カノン・ファンタジア

 

 

 

 

1.変わる世界

 

   −8−

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

フローラは非常に落ち着かない様子でいた。

表面上は平時と変わらず、現在リング上で行われている試合を観戦しており、時折向けられる周囲の視線に対してにこやかに応えてみせている。

だが、長年仕えているレイリスにははっきりわかるほどフローラはそわそわしていた。

原因ははっきりしている。他には考えられない。彼のことが気になっているのだ。

レイリスは、先ほど行われていた試合を回想する。

あの莢迦という女。表には一切その感情を出してはいないが、はじめて見た時からレイリスは彼女のことを激しく嫌悪していた。理屈というよりも感情的、それ以上に生理的に受け付けない。何よりも、最初に遭遇した時にはフローラと一緒におり、尚且つ祐一のことも知っているようだった。そして今の試合、彼女は祐一の心の内面を覗きこみ、揺さぶっていた。それだけでも充分許し難い行為である。

あんな、どこの誰とも知れぬ者が彼の心に触れるなど、耐え難いことだった。その上、フローラまであの女のことを気にかけている。自分の最も大切なものを侵そうとするあの女を、レイリスは嫌悪している。

それだけではない。

アレは魔性だ。表面上をどう飾り立てようと、深く暗い闇を抱えた魔物だった。そんなものを、己が守るべき清く気高く尊い兄妹へ近付かせるわけにはいかない。

と、莢迦のことはさておき、前の試合で祐一は苦戦し、勝ちはしたものの傷を多く負っていた。それをフローラは心配しているのだ。もちろん、レイリス自身も気になっているが。

 

(とはいえ、この場で職務を放棄するわけにはいきませんし・・・)

 

様子を見に行こうにもその口実が――あった。

少しルール違反かもしれないが、どうせもうフローラは知ってしまっているのだ。この際構いはしない。

 

「姫様」

「はい?」

「少々お顔の色が優れないようにお見受けられます。お部屋でお休みになった方がよろしいかもしれません」

「へ?」

 

思いもよらないことを言われたためだろう、公の場ということを一瞬忘れた様子でフローラが呆けた顔をする。その顔を周りの人間に見られないようにしながら、目を合わせて意志を伝える。

長年姉妹のような関係で過ごしてきた主従である。これで大体のことは伝わる。

完全にはレイリスの考えは見えないようだが、何か言いたいことがあるのは察したのだろう。フローラは周りに軽く挨拶をして席を立つ。

そしてレイリスとフローラは観戦席から通路へと出る。

しばらく行って、周りに誰もいないことを確認してからレイリスが振り返ると、フローラは妙におろおろしている。

 

「フローラ様?」

「えっと、その・・・最初にごめんなさい!」

「はい?」

 

先ほどとは逆で、今度はレイリスの方が呆けた顔になってしまった。

一体何をもって謝る必要性があったのか。

 

「あれ・・・? な、なんか変なとこあったんじゃなかった? 表面には出さなかったつもりなんだけど、確かにちょっと落ち着きがなかったかなって思って、だからその・・・それでお小言かと・・・」

 

なるほど、と思って思わずレイリスは噴き出しそうになった。確かに今の連れ出し方は不自然であったし、そう考えるのも仕方ないというものだった。

主に対してこのような考えを持つのは不遜なのだが、フローラにはどうも、小動物のような部分があって、たまにからかいたくなる時がある。このまま本当に小言でも言って困らせてみるのもおもしろいかもしれないが、生憎とあまり時間もない。

 

「ええ、確かに落ち着きはありませんでしたね」

「やっぱり・・・・・・」

「ですから、その原因を取り除きに参りましょう」

「はい?」

 

それ以上は言葉に出さず、視線で思惑を伝える。基本的に頭の良い少女である。ここまで来れば、レイリスの意図は察することができた。そして驚いた表情で問い返してくる。

 

「い、いいの・・・?」

「構いません。私も少し吹っ切れました。少し様子を見に行くくらいならば、何も問題になることなどありません」

 

