カノン・ファンタジア
1.変わる世界
−9−
繰り出される爪による攻撃を弾き、返す刃で相手の胴体を両断する。
「ち・・・っ!」
たったそれだけの動きをするのに体が重い。元々重量のある代物だが、いつもは手に馴染む大剣が今は倍以上に重く感じる。その上、少し動かすだけで全身に痛みが走った。
さらに向かってくるモンスターの攻撃を受け止める。
すぐに押し返して斬り伏せようとしたものの、逆に押し込まれ、体勢を保つのがやっとの状態にされた。
相手はせいぜい、Aランクの中位程度のモンスターだというのに、ここまで苦戦するとは。鉛のように重い体に悪態をつきながら、祐一はモンスターを蹴り飛ばし、倒れかけたところを斬り付けた。
「7匹目・・・! カレン! そっちは・・・」
目の前から敵がいなくなったことで、背後を振り返る余裕ができる。そこでカレンが、祐一の背中を守るように立ち、手にした赤い布を操ってモンスターの侵攻を阻んでいた。
赤い布は、マグダラの聖骸布という、カレンが持つ防御・拘束用の武装である。それを巧みに操り、押し寄せる敵を時に強く打ち据え、時に優しく包み込むようにいなしていく。力に任せた祐一の剣を剛とするなら、正反対の柔を体現しているような戦い方だった。
「カレン、下がれ!」
声をかけるとカレンは祐一の方を確認することもなく、後ろへと後退する。
布による邪魔が消えた瞬間、一気に押し寄せてくるモンスターの群れに向かって、祐一は渾身の力をもって大剣を薙ぎ払った。
ドシュッ!!
まとめて5匹、モンスターが両断され、消滅する。
「はぁ・・・はぁ・・・!」
A・Bランクのモンスター12匹を倒した程度で息が上がっていた。試合の影響が想像以上に出ている。
目に見える範囲に敵がいなくなったことで、祐一は剣を床につきたて、自身も膝を付く。
「何が起こってんだ、まったく・・・!」
「わかりませんが、まだ多数の魔物の気配があります」
「大丈夫なのか、おまえは?」
「ええ。ですが、事の中心へは近付けません」
カレンの能力は、ただ魔を感知するだけでなく、その影響を体をもって再現する。魔に近付きすぎれば、その身は内側より傷付くことになるのだ。そうしてできた傷は自然に治癒するが、痛みは普通に感じる。影響が強すぎれば、死に至ることもあった。ゆえにカレンは、これ以上モンスターの大群がいる方へは行けない。
だが、祐一はそこへ向かうつもりだった。
「なら、おまえはここにいて、自分の身だけ守ってろ」
「はじめからそのつもりですが・・・あなたはどうするのですか?」
「決まってる。このまま事態を放っておけるかよ」
そう言って走り出そうとするが、思うように体が動かずに再び膝を付く。
「そんな体の状態で行って何ができるというのですか? あなた一人が行ったところで、事態が収まるわけではないでしょう」
「そんなこと知るかっ。ただ、ここにただいるよりはマシだろ!」
何に対してかわからないが、祐一は憤っていた。
会場がどういう状態なのかはここからではわからないが、カレンの感じたところ、少なくともここで遭遇した数に数倍するモンスターが会場全体にいるらしい。それも突然、何の前触れもなく現れたというのだから、被害は甚大なものになっているだろう。既に犠牲者も多数出ていると思われた。
それが、無性に許せなかった。
「仕方ありませんね」
カレンは、跪いている祐一の背中に手を添えてかがみ込む。
「何のつもり・・・」
「黙っていてください」
祐一の体は、カレンの手から発せられた淡い光に包まれる。それは暖かさを感じさせ、心地よさの中で体の痛みが治まっていく。
光が収まった時、元通りとまではいかないが、かなり体が軽くなっていた。
「私の使える治癒魔術ではこの程度が限界です」
「・・・すまん」
「いいえ。せいぜい足掻いてきなさい」
送り出す言葉までも可愛げのない女だった。
それでも、今は助かった。
とにかくまずは、会場の様子を知る必要がある。それには観客席の方に出てみるのが一番である。
通路をひた走る祐一の眼前に、また新たなモンスターが姿を見せる。
「邪魔だっ!」
これを一刀の下に斬り捨てる。
完全ではないが、先ほどよりもずっと体が動く。この程度のモンスターが数匹なら、苦もなく倒せた。
とはいえ、十数匹いるとなると、さすがに話が別となる。
通路が交差している辺りに、集まってきたモンスターが群れを成していた。その向こう側には、逃げようとする人々がおり、何人か腕に覚えがありそうな者がそれを守っていた。
祐一は走る速度を上げ、そこへ肉薄する。数は多いが、ここを突破しなければ先へは進めず、襲われている人々も殺される。
ザシュッ シュバッ!!
