カノン・ファンタジア

 

 

 

 

1.変わる世界

 

   −10−

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

表に出てまず目に映ったのは、10メートル余りの大型モンスターが暴れている光景だった。

何人もの兵士がその侵攻を阻もうとしているが、足止めにすらなっていない。屍の山を築いていっているだけだった。それを見て、背中越しにフローラが息を呑む気配が伝わってくる。

さらに周囲を見渡せば、会場の各地で同じような光景が繰り広げられていた。

大型のモンスターは1体だけだが、それ以外にも多数のモンスターが人々を襲い、それを阻もうとする騎士や兵士達と戦闘状態になっている。全体で見れば、既に犠牲者はかなりの数になっているだろう。

その事実に、どうしようもないほど、怒りを覚えた。

 

「ふざけ・・・やがって!!」

 

憤りに任せて、祐一は剣を振りかぶり、大型のモンスターに向かって駆け出す。

見た目だけでもその脅威は充分に伝わってくる。おそらくは、限りなくSSに近いレベルのSランクモンスターだった。

万全の体勢なら何とか倒せる相手だろうが、今の状態で果たしてやりあえるかどうか。それでも、これ以上屍の山を増やすよりはマシであろう。

とにかくまずは、兵士達を下がらせて、あのモンスターの動きを止める。

 

シャッ!

 

「っ!!」

 

そう思って大型モンスターに接近しようとした祐一の眼前を遮るものがあった。

刃までも黒く塗られた、死神の持ち物を思わせる大鎌である。

 

「あ、どうも祐一さん。またお会いしましたね」

 

すぐ脇から声がする。

目を向けると、小柄な少女が笑みを浮かべながら祐一のことを見上げていた。先ほども会って、栞と名乗った少女である。彼女の手には、その小さな体に不釣合いなほど巨大な凶器が握られており、それが祐一の行く手を塞いでいた。

 

「おまえ・・・」

「いきなりすみません。でも、それ以上進むと、危ないですよ」

 

何が、と問い返そうとした瞬間、閃光が走った。

 

 

ザシュッッッ!!!!!

 

 

それを、ただ目を見開いて、呆然と見ていた。

眼前を走った閃光は、行く手にあるものを全て薙ぎ払った。

石造りの観客席は全て邪魔な障害物でしかなく、尽く打ち砕かれる。

祐一は、何が起こったのか理解しきれない中、ただその閃光の正体だけは、はっきりを見極めていた。

 

何のことはない。それはただの――巨大な斬撃だった。

 

斬撃は障害物と、人を全て吹き飛ばし、大型のモンスターをたった一撃で、両断した。

ただの斬撃にこれほどの威力があるはずはない。ましてや、刃そのものは敵に触れることすらなく、ただ振り下ろされた剣の余波だけで、それは敵を切り裂いたのだ。

魔力を持たず、ゆえに魔術を学べず、ただひたすらに剣の修行に明け暮れていた祐一だからこそわかる。

その一撃が持つ意味を。

どれほど洗練すれば、そうなるのか。

ただ力でもなく、ただ技でもなく、ただ速さでもなく。

いくら言葉を尽くしても、その高みを表現する事はできない。

それはただの斬撃ではない――ひたすらに高められた剣の全てがこもった、究極の斬撃だった。

 

 

誰がそれを放ったのか。

斬撃の軌跡を追った祐一が見たのは、黒と白のコントラストだった。

身に纏う服も、手にした身の丈ほどの長さの長剣も、乱雑に切られた髪も、全てが黒と白に塗り分けられている。

そしてその中で唯一、爛々と輝く眼だけが、真紅だった。

その姿を、人のものとは思わなかった。

鬼――。

そこにいるのは、人の枠組みから外れた鬼に他ならない。

 

 

鬼の男は消滅していく大型モンスターからは早くも興味を無くしたようで、新たな獲物を求めるように周囲に視線を巡らせる。

その眼が、新たな獲物を捉えた。

黒白の長剣が振り上げられるのを見て、祐一は男の放った斬撃に見惚れていた状態から我に返る。

今さっきの光景を思い起こす。あの男が放った斬撃は、モンスターを両断しただけではなかった。その周りにいた人間をも、全て巻き込んでいた。

 

ダッ――!

 

考え終わるより先に体が動く。

これからあの男が剣を振り下ろそうとしている先でも、人とモンスターが入り乱れて戦っている。そこへあの斬撃が放たれればどうなるか。

 

ギンッ!!!

