カノン・ファンタジア

 

 

 

 

1.変わる世界

 

   −3−

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おはよう、ちゃんと遅れずに来たな」

「む・・・」

 

大武会当日。

会場に訪れて早々、嫌な相手に出くわしてし、祐一は顔をしかめる。

坂上智代。

学院一年生の主席で、品行方正、あらゆる分野で高い成績を収める優等生であるが、何故だか近頃祐一につきまとってくる。不良学生を更正するのが目的だと言うが、祐一にとっては迷惑なことこの上ない。

今もどうやら、会場入り口で祐一のことを待っていたようだ。

 

「何の用だ?」

「特に用事はないが、おまえが来るのを待っていた」

「待たれる理由がない」

「そう言うな。一年で出場するのは私だけでな、空き時間を潰す相手がいないんだ」

 

仏頂面で会場内に入っていく祐一の隣を、何が楽しいのか笑顔で並んで歩く智代。

会場周辺は周辺諸国から多くの人間が集まっているため、彼にいつも向けられる類の視線は少ないが、それでも普段誰かと一緒にいるというのに慣れていない祐一は、ひどく落ち着かない気分になる。ましてや、相手が苦手な部類に入る人間なら尚更だ。

 

「退屈凌ぎがしたいなら誰か他の奴を捕まえろ」

「気軽に話せる相手が他にいないんだ。学院の他の出場者は皆上級生だしな」

「・・・一応、俺も上級生なんだがな」

「相沢は例外だ」

 

そんな例外にはなりたくない。

人込みに紛れて撒こうと、どんどん先に歩いていくのだが、智代はぴったりついてきて離れない。

 

「学院からの出場者は三年以上が9人、二年が6人、一年が私1人で合計16人だそうだ」

 

王立学院の制度は三年である。

三年間で基本的なことは全て学び終え、一定の成績を収めたものは早くから騎士団に入れて本格的に鍛えようという趣旨である。逆に卒業試験に受からないと、四年でも五年でも学院に残ることとなる。

 

「予選では学院生同士が当たらないよう、16あるブロックそれぞれに割り振られるそうだ」

「そんな話、改めて聞かされなくても知ってる」

 

総出場者数は数百人にも上るため、まずは2回に分けた予選を行うこととなる。学生は最初から出場テストを受けているため、1次予選は免除されている。カノン騎士団内の優秀な人間も、シードで2次予選から出てくるものもいる。1次予選は、外来の選手をふるいにかけるためのものであった。

そして2次予選は、16ブロックに分けて行われ、それに勝ち抜いた16人がトーナメント方式で本戦を戦うこととなる。

1次予選は既に前日、事前に終了しているため、初日の今日は2次予選からの開始となる。予選は早朝から開始されれ、本戦開始時刻の正午までには終わる予定だった。

大勢の観客の前で試合が行われるのは本戦からだというのに、もう既にかなりの人数が会場に詰め掛けていた。

 

「さすがに注目度が高いみたいだな、カノン大武会は」

「・・・・・・」

 

カノン大武会。

古くからこの国にある伝統行事だが、長らく戦争状態にあったため中止されており、再開されたのは大戦終結の翌年、三年前からである。

国王が大武会を復活させたのにはいくつか理由があった。

戦後停滞した経済を活性化させるため、諸国の交流の場とするため。騎士団の質を落とさぬよう、日々の鍛錬を怠らないよう騎士や騎士見習い達に目標を設けさせるため。そして、大戦の熱がまだ冷めぬ現在、世にはびこる荒れくれの無法者達に、力を振るう場を与えるため。

特に三つ目は、あえて彼らのような存在を取り締まるのではなく、力を振るう場を提供することでその力があらぬ方向へ向かうのを避ける狙いがあった。危険人物を多く国内に招き入れることとなるが、そこはカノン王国、近隣最高の治安維持には自信を持っていた。

ともあれ、そうした事情から、この大会に対する注目度は高い。

そして出場者達は、様々な対戦者の存在に胸を躍らせる。

だが祐一にとっては、そんなものは関係ない。

相手が誰であろうと、勝つことだけが彼の命題だった。

 

「これだけ注目された中で勝つのは気持ちいいだろうな。お互い、いいところまで行きたいな」

「いいところで済ますつもりなんかない。俺が求めてるのは、優勝だけだ」

「まぁ、それもいいが、気負っていては出せる力も出せないぞ」

 