真っ直ぐに剣を振るう祐一と交差するように、二つの閃光が横に走った。
突然のことに驚いた祐一だったが、構わず敵のみに狙いを定めて剣を薙ぎ払った。
一振りで4匹を斬り捨てる。討ち漏らした敵が、剣を振り抜いて動きの止まった祐一へと襲い掛かるが、その身は祐一へと届く前に切り裂かれた。
ふわりと音も立てずに、それを成した者が祐一の背後に着地する。
「レイリス」
「お体の方は大事ありませんか、祐一さん?」
「問題ない」
横の通路から駆け出て祐一を援護したのは、双剣を手にしたレイリスであった。
さらに、彼女がやってきたのと同じ方向から息を切らせながら、今朝レイリスと共に探していた少女が走ってくる。
「はぁ、はぁ・・・ぁ!」
少女は祐一の姿を見止めると、何故か顔を赤らめ、焦った様子で手をばたばたさせた。
何をそんなに慌てているのかわからないが、祐一の方も何故だか、少し気になっていた相手の出現に戸惑い、視線を逸らしてしまう。
そして、レイリスに小声で問いただす。
「おい、何であの子がこんなところにいるんだよ?」
「少しお外の空気を吸いたいと仰ったので、その途中でこの事態に」
「間の悪い・・・」
襲われていた人々は、我先にと外へ向かう通路の方へ殺到している。ここは危険とはいえ、彼女をあれと共に逃がすわけにもいかない。
だがこうして遭遇した以上放ってもおけない。レイリス一人で彼女を守りながら戦っていくのは辛かろう。正直お荷物が増えそうな気がしたが、ここからは一緒に行動した方が良さそうだった。
「レイリス、どうする?」
「本当は、このままフローラ様を外にお連れしたいところなのですが・・・」
「だめ。こんな状況で、一人だけ逃げたりなんてできない」
「あのな、あんたがいて何か変わるわけでもないだろ」
「囮くらいにはなります。襲ってきた人達が何を考えているかはわかりませんけど、この国を襲ってきた以上、姫である私のことは狙ってくるはずです。そうすれば、民衆が逃げる時間稼ぎになります」
既にわかっていることだったが、堂々と姫という身分を大声で言ってしまっていいのだろうかと、どうでもいいことながら祐一は思わず周りを見回してしまった。
幸いもう辺りに人影はなく、今のは祐一とレイリスにしか聞こえていなかったようだ。
それはさておき、民より先に逃げられないとか、民が逃げる時間を稼ぐために囮になるとか、それは立派な心がけなのかもしれないが、それで自分を犠牲にするという行為に祐一は納得がいかなかった。
「囮になって、それでおまえは自分を身は守れるのかよ」
「そのためにレイリスさんがいます!」
「他人任せかよっ!」
守られてるから自分は平気だとでも言うのか。そんなものは上に立つ人間の勝手な傲慢ではないのか。
祐一はそう思ったが、当のレイリスは平然としたものだった。むしろ嬉しそうに笑みを浮かべている。
「祐一さん。こうなったフローラ様は梃でも動きません。それにご心配なく、主の信頼は従者の誇りです。そしてそれに応えるのが、私の義務ですから」
「・・・ごめん、ありがとう、レイリスさん」
「支障はありません。フローラ様と私は、このまま会場中央へ向かいます。祐一さんは、どうされますか?」
「・・・俺も一緒に行く。最初からそのつもりだったし、危なっかしそうなお姫様を放ってもおけないだろ」
「あ、危なっかしいですか・・・私?」
「ああ。その上頑固だ」
王女とはこういうものなのだろうか、と祐一は考え込む。
「・・・・・・危なっかしいのも頑固なのも、よく似てらっしゃると思うのですが・・・」
そんな祐一の方から顔を逸らすようにして、レイリスがボソッと何事か呟く。
「レイリス?」
「いえ、何でもありません。それより急ぎましょう」
選手の控え室付近にも、大量のモンスターが出現していた。そこから少し離れた辺りの通路に、智代と莢迦はいた。
「日食を利用しての大規模転移とは、やることが派手だなぁ。でも、これだけの真似ができて、やりそうな奴って言ったら・・・」
一人の魔術師の顔を思い浮かべながら、莢迦は眼前に迫り来るモンスターの大きく開かれた口内に向けて手を突き出す。
ただそれだけで、他に何もしたようには見えなかったが、モンスターの牙は莢迦に届くことなく、その頭部は内側から破裂するように弾けた。
あまりに不可解な倒され方を見たために困惑したか、それともそれに恐れを感じたか、知性を持たないはずのモンスター達は、莢迦を前に足踏みをしていた。
理性ではなく、本能で彼らは感じているに違いない。
これは一体なんだと。
そこにいるのは、異形の姿をした己らよりも、遥かに得体の知れないナニカだった。
それでもモンスター達は、自らの中に唯一ある存在意義たる殺戮本能に突き動かされ、ソレに襲い掛かる。その結果は、既に知れていた。一匹、また一匹と、全て違う形で、モンスターが消滅していく。試合の時とは逆に、刀には一切手をかけず、ただ魔術のみで、莢迦はまるで蚊を払う程度の動作で敵を駆逐していく。
ドカッ!