さすがにまだ、彼に自身の素性を明かすことはできないだろう。

今明かしたところで、それは彼の重荷にしかならない。

けれどフローラはもう知っており、接点もあるのだから、会いに行くくらい何の問題があろうか。

 

「私も、気になっていたところです。一緒に参りましょう」

「・・・・・・うんっ!」

 

今にも踊りだしそうな笑みを浮かべて、フローラは思い切り頷いた。

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

闘技場の外周を走る回廊の片隅に、祐一はいた。

背負っていた剣を壁に立て掛け、自身も壁に寄りかかり、それを支えにして立っている。思った以上に、受けたダメージが大きい。幾度も打ちすえられた上、限界を超えた動きを全身に強いたため、体中の骨と筋肉が悲鳴を上げている。

 

「・・・くそっ」

 

加えて、心も晴れない。

勝ったというのに、少しも充足感がなかった。

わかっていた。あの女が本気でなかったことくらい。

最後の一撃の時は、確かに祐一の剣が莢迦の剣を上回っていた。だがそれだけだ。結局あの女は、一度たりとも魔術を使いはしなかった。

終始自分の土俵で戦いながら、この様だった。

本当に――。

 

「無様ね」

「!!」

 

振り返るそこには、教会の修道女、カレンがいた。

何故こんな場所にいるのか疑問だったが、そんなことはどうでもいい。ただ、無様、という言葉を投げかけられながら、一つも反論できない己が情けなかった。

 

「何の用だ?」

「別に。ただの通りすがりですのでお気になさらず」

 

抜け抜けと見え透いた嘘を言う。

何もこんなことを言うためにわざわざ教会から出向いてきたわけではあるまいが、別の用事でここへ来ていたのなら祐一のことにはとっくに気付いていたはずである。それがこのタイミングで出てきたのは、明らかに狙っていたものに違いなかった。

まったく、ほんの少しでもいてほしいと思った時にはいなくて、一番会いたくない時に出てくる女だった。

 

「無様で悪かったな。こんなにボロボロでよ」

「そういう意味で言ったのではないわ。わかっているのでしょう」

「・・・・・・・・・」

 

それも、わかっていた。本当に無様なのは表面じゃない、中身の方だった。

ぎりぎりの勝利を収めた試合には何の意味もない。

ただそこにあるのは、今まで貫いてきた信念を砕かれた惨めさだけだ。

勝つために己を支えたのは、ただの意地。そこに信じるものなどはなかった。

 

「以前問いましたね。皆に自分の強さを認めさせること・・・本当にそれがあなたの望みなのですか、と」

「そんなこともあったか?」

「今でも、あの時と同じ答えを返せますか?」

「・・・当たり前だ」

「嘘ね」

 

見透かされている。祐一はカレンを睨みつけるが、元よりそれで動じるような相手ではない。

じっと見ていると、目の前の女と試合で対峙した女の姿が重なる。見た目も性格もまるで違うというのに、人の内面を抉るような言葉を投げかけてくるところはそっくりだった。

 

「あなたが自ら口にする望みに真実はない。それは無価値なもの」

「無意味とか無価値とか、人の今までを勝手に否定するなよ。第一、おまえにだけは言われたくなんかない。おまえのこれまでの生こそ、無価値だろうが」

「一緒にしないでください。確かに他人から見れば価値のない生でしたが、私は自分を偽ったことはありません」

「なら、偽りのない俺の心ってのは一体なんだよ?」

「そんなものを私が知るわけありません。自分の胸に聞いてみなさい」

「・・・人の言葉は否定しておいて自分の胸に聞けとは大した了見だな」

 

散々言いたいこと言っておいて、あとは知らんと来たものだ。

無責任もいいところである。もっとも、祐一自身、他人に責任を取ってもらいたいとも思わないが。

 

「まぁいい。おまえと話したお陰で“元気”になったよ」

 

