カノン・ファンタジア

 

 

 

 

1.変わる世界

 

   −11−

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

ギィンッ!!

 

突き出される紅の閃光の先端を見極めて横に弾く。

即座にできた隙をついて攻め込もうとした瞬間、手品のように紅い凶器は相手の手元に戻り、次の打突が繰り出される。

一つ、二つ、三つ・・・いやそれ以上。一息で幾度も突き出される槍の穂先を前に、さしもの智代も後退せざるを得なかった。

 

(この男――強い!)

 

智代は改めて、クーフーリンと名乗った蒼身の男、十二天宮レオの強さを認識する。

大会一回戦で祐一が戦っていた北川も大した槍の使い手だったが、この男の槍術はまったく次元の違う代物だった。

槍という得物を、ここまで使いこなす人間が他にいるだろうかと、思わず見惚れてしまうほどにその技は見事である。

繰り出される打突の速度はまさに電光石火。突き出して、一度戻してから再び突く、という動作の間にあるはずの隙間も、この男にとってはないに等しい。加えて本来ならば引いて構え、間合いに入ってきた相手を迎撃するのが槍の定石。それをこの男は、自ら踏み込んで攻め立ててくる。

僅かでも突きを外し、隙をつかれれば即座に槍の間合いの内側を侵食されるというのに、それに対する恐れが微塵もなかった。

それは、絶対に間合いに入られないという男の自信の現れに他ならない。

そして実際、智代は何度も試みながら、一度も完全な形でクーフーリンの槍の間合いを突破できない。

かつてない強敵の出現に、智代は驚嘆していた。

 

ガッ キィンッ ガキィッ!!

 

だが同じ気持ちを、相手もまた抱いていた。

 

(こいつ――強ぇ!)

 

若い嬢ちゃん、と見た目で侮ったつもりはなかった。元より、あの噂に名高い四死聖の一人と知れば、たとえどんな相手であろうと侮るなど、考えるべくもない。

ゆえに最初から、クーフーリンは全力をもってこれに挑んでいた。

にもかかわらず、当たらないのだ。

攻め立てているのは己の方だった。絶え間なく打突を繰り出し、間合いにも入れさせず、反撃の暇も与えず、相手の防御を正面から突き崩して打ち破る得意の戦法を取っていた。

一見すれば、相手は防戦一方のように見える。

だがその実、槍は相手の体に一発たりとも当たっていなかった。

掠ってもいないのだ。これだけ攻めて、軽くフェイントを入れて隙を誘い、逆に隙を見せて踏み込んできたところを狙い、相手がバランスを崩したところを狙っても、全ての攻撃は坂上智代が両手に持つトンファーに防がれていた。

自らが磨き上げてきた技が通用しない、その事実にクーフーリンは戦慄した。

これが銀の戦慄、坂上智代か。

若干13歳で、あの荒れくれどもが跋扈した戦乱の世にあって最強の一角を担った銀髪の少女。彼女を前にした者は、その可憐な容姿にあまりに不釣合いな悪夢の如き強さに戦慄を覚えたという。

その理由が、こうして対峙してはじめて理解できた。

 

「ハッ――!」

 

クーフーリンの口元が獰猛に歪む。

楽しんでいるのか。この互いに決め手のない攻防を。

確かにそうかもしれない。

まるで先が見えない戦いだった。

どちらかが一瞬でも隙を見せればやられる、しかしどちらも一瞬たりとも隙を見せない。

そんな息の詰まる攻防は、確かに楽しかった。

まるで、昔に戻ったようで――。

 

「っ!!」

 

何か不吉なものが心の奥で鎌首をもたげるような感覚がして、智代は目眩を覚える。

ぐらりと世界が揺れるような感覚。それが智代の内面のみで起こっている現象のようで、体は変わらず敵の攻撃を凌ぎ続けている。

このまま揺れるのに任せていては危険だった。

捨てたはずの衝動に突き動かされる。

全てを壊してしまいたくなるような、あの衝動に。

 

「このっ!!」

 

それを振り払うように、智代は力任せに槍を弾き飛ばした。

反動で二人の体がどちらも大きく後退させられる。

 

「おっと・・・!」

「っ!」

 

離れた間合いで、両者が構えを取る。

一転して静かな睨み合い。

このまま下手に動くのは、互いに危険だった。

どちらも動けない硬直状態。それは、長く続きそうであった――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ブゥン―――ドガッ!!

