カノン・ファンタジア

 

 

 

 

Chapter 3−C

 

   −2−

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「藤林・・・椋、・・・・・・藤林?」

「はい」

 

往人は名乗った目の前の少女の顔をまじまじと見詰める。

異性に対する免疫が強くないのか、藤林椋と名乗った少女は赤くなって俯いている。

 

「ひょっとして、藤林杏の身内か?」

「え? お姉ちゃんを知ってるんですか!?」

「まぁな、世の中狭いもんだな」

 

旅の道中、杏に双子の妹がいるという話は聞いたような気がしていたが、まさかそれとこんなところで会おうとは思わなかった。

目の前の少女、椋は性格こそ姉とはまるで正反対のように見えるが、顔はそっくりである。

違うのは、杏の髪が長いのに対して、椋は短いという点のみで、髪型が同じだったら見分けがつかないかもしれなかった。

 

「ま、そんなことはどうだっていい。それより、今の感想を聞かせてくれ」

「え! え、えーと・・・・・・・・・」

「ほう、言葉にできないほど良かったか」

「えと、その〜・・・」

 

椋はとても困った表情を浮かべていた。

ずけずけとものを言うタイプの杏と正反対の妹は、物事をはっきり相手に言うのは苦手であった。

有り体に言って、往人の芸はつまらない、間違いなく、徹底的に。

だが、それを言ってしまっていいものか椋は悩んでいた。

ここはやんわりと言って少しでも傷つけないようにするべきか、ちゃんと指摘して今後に繋げてもらうか。

しかし、椋の答えを待っている往人は自分の芸にとても満足げであった。

正直な感想は言いづらかった。

 

「椋、はっきり言ってやりなさいよ。すっっっっっっごく、つまんないって」

 

迷っている椋の背後からまったく遠慮のない評価が下される。

それを聞いた瞬間、往人は石となり、椋は驚いて振り返った。

 

「お姉ちゃん!?」

「ひさしぶりー、椋」

「どうしたの? こんなところで」

「まぁ、色々あってね。そこで柊さんにも会ったわよ」

 

杏の後ろから、朋也とことみ、それに勝平が現れる。

 

「椋さん、おまたせー」

「勝平さん、おかえりなさい」

 

これ以上ないと思われるくらい自然な笑顔で、勝平と椋は互いに声を掛け合う。

いつもながら、立ち入りようのない恋人振りだなと思いつつ、朋也と杏は少し距離を取る。

朋也達が勝平と出会ったのは今から一年前。

ひょんなことから知り合った朋也と勝平は何となく友人関係となり、そして勝平と椋は出会った瞬間から恋人同士だった。

それまで普通だけれど微妙な関係にあった朋也と杏と椋、三人の関係を良くも悪くも勝平という存在は壊す結果となった。

細かい経緯はさておき、それを機に三人の関係は終わり、勝平と椋、朋也と杏という二人二人の関係が生まれたのだった。

そして勝平と椋が一緒にサーガイアを離れたのが、約半年前のことである。

 

「変わってないみたいだな」

「うん、ちょっと安心した」

 

最初は妹を取られたの、妹に先をこされたのと言っていた杏だったが、何だかんだと椋のことはいつも心配していた。

だから、こうして元気な姿を見られたことは素直に嬉しかった。

 

「それで・・・ごめん椋さん。仕事、まただめだったよ」

「残念でしたね・・・。でも、次はきっと大丈夫ですよ」

「うん、そうだよねー。うんうん、僕の有用性がわからない人のところで働く義務なんてないよね」

「はい、きっとそのうち、勝平さんにぴったりな仕事が見付かります」

「そっちの方も相変わらずなのかよ、おまえは」

 

柊勝平、現在無職。

はじめて出会った時から常に仕事を探しているのだが、どんな仕事をやっても2日と続いたことがなかった。

 

「こら椋、亭主を甘やかしてばかりじゃ、いい女房にはなれないわよ」

「て、亭主に女房って! おおお、お姉ちゃん!!」

 

火が出るのではないかと思えるほどの勢いで椋が顔を赤くする。

学院をやめて男についていくなどという大胆は決断をするくせに、こういう話になるとすぐに赤くなる。

そうしたところも変わっていないと、たった半年振りでありながら杏は懐かしさを覚えた。

 

「勝平、どうやら男の責任を取る日はまだまだ遠そうだな」

「大丈夫だよ、朋也君。だってほら、柊椋って、木へんが並んでていい感じでしょ。僕達は運命の仲なんだよ、ちょうどほら、あそこに仲良く並んでる2つの雲みたいに」

「・・・・・・」

「あれ? 何でちょっと距離が離れてるの、朋也君?」

「寄るな、おまえの同類になりたくない」

 

