カノン・ファンタジア

 

 

 

 

1.変わる世界

 

   −13−

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

剣と魔術の勝負であろうと、大元の基本は剣と剣の対決と変わりはしない。要は間合いの取り合いである。魔術の間合いは剣とは比べ物にならないくらいに広い、が、発動にはどんなに術式を簡略化しても溜めが必要となる。大きな魔術を使った直後なら尚更だった。加えて魔術師ならば、接近戦にはそう強くはないはずである。

つまり、懐に入り込んで密着すれば、剣だけでも充分に魔術に対抗しうる。

多少強引に弾幕を越えた祐一は、相手に密着した状態を保とうとする。

 

「ぬんっ!」

「く・・・っ!」

 

祐一が両腕に力を込めると、剣を受け止めているアリエスの上体が揺らぐ。力比べならば、祐一の方が上回っていた。

だがこれだけでは、祐一に勝機はない。

相手はもう一人いた。

予想外の祐一の特攻に驚いたキャンサーは僅かに動きを止めていたが、すぐに手にした二刀の狙いを祐一に定める。

けれど、祐一とて一人ではない。

キャンサーが動きを止めていたのは一瞬でも、それだけの時間があれば光球を凌いだレイリスが次の行動に移るには充分だった。

 

ヒュッ ギィンッ!

 

流れるような踏み込みで祐一の横に並んだレイリスは、片方の剣でキャンサーの二刀を捌き、もう一方の剣で祐一との鍔迫り合いで動けないアリエスを斬り付けた。

 

「!!」

 

しかし、レイリスの剣に手応えはなかった。

祐一も押し返してくる力が消え、前のめりに体が泳ぐ。その横の空中から、先ほどのものより二回り以上大きい光球を祐一目掛けて放とうとしているアリエスの姿をレイリスの目が捉える。

逆に、アリエスに剣を向けたために背中を晒すこととなったレイリスの背後から、体勢を立て直したキャンサーが剣を振りかぶるのが祐一には見えた。

 

バンッ!!

 

瞬間、祐一とレイリスの立ち位置が入れ替わっていた。

 

ギィンッ!

 

アリエスの放った光球を、レイリスは魔力を込めた双剣を交叉させるように振り抜いて打ち消した。

祐一は大剣を盾にして、キャンサーの二刀による斬撃を受け止めた。

 

「ぬぅ!?」

「っ!」

 

これには双方共に驚いたか、両側から息を呑む音が聞こえた。

祐一とレイリスは、互いの背中を合わせてそれぞれ眼前の敵と向き合う。

本人達すら思いがけないほどに、二人の息は合っていた。だがそれは当然のことと言えた。

10年以上、二人は互いの剣を見てきたのだ。

レイリスほど祐一の剣を見続けてきた者は他にいない。そして祐一もまた、レイリスの高い技量を見て、時には学ぶべきところを吸収し、それを超えるために何度もその動きを頭の中で思い描いてきたのだ。

間合いの取り方、呼吸のタイミング、細かい癖――自分の剣以上に、二人は互いの剣を知っていた。

 

「おのれ小童どもがっ!」

 

予想外の反撃に戸惑うキャンサーが怒気を露にする。

対照的に、宙に浮いているアリエスの方は冷静だった。

 

「大した連携ね。2対2なら実力で勝るこっちが有利と思ったけど、相方に足を引っ張られたかしら」

「貴様、アリエス! 私を足手まといと言うか!」

「さぁ、どうかしらね?」

 

祐一とレイリスのコンビに対して、アリエスとキャンサーの連携は取れていない。むしろキャンサーの方はあからさまにアリエスに敵意に近いものまで見せている。

それを見ながら祐一は、僅かだが勝機を使う糸口を見つけたように思った。

キャンサーは実力者ではあるが、祐一はせいぜい自分と互角程度と見ていた。手強いのはアリエスの方だが、こちらも二人がかりなら何とかなると思えた。敵の連携が取れていない今が、相手を倒すチャンスであった。

しかしそれは、三人目が参戦しなかった場合に限られる。

 

「時間をかけるなと言ったはずだ」

 

傍観を決め込んでいた三人目、ライブラが前に進み出てきた。

三方から囲まれて、祐一は額に汗が浮かび上がるのを感じる。

2対2でもぎりぎりの戦いである。2対3になっては万に一つも勝ち目はない。その上、王と姫を守るという条件付きである。

 

「そうね。じゃあ、手っ取り早く終わらせましょうか」

 

言うや否や、アリエスが頭上に左手を掲げ、魔術による光球を作り出す。

今度は一つ。ただし、今さっきレイリスが迎撃したものを、さらに倍にしたサイズのものだった。それを今この場に放たれれば、この観覧席が丸ごと吹き飛ぶほどの威力があるのは明白である。

そして、それを相殺する術を、祐一とレイリスは持ち合わせていない。

王と姫を連れて逃げ出すか。しかし下手に動けばライブラとキャンサーにやられる。かといってこのままでは、光球の一撃で全滅だった。

万事休すかと思われたところへ、思わぬ乱入があった。

 

ビュッ!