 

振り下ろされる凶刃の前に体をはさみ、頭上に構えた剣で斬撃を受け止める。

 

「ぐっ・・・!!」

 

だが威力を止めきれない。鋭いだけでなくその斬撃は、恐ろしく重い。

先ほど試合で戦った莢迦の剣に比べれば速度は僅かに劣るが、そこに込められた力は比べ物にならないほど強い。

祐一の持つ大剣から比べれば半分以下の厚みしかない剣で、どうやればこれほどの重みを生み出せるのか。

 

「う・・・ぉおおおおおおおお!!!」

 

声を張り上げ、気力を振り絞ってその重い一撃に耐える。

ここで押し負ければ、後ろにいる人間達が余波に巻き込まれて死ぬことになる。

それを、許すわけにはいかない。

剣を受け止めている腕の骨が軋む。踏ん張っている足下がひび割れ、沈み込む。

限界一杯まで耐え切ったところで、押しつぶされそうな重みが止まった。

剣を振り下ろした鬼の男と、それを受け止めた祐一。二人はそのままの姿勢でしばし睨み合う。

目が合っただけで殺される。そう思わせるほどに鋭い殺気を放つ真紅の眼を、祐一は正面から見据えていた。

 

「何のつもりだ?」

 

振り下ろした剣に込めた力はそのままに、鬼の男が口を開く。

殺気を孕んだ、地獄の底から響いてくるような低い声にも重圧感がある。

普通の人間ならば、その眼光に睨まれただけで死を悟るだろう。それなりに精神力を高めた者でも、その声を聞けば抵抗する気力を奪われる。

けれど祐一は、その眼にも、その声にも怯まず、正面から問い返す。

 

「それは・・・こっちの台詞だ。その剣で、何を斬るつもりだった!?」

「オレの前に立つもの全てだ」

「関係ない人がそこにいても、おまえは剣を振り下ろすって言うのか!」

「その時は、オレの前に立った不運を嘆くんだな」

「・・・そうかよ。よくわかった」

 

受け止めていた剣を押し返そうと力を込める。

体中の筋肉が悲鳴を上げるが、知ったことではない。ここで力を出さずして、いつ出すというのか。

 

ガッ!!

 

両足で地面を蹴り、腕の先まで力を伝え、受け止めた剣を押し返す。

 

「うぉおおおっ!!!」

 

押し出した剣を一気に振り抜くと、鬼の男は勢いに押されて後方へ跳び下がった。

 

「おまえは、さっきおまえが斬ったモンスターと同じ、死を振り撒くだけの存在ってことだ!」

「あんな雑魚と一緒にすんじゃねぇよ。オレの方が千倍強ぇ」

「だったら尚更、おまえを野放しにはしておけねぇ!」

 

この男にだけは負けられない。

何故かそんな気持ちが沸きあがり、満身創痍の体に活力が戻る。痛みは消えないが、今は忘れる。ただ、目の前に立つ男を倒すことだけを考えて剣を構える。

対して男は、長剣を肩に担ぐようにして、自然体で立っている。ただそうしているだけなのに、威圧感はさらに増したように感じられた。

剣を握る手に汗が滲む。

先ほどの斬撃を見た瞬間の衝撃を思い起こす。

あれほどの剣を持つ相手に太刀打ちできるのかと疑う気持ちが心を萎縮させ、放たれる威圧感に気圧される。

 

「どうした。来てみろよ」

「ぐ・・・」

「オレが認められねぇってんなら、その剣でオレを斬ってみな!」

「ッ!!」

 

重圧を撥ね退け、弾けるように祐一の体が前に踏み出す。

間合いを一気に詰め、体重を乗せた一撃を相手の頭上に向けて振り下ろす。

 

ギンッ!!

 

祐一の放った斬撃は、男が眼前に差し出した剣によって受け止められた。

両手を使って、全力で打ち込んだ一刀を、男は片手で持った剣で容易く止めてみせていた。先ほどは、男が片手で放った一撃を、祐一が両手でぎりぎり防いだというのに、男は苦も無く祐一の斬撃を受けている。

 

「チッ!」

 

踏み込んだ勢いが死なない内に、それを利用して祐一は体を旋回させる。

相手の真横に回りこみ、遠心力を乗せた剣を薙ぐように振るう。

だがそれも、男の剣によって難なく防がれた。

そして、閃光が走るのが見えた瞬間、祐一は本能的に地面を蹴って後退していた。

 

ザシュッ

 

辛うじて見えた剣は、祐一の肩を軽く掠めた。

動くのに支障の出ない程度の傷である。祐一は痛みを無視して再度踏み込んだ。

下からの斜め切り上げ、上段からの斬りおとし、左からの薙ぎ。今度は三段構えの斬撃を連続して放つ。それを男は、今度は受けることなく、全て体捌きだけでかわしてみせた。

三つ目の薙ぎをかわして後ろへ下がる相手目掛けて、祐一は水平にした剣を突き出す。

 

ガキッ!

