カノン・ファンタジア

 

 

 

 

0.ある一日

 

   −4−

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――夜。

 

 

 

日が沈み、暗くなった時間帯の教会は閑散としている。

蝋燭にすら火を灯さず、窓から差し込む月明かりだけに照らされた、暗く冷たい空間に、わざわざ足を運ぶような物好きはそうそういないだろう。

もっとも、この国の人間は聖都の教会に対してそれほど信仰深くないため、昼間でも大して人が来るわけでもないのだが、それはこの際横に置いておくこととする。

既にこの教会の主たる司祭も部屋に下がっている。

今礼拝堂にいるのは、一人の修道女と、一人の物好きだけだった。

 

「・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・」

 

夜ということもあり、物音すらほとんどしない。風の音や、犬の遠吠えなど、外にはいくらでも雑多な音があるはずだが、石造りの教会の中までは響いてこない。

ゆえに、重苦しい沈黙が礼拝堂の中を支配している。

物好きな訪問者は、長椅子に腰掛けている。

客を迎える修道女は、その前にじっと立っている。

 

「・・・・・・なぁ、何か用があるのかよ?」

「いいえ、別に。むしろ用があるのはあなたの方ではないのかしら?」

 

いかにも、邪魔だからどこか行け、と言いたげな訪問者の少年を、修道女は冷ややかな視線を見下ろす。

彼女の方には用はまったくない。そしてこう言っておきながら、彼の方にも特に用などないであろうことも承知していた。ただ、ここは教会であり、彼女の領域である。呼ばれたわけでもないのにそこを訪れるということは、相手の方にこそ用があると考えるのが自然だった。

 

「懺悔することがあるなら、聞きますが」

 

修道女は両手を合わせて祈りの仕草をする。

 

「ねーよ、そんなもの」

 

それが気に食わないのか、少年は顔を横に背ける。

再び沈黙が下りる。

二人の関係は、はじめて出会った時からずっとこんな調子だった。

 

「・・・ったく、ここの前の神父はいつだって黙って放っておいてくれたってのに」

「私だって、あなたが何も言わない限り黙っているわ」

「あんたの場合は無言のプレッシャーが鬱陶しいんだよ。俺に興味がないなら奥に引っ込んでろよ」

「確かに、あなたに興味はありません。ですが、ここを訪れた人のお相手をするのは私の義務よ。そもそも、私を煩わしいと思うのなら、最初から来なければいいだけのことでしょう」

「む・・・」

 

数ヶ月前に聖都から派遣されてきた彼女がここに居座ってから、この関係は続いている。ほとんど四六時中教会にいる彼女と、ここへ来れば顔を合わせるのはわかりきったことだった。にもかかわらず毎日のようにやってくるのは、長年染み付いた癖のようなものなのであろう。

 

「懺悔をするのでもなく、祈りを捧げるのでもなく・・・あなたはここへ、何をしに来るのですか?」

「・・・知ったことか」

「恨み言でも言いに来ているのですか?」

「・・・・・・・・・」

「罪深い人ね。主よ、この者の愚かしさを許したまえ」

 

両手を合わせて祈りを捧げる。

少年は何も言わないが、沈黙は肯定と同義だった。

また、礼拝堂は静まり返る。

周りが静かな分、声を出すと広い空間で反響する。そのため、話している時とそうでない時の差が大きく、それが一層静けさを際立たせる。

薄暗さと肌寒さ、静けさは、広い礼拝堂をさらに広いもののように感じさせる。兎なら死んでしまいそうな寂しさが漂う空間であるが、彼女には慣れたものだった。

 

 

 

彼女、カレン・オルテンシアの人生は要約するとこんな感じである。

教会から修道院にたらいまわしにされ、そこで天職を得た。

見も蓋もないといえばその通りだが、どれを取っても真実なのでこのまとめ方が気に入っている。昔ある事件で関わった相手に言われて以来、細かく説明する必要がない時に使っていた。

もっと事細かに説明することも当然できるが、大事なのは、彼女がどこへ行っても、人間として扱われていないということだった。

孤児として最初に預けられた教会でも、そこから移り住んだ修道院でも、そして今の立場においても。

ゆえにどこにおいても、カレンは孤立していた。誰もいない礼拝堂で、一人静かに祈りを捧げながら時を過ごすことなど、常のことだった。

 

 

 

それを思えば、今はたとえ招かれざる客だとしても、誰かがそこにいるだけマシと言えた。

先ほどは、興味はないと言ったが、カレンはこの少年、相沢祐一のことを、ここに来る前から知っていた。興味を持っていた、と言ってもいい。

理由は違えど、彼も彼女と同様、社会の底辺にいる存在として、人間扱いされずに生きてきた。

同じ境遇にいる者同士、共感しあえる部分もあるかと思っていたが、どうやら二人は正反対の考え方をしているらしい。

カレンは、今の境遇を辛いと感じることはあるが、それを変えようとは思わない。それに対して祐一は、今の境遇を変えようと必死に足掻いている。

一度だけそんな話をしたら、二人の関係は余計に悪化した。

彼には、彼女のあり方が許し難いようだ。彼女からすれば、彼のあり方こそ歪んでいるように見えた。

そんなわけで二人は、徹底して反りが合わない。

こうして顔をつき合わせていても、険悪なムードにしかならないのは当然である。

 

「・・・・・・・・・帰る」

「そうですか」

 

だから、彼もあまり長居をすることはない。

どうせすぐ帰るのならば、最初から来る必要などないというのに、彼は律儀に毎日やってくる。それは、たぶん本人に自覚はないのだろうが、ここに何かを求めてのことだ。ならば彼女は、彼がここを訪れる限り、彼を向かい入れる。彼が求めるものを、彼女は与えることはできないだろうが、せめて彼のために祈りを捧げようと思う。

祈りは、彼女を最初に引き取り、育てた神父が唯一彼女に与えたものだった。言葉を覚えるよりも先に、祈ることを覚えた。

だからカレンは、いつ如何なる時も、祈りを捧げる。

今も、礼拝堂を後にする彼の背中に向かって祈る――この者に幸あれ、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

to be continued


あとがき

 リメイクのさらなるリメイク・・・仮に第3稿と呼ぶとしよう。時事ネタに影響され易い奴なもので・・・ぶっちゃけhollowの影響でリメイクに踏み切ったのは言うまでもない。その結果として、基本的にキャラ数減の方針ながら、唯一の新キャラとしてカレンに登場してもらうことに。2割くらいは祐一とカレンの絡みを書きたいがゆえのリメイクのような・・・。
 まぁとにかく、まずは前回の教訓を活かして最初からメインヒロインを決めてかかろうと思い、0章は各ヒロイン視点で祐一との接点を描いてみた。今までの悪い点の一つに、視点がふらふらとはっきりしなかった点が挙げられるため、今回は視点を固定して書いていくことを目指すべし。主に祐一視点、時々他に移るが、その際も変わり目をはっきりと。表現方法としてはその辺を課題としていきたいと思う。
 カレンが新ヒロインとして加わったり、栞が復活してたりと細かい変更点はあるものの、大筋まで変えるつもりはなし(たぶん) ちゃっちゃと第2稿に追いつきたいものだ・・・。

 全然関係ない話だが・・・・・・浅上藤乃にはじまり、琥珀、さつき、桜、イリヤ、そして今度はカレン・・・奈須ワールドの不幸っ子属性は順調に進行中らしい。