カノン・ファンタジア
1.変わる世界
−4−
予選は滞りなく終わった。
時間がないため、一試合2分という限られた時間内で相手を倒すか、より高い力量・技量を見せた側の判定勝ちとなる。
祐一は対戦相手が魔力0と侮っている内に、全ての試合を1分以内に決めた。特筆するほど手強い相手もいなかった。騎士団の人間も、外来の無法者もいたが、どれも大した強さではなかった。
周囲は大いに驚いていたが、この程度ではまだまだ祐一の心は満たされない。
本戦は数万人の観衆の前で行われる。そこで行われる戦いの様子は、近隣諸国での語り草となる。現についこの間まで、去年の本戦で行われた激戦の数々を人々が語らっていた。大戦以前の、古い記録を持ち出して話題に上げる者もいた。それだけ注目されている中での勝利は、最高の栄誉となり、勝者は誰もが認める存在となる。
だから祐一は、絶対に勝たなくてはならない。
それなのに、先ほどから頭にこびりついて離れないものがある。
予選が始まる前に出会った、あの少女の姿が、ずっと脳裏に焼きついている。
レイリスが探していた相手で、礼を尽くしていた様子から、あの少女がこの王国の第一王女、フローラ姫であることはおそらく間違いない。だがそんな事実はどうでもよく、ただのその姿が、その存在が、祐一の中の何かを刺激するのだ。
(・・・くそっ、余計なことを考えるな。今は試合に集中しろ!)
本戦は予選とは違う。
明らかにレベルの違う相手が出てくるはずだった。少なくとも、坂上智代と、あの莢迦という女は一筋縄でいく相手ではない。負けることの許されない祐一にとって、最も注意すべき存在である。他にもどんな伏兵がいるかわからない。雑念を捨て、全てを注ぎ込まなければ優勝になど到底手は届かない。
(そうだ、俺は、ここで勝たなくちゃならない)
生まれた時から、人間以下の存在だと決め付けられた。
環境は確かに恵まれていた。後見人である叔母の秋子は、この国一番の有力者だ。その庇護の下で暮らしていたのだから、生活は恵まれていたかもしれない。
だがそれは結局、秋子の庇護がなければ最低限人並みな存在でいることさえできなかったということだ。
自分自身の力は、誰も認めていない。
子供の頃は仕方なくても、祐一はたとえ大人になっても、それが変わることはない。
魔力0という汚名は、決して消えることはないのだ。
ならば、それ以上の名誉を手に入れるしかない。誰よりも強く、何者にも負けない力を手にすれば、それを誰もが認めるものにすれば、皆彼を認めざるを得ないはずだった。魔力などなくても、相沢祐一はこの世界で一番強いと、皆に認めさせれば――。
(そのためにここまで来たんだ!)
一歩踏み出すと、光が溢れる。
ワァアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!
太陽の光と、会場の熱気で立ち眩みを覚える。
それも一瞬のこと。目を開けばそこは、カノン大武会の本戦が行われる、大闘技場である。数代前の国王が、国交と騎士団の増強を目的として建造したというここは、巨大で立派な建造物だった。
中央には、直系およそ30メートルの円形の武舞台があり、試合はそこで行われる。
今は騎士団から選ばれた審判役が開会の挨拶と、ルールの説明をしている。
試合は無制限一本勝負。武器を含めて戦闘方法は自由だが、相手を殺すことは不可。場外に落ちるか、戦闘不能になる、ギブアップをすることで負けとなる。
説明が終わると、トーナメントの組み合わせ抽選会が行われた。予選を勝ち抜いた16人の選手がそれぞれくじを引き、トーナメント表が埋まる。祐一が引いた数字は3、第2試合となる。見知った顔だと、智代が9な他、名雪、美坂香里、川澄舞と言った面子は皆反対側だった。それと、祐一の初戦の相手となる北川潤も含めて6人が学生である。16人中6人は多くはないが、それでも今年の学生は優秀と言えた。
そしてもう一人気になる存在、あの莢迦という女は、薄布を垂らした笠で顔を隠し、舞姫と名を変えて出ていたが、その引いた数字は1、第1試合であった。
全員が引き終わると、第1試合に出る2人を除いた選手は、控え室へと下がる。
時刻は正午、カノン大武会本戦の開始であった。
控え室に戻ると、智代が寄ってきた。
「うん、ちゃんと勝ち抜いて来たな」
「当たり前だ。というかまたおまえは、何だって俺に付きまとう?」
邪険に扱ってもまったく気にした様子もなく、智代は祐一が腰掛けた隣に同じように座る。
鬱陶しかったが、座った後でまた立つのも大人気ないので、そのままでいることにする。