一方で、激しく動き回って周囲の敵を倒していっているのが智代だった。
両手に鋼鉄製のトンファーを装備し、それを扱った打撃と蹴りを主体とする体術をもって、モンスター達を叩き伏せていく。
目まぐるしく動き回る智代の動きに、モンスターは一匹たりとも付いていけず、全て一撃の下に倒されていった。
「莢迦! 一体何が起こっている!?」
「言った通りだよ。誰かが大規模な転移魔術でモンスターの大群を送り込んできてる。それに、本人達も来たっぽいね」
「本人?」
「ほんっとに鈍ってるね。よく感じてごらんよ、これだけ大きな魔力ならすぐに気付くでしょ?」
「何・・・」
言われて智代は、意識を集中する。
魔力の扱いに長ける者は、他人の魔力を感じ取ることができる。莢迦くらいのレベルになると、町一つ分くらいの範囲で一人一人の魔力を嗅ぎ分けられるが、智代の場合はそこまではできない。だが、魔力が大きければ、それだけ目立つため離れていても判別できた。
今も、上の方に現れた8つの強大な魔力の気配が四方に散るのを感じることができる。
「こいつらは・・・まさか・・・」
「まさかもとさかもないよ。こんな真似する連中、他にいないでしょ」
「奴らか!」
「そ。今日は8人とは大人数だね。新顔もいるみたいだし、4年前にできた欠員は補充してきたみたいだね。私達の宿敵――」
「――覇王十二天宮・・・!」
4年前に戦乱が終結するまで猛威を振るった存在。
モンスターを操り、大軍をもって諸国を侵略せんとした者達、覇王軍。
その覇王軍の中核的存在であり、覇王直属の戦闘集団――それが、覇王十二天宮である。
覇王が討たれた後姿を消していたが、こうして現れたということは、まだ生きていたということ。そして彼らが動き出したということは、覇王軍の復活を意味していた。
「あいつら、どうして今頃・・・」
「さぁね〜。私としてはそれより、彼らがこの国を狙う理由の方が気になるなぁ」
カノンは確かに大国である。5年前に長らく戦乱状態だった諸国をまとめあげて結成された連合軍の盟主として、一年余りの戦いの末覇王軍を打倒したの功績の大半はカノン王国にあると言って良い。
だが、カノン王国が覇王軍にとって真に脅威足りえるかというと、否だった。連合軍がどれほどの規模を誇ろうと、覇王軍に太刀打ちする事は不可能である。
その要因となっているのが、覇王十二天宮だった。
彼ら一人一人の力はそれぞれが一軍に匹敵する。十二天宮が軍勢を率いて戦えば、一万で百万の敵を打倒しうる。
では何故、4年前に連合軍は覇王軍を打倒できたのか。
簡単なことである。
4年前の戦いにおいて、連合軍と覇王軍が衝突した戦場に、十二天宮はいなかった。彼らは連合軍よりもより強大な敵と対峙していたのだ。一騎当千の十二天宮すらをも凌ぐ、たった4人の死神――。
結果的にその敵によって十二天宮は12人中5人を失い、覇王自身までも討たれることとなった。
これが知られざる、4年前の戦いの裏側である。
覇王軍にとっては、その4人こそが真の脅威であり、カノン王国はさして重要な攻略目標にはなりえない。そんな場所へ、何の目的があって十二天宮を8人も送り込んできたのか。
「ま、予測はつくけどね」
この4年間、彼らが姿を現さなかったのは、力を蓄えていたからであろうが、そもそも覇王は先の戦いで討たれてしまっているのだ。再び何かを成そうにも、彼らは主無き軍団でしかない。
しかし、覇王は普通の存在ではなかった。
討たれる間際、覇王は言った。自分は必ず蘇る、と。ならばこの4年間は、その手段の探索か、或いはその準備期間か。だとするなら、そのために必要な要素が、この国にあるとしたら。
「興味あるなぁ。反魂を成しえるだけの秘宝か・・・」
莢迦としては、覇王が蘇ろうが困ることはないが、それだけの秘宝をみすみす彼らの手に渡すのは癪だった。どうせなら、自分がほしい。
「ともちゃん」
「何だ!」
「外行こ。ここじゃ状況が掴みにくい」
言うや否や、莢迦は壁に掌を押し当てる。
ここからならば、道なりに行くより壁を撃ち抜いて行った方が早い。壁から外までの間にはモンスターの気配しかしないため、遠慮なく爆発系の魔術を放つ。
ドォンッ!!!