 

何かが空を切って空中のアリエスを狙い打った。

 

「ちっ!」

 

アリエスは飛来したもの、槍を右手の杖で打ち払う。それと同時に、大音声が響き渡った。

 

「レイリス! 二人を連れて行け!!」

「陛下!?」

 

これまでずっと動かずにいた北辰王がアリエスに向かって槍を投げつけ、剣を抜いてキャンサーに斬りかかった。

背後から奇襲を受ける形になったキャンサーは、王の剣を防いだもののバランスを崩している。

ほんの僅かに、包囲網に隙ができる。

この瞬間ならば、フローラ一人を連れて逃げることはできたかもしれない。

だが、祐一もフローラもその決断は迷わされた。王を見捨てるという、その決断を、二人は即座にすることはできなかった。

戦いの場では、一瞬の迷いが命取りになる。

王が稼いだ時はほんの僅か。迷った隙に、アリエスは既に動ける状態になっていた。

 

「ライブラ! キャンサー! どきなさいっ!」

 

声に反応して、ライブラとキャンサーの二人がその場から退く。それと同時に、巨大な魔力の塊が撃ち出された。

既に逃げ切るのは不可能なタイミングである。

咄嗟に祐一はレイリスの腕を掴み、その体を思い切りフローラの方へ向かって放り投げた。

 

「ゆういちさ・・・」

「レイリス! フローラを!!」

 

無理やりな体勢で投げたため、祐一自身はバランスを崩して床に膝をつく。

視界の隅で、レイリスがフローラを抱いて観覧席を飛び出す姿を見届けると、目前に迫り来る光球を睨みつける。

もはや、回避は完全に無理だった。

後は耐えるしかない。

 

(――くそっ!)

 

目を見開いたまま衝撃を覚悟する。

だが光球が当たる直前に、別の衝撃が祐一の体を揺さぶった。

気がつくと祐一の体は宙に浮いており、自分を投げ飛ばした姿勢で固まっている王の姿が目に入った。

 

「なっ――!!」

 

 

 

ドゴォーーーーーンッ!!!!!

 

 

 

爆風に吹き飛ばされながら、祐一は空中で何とか体勢を立て直して観客席の石段の上に着地する。

バッと顔を上げると、直前までいた王族用の観覧席は煙に包まれていた。

呆然と、その光景を見詰める。

 

ドサッ

 

音がした方へ振り向くと、フローラが顔を蒼白にして座り込んでいた。レイリスは、その傍らに立ち尽くして煙の立ち込める場所を見ている。

 

「ぐ・・・!!」

 

祐一は、血が滲むほど拳を握り締めた。

色々なものはこみ上げてくるのを感じる。その大半は、怒りだった。

何に怒っているのか、祐一自身にもはっきりしなかった。

例えば、目の前で誰かを死なせてしまったこと。

例えば、それを殺した相手に対して。

例えば、勝手に人を助けて勝手に死んだ相手のこと。

それらが入り混じった怒りを込めて、祐一はキッと頭上を睨む。

 

「?」

 

だがそこで、祐一はおかしなことに気付いた。

光球を放ったアリエスが、宙に浮かんだ状態で険しい視線を煙の立ちこめる場所に向けている。

それは、狙った相手を仕留められなかったがための表情には見えない。むしろ、既に祐一達は眼中にないかの如く、じっと煙の向こう側の何かを凝視していた。

 

「・・・祐一さん!」

 

レイリスが、何か別のことに気付いたように声を上げる。

その声に釣られてレイリスの視線の先を追うと、あれだけの爆発だったにも関わらず、観覧席の大部分が無事であるのが見えた。吹き飛ばされ、崩れているのは前に突き出た部分の一部だけである。

そして、そこに境界線があるように半円状に崩れた床の端に、誰かが立っていた。

 

「あれは・・・」

 

見覚えのあるその姿は、あの占い師の女である。

彼女の背後には、王や秋子達が倒れていた。祐一の位置からでは生死の確認には至らないが、少なくとも吹き飛ばされてはいなかった。

頭上にいるアリエスの険しい視線は、その占い師の女にじっと向けられている。

 