本人曰く、ポエマーな彼の感性には、さしもの朋也もついていけない。

だが、人間的には色々と問題があるこの男を、朋也はある一点においては尊敬していた。

こう見えてこの柊勝平という男、とてつもなく強い。

普段はとてもそうは思えないのだが、一度スイッチが入った勝平の強さは、想像を絶するほどのものだった。

つい最近、往人と出会う以前までは、この男こそが最強なのではと思っていたくらいである。

 

 

 

「おい、ことみちゃんとやら」

「とやらじゃないの、ことみちゃん」

「どっちでもいい。あいつらはどういう関係なんだ?」

 

再会を楽しんでいるらしい四人から少し離れた位置で、石状態から回復した往人がことみに尋ねる。

 

「わたしもよく知らないけど、朋也君達のお友達みたいなの」

「なるほどな。美凪の言ってた奇縁ってのはこのことか」

「?」

「とりあえずあの馬鹿、俺のことにまったく気付いちゃいやがらねーな」

 

往人の視線は、じっと勝平に向けられていた。

 

 

 

勝平が往人の存在に気付いたのは、それからさらに数分後のことだった。

 

「あれ、往人君だ。何してるの? そんなところで」

「・・・リアクション薄いな、てめぇ。そいつらの時と違って」

「そんなことないよ。ひさしぶりー、元気だった?」

「おかげさまでな、馬鹿どもの面倒見る必要がなくなって清々してるよ」

「あはは、それは良かったねー」

「・・・嫌味も効かねーな、おまえは・・・」

 

うんざりした表情をする往人とは対照的に、勝平はにこにこしている。

見ていると人を馬鹿にしているように感じる顔だが、これは天然だから尚始末に悪い。

 

「何よ? 国崎さんと柊さんも知り合いなわけ?」

「ああ、不本意ながらな」

「昔の仲間だよ」

 

とても同じ関係のことを答えているとは思えないほど対照的な態度である。

できれば抹消した過去を語っているかのような往人に対して、勝平は心底嬉しそうに答えている。

 

「やっぱり、そうだったか」

 

二人の答えに対して、朋也は納得顔で頷く。

 

「やっぱりって、何が?」

「・・・勝平、おまえ、四死聖ってやつの一人だな」

「うん、そうだよ」

 

あっさりと肯定される。

この短期間で、2年前まで最強と謳われていた面々と次々に遭遇してきた朋也だったが、彼らとの一番最初の接点は、実は一年も前にあったのだということを今知ったことになる。

だがこれで、勝平の強さの秘密が少しわかった。

 

「でも驚いたなー、まさか往人君と朋也君達が知り合いだったなんて」

「奇縁ってやつだろ。知り合いの知り合いが知り合い、か・・・ややこしい話だ」

 

往人にしてみれば、サーガイアを訪れ、朋也達と出会った時から抱いていた疑問が解けたわけだが、逆に頭痛の種が増えたとも取れる。

四死聖の関係は2年前に終わっているものと思っていたが、この短期間で立て続けに再会することとなっていた。

頭痛を覚えると同時に、密かな楽しみが往人の中で生まれていた。

2年間の平穏を経て、また刺激に溢れた日々がやってくる。

そう思うと、自然と気分が昂揚する。

それが勝平との再会によってさらに高まったなどということは、本人が調子に乗るので絶対に口に出したりはしないが。

 

「まぁいい。今日は懐も暖かいことだし、おまえら全員再会祝いに俺が奢ってやる」

「えっ!?」

 

まず驚愕の声を上げたのは杏。

続いて他の面々も、次々に驚きを露にしていく。

 

「・・・びっくりなの」

「往人君、何か悪いものでも食べた?」

「雨でも降るか・・・」

「・・・・・・てめぇら・・・」

 

確かに、これまでに往人が旅の間の食事代を持つなどということはなかった。

貧乏なのだから仕方ないし、金の亡者と言われたらそれは決して間違いではない。

人生長く生きているほど先立つものの大切さをわかっている上での普段の態度なのだということを理解してもらいたかった。

とはいえ、この中では年長者でもあり、懐に余裕がある時くらい奢ってやるのが筋だろうと思ってみればこの始末。

往人としては心外極まりなかった。

 