 

腹部を狙った刺突は、長剣の腹で受けられる。

否、止められたのではない。勢いは死なないまま、祐一の体が前に向かって泳ぐ。男は一旦受けながら、その威力を消すことなく、軽く逸らして後ろへ流したのだ。

前のめりになった祐一の眼前に、横薙ぎの斬撃が迫る。

 

ドッ!!

 

回避し切れないと見た祐一は、咄嗟に相手の懐まで飛び込んだ。

 

「が・・・ッ!!」

 

突き出した腕で相手の剣を持った方の手を押さえることで振り抜かれるのだけは防いだが、男の長剣は祐一の胸に深く食い込んでいた。

このまま振り抜かれれば胴体を真っ二つにされるかもしれない。だがそんなことよりも祐一が思ったのは、今の密着した状態からならば相手も自分の剣はかわせまい、ということだった。

 

「おぉおおおおおお!!!」

 

出血と共に抜け落ちていっているような力を振り絞って、祐一は大剣を振り上げる。

とった、と思った。だが祐一の剣は相手の体に届くことはなく、祐一は一瞬の浮遊感を感じた後、観客席の石畳の上に叩きつけられていた。

 

「ガハッ!!」

 

何と言うことか、男は祐一に押さえ込まれた腕を祐一ごと振り上げ、投げ飛ばしたのだ。長身だが、それほど筋肉質にも見えない細身の体で、よくもこれだけの膂力を出せるものだった。その力が、あの斬撃の威力を生み出しているのか。

石畳に叩きつけられた祐一は、その衝撃で傷口から一気に血が噴き出した。

試合中に莢迦につけられた右肩の傷と、先ほど受けた左肩の傷、そして何より胸の傷が深手だった。

 

「ぐ・・・・・・ゴハッ!」

 

立ち上がろうと全身に力を込めるが、体をひっくり返すのがやっとだった。うつ伏せに倒れ込むのと同時に、口からも大量に吐血した。

 

「く・・・そっ・・・・・・!」

 

力が入らない。試合で消耗した分が響いている。治癒魔術は所詮応急処置であり、治せる傷は表面のものだけで、体力を戻すほどの力はない。先ほどカレンに受けた治癒の効果も、限界に達していた。

もう剣を振るうどころか、立ち上がる力さえ、祐一には残っていなかった。

せめて万全の状態だったらと思う。

いや、果たしてそうだろうか。

今の数回の攻防で、祐一は軽くあしらわれていた。たとえ体力が万全であったとしても、この男に太刀打ちできるかどうか。

何とか、顔だけを上げて男の姿を見る。

強大な存在感。圧倒的な死の具現と思えるその姿は、死神を思わせた。

 

「くだらねぇな、てめぇの剣は」

 

その死神が、倒れ伏した祐一を見下ろしながら言い放つ。その言葉の内容に、崩れかけた祐一の精神力が持ち直す。

 

「くだらない・・・だと!?」

 

何度と無く感じている憤りがまた吹き上がる。

どうして誰も彼も、人のことを無意味だとか、くだらないだとか言い捨てるのか。そうやって自分を見下し、蔑み、否定する存在に対して祐一は強い怒りを覚える。

そんなことを、他人から言われる筋合いはない。

 

「何が・・・くだらないってんだッ! 俺のやってきたことを、否定する権利がおまえのどこにある!?」

「知らねぇよ、そんなこたぁ。てめぇが何を思って何をしようがオレの知ったことじゃねぇ。だがてめぇの剣は無為だ。何も写しちゃいねぇ」

「なん・・・だと?」

「剣を持つ奴ぁ、その剣にてめぇの心を写す。だがてめぇの剣にはそれが無ぇ。何も写さねぇ、そんなくだらない剣でオレに挑もうなんざ、千年早ぇんだよ」

 

反論が、浮かばなかった。

もう何度目になるのか。同じことを言われたばかりだったはずだった。

その剣は、何も写していない。その心には、何もない。ゆえに、無意味、無価値、くだらない。

相沢祐一の剣と心は、ただ空虚でしかない。

そんな空っぽの信念で、何を強いなどと思い上がっているのか。

 

 

 

 

「そこまでです」

 

倒れたまま動かない祐一と男の間に、レイリスが割ってはいる。

その後ろには、顔を真っ青にして祐一のことを心配げみ見詰めるフローラがいた。

 

「それ以上なさるというなら、私が相手をします」

「ふん、そんな奴にこれ以上興味はねぇ。それに、別の客が待ってるみてぇだしな」

 