心の中でくすぶるもやもやが、苛立ちによって振り払われる。

信念が崩れたからどうした。今さら後に引く気などないのだ。ここから先はただの意地である。

意地も貫き通せば信念にもなろう。そうやって勝ち進んで、後のことは全部終わってから考えればいい。

 

「お役に立てたのなら光栄です」

 

最後まで皮肉を言って送ってくれる。ありがたいことだった。これでまだまだ、意地が張れる。

そうして歩き出した祐一は、窓の外に意外な光景を見止めて足を止めた。

 

「何だ・・・?」

 

まだ夕暮れ時には早いというのに、妙に暗い。

何事かと確かめるべく窓に近付こうとすると、後ろで軽い物音と、うめき声が聞こえた。

振り返ると、カレンが壁に寄りかかりながら、苦しげに顔を歪めていた。

 

「カレン?」

「・・・大丈夫です。ただ・・・」

「まさかっ!?」

 

カレンの状態には、思い当たるものがあった。

以前聞かされた、カレンの特異体質について思い出す。彼女の体は、周囲の魔の気配を感じ取り、それに反応して、魔がもたらす影響をその身をもって再現する。つまり彼女は、魔を見つけ出すことのできる、生きた探知機。それが教会の持つ裏の顔、悪魔祓いにおける彼女の存在意義だった。

だが、ここは街の中心。しかも、今は人が大勢集まり、生の活力に満ちている。稀に人の中に魔が宿ることがあるとも聞くが、本来魔の気配があるはずのない場所であった。

 

「やはり・・・師が神託で得た通り今日は・・・・・・。何かが、来ます」

「何かって・・・」

 

そこで改めて祐一は、さらに暗くなってきている窓の外を見た。

 

「なっ!?」

 

空では、太陽が欠ける、驚くべきことが起こっていた。

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

「・・・国崎さん」

「ああ、見ればわかる」

 

観客席の片隅に座っていた往人は、空を見上げながら美凪の言葉の応える。

その視線の先では、太陽が黒い影に覆われて、消えていっていた。

今の世の人々はほとんど知らないであろうが、星の動きを読む美凪はそれを知っていた。

月が太陽を覆い隠す現象。

 

「日食か。何か起こるにはおあつらえ向きだな」

 

それ自体は珍しいものではない。時折起こりうる、ただの自然現象である。

だが、この大地から最も近くにある星、月は魔力に大きな影響を及ぼす存在であった。月に何らかの特殊な現象が起こる時、それは大きな魔術を起動させるのはうってつけの時なのだ。満月が最良であるが、日食という現象においても月の影響を受けることはできる。

現にこの地は、既に強大な魔力の干渉を受けていた。

 

「遠野、わかるか?」

「・・・巨大な転移法陣です。最初の発動はおそらく・・・」

「陽が完全に隠れきった時か」

 

そう言っている間に、太陽の光は完全の月の影に隠れた。

瞬間、もう誰の身にも感じ取れるほど膨大な魔力が溢れ出る。

何かが来る、そう感じた時、空間から染み出るように無数のモンスターが会場全体に出現し始めた。

響き渡る悲鳴。数分前まで試合で沸いていた会場は、一瞬にしてその姿を変えていた。

この世のものとは思えぬ異形の怪物達が暴れ狂う。

逃げ惑う人々、勇敢にも立ち向かおうとする人々、その全てに、モンスターの大群が容赦なく襲い掛かる。

事態に動じず座っていた往人達にも例外なく、モンスターが襲い掛かってくる。だが近寄ってきたモンスターは全て、見えない何かによる攻撃を受けたように頭を潰され、胸を貫かれて、胴体を引き裂かれて倒れ伏せた。その中心で、往人は変わらず半分以上椅子に沈み込んだ状態で空を見上げており、美凪は手元のカードに目を落としている。

 

「どりゃぁあああああ!!!!」

 

彼らのもう一人の連れは、少し離れたところでモンスター相手に暴れまわっていた。

 

「どんな感じだ?」

「・・・転移してきたモンスターの数は500ほど。全てBからAランクに相当します」

「これで終わりじゃねぇな」

 

