カノン・ファンタジア

 

 

 

 

0.ある一日

 

   −2−

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――昼。

 

 

 

一般に連合諸国と呼ばれる大陸東の国々をまとめているのがカノン王国である。保有する騎士団の質も、随一と謳われている。そんな国だからこそ、新たな騎士を育成する場としても一流であった。

中立都市サーガイアの魔術学院が魔術師を養成する最高峰とするなら、カノンにある王立騎士養成学院は騎士を志す者にとっての登竜門であり、カノン国内のみならず近隣諸国から若者達が集まっている。

坂上智代は、そこの一年生であった。

今年王立学院に主席で入学した期待の新入生であり、その名前は入学数ヶ月で既に学院中に知れ渡っており、三年の川澄舞、二年の美坂香里と並び称されるほどだった。

本人としては、別段目立つつもりはなかったのだが、それは持って生まれた気質の問題だから仕方ないと周りからは言われていた。

確かに彼女は、以前は別の意味で目立っていた。というより、普通ではなかったと言うべきか。

 

「ねぇねぇ、坂上さん。坂上さんは今度の大会に出るんでしょ?」

「ん? ああ、一応そのつもりだ」

 

同級生の問いにそう答える。

入学から半年余り、学院にとって、いや、王国全体にとっても一大イベントとなるカノン大武会の開催日が迫ってきていた。

騎士を目指す若者達にとって、武術の腕は何よりも必要なものであって、それを競い合う大会となれば、心躍らせる者は少なくない。

 

「当然よ! 智代は出場権獲得テストで、一年ではトップの成績出してるんだから」

「さっすが坂上さん、我らがクラスの誇りですな〜!」

「くー、悔しいぜ。この学院は伝統的に女が強いんだよな・・・俺達男は立つ瀬がないぜ」

「諦めろ、坂上じゃ相手が悪い」

 

クラス中が一年中トップの成績で大武会への出場権を獲得した智代を持てはやす。

彼女は単に目立つというだけでなく、男女問わず人気も高い。 別段目立とうというつもりはないのだが、この空気は嫌いではない。周りから受け入れられているということを感じられるからだった。

ほんの数年前までは考えられなかったことである。

 

以前の智代は、孤立した存在だった。

子供の頃は特に、周りの同年代より賢かったこと、男の子達と比べても遥かに腕っ節が強かったことなどで、疎まれていたこともあった。

そんな空気に苛立ち、喧嘩に明け暮れるほど荒れていた。それが長じて、とんでもない奴らと一緒に行動するようになっていた。今思い返せば物凄い無茶をやらかしたものだと思う。

あの頃は、確かに充実していたし、あの面子でいる間は何もかも忘れて、頭の中を空っぽにして暴れまわることができた。

けれどふと思わされたのは、自分は本当にこんなことでいいのか、という疑問。

だから仲間が散り散りになった後、今度は真っ当な道に進もうと決めた。その結果が今の自分だ。

喧嘩はやめた。今やっているのは正しき武道だ。一流の騎士となって大成する。それが智代の目標だった。

 

友人達に囲まれていた智代がちらっと外に目を向けると、そこに見知った姿を見つけた。

 

「む」

 

周りに断って教室を出る。

目指す先は校庭、いや、校門の方角だった。あれが向かっている方向くらい検討がつく。

思った通り、校門へ続く桜並木に先回りすると、校舎の方から目的の人物が歩いてくるのが見えた。

 

「こんな時間にどこへ行く気だ?」

「・・・優等生サマが何の用だよ」

「決まっているだろう。その優等生として、サボろうとしている不良学生を更正させようと思ってな」

 

智代は当然のこととばかりに胸を張って眼前の相手と向き合う。

相手は迷惑そうに顔をしかめる。

 

彼の名は、相沢祐一。

学院の二年生であるから、智代より一つ年上ということになる。

智代が彼に興味を持つようになったのは、ほんとに偶然だった。偶然、彼が剣を振るっている姿を目撃した。それだけのことだった。

驚いた。何に驚いたかと言えば色々とある。

単純に、その剣技のレベルに。おそらく彼の技量は、学院のトップと言われる川澄舞と美坂香里の二強と比肩するか、それ以上だろう。そして、それだけの腕が有りながら、その存在をそれまで知ることがなかったという事実に。

気になって、上級生達にまで彼に関することを聞いて回った。

 

「相沢・・・? あぁ、魔力0のことか」

「あいつ、何でこの学院に受かったんだ?」

「そりゃおまえ、あれだよ。あいつ、水瀬宰相の甥だろ」

「なるほど、親の七光りってやつね」

 

返ってきたのは、こんな感じの答えだった。

魔力0――そのフレーズは智代にとって少し思うところのあるものだったが、それはさておき一般的な観点からこの言葉に対する考え方は理解できる。

この世界に生きている存在で、魔力を持たないというのはこの上ない異端である。

それ以上を聞くまでもなく、その言葉だけで、彼のこれまで人生がどんなものだったか容易に想像できた。

何の力も持たない落ちこぼれ・・・どころか、人として扱われてきたかどうかも怪しい。

その上カノンの王立学院は、騎士を養成するための学舎としては名門中の名門である。当然入学するためには各能力において高い水準が求められ、そこには当然魔力も含まれる。魔力を持たない彼が入学できたのは、国の重鎮であり、あらゆる部門において学院の記録を保持する、あの水瀬秋子の甥であるというコネのためだと言われるのは当然だろう。

それが間違いであることを、智代は知っていた。

現に彼は、魔力測定で0という数字を出しながら、高いレベルが求められる大武会への出場権を自力で獲得している。魔力と魔術以外の部門で最高レベルの成績を出した結果である。

だが他の皆は、魔力がないという時点で、彼のことを見ようとはしない。

もちろん、智代以外にも彼の本質を見極めているいる者はいるだろう。しかし、ほんの数人の意見では、大勢は変わらない。

 

そんな空気の中で生きてきたのだ。彼の人間不信はもっともなことだった。

 

「今日の午後は、二年は魔術の実技講座だったか?」

「そうだよ。俺には関係ないものだ」

 

吐き捨てるように言って、祐一は智代の横を通り抜ける。

力ずくで止めることはできるが、そうしたところで大した意味はない。だから智代は、黙ってそれを見送る。

ひねくれて捨て鉢になっているように見えるが、彼は彼なりに今の状況を変えようと必死に努力している。その姿がどこか、過去の自分を捨てて今を生きようとしている自分に似ているような気が、智代はしていた。

だからかもしれない。智代が彼に興味を持つのは。

 

「今日は見逃してやるが、明日もちゃんと登校しろよ」

「おまえには関係ないだろ。いい加減放っておけ」

 

どんな声をかけても突き放すような応えしか返ってこないが、これでも最初の頃に比べれば緩和された方である。

最初はそれこそ、取り付く島もなかった。何度か顔を合わせている内に、話しかければ応えくらいは返ってくるようになった。そうしてわかったのは、根は真っ直ぐな奴だということだった。

彼自身と周りがほんの少し変われば、状況は違ってくるはずである。

だから智代は、めげずに彼を更正させようと日々頑張っていた。

かつての荒れくれの少女と、落ちこぼれの少年が、いつか共に国が誇れる最高の騎士となって轡を並べる日を夢見ながら。

 

「そのために、私も頑張らなくてはな!」

 

まず当面は、数日後に迫った大武会である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

to be continued