「わかった! 奢ってやるとか言って、ジュース一本とかいうオチでしょ」

「どんなケチだ俺は。心配しなくても、飛び切り美味い店紹介してやるよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

往人が皆を案内してやってきたのは、東区画のはずれにある東方料理の店であった。

古くから大陸東に伝わる伝統料理で、中華と呼ばれる、庶民から上流階級まで親しまれるものである。

店の前に立つだけで、中からおいしそうな匂いが漂ってきて、往人の奢るという言葉にいまだ疑心暗鬼だった面々も、食欲を刺激されていた。

 

「ここの飯は絶品だ」

「確かにいいお店みたいだけど、何であんたがそんなところ知ってるの?」

「昔ちょっとな」

 

ガラガラと音を立てて扉を開き、往人達は店内に入る。

中に入った彼らを出迎えたのは、「いらっしゃいませ」の掛け声と、扉の正面で仁王立ちしている女性だった。

 

「待っていましたよ、往人」

 

金髪を後ろで結わいたきりっとした顔立ちの女性は、鋭い視線で往人を見据えている。

往人もその視線を正面から受け止め、細めた眼で相手を見詰め返す。

二人の間に漂う異様な雰囲気に、店内にいる誰もが息を呑む。

 

「あ、椋さん、ここ空いてるから座ろう」

「え? あ、はい・・・」

 

ただ一人張り詰めた空気を意に介していない勝平が椋を促してテーブルにつく。

釣られるように朋也達も腰を下ろし、往人と金髪の女性も互いから視線を外さないまま同じテーブルに向かい合って座った。

少しすると、まだ注文もしていないのに大きな皿が二つ、二人の前にそれぞれ並べられる。

その時店内にいた者達は、黄金の獅子と銀の狼と見た、と証言している。

二人の放つ異様なオーラが、そんな錯覚を起こさせたのである。

 

ガシッ

 

まったく同時に箸と皿を手に取った二人は、猛烈な勢いで料理を平らげ始めた。

その速度たるや、壮絶を極めた。

優に五人前はあるであろう量が見る見るうちに減っていく。

一分足らずで全て食べ終えた二人は、これまた同時に皿を置く。

すると続けて新たらしい皿――前のものよりさらに大きな――が出てきて二人の前に置かれる。

再び皿を手に取って食べ始める往人と金髪の女性。

 

がつがつがつがつっ

 

二皿目が終わり、三皿目が出てきてもその勢いはまったく衰えない。

恐るべき量を、恐るべき速さで平らげていく二人は、四皿目を終えたところでようやく箸を置く。

そのタイミングも、まったく同時だった。

ようやく緊張感が和らぎ、その見事な食べっぷりに店内から歓声が起こった。

 

「な、何なの・・・?」

「・・・さぁ・・・?」

 

つい一緒になって拍手を送ってしまっている朋也と杏だったが、突然の出来事に唖然としていた。

ことみなど、すっかり怯えきってテーブルの下に隠れていた。

さらに、食事をしにきたはずなのに、二人のとんでもない食べっぷりに、すっかり食欲が失せてしまった。

騒ぎの元凶となった二人は、しばらく互いに睨み合っていたかと思うと、ふっと笑みを漏らす。

 

「どうやら、変わらないようですね、往人」

「おまえもな」

「あなたが戻っていると報告を受けたので、ここで待っていればいずれ来ると思っていました」

「戻ってきたわけじゃねぇ。たまたま立ち寄っただけだ」

「8年振り、ですか」

「そんなになるか。そう思えばお互い結構変わったものだな」

 

食後に出されたお茶を飲みながら、二人は感慨に耽るような表情をする。

昔を懐かしんでいるように見えるが、端で見ている朋也達にはさっぱり事情がわからない。

 

「おーい国崎さん、どういう関係なんだ? その人とは」

「ていうか、どちら様なの?」

「ん? あー・・・こいつはまぁ、ただの昔馴染みだ。ちなみに名前聞けば誰かはわかるぜ、何せ有名人だからな」

「私よりも、あなたの方こそ色々と噂は聞いていますよ」

「俺のことはいいんだよ。こいつは・・・聖都の守り手、聖神教団お抱えの騎士団、リーガルガーディアンズ最強のセイバーだ」

「この人が!?」

 

リーガルガーディアンズは、その名の通り聖都リーガルを守護する騎士団の名称で、その実力はカノン騎士団とも比肩すると言われている。

セイバーとは、その騎士団における最高位の聖騎士に贈られる称号である。

 