祐一の前に進み出た智代は、柔らかな笑みを浮かべていた。

思わずドキッとさせられるような表情だったが、祐一は顔を背けてその思いを隠す。

 

「さて、私の予選会場はあっちだ。まだ時間はあるみたいだが、煙たがられてるみたいだから行くとする。またあとでな」

「さっさと行け」

 

颯爽と立ち去っていく智代の後姿は、年下ながら堂に入っていて、貫禄を感じさせられた。

祐一はたぶん、坂上智代のことを、決して嫌いではなかった。むしろ境遇が違えば、良き友人になれるとさえ思わないこともない。

だが祐一は、人間そのものが嫌いなのだ。そういう境遇で育ってしまったのだから、仕方がない。

一人になるとほっとする。

孤独感に苛まれるが、それでいい。安い同情や労りなどいらない。ほしいのは飢えだ。勝利を掴むため、この境遇から脱するための活力が、全てを変えるための力がほしい。

 

「あ・・・」

 

だというのに、どうしてそういう時に限って、こういう相手に会ってしまうのか。

彼の姿を見て足を止めたのは、レイリスだった。

精神的に弱っている時などには、ほんの少しだけ甘えたくなる相手ではあるが、今はかえって邪魔だった。安らぎは、活力を得るための飢えを消してしまう。

 

「・・・こんなところで何してるんだ? 今日は一番忙しいはずじゃないのか?」

「はい・・・そうなんですけど・・・」

 

珍しく彼女にしては歯切れが悪い。

 

「何かあったのか?」

 

彼女らしくないため、つい問いかけてしまった。

関わるべきではないのだが、このまま別れても気になってしまうだろうから、仕方ない。

 

「実は・・・その・・・人を探しているんです」

「人?」

「はい。少し目を離した隙に、どこかへ行かれてしまって・・・」

 

その態度と言葉遣いから、祐一はおおよその事情を察した。

レイリスがこれだけ困った様子で人を探しているというからには、相手は王族の関係者だろう。

今日は様々な事情が入り乱れている日なため、事と次第によっては大問題に発展する。

もしそれで、大会が中止になるようなことになれば、祐一としても困る。だから、ここで手を貸すのは自分のためである。そう自分に言い聞かせた。

 

「探してる奴の特徴教えろ」

「え?」

「予選開始までまだ少しだけ時間がある。それまで探すの手伝ってやる」

「それは・・・・・・ですが・・・」

 

まだ何か問題があるのか、本当に今のレイリスは煮え切らない。

 

「早くしろ。大事な奴なんだろ、探してるのは」

「・・・・・・わかりました。お願いします、祐一さん」

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

彼女は、とても困っていた。

どれくらい困っているかというと、表面上は平静を保っているけれど、心臓は3倍くらいの速度で脈打っているくらいに困っていた。

 

(ど、どうしよう・・・)

 

状況は悪い。この上なく悪い。

簡潔に状況を説明するなら僅か一言で事足りる。迷子である。

普段来ない場所である上、周りに人が多すぎることがそうなった原因であろう。

人がこれだけいるのだから、誰かに道を聞ければ早いのだろうが、行き先の関係上、それはできない理由があった。

仮に彼女の正体がばれるようなことがあれば、かなりの大問題に発展する可能性が高い。

そのことを、前日耳にたこが出来るほど注意されていたはずなのだが――。

 

(どど、どうしよう・・・このままだと確実に、間違いなく、怒られる・・・!)

 

彼女が恐れている相手は、温厚な気質である。決して彼女を怒鳴りつけるようなことはない。

しかし人間、怒鳴らずとも怒る手段などいくらでもあるのだ。むしろこの場合、怒鳴られてくれた方がどれだけ気が楽か。

絶対零度の視線を無言で向けられ続ける、その居心地の悪さと言ったら、言語に絶する。

それを回避するためには、恐らく彼女を探しているであろうその相手に会わないように速やかに戻り、あたかもずっとそこにいたかのように振舞わなければならない。そのためには、自力で戻る必要がある。

 

(とにかく落ち着いて、落ち着いて・・・・・・そう、状況を整理するの。私の名前はフローラ、花も恥らう16才、魔力はあれど魔術音痴のドジっ子だけど、明るく元気なのがチャームポイント・・・って、そこまで戻ってどうするの私・・・)

 

