですよ。そして少しだけ明かされる“金色なる闇の眼”の謎、しかしまだまだ謎は多し。さて次回は、町で起こった驚くべきこと。本当は次回が2章の肝なのだけど・・・何となく全体の流れにそぐわないので章題を変えてみた。