 

振り下ろした剣が石畳を打ち砕く。

確実に相手を捉えたと思われた剣は、しかしただその先にあった地面を砕いたに過ぎなかった。

斬るはずだった相手は思い描いたようには斬られず、逆にその鋭い斬撃を己の方へ向かって繰り出してくる。

幽は振り下ろした剣を手元に戻し、相手の刀を受け止める。そこから即座に切り返そうとした時、相手は既に間合いの外へと引いていた。踏み込む速度が疾風ならば、引くのもまた同じ。それがまるで一つの動作のようにさえ見えた。 寄せては返す波のように。

ならば、それ以上の速度をもって踏み込むのみ。

足元を砕くほどの勢いで石畳を蹴り、幽は猛烈に突撃する。

かわされるのならば、それより速く。もっと速く。

 

ヒュッ!

 

だが、剣はただ空の斬るのみだった。

決して速度で劣っているわけではない。純粋な速度だけならばおそらく互角。しかしまるで、水を斬ろうとしているかのように手応えがない。

或いは、風にそよぐ柳か。剣を振り下ろした枝は斬れず、枝は倍の速度で返ってくる。

流れる水の如き動きと、柳の枝の如き剣。

 

――おもしろい。

 

極限まで高められた技量に、昂揚感を覚えずにはいられない。

佐々木小次郎と名乗った男は、久しく会わないほどの剣豪であった。

 

「いいぜ小次郎! 久しぶりに斬りがいのある奴だッ!」

「それは恐縮だ」

 

幽は片手に持った長剣を正眼の高さに据え、眼前の敵を見据える。

相対する小次郎は、構えを取らぬ無行の位。変幻自在に動ける無形の型が、流れる水の如き動きを可能としていた。

それにしても、と小次郎は思う。

 

――岩の如き男だ。

 

いやむしろ、金剛石とまで言ってしまっていいかもしれない。

一見隙だらけに見える大振りの一撃をかわし、即座に反撃を試みるも、一刀たりともこの男の体を斬ることができない。

 

ブゥンッ!!

 

唸りを上げて迫り来る轟風の如き斬撃をかわす。

やはり隙はある。だが、どう斬り込んでも斬れるというイメージが浮かばない。

斬っても斬れないもの。斬鉄すらもこなす小次郎の剣をもってして斬れないもの、それはまるで金剛石のような存在だった。

 

「どうした。避けてばかりで少しは受けたらどうだ?」

「生憎と私の刀は自慢の業物ではあるが、お主の剣ほど頑丈にはできておらぬのでな」

 

無理に斬ろうと思えば刀が曲がるか、折れる。これはそんな相手だった。

しかしそれゆえにこそ、斬ってみたいと思う。

 

(金剛石を斬る、か。まだまだ、我が剣の境地は奥が深い)

 

水と岩、対極の形にありながら互いに斬れない相手を前に、二人の剣士は昂揚する。

この男を斬った時、己はまた一歩高みへと近づける。その心を剣に写し、幽と小次郎は剣を振るう。

 

 

 

 

 

 

 

 

「むぅ、あいつら楽しそうだなぁ・・・」

 

他の三人の様子を眺めながら、莢迦はつまらなそうに呟く。

往人とサジタリウスは先ほどから睨み合ったままで動きはないが、智代とレオ、幽とカプリコーンは、いまだ様子見の段階とはいえ白熱している。

いずれも新顔だが、まさかこれほどの使い手達が覇王軍にいるとは思っていなかった。或いはあの二人、4年前の時点で二強であったライブラとサジタリウスをも凌駕するかもしれない。

 

「はぁ、失敗したかなぁ」

 

サジタリウスは4年前から往人とは因縁の間柄であり、カプリコーン、あの侍の風体をした男は最初から幽だけを狙っていたようで、これらは仕方ない。しかしあの蒼身の槍使いレオ、クーフーリンを智代に譲ったのは失敗だったかもしれない。

智代の勘を取り戻させておけば後々おもしろそうとはいえ、今この場で自分が楽しめないというのはおもしろくない。

何しろ――。

 

「二人がかりでこの程度じゃねぇ・・・」

 