まるで落ち着いていない。

むしろ錯乱している。

これで表見はまったく表情も態度も崩すことなく、目立たぬよう、こっそりと歩いているのだから肝が据わっているというべきであろう。内心を隠し、人前では常に毅然としていることは当たり前の習慣として身についている。

それもそのはず、何を隠そう彼女こそ、カノン王国第一王女、フローラ・ノース・カノンその人であった。

本来なら、雑多な人込みの中を一人で歩き回るような身分ではない。だが、ほんの出来心から、普段見れないような人々の様子を見てみたいと出歩いたのは間違いだった。お祭りムードの空気に当てられたのかもしれない。その結果が、今の状況だった。

 

(あぁ〜・・・レイリスさん怒ってるだろうなぁ、今頃・・・)

 

彼女付きの侍女であるレイリスは、立場上気苦労も多い。ゆえに普段は余計な心配をかけないよう振舞っているのだが、今日の行動は主として失格であった。

レイリスはいつでも、誰よりも良き従者であろうとしてくれているというのに、主たる自分がこの低落。いたたまれなさが一瞬外部への注意力を散漫にさせた。

通路上に、軽く段になっている部分があるのを見逃した。

 

「あっ・・・!」

 

気付いた時には遅く、段差に蹴躓く。

倒れかける体。

それを、軽やかに抱きとめられる。

 

「おっと」

「え・・・?」

 

抱きとめられた、という事実を認識するまでに少し時間がかかった。

躓く直前まで、周囲に人の気配など感じていなかった。何人かはいたような気がしたが、それも全て数メートル以上離れていたはずだった。

けれど現実として、フローラは倒れかけたところを誰かに抱きとめられていた。

相手の姿を確かめようとして顔を上げて、再び思考が停止した。

フローラを抱きとめたのは、東国民俗の巫女の装束に身を包んだ女だった。その容姿に、思わず見惚れる。レイリスもとんでもない美人だが、この巫女はそのさらに上をいっている。この世の者とは思えないほど綺麗な女性であった。

 

「ん〜、今日はツイてるかも♪」

「へ?」

 

その女性が紡いだ声もやはり、天上から響いてくるが如き美しさだったが、その言葉は陽気で気さくな雰囲気を宿していた。

 

「こーんなかわいい子と抱き合えるなんて、もしかしてこれって運命の出会い?」

 

ボンッ、と音を立ててフローラの顔が赤くなる。

かわいいと言われたから赤くなったのか、綺麗な顔をいきなり眼前に近づけられたから赤くなったのか、自分でもよくわからない。正常な思考ができなくなっており、外見を気にする余裕すらなくなっていた。顔を隠すための被っていたフードが外れていることにも気付かない。

それを、さりげない仕草で女性が戻したことで、ようやく思い出す。今日は、王国の紋章が入ったイヤリングもしていたはずだった。

 

(見られちゃった・・・かな?)」

 

正体がばれたかと思い、ちらっと女性の顔を盗み見るが、彼女は笑みを浮かべているだけで、その内面を窺い知ることはできなかった。

見えなかったのかもしれないとホッとしていると、女性が耳元に口を寄せてきた。その行為に再び顔が上気するが――。

 

「他の人には見られてないから大丈夫だよ、お姫様」

「!!」

 

その言葉で逆に血の気が引く。

しっかりばれていた。

冷静になった頭で改めて女性の顔を見る。やはり、他に類を見ないほどに綺麗で見惚れてしまうが、王女と知られたことで警戒心を強める。

けれど、吸い寄せられるような笑顔を見ていると、そんなのは些末なことに思えてくる。

 

「警戒させちゃったかな? 信じる必要はないけど、怪しい者じゃないよ。そうだ、名乗っておこうか。私は莢迦、よろしくね」

「あ、はいっ。その・・・私は・・・・・・」

 

名乗られた以上は名乗り返すのが礼儀かと思うが、この場合そうできない事情が色々とある。

 

「いいよ、そっちは名乗らなくて、ね♪」

 

莢迦と名乗った女性は、フローラに向かって片目を瞑ってみせる。そんなちょっとした仕草だけで、ドキッとさせられる。

この女性に感じるのは、女性的な美しさというよりは、人という存在としての美しさだった。だから同姓であっても、惹き付けられる。生きた美術品とでも言うのだろうか。作り物めいた美しさでありながら、そこに確かな命を感じさせる。本当に、綺麗な人だった。

ずっと見ていたいような気がしたが、ずっと見ているのは気恥ずかしくて、目を逸らす。

 

『あ』

 

四つの声が、ピタリと重なった。

フローラと莢迦、それに彼女を探していたはずのレイリスと、その隣にもう一人、少年がいた。

 

(え・・・!?)