「美凪・・・」

「・・・おひさしぶりです、夏海さん」

 

向き合っている二人は、互いを名前で呼び合った。知り合いなのか、という疑問と共に、あれほどの爆発を起こした光球を受け止めた結界を張った占い師の女の力にも驚かされた。先ほど祐一の傷を癒した魔術といい、一体何者なのか。そしてそれは、並の魔術師の規格から大きく外れた力を見せ付けるアリエスに対しても抱く疑問だった。

――この二人は、一体何なのか。

残念ながら、今この場で祐一の疑問に答える者はいなかった。

 

「・・・できれば、この場は退いてくれませんか、夏海さん?」

「誰にものを言ってるつもり、あなた」

 

祐一の疑問を余所に、頭上の二人の間に漂う緊張感が高まる。

アリエスは占い師の女に向かって飛翔し、杖を振りかざす。女は横に跳んでそれをかわしたが、アリエスはさらに追いすがっていく。

 

「逃がすかっ!」

 

再度杖を振りかぶると同時に、アリエスは素早く呪文を口ずさんでいた。

小さな落雷が、占い師の女の足下目掛けて放たれる。

崩れかけ、不安定になっていた足場で、女は軽くバランスを失って倒れ掛かった。その隙を逃さず、アリエスが杖を振り下ろそうと迫る。

 

「!!」

 

ゾクリと、その瞬間祐一は背筋に冷たいものが走るのを感じた。

まったく同時にアリエスは女の目前で制動をかけ、踏み込もうとしたのと同等のスピードで後退する。

 

ドドドドドッ!!!

 

直後、占い師の女の眼前、アリエスが一瞬前いた場所に何かが降り注ぐ。

その正体は見えなかったが、僅かに残っていた天井と床が完全に打ち抜かれていた。もし後退するのが僅かでも遅れていたら、アリエスの身も蜂の巣になっていただろう。

今の攻撃を仕掛けてきた相手を探るように、アリエスが周囲に視線を走らせる。その視線が止まったのを確認して、祐一も同じ方向に目を向ける。

かなり離れた位置だったが、視線の先には確かに、先日占い師の女と一緒にいた旅芸人の男の姿があった。

 

(あんな距離から何を・・・・・・いや、それよりも――)

 

一瞬背筋を凍らせた殺気は、今の攻撃のものではなかったような気が祐一はしていた。

もっと別のどこかから放たれた空恐ろしいほどの殺気。

或いはもし、今の攻撃がなく、アリエスがもうあと数センチ前に出ていたら、何が起こっていただろうか。

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

「・・・珍しいな。お主ほどの男が立ち合いの最中に余所見をするとは」

 

小次郎は不思議そうに血の滴る己の刀と、切り裂かれた相手の服の袖と、その下の腕についた傷とを見比べる。

 

「ちょいとつまんねぇもんが見えちまっただけだ。それにこの程度は、ちょうどいいハンデだ」

 

左の二の腕に負った傷など気にも留めず、幽は剣の先を小次郎へと向ける。

その切っ先には、一瞬感じたほどの明確で貫くような殺気は込められていない。もちろん、人を斬るのに充分過ぎるほどの殺気は感じられるが、今し方どこかへ向けて放たれた殺気とは比べ物にならない。

ほんの僅かだが、その時の殺気に、小次郎は鬼斬りの幽という男の本性を見た気がした。

今、こうして対峙しているだけでも凄まじい威圧感を放っているというのに、それすらもこの男の片鱗に過ぎないようだった。

身が震えるのを小次郎は感じた。

これほどの男が、この地上にいるという事実に対する驚きと、その男と剣を交えることの出来る喜びに、小次郎は打ち震えていた。

いつまでもこうしていたい、そう思った。

しかし、祭りの時は長くは続かないものらしい。

 

「さぁ、続きといこうか」

「そうしたいのは山々なのだが、生憎と潮時らしい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「チッ、もう終わりかよ」

 

槍を構えながら、クーフーリンは舌打ちする。

対峙する銀髪の少女はいまだに無傷。それどころか、逆に数発、いずれも浅かったとはいえ、クーフーリンの方が攻撃を喰らっていた。

これほどワクワクする戦いは久しぶりで、これからが面白くなるというのに、撤退命令が出ている。

 

「何のつもりだ?」

 

あっさりと戦意を失くし、槍を引いた相手を怪訝に思って智代が問いかける。

あまりにも自然に、無造作に構えを解いたため、それを隙と見て踏み込むことはできなかった。

 

