カノン・ファンタジア

 

 

 

 

Chapter 3−C

 

   −1−

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

聖都リーガル。

メルサレヴ大陸の東西を結ぶ要所に位置し、最大勢力を誇る宗教団体、聖神教の総本山がある大都市である。

魔法都市サーガイアと並ぶ絶対中立地帯であり、その存在は一国よりも重いと言われている。

東のカノンを盟主とする連合諸国と、西に一大勢力を構えるルベリア帝国との間に諍いや衝突が起こらないのは、中心にあるリーガルが仲介に立っているからであることは誰もが知っていることであった。

先の大戦においても、最後まで中立を保ち、また一切の侵攻を許さなかったこの都市の存在は、戦争に疲れた人々の憩いの地となり、今の世において最も安心できる場所だと言われている。

そんな街であるからこそ、近年この地を訪れる人は後を絶たない。

 

「っていうのが、この街の概要。わかった?」

「わかった。で、聖神教って何だ?」

「あんたにはまずそこから説明する必要があるのよね・・・」

 

街の中に6箇所ある聖堂の内の一つの前を歩きながら、朋也は杏からこの街についての説明を受けていた。

本来ならこの程度の知識は、魔法学院の学生として当然知っているべきことなのだが、不良学生たる朋也は綺麗さっぱり習ったことを脳内から除去していた。

 

「まったく・・・陽平の馬鹿じゃあるまいし」

「心配するな。あいつよりは57倍マシだ」

「それでこれなんだから、陽平の馬鹿さ加減には呆れるわよね」

「本当にな」

 

二人揃って遠い目で空を眺める。

かつて星になった友人の、馬鹿にされているとも知らずに爽やかな笑顔を振りまく姿を思い描いて。

 

(って勝手に殺さないでよ!)

 

幻聴が聞こえたような気がしたが、二人とも完全に黙殺した。

 

「それにしても、一時はどうなるかと思ったよな」

「ほんとよ。気がついたら帝国領にいたなんて、しばらく空いた口が塞がらなかったわ」

「その時の顔を是非とも見てみたかったんだが・・・」

「良かったわね。見てた奴がいたらそいつ殺してたから」

 

こういう台詞を笑顔でさらっと言える辺りが杏の怖いところであった。

たとえ理性で冗談だとわかっていても、本気に聞こえるのだから。

我ながら、どうしてこんな女と恋人らしき関係でいるのか不思議に思うことがある。

しばらく悩んだ末に行き着く答えは、好きなんだからしょうがない、というものであった。

お互い似たような感情を持ち合わせているが、気恥ずかしくて面と向かって言うことはまずない。

それはさておき、二人はアザトゥース遺跡から飛ばされた後、気付いたら聖都の西、十数キロの地点、即ちルベリア帝国領内にいたのだ。

予期せぬ出来事に驚きつつ、すぐ近くに飛ばされていた二人は何とか合流し、辛くもこの聖都までやってきたのである。

東の連合国と西の帝国、戦争状態にこそないが、決して友好関係にあるとも言えない。

そんな情勢の帝国へ連合の人間が不法入国していたとあっては、どんな目にあっても文句は言えなかった。

聖都へは関所を通らず、やはりこっそり忍び込むことになったが、多くの国から人が集まるこの地ならば、見咎められる心配も少ない。

 

「さて・・・と、呑気に聖都観光してる場合じゃないわね。ここまで来れば特に心配することはないけど、これからどうする?」

「できればはぐれた連中と合流したいけど、あの感じじゃどこに誰が飛ばされたかなんてわからないよな」

 

魔法学院で学ぶ二人は、突然飛ばされたのが誰かの大規模転移魔法であったことには気付いていた。

そしてその魔法が原理上、転移人数、転移距離に比例して転移先に生じるズレが大きくなることも知っていた。

学院長のカタリナでさえ、あれだけの人数と、帝国まで届く距離の転移を行おうとすれば、飛ばされる先はかなりランダム性が強くなると思われる。

要するに、誰がどこに飛ばされたか一切わからない、ということだった。

朋也と杏がすぐ近くにいたのはただの偶然、或いは普段から一緒に行動しているために魔力の波長が似ており、互いに引き合った結果であると言える。

 