 

ドキッとした。

一瞬、レイリスに見付かってしまったという事実も、莢迦のことも頭から抜け落ちた。

ただその少年の姿を見た途端、不思議な感情がわきあがってきた。

はじめて会うはずなのに、何故そんなことを思ったのか・・・。

 

「や、少年。また会ったね〜」

「何でおまえがこんなところに・・・?」

「面白そうだったから、私も大会に出てみようかと思ってね。君もそうなんでしょ」

 

不思議な感覚は一瞬のことで、莢迦と知り合いらしい少年が話している内に我に返った。

そして少年の隣に、死刑執行人がいることを思い出した。

 

(ま・・・まずい・・・!)

 

取り繕うにも言い訳のしようがない。色々なことが起こりすぎて、冷静に頭をめぐらせる余裕もなく、ましてや最初から頭の回転力でレイリスに勝てるはずもなかった。

目に見えておろおろしていると、すぐ傍までレイリスがやってくる。

 

「お探ししました、お嬢様」

「・・・・・・・・・・・・へ?」

 

今日はこんな感じに呆けた顔をするのは何度目であろう。

“お嬢様”という言い回しは、人目を憚ってのことであろうとわかるが、おかしなことに、レイリスには怒っている様子がない。

 

「あの・・・ごめんなさい、レイリスさん。その・・・怒って、ないんですか?」

「お祭り気分で浮かれてしまわれたのでしょう。仕方のないことです」

 

直接怒りを見せないのも人目を憚ってのことかと思ったが、普段のレイリスならば、たとえ口では何と言おうと、怒っている時は全身からそのオーラを立ち上らせている。けれど今は、その気配すらなかった。

 

「申し訳ありませんでした、祐一さん。お手間を取らせてしまって」

 

レイリスは、一緒にいた少年――祐一というらしい――に対して頭を下げている。

その物腰に、いつもはない何かを感じて、フローラは首を捻る。

 

「大したことはしてない。時間だからもう行くぞ」

「あ、そこまで一緒に行こうよ」

「断る。何でおまえと一緒に行かなくちゃならない」

「方向一緒なんだから、いいじゃない」

 

去り際、莢迦はフローラに向かって軽く手を振っていった。それに手を振り返しながらも、フローラは祐一という少年の背中ばかり見詰めていた。

どうしてだか、とても気になる相手だった。

 

(少し年上だよね・・・レイリスさんと同じか、それよりちょっと下くらいかな? あ、レイリスさん知り合いみたいだから聞いてみれば・・・・・・・・・あれ?)

 

何か、不吉なものを感じた。

恐る恐るその気配の主を辿っていくと――。

 

「レ、レイリス・・・さん?」

「さぁ、戻りましょう、お嬢様」

「あの、怒って・・・る?」

「いいえ、怒ってなどおりません」

 

嘘である。

先ほどまでとは打って変わって、全身から怒りのオーラが噴き出していた。端から見れば小さな変化にしか見えないが、長年共に過ごしてきたフローラには、これが最上級のお怒りモードであることがわかった。

 

「え? な、なんで? さっきは怒ってないって・・・」

「先ほどの私は、一言も是とも否とも申しておりません。さぁ、戻りましょう。少し、お話したいことがございますので」

 

レイリスの言動はどこかおかしい。

おかしいのだが、それを下手に追求することは火に油を注ぐ行為のような気がして、そうする勇気はフローラにはなかった。

そして断頭台に向かう死刑囚の如き気分で、フローラはレイリスに連れられて部屋へと戻っていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

to be continued


あとがき

 智代・・・・・・の、本格的な活躍はもう少し後で・・・今回のメインはフローラ。祐一、レイリス、フローラ、莢迦の四角関係はこの先も色々と絡んでくるので、その出会い編といったところ。といっても、顔見せ程度だったが。ちなみに、何だかフローラがヒロインみたいな雰囲気が出ているが、彼女の立場は第2稿の時から少しも変わっていないのであしからず・・・。次回は今度こそ、試合開始か?