遠くを見るのをやめて、近くに視線を戻す。

左右から莢迦を挟みこんでいる十二天宮達は、いずれも息を切らせている。

レオと共に現れたピスケス、それにいつの間にか加わった蠍座のスコーピオン。二人を相手にしながら莢迦の方は息一つ乱れていない。

スコーピオンの特殊能力は多少厄介ではあるが、その程度はちょうどいいハンデと思ったものがこの有様である。

 

「ゼェ・・・ゼェ・・・・・・くそアマが・・・!」

「はぁ、はぁ・・・まったく・・・やってくれちゃうじゃないの」

 

鎖の先に太い針のようなもののついた特殊な武器を扱うスコーピオンの特殊能力は、周辺の魔力を無力化することだった。これによりこの男は、魔術師にとって天敵とも呼べる存在なのである。

だがその能力は、相手が剣や体術に長けている場合はあまり意味を成さない。

魔女である莢迦は魔術を封じられれば多少戦いにおける選択肢が狭まりはするが、スコーピオン自身の戦闘力は莢迦にとってまったく問題になるようなものではなく、剣のみで簡単にあしらえる相手だった。

それを補うために、パートナーには直接戦闘に長けた者を選ぶのが定石だった。そういう意味ではレイピアの使い手たるピスケスはうってつけなのだが、これまた莢迦からすれば脅威でも何でもない。

純粋な武術の腕で言えば、この二人は祐一にさえ劣るだろう。もっともそれは、祐一が十二天宮並の腕だということなのだが。

 

(祐一君の今の実力は、十二天宮の中くらいかな)

 

覇王十二天宮と言っても、上から下までその実力はピンキリであった。

トップのライブラとサジタリウスは、彼女ら四死聖とも一対一で互角の勝負をする。それに4年前に倒したタウラス、レオ、ヴァルゴらも相応の実力者達であった。だがそれゆえに互いに死力を尽くす戦いとなり、最終的にタウラスは智代が、レオは幽が、ヴァルゴは莢迦が倒した。

結果として、残った十二天宮はこのピスケスやスコーピオンの様な下位のものばかりと思っていたのだが、欠番を埋めてきた面子は驚くべき強者達であった。

 

(たぶん、あいつもその一角だよね。でも、あんな面子、覇王が死んだ後にどうやって十二天宮と接触を持ったんだろ?)

 

それが疑問である。

覇王は強さだけでなく、絶大なカリスマ性を持つ存在であり、十二天宮はその旗印の下に集まった者達だった。

その覇王亡き後、残党をまとめてあげていたのはライブラであろうが、あの男は実力こそあるが、せいぜい一軍を率いる将の器に留まり、覇を唱える王者の器ではない。それがどうしてあれだけの顔ぶれを揃えられたのか。

思い当たる節はあった。

実のところ十二天宮の内、4年前に遭遇したことがあるのは11人だけなのである。最後の一人、アクエリアスとはついに会うことなく決着がついた。

しかしだとしても、何か今の覇王軍には、新たなバックが存在するような気が莢迦はしていた。

これは言うなれば、勘である。だが長く戦いの中に身を置いて来た者は、そうした直感を大事にするものである。

 

「いつまでも・・・」

「余所見してんじゃねぇッ!!」

 

莢迦がじっと考え込んでいると、左右からピスケスとスコーピオンが攻め込んでくる。

レイピアと鎖針の攻撃を軽くかわしながら、莢迦は二人に問いかけてみる。

 

「ねぇ、率直に聞くけど、今あんた達のバックにいるのは誰?」

 

ピクッと、二人が僅かに表情を変える。

 

「いやぁねぇ。私達覇王軍が誰かの庇護下にあるとでも言いたいわけ?」

「ふざけたこと言ってんじゃねぇぞ!」

 

隠し事のできない連中だと、莢迦は思った。

だがこれで確証を得た。今の覇王軍の背後には何かがいる。

大体の予測はつくが、もしそうだとしたら厄介な相手かもしれない。しかし仮にそうだとすると、また別の疑問が浮かび上がる。

莢迦が思い浮かべるその相手ならば、蘇生を可能とする禁呪を持ちえているはずだった。

それにも関わらずこの国に蘇生の秘法を求めて来たのだとしたら、ここにあるのはそれ以上にとんでもない代物かもしれないということである。

 

(う〜ん、ますますただで連中にあげちゃうのはもったいないな。ま、ゆっきーが何やら動いたみたいだし、私が何かするまでもないか)