この程度の敵ならば、態勢を立て直したカノン騎士団の手にかかればそう遠くない内に鎮圧される。これだけ大掛かりな魔術を使っておいて、この国を落とすにせよ、何か別の目的があるにせよ、これだけというのは考えられない。

既に警備兵が各方面で奮戦しており、控えていた騎士団の者達も戦闘に加わりだしていた。さすがにカノン騎士団、対応が早い。

 

「・・・第二派、来ます」

 

だが、これ以上の戦力に押し寄せられては、民衆を守りながらの戦いは苦しい。

再び魔力が高まり、先ほどよりも遥かに巨大な質量のものが転移してくるのを感じた。

会場のど真ん中、リングの真上に、それは出現した。体長は、軽く見積もっても10メートルは下らないであろう巨大なモンスターである。

 

「・・・Sランクの中でも上級のモンスターです。他にも、Aランクモンスターがさらに100体」

「ちょいとばかりやばそうだな。だが・・・」

 

往人はいまだ、じっと太陽を覆う月を見ていた。

日食はまだ続いている。そう長い時間続くものではないが、もうしばらくそこからもたらされる影響を残るだろう。

 

「時間的にもう一つ来るな」

 

そしておそらく、それこそが本命であると往人は見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

会場の各地に、モンスターは出現していた。

祐一とカレン。

フローラとレイリス。

智代と莢迦。

それぞれも現れたモンスターと対峙し、応戦している。

他にも試合に出ていた選手達、騎士団の者達が敵の脅威から人々を守ろうと奮戦していたが、会場中央に出現した巨大モンスターを中心に猛威を振るう敵に押されつつあった。

そんな中、太陽の光が戻り始めた頃に、闘技場の上に8つの人影が降り立った。

 

「ひゃははっ! 簡単に行くもんだなぁ!」

「ご覧なさいな。血がたくさん流れて、見てるだけでぞくぞくしちゃうわぁ」

 

現れた8人は、それぞれ装飾品のどこかに星座の紋章が入っていた。

牡羊座、蟹座、獅子座、天秤座、蠍座、射手座、山羊座、魚座。いずれ劣らぬ、強大な魔力を持ち、只者ならぬ気配を放っている。

その中心にいる、天秤座の男が周囲を見渡しながら口を開く。

 

「遊びに来たわけではない。抜かるなよ」

「まぁ、良いではないかライブラよ。久方ぶりの大きな戦場だ。少しくらいは羽目を外すのも」

 

苛立った様子を見せる天秤座の男、ライブラを宥めるように言葉を発するのは、射手座の男、サジタリウスであった。その言葉に賛同するように、残り6人の内半分に当たる3人が頷いている。

それを見て嘆息しながら、ライブラは各人に命を出す。

 

「私とアリエスとキャンサーは目的通り北辰王の下へ向かう。おまえ達は邪魔になりそうなものを始末しに行け」

 

命を受けて、4人が我先にと飛び出していく。

 

「ライブラ。或いはここに、奴らが来ている可能性もあるぞ」

「なればこそ、忌々しい彼奴らを引きつけておけと言っているのだ」

「そうだったな。では私も行くとしよう」

 

サジタリウスも、堅物のリーダーに対して苦笑しながら先に行った4人を追って行く。

堅物のライブラは、彼らの背を見送りながら思う。実力はこの上ない面子だが、実に扱いにくい者達であると。とはいえ、それを使うのもリーダーたる己の器量だった。

 

「・・・行くぞ」

 

ライブラは残る2人、牡羊座の女アリエスと、蟹座の男キャンサーを引き連れて目的の場所、カノン王国を統べる北辰王の下へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

to be continued


あとがき

 調子悪いな・・・感情移入しきれないから各キャラの動きが悪い。特に祐一とカレンの関係は自分で考えておきながら複雑すぎて自分でもよくわからん。とにかく、おなじみ十二天宮の登場で第1章はクライマックスへ突入、みたいな。