「16人中6人が学生、しかも相沢と同じ二年が多いな。優秀な学年ということか」
「知るか、そんなこと」
「彼女・・・水瀬先輩か。確か、おまえの従姉妹だったな」
「だから何でおまえがそんなことを知ってる?」
同学年の間ではわりと当たり前の事実として知られているが、今年入学したばかりの智代が何故知っているのか。
「調べたからな」
確かに、隠していることでもないため、少し調べればすぐにわかる。
だがそれとて、積極的に調べる気にならなければわからないことであり、そうするからには何らかの理由があるはずだった。
「単純に、おまえはすごい奴だと思うぞ」
「は?」
「実力自体大したものだし、何より、ハンデを抱えながらそこまでになるまで、さらに上まで目指すほどに努力するなんていうのは、誰にでもできることじゃない。それに、ひどい扱いをされてきたのに、中身が捻じ曲がってない」
「・・・何言ってやがる捩れに捩れて歪みまくってるよ、俺は」
「そんなことはない。私が保証する。おまえはいい奴だ」
そんなことを、本心から言っているような笑顔で口にする、坂上智代という女がわからなかった。どうして彼女は、こんな風に自分に対して好意を向けているのか。
けれどその気持ちはとても心地よくて、つい身を委ねたくなる。
智代は祐一を、すごいと言う。それは彼を、認めているということだった。それは祐一が、求めていることのはずだった。なのに、どうしても、それで満たされた気持ちにはならなかった。
「俺は・・・」
口を開けかけたところで、会場の方がドッと湧く。つい話に気を取られて、試合が始まっていたことにも気付かなかったようだ。
第1試合の組み合わせは、あの莢迦という女と無頼の巨漢だった。
男の方もそれなりに修羅場を潜ってきたように見えたが、おそらく莢迦が勝つだろうという直感がしていた。勝敗は見えていたが、祐一が一回戦を勝てば莢迦は二回戦の対戦相手である。少しでも対策を立てるため、試合を見ておく必要があるだろう。
そう思って控え室の窓から外を覗き見た祐一は―――宙に浮く巨体を見た。
「な・・・?」
武舞台の上には、優雅に佇む巫女が一人。
対戦相手の大男は、手にした武器ごと、宙を舞っていた。数秒間の浮遊の後、その体は重力に従って地面に落下する。そこは、武舞台から外れた地面、場外であった。
試合開始から一分足らず、勝負は既に、決していた。
唖然とする祐一の横で、智代も僅かに目を見開いていた。
「あれは・・・・・・いや、まさかな・・・」
「?」
彼らと同じように、しばし呆然として静まり返ってきた観客席が、突然大歓声に見舞われた。
舞台上の巫女は、そんな観客に対して一礼をして、控え室へと戻ってきた。
祐一と智代は二人して、その姿を目で追う。そんな彼らに一瞥もくれず、莢迦は控え室からも出て行った。少し気にはなったが、今は自分の試合の方が重要である。
次は第2試合、祐一の出番であった。
第2試合は、学生同士の対決となった。
片方は学院二年の北川潤。槍の名手で、目立たない存在だが、二年での実力は美坂香里に次いで2番手と目されている。だがそんな対戦相手の情報は、智代にとっては大した意味はなかった。
彼女が注目しているのはもう一人の方、相沢祐一である。
既に試合は始まっており、祐一の剣と、北川の槍が打ち合わされている。
「・・・・・・」
観戦しながら智代は、少し気になることについて思いを巡らせていた。
第1試合で勝者となった、舞姫という女が、どこか気になるのだ。だが、本当に小さな違和感であるため、その正体を突き止めようという気にまではならない。せいぜい、なかなかの実力者らしい、という程度の思いを抱くだけだった。
気になることと言えばもう一つ。この控え室に入ってからずっと何かの視線を感じるような気がした。これもほんの微弱だが、魔力も感じる。
どちらも本当に些細な感覚で、知っているような気がするのだけど、まったく思いだせず、気になるのだけれど気にかけようとしていなかった。
(もどかしい・・・でも今はそんなことより、相沢の試合だ)
北川はなるほど、優秀と言われる現二年生のナンバー2と言われるだけあって、なかなかの腕前である。正規の騎士団の中にも、あれだけの槍の使い手は数えるほどかもしれない。将来の有望株といったところだろう。
しかし、祐一が負ける相手ではない。
智代は知っている。祐一がこの日のために、ひたすら努力を続けてきたことを。それは誰にも真似できない、誰もから称賛されるべきことだと、智代は祐一本人以上に思っていた。
魔力がないことなど関係ない。相沢祐一は、もっと人々から認められるべき人間だった。
(勝てるさ、相沢。おまえなら!)