 

ならば自分は、もうしばらく退屈な一時に我慢するとしよう。そう思って莢迦は、目の前の遊びを再開した。

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

「・・・ぐっ!」

 

痛みに顔をしかめながら、祐一は目を覚ました。不思議と、傷の深さから予想されるほどの痛みはない。むしろ、傷の痛みなど既にないように思えた。

目を明けると、心配げに覗き込むフローラ姫の顔と、それを守るように背を向けて立っているレイリスの姿、そして何故か、二日前に街で出会ったおかしな占い師の女がいるのが見えた。

 

「に・・・・・・相沢さん、大丈夫ですか?」

「・・・ああ、何が、どうなって・・・?」

 

体を起こすと、節々が僅かに痛んだ。しかしやはり、傷の痛みはない。

自分の身を見下ろすと、服は血で染まっているものの、傷はほとんど塞がっていた。

 

「傷が、塞がっている?」

 

相当の深手だったはずの胸の傷まで、もう何年も前のものだと言われても納得できるくらい薄くなっている。

祐一が知る限りの治癒魔術では、これほどの効果は得られないはずだというのに、一体誰が――と思って周囲を見回すと、占い師の女が控え目に自己主張するように手を挙げていた。

 

「あんたが、やったのか?」

「・・・はい」

「すごかったです。見たこともないくらいすごい治癒魔術で、みるみる傷が塞がっていって・・・・・・最初に傷口を見た時は卒倒するかと思いました・・・」

 

フローラは心底安心したようで、脱力したようにぺたんと座り込んでいる。

どうしてほとんど見ず知らずの間柄でここまで、と思ったが、よほど心配させたようで、何故だか祐一はとても申し訳ない気持ちになった。

このお姫様だという少女に対してだけは、いつも祐一が他人に対して感じる隔たりのようなものが感じられない。とても身近な存在に思えるのだ。本当に、今日はじめて会ったというのに。

そこで祐一はハッとなる。今の状況を思い出したのだ。

 

「あいつは――ッ!?」

 

先ほど自分を倒した男の姿を探して、祐一は周囲を見渡す。

するとすぐに、その光景が目に飛び込んできた。

呆気に取られた。

鬼と侍が、切り結んでいる。

それは、見ているだけで鳥肌が立つほど凄まじく、美しい剣と剣の舞いだった。

愚直なほどに剣の道を進んできた祐一だからこそわかる。あれは自分が思い描いてきた高み、剣の境地を極めた者のみが立ち入れる空間だと。

今の祐一には、そこへ立ち入るどころか、近付く力すらない。それが無性に悔しかった。

 

「・・・何なんだ・・・あいつらは・・・」

「・・・相沢祐一さん」

 

囁くような声で、占い師の女が祐一を呼ぶ。

その言霊には、逆らえない力が働いているかのように感じられて、祐一は彼女の方へ振り返る。

 

「・・・あの場所へ至るのは、あなたにはまだ早いです」

「・・・・・・・・・」

 

言われずとも、わかっていることだった。けれど言葉にされると、尚更にそのことに対する悔しさが込み上げてくる。

 

「・・・その代わり」

 

女はさらに続ける。

その視線が動くのに合わせて、祐一も彼女が見ているのと同じ場所へと目を向けた。

視線の先に映るのは、会場の上の方、最も豪華に造りこまれた場所、王族用の観覧席のある場所であった。

 

「・・・あそこに、今のあなたがまず向き合うべき運命があります」

「俺が向き合うべき、運命だと?」

「・・・死を恐れるなら、この場に留まるべし。されど汝が求める高みへと至りたくば、まずそこから始めなくてはならない」

「それは、占いか?」

「・・・お代は先日の分に込みということで。さぁ、どうしますか?」

 

どうするかと問われた時、祐一は考える事はしなかった。

死を恐れるかと問われれば、恐れていないとは言えなかった。

だが、求める高みへ至りたいかと問われれば、その答えは決まっていた。

そこに、乗り越えるべき最初の運命があるというのなら――。

 

「行ってやろうじゃねぇか!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

to be continued


あとがき

 智代vsクーフーリン、幽vs小次郎の極限バトル前哨戦。1章ではあくまで、前哨戦止まりである。そして一方では祐一復活。次回、ついに祐一は己の運命の始まりと対面する!