「そんなに大したものではありません。もしかしたらあなたのものだったかもしれない称号です」

「似合わねーよ、俺にはそんなものは」

「って、あんたもリーガルガーディアンズだったの!?」

「昔の話だ、8年もな。入団して半年足らずで抜けたんだよ」

「聞いてもいいですか、何故突然ガーディアンズを抜けて、何も言わずに姿を消したのか」

 

問いかけるセイバーの声は静かだが、どこか往人を責めているような響きが感じられた。

朋也はそんなセイバーと往人の顔を見比べる。

二人の正確な年齢はわからないが、8年も前となれば二人ともまだせいぜい十代半ばであったろう。

今でこそ、どちらも大人と呼べる年齢だが、往人が失踪したという当時はどうだろう。

まだ他人の身になって物事を考えられるような年齢ではなかったはずだ。

突然の身近な人間の身勝手な行動に対して何を思うか、似たような思いをしたことが昔ある朋也には想像することができた。

数年前に父親との折り合いが悪く、家を出た時のことを朋也はまだ納得していなかった。

彼女、セイバーは今、8年前の往人の行動をどう思っているのか。

 

「往人」

「法の守護者なんて肩書きが鬱陶しかった。それだけだ」

「・・・どうして私に何も言わなかったんですか?」

「あの頃のおまえにそんなこと言ったら斬られるだろうが。てめぇの正義を信じて邁進してたおまえによ」

「私は私の進む道が、多くの人の幸せになると信じているだけです。あなたは、無頼の徒として名を挙げるのがあなたの正義なのですか?」

「正義なんて大層なもんじゃねぇ。ま、俺には俺の信念、くらいのものはあるがな。俺はただ、誰よりも強くありたかっただけだ。ここに俺の求めるものはなかった。だから俺は、それを探すために出て行った」

「・・・・・・」

 

じっとセイバーは往人の顔を見据える。

先ほどと同じように、往人はその視線を正面から受け止める。

また空気が張り詰めそうになったが、ふっとセイバーが表情を緩める。

 

「それを聞いて安心しました。あなたは逃げたわけではなく、ただあなたの求めるもののために進んでいっただけなのですね」

「ああ」

「なら、昔の誓いが破られたわけではない。道は違えたけれど、共に信じるもののために進もうと決めた、あの誓いは」

「こっぱずかしいガキの頃の話なんざ持ち出すんじゃねぇ」

 

どうやら、二人の間でこの件は決着がついたらしい。

こうして他人を認める器の大きさも、人間としての強さの一つなのかもしれないと朋也は思った。

往人も、セイバーという称号を持つこの女性も、朋也よりも長い年月を生きているだけでなく、それだけの経験を積んで、大きな器を持つに至ったのだろう。

 

「・・・それに引き換え・・・」

 

いまいち器の大きさは測れないのが、もう一人の男である。

 

「はい、勝平さん、あーん」

「あーん・・・ぱくっ。おいしいねー、椋さん」

「そうですね、勝平さん」

 

往人と同じ四死聖の称号を持つこの男、柊勝平。

さっきから店内の雰囲気をまるで気にすることなく、椋といちゃついている。

空気が読めないわけではなかろうが、とことんマイペースというべきか。

強いのは知っているが、本当に最強と呼ばれる者達の内に名を連ねるほどの存在なのだろうか。

その答えを知る機会は、すぐに訪れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

to be continued


あとがき

 2ヶ月振り・・・かな。ようやく再開なわけだけど、ちといまいち・・・。まぁ、新しい章始めはどうしても上手く調子が出ないのだよの。乗ってくれば良い感じになるであろう。

 とりあえず長いこと考える時間ができたため、予定外に往人の過去に関する話が・・・。しかもそれに絡んで予想外の新キャラ登場。Fateのメインヒロイン、セイバーである。原作では最強の彼女だけど、この話ではもう一人の最凶と同様、中堅どころかな。それでも実力者には違いなし。いずれその勇姿を見られるであろう。
 しかしそっちのインパクトの方が大きくて、もう一人、本来メインとなるはずの方がちょっと薄かったか。四人目の四死聖、その名は柊勝平。色々ウェブ拍手で予想が飛び交ったけれど、答えはこれ。散々ヒントヒント言ってたのは、往人達と朋也達が会った時に美凪が言ってた「奇縁」というやつ。杏が出てるのに椋が出ていないという点を踏まえて考えると、原作で椋と絡みのあった勝平が連想される、という風に考えられる・・・と、思ったのだけど。

 さて、再会編はここまでとして、次回からは新キャラ2人のバトルとなる。