爆発の余波で、天井の一部まで崩れ落ちてくる。それに構わず先へ進むと、智代も慌てて後を追ってきた。
「無茶するなっ、建物ごと崩れたらどうする気だ!」
「その時はその時、ってね」
崩れないように加減することは可能だが、それは面倒だったため力加減は適当だった。もしかすると天井を支える支柱まで壊したかもしれないが、どうやらその程度の損害は考える必要はなさそうだった。
外に出た瞬間、真っ先に二人の目に入った光景は、大型のモンスターが観客席に上ろうと、建物を破壊しているところだった。
遠目に見た感じ、体長はざっと10メートル余りであろう。あれ以上のサイズのモンスターも莢迦にとっては珍しくないが、街中においてはかなり脅威となる大きさである。今も兵士が十数人がかりでその侵攻を阻もうとしているが、足止めにもなっていない。
「おやや、あれは放っておくと大変そうだね〜」
「呑気に言ってる場合か! 行く・・・・・・っ」
おそらくは、行くぞ、と言いかけたところで智代が息を呑んで振り返る。
莢迦は表に出た時から、接近に気が付いていた。振り返るまでもなく、背後、観客席の上から自分達を見下ろしている二つの気配を感じ取っている。前方に見える巨大なモンスターなどよりも、遥かに強大な気配の持ち主達――。
「ハッ、どうやら他の連中に先駆けできそうだな」
「ええ、あたし達運がいいわねぇ」
「おまえら・・・!」
一人は、全身を青い鎧で包み、穂先まで真紅に塗られた槍を手にした、獅子座の紋章を持つ男。もう一人は、派手な装飾品をちりばめた鎧をまとい、女言葉で話す魚座の紋章の男。
「十二天宮!」
「魚ちゃんはおひさしぶり。もう一人は新顔だね。君が新しい獅子君かな?」
「そういうことだ。クーフーリンとでも覚えといてくれや」
へぇ、と莢迦は声を漏らす。十二天宮は皆称号を各自名乗り、本名を明かすのは珍しい。
だからどうしたというわけでは別にないが、少しおもしろそうな男だと莢迦は思った。
何よりこのクーフーリンという男、強い。
「ともちゃん。魚ちゃんの相手は私がするなら、青い方の相手をしてあげなよ」
「何?」
「鈍ってる勘を取り戻すには、ちょうどいい相手かもしれないから」
「あら嬉しいわねぇ、莢迦さん、あたしの相手をしてくれるなんて。これで、どちらが真に強く、より美しいかを競えるというものだわっ」
大仰な仕草で、特に美しいの部分を強調して魚座の男、ピスケスがのたまう。この極度のナルシスト振りは、4年経っても変わっていないようだった。
「今さら比べるまでもないことだけど、まぁ遊んであげるからおいでよ」
十二天宮はいずれも一騎当千だが、その中でも強さの格付けがある。ピスケスはその中ではむしろ下位におり、莢迦にしてみれば個人的には興味の無い相手だった。
本当は自分の方があの青い騎士、クーフーリンと戦った方が楽しめそうだったが、ここで智代とあの男を当てておいた方が後々おもしろいことになりそうである。
だから今は、これで我慢することにした。
「じゃあ、そろそろ始めちまってもいいかい?」
獅子座のレオことクーフーリンの問いかけに、智代は無言で構えを取る。
「どうぞ」
莢迦がそう答えた瞬間から、戦いが始まった。
to be continued
あとがき
まだ100%とは言えないな・・・とにかく先に繋いで行こう。
ついに始まる戦い、そして次回はいよいよ、4人目が登場。