男が振り返って剣を向けた先には、この殺伐とした状況で悠々と石段に腰掛けた、陣羽織を羽織った侍の風体の男がいた。

 

「さっきから見てやがったろう、てめぇ」

「横槍を入れるのも無粋と思って見ていたのだが、そちらに用がないのならこちらの相手をしてもらえるのかな?」

「死ぬ覚悟ができてんならな」

「ありがたい。鬼斬りの幽殿とお見受けした。私は覇王十二天宮にカプリコーンの称号をもって名を連ねる者、佐々木小次郎。一つお手合わせ願おう」

 

そう言って侍の男は、鬼の男が持つものと同等の長さを持つ長刀を抜き放った。

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

方々での戦いが激化する中、往人はいまだ席を離れずにいた。美凪とみちるにはそれぞれ役割を与え、今はそれを果たすためにこの場を離れている。

往人は一人、この場に留まって会場全体の様子を眺めていた。

この男は、ここに居ながらにして会場全ての様子を把握している。小さな人形を操り、それを通して運ばれてくる映像を全て見ているからだった。おそらく気付かれていないだろうが、智代や莢迦、祐一の周辺にもそうした人形は配置していた。或いは莢迦には気付かれているかもしれないが、智代は軽く視線を感じた程度でしかないだろう。

 

「坂上の奴、ありゃほとんど平和ボケだな」

 

というよりも、一瞬本人かどうか疑ったものだった。人間4年も経てば変わるものだった。

 

「さて、俺はどうするかね」

「できれば、そのまま昼行灯の如くその場に留まっていてほしいものだな」

 

声は頭上からしていた。振り返らない限り姿は見えないが、石段を38段上がったところにその相手がいることを往人は知っていた。

 

「よう、ひさしぶりだな、サジタリウス。俺の芸でも見に来たか? 今なら安くしとくぜ」

「それはまたの機会にさせてもらおう。今回はおまえ達がここにいるのは想定外だったのでな」

「嘘つけ。何が狙いか知らないが、何であれおまえらが8人もまとめて動くわけないだろ。俺達がいない限りな」

「本当だとも。ただ、保険はかけておいた、それだけのことだ」

 

十二天宮は大体の場合3人1組で動く。これは以前何度も遭遇した際に統計してみた結果だった。多くても5人1組。よほど重要な任務でない限り、それ以上の人数で行動する事は稀だった。

そんな彼らが8人も投入してきたのは、往人達を警戒しての保険だとしても異例だった。

つまり、今回彼らが求めるものがそれだけ重要だということである。

 

「別におまえらの目的が何だろうと知ったことじゃないが、せっかく居合わせたのに相手しないのも失礼だよな。他の連中はもうお楽しみみたいだし」

 

往人が言う他の連中、その“3人”は既にそれぞれ十二天宮と戦闘中だった。ここでそろそろ“4人目”が戦闘を始めても、何ら問題はないはずである。

既に手は打った。他の面子は勝手に戦っているだけのようだが、往人だけはこの事態を根本的に解決するための手段を講じていた。

別にカノンに何ら義理があるわけでもない。これはただ、往人自身が目的を果たすための一手である。

引き受けた依頼を、完遂するための――。

 

「幽の奴はくだらないと切り捨てた、結果以外には興味無しか。莢迦はここで終わる程度の奴か本物かを見極めたがっている。坂上のはほとんど個人的好意に近いが・・・」

 

椅子から立ち上がる往人。それに合わせて背後から狙っている凶器の先が動くのを感じる。

サジタリウスの構える弓矢の狙いは、背中からピタリと往人の心臓に当てられていた。だがどうせ、この距離では当たりはしない。

往人は余裕の動作で振り返る。

 

「あれはあれで可能性を信じてるわけだ。んで俺は、どっちかって言うと期待してる方なんでな」

「何の話だ?」

「なーに、とある興味深い逸材が本物か贋物かについての俺ら4人の意見さ」

「おまえ達4人、か・・・。本当におまえ達は、どこまでも我らの邪魔をしてくれる宿命にあるようだな」

「そんなご大層なものかよ。単に一番身近な敵同士、ってだけだろ。俺らとおまえら覇王軍は」

「そう、我ら覇王軍の・・・宿敵だ。鬼斬りの幽、魔女・莢迦、銀の戦慄・坂上智代、そして人形遣い・国崎往人――おまえ達、四死聖はな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

to be continued


あとがき

 祐一vs幽! されど結果はあえなく・・・。そして今回は散々もったいぶって、ようやくこの名称が登場、四死聖。2稿以前から知ってる人には今さらなわけだが・・・中身が毎回微妙に変わっている。さて、各地で構図が出来上がったところで、いよいよ1章クライマックスは佳境に!