「何のって、やめだやめ。不本意だが上の命令じゃ仕方ねぇ。今日のところは勝負は預けるぜ嬢ちゃん」

「・・・・・・・・・」

 

智代は無言で構えを解く。

自分の方から退く意思表示をしたとは言え、思ったよりもあっけなく智代が構えを解いたことをクーフーリンは意外に思ったが、追求はせずにその場から立ち去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どういうことだ!? ここまで来て撤退などと・・・!」

 

一人憤慨するキャンサーに対して、ライブラとアリエスは淡々としていた。

 

「不確定要素が多くなりすぎた。それに、何か思うところがあるのだろう、アリエス」

「ええ。どっちにしても、四死聖にあの二人、さらに美凪までいたんじゃ、今この場で目的を遂げるのは無理でしょう」

「遠野美凪――貴様と同じ、かつて四大魔女と呼ばれた者の一人だったな、相沢夏海」

「貴様ッ、息子やかつての同胞を前にして情に絆されたのではあるまいなっ!」

「つまらない冗談はよせと言ったはずよ。私がそんな甘い女に見えるの? もう一度言ったら殺すわよキャンサー」

 

声を荒げるキャンサーをアリエス、夏海は睨みつけて黙らせる。

たとえ相手が誰であろうと、敵として前に立ったからには倒す。それが夏海のやり方だった。

今この場での撤退をライブラに促したのは、当然別の理由からである。

 

「四死聖とやりあってた5人もそれぞれ引き上げたわね。相手が追ってくる様子は、今のところないわ」

「ならば我らも行くぞ。早急に次の手を打たねばならん」

 

ライブラとキャンサーが、順にこの場から姿を消していく。

夏海もそれに続こうとして、一度だけ会場の方を振り返る。

 

「親は無くとも子は育つ、か。強く育ったわね、祐一。けど、まだまだ私の領域には遠い。ここまで来たければ、もっと強くなりなさい」

 

独り言のようにそう呟いて、夏海も姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

「逃げた・・・のか?」

 

急速に会場全体を包んでいた戦いの空気が薄らいでいくのを感じて、祐一は剣を下ろす。

アリエスはもちろん、ライブラとキャンサーの姿も既に見えない。会場全体を見渡すと、各所でモンスターによる攻撃も沈静化していっていた。

それで、戦いが終わったのだとわかった。

 

「終わっ・・・た・・・・・・」

 

気がつけば、陽はかなり傾き、赤い光が視界を染め上げている。

長かった一日が、間もなく終わりを告げようとしていた。

ふと手元を見下ろすと、祐一は自分の手が震えていることに気付いた。

震えているのは手だけで、体の他の部分は正常だった。ただ両手だけが小刻みに震えている。

剣を石畳の上に突き立て、祐一は震える両手をじっと見詰める。一体何に対して、どんな思いをもって震えているのか。

だが今日は、物心がついて以来十数年生きてきた中で、かつてない一日となった。

始まりとなったのは、莢迦との試合。

いくつもの顔が脳裏に浮かび上がる。

莢迦――。

鬼の男――。

旅芸人の男――。

占い師の女――。

覇王十二天宮と名乗った敵達――。

そしてその内の一人、アリエス――。

さらに、レイリスとフローラ、北辰王――。

 

「・・・色々、ありすぎだろ・・・」

 

あまりに多くの出来事が、今日は起こりすぎた。

今はとにかく、整理する時間がほしかった。その上で、改めて会わなければならない相手もいる。

だが、一つだけはっきりしていることがあった。

 

――それは今日、祐一の知る世界が、変わったということだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

to be continued


あとがき

 第3稿の1章、終了! 2稿までの基本的流れは受け継ぎつつ、細部はかなり変わったイメージであろうか。何人かに言われたけれど、今回の祐一はかなり強い設定となっている。ただその分、莢迦や幽にも序盤から全力に近い状態で飛ばしてもらっているので、目に見える実力差自体にあまり変化はない。

 祐一本人が言うとおり、色々ありすぎな1章であったが、それがむしろ狙いだったと言える。変化は唐突に、劇的に訪れる。今まで知っていた世界の常識では計り知れない存在がうじゃうじゃ現れて、今までの世界を壊して新しい世界を見せていく。1章はそんな話である。

 次回からの2章はまた変わって、祐一・フローラ兄妹を中心にしたストーリーが展開される予定。幽や往人はしばらく出番お休み。男っ気が減ると、必然的に女性陣の話に焦点が当たることとなる。2章はそんなお話。