ギィンッ!!
剣戟の音が、武舞台の上に響き渡る。歓声がすぐにその音を掻き消してしまうが、鉄と鉄とが打ち合わされる音は、何度も何度も紡がれる。
振るわれているのは、大剣と槍。
攻めているのは、槍の方である。
チッ!
槍の穂先が肩口を掠める。浅い。
祐一は構わず踏み込んで間合いを詰めようとする。
剣と槍の対決において、大きく物を言うのは間合いである。自明の理として、リーチの長い得物の方が戦いを有利に進められる。相手の攻撃の届かない位置から一方的に攻撃できるのだから当然である。逆に懐に入られると、槍に不利、剣に有利となる。とはいえ、この懐に入るというのが簡単ではなく、剣で槍に勝つためには相手の三倍の力量が必要だと言われる所以である。
祐一の持つ大剣は通常のものより長いリーチを持つが、それでも槍と比べれば、やはり近い間合いの方が有利となる。
一方的に相手に攻めさせながら、祐一は自分の間合いまで踏み込む機会を窺っていたのだ。
(とった・・・・・・ッ!!)
剣を振り下ろそうとした瞬間、眼前に槍の穂先が現れた。突き出した槍を、祐一が踏み込みきるよりも速く手元に戻したのだ。
首を捻って槍の狙いを額から外し、転がるよう間合いの外へと逃げる。追い討ちが来るかと思ったが、北川は祐一が起き上がるまで、槍を構えた姿勢で律儀に待っていた。今の眉間を狙っていた槍も、突き出される気配はなかった。
(当然か、試合だからな)
はじめから北川は、寸止めをするつもりで槍を繰り出していた。もちろんそれは、祐一も同じことだった。
真剣を用いての実戦を想定した試合だというのに甘い話だった。とはいえ、殺しは禁止されており、そもそも本来騎士団の質を高めることを名目として開催される大会なのだから、有望な者を失うようなことになってしまっては元も子もない。
(難しいな・・・)
祐一の大剣は殺傷力の高い武器だ。パワーをセーブして使うにのには向いていない。特に槍のようなリーチの長い得物と剣で戦うならば、小回りの利くものの方が良い。
いっそ徒手空拳で戦おうかとも思った。魔力を持たない祐一は、それを補うためにあらゆる武術を学んでいた。全て独学であるが、十数種類の武器と無手の技を使いこなせる。その中で一番体に馴染み、尚且つ魔術が使えないことで攻撃力に劣る自身の欠点を最も確実に埋められる破壊力のあるものとして、この大剣を選んでいた。
少し考えてから、考えるのをやめた。
この程度の相手を、自分の最も得意なスタイルで押し切れなくて優勝などできはしない。
「やっぱりやるな、相沢。水瀬の言った通りだ」
「・・・そうかよ」
そういえば、この北川と名雪、それに美坂香里の3人はよく一緒に行動している仲間だったと思い出す。名雪に紹介されたこともあったが、気にもならなかったのですっかり忘れていた。
秋子の娘である名雪は、天才でこそないが、非凡な剣の使い手だった。その名雪が、北川は学院一の槍使いだと言っていたような気がする。
「行くぜッ!」
槍を中段に構えた北川が踏み込んでくる。
横に体を開いて突きをかわすと、引くと見せかけて払いがくる。槍という武器は見た目上、突き技が主体と思われがちだが、その長さを活かした払いも有効な攻撃手段であった。
攻撃範囲の広い払いは、かわすのが難しい。足を払われれば体勢を崩され、それでなくとも単純に威力も相当なものだ。下手に受ければ骨が折れる。
北川は、突きと払いを器用に使い分けて攻めてくる。教本通りで読みやすいが、その分破るのも容易くない。
(だが、見切れる!)
速度も精度も高いが、捉えられないものではない。
ガッ!
突きから払いへと移る動きの間に割って入り、槍を横へ弾く。そうしてできた隙へ向かって踏み込もうとするが――。
「甘いぜ!」
弾かれた槍を、北川は頭上で旋回させ、石突の側で払いに来た。本当に槍の特性を良く理解し、活かしてくる。学院一の槍使いというのも頷ける。
だがこの石突による払いも、充分に見切れる。そう思った瞬間、思いがけない衝撃を受けた。
振り抜かれた槍の石突が、炎をまとっていた。
(魔術か!)
術を発動させる動作はなかった。だとすれば、予め槍か、身につけている何かに術式を刻んでおき、魔力を通すことで発動させたのだろう。理論的には理解できても、自身が魔力を持たない祐一は、魔力を使用を感覚的に感じ取ることができない。
そのため対応が遅れ、石突自体はかわしたものの、まとった炎までは避け切れなかった。
(魔術に対抗するために、基礎理論は徹底的に勉強したつもりだったんだけどな・・・やっぱり実際相手にするとそんなに簡単じゃないか)
理論は学んだが、実技は見ていなかったため、こうした応用法があるというところまでは考えなかった。
ハンデを埋めるのは、本当に楽ではない。
「今のは結構効いたろ」
「ああ、かなりな」
学年2位は、魔術の腕も達者なようだ。その上槍の腕は学院一。一戦目からなかなか手強い相手と当たったものだった。
もっとも、負ける気は少しもしなかったが。
「お返しに、次で決めてやるよ」
「言うじゃねーか。ならこっちも、次で決めに行ってやるさ!」
北川は数歩下がり、槍の先を地面に向けて構える。決めの技は、おそらく突き。
対する祐一は、剣を後ろに引いて半身になる。相手に向いている体の面積を小さくすることで、突きの的を絞らせる。これである程度は、槍の軌道が予測できる。北川もそれはわかっているだろうが、あえて真っ向勝負を挑んでくるつもりらしく、構えを変える気配はない。
数秒間の対峙。先に動いたのは、北川の方だった。
ビュッッッ!!!
今まで見てきた中で最速の突き。真っ直ぐ祐一の腹部を狙っている。ある程度怪我を負わせることは覚悟の上、急所を避け、致命傷にせずに最もダメージを与えられるところを狙ってきていた。
祐一は北川が踏み込んできた瞬間、まだ間合いに入る前に剣を振り下ろした。
狙いは北川ではなく、その前方の地面。
「おぉおおおおおおお!!!!」
ドガッ!!
リングのタイルを、祐一の大剣が打ち砕く。
飛び散ったタイルの欠片が視界を覆い、槍の行く手を阻む。この程度の障害で威力が衰えるほど北川の突きは甘くはなかったが、一瞬祐一の姿を見失わせるには充分だった。
突き出された槍が空を切る。標的を求めて彷徨った北川の目が、即座に祐一の姿を捉える。
祐一がとったのは、北川の頭上。リングを砕くと同時に跳躍し、空中で剣を振りかぶっていた。気付いても遅い、既に祐一の間合いの内だった。
回避はできないと悟った北川が槍を横にして盾にするが、それもろとも、祐一は斬り下ろす。
ザシュッ!!
槍は折れ、剣先は相手の肩を掠る。
振り下ろした剣をさらに祐一は振り上げ、北川の喉元に突きつける。
勝負ありだった。
「おー、やるねぇ、彼」
観客席の隅から、莢迦はその試合の様子を見ていた。
学生同士の戦いとしては、かなりレベルの高いものだったと言えるであろう。特に、二日前に出会った少年の方は大した腕前である。
「でもまぁ、まだ少し余裕がありそうに見えるけど、まだ若いかな」
おもしろそうな逸材だからわざわざ試合を見て力量を測ってみたが、あの程度ならまだまだだった。
とはいえ、試合としては楽しめそうな相手である。
「退屈させないでくれるのを期待してるよ、少年」
to be continued
あとがき
大武会開始であるが・・・・・・祐一以外の試合はほぼ全部カットしていく予定である。次回は試合裏の様子などを描きつつ、その次は二回戦となる。