「ここは、一度サーガイアで戻るのが無難なんだろうな」

「そうね。正直、覇王の一件はあたし達の手に負えるものじゃなさそうな気がするし」

 

伝説の四大魔女の一人、サーガイア魔法学院の長、大賢者とも呼ばれるカタリナ・スウォンジーという存在を知っている彼らは、決して自身の力に自惚れることはない。

しかし同時に、カタリナの強さ、存在感を絶対視し、彼女こそが頂点であるという認識も持っている。

ゆえにそこから鑑みて、自分達の実力を推し量る。

朋也と杏は、魔法戦闘においては学院内でも屈指の実力者であり、自惚れていたわけではないが、それなりに自分達の力に自信を持っていた。

だが、アザトゥース遺跡での戦いは、そんな彼らの想像を絶するものであった。

それこそ、カタリナと同等かそれ以上の力が飛び交う領域の戦いの中で、二人は生き延びるのが精一杯だった。

 

「調査、って目的は果たしたわけだし、やっぱり帰るべきよね」

「ああ。けど、俺はこのまま終わる気はないぞ」

「え?」

「今は及ばない。けど、俺はまだ上を目指す。目指せるはずだ」

 

朋也の脳裏には、四人の男の顔が浮かんでいた。

彼を今の戦いへと誘うきっかけと作った、人形使いと名乗る男。

不思議な魔力を操る、彼と同い年くらいの大剣を持った男。

圧倒的な力を見せる覇王と真っ向から戦った、鬼を思わせる男。

そしてもう一人・・・。

その内二人など、ほんの少しその姿を見ただけで、ほとんど知らない相手だというのに。

しかし朋也は、彼らに負けたくないと思った。

 

「そうさ、俺だって・・・」

 

彼らのいる高みへと行ける。

その決意を胸に、朋也は空を見上げる。

そんな彼の横顔を、杏はじっと見詰める。

時折見せる、朋也のこんな男らしい表情が、杏は嫌いではなかった。

 

(がんばれ朋也、あたしも応援するから)

 

と、いう言葉は喉まで出掛かったのだが、もう少しのところでそれは引っ込んでしまった。

 

(うぅ・・・だめだ、こういう台詞はあたしのキャラじゃないわよね・・・)

 

妹だったら、こんな台詞も言えるのかもしれないと思う。

何でもずばずば言うわりに肝心なことはなかなか言えない姉の杏とは反対に、妹の椋は一見恥ずかしがり屋に見えて時々大胆は発言や行動をする。

 

(椋か・・・今頃何して・・・・・・ん?)

 

一瞬、雑踏の中にその椋の姿を見たような気がした。

 

「朋也、今・・・」

 

言いかけた言葉は、怪音によって遮られることとなった。

 

ぎーこーぎーこー♪

 

それは、かなり贔屓目に見て、バイオリンの音と言えないこともない気がするような音であった。

そして、朋也と杏は、その音を不本意ながらよく知っていた。

 

「おい、杏・・・」

「こ、これは・・・」

 

二人は音のする方へと駆け出す。

道の先、大きな広場の中心に人だかりができており、音はそこから聞こえてきていた。

人垣を押しのけて、二人は前へと進み出る。

そこには・・・。

 

ぎーこーぎーこー♪

 

得意げにバイオリンを弾きながら、バイオリンらしからぬ怪音波を発している彼らの友人、一ノ瀬ことみと、その足下で奇怪な動きをする人形、そしてその横で耳栓をしながら人形を操る国崎往人の姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうもこいつの出す音が俺の法術に変な影響を与えるらしくてな、人形が変な動きしやがるんだ。だがこれが意外にも馬鹿受けでな、大分稼がせてもらった」

「そんなことはどうでもいいわよ!」

「おまえが聞いたんだろうが、何がしてんだって」

「あたしが聞きたいのは、どうしてこんなところで大道芸やってんのかっていう、その理由よ!! ことみ、あんたもっ!」

「と、朋也くぅん・・・杏ちゃんが苛めるぅ・・・」

「まぁ毎度のことだが、落ち着け、杏」

 

悠々と広場中央の石段に腰を下ろす往人と、それを問い詰める杏と、その剣幕に怯えて朋也の背後に隠れることみ。

サーガイアではじめて出会って以来、毎日のように繰り広げられている光景であった。

数日離れ離れになって再会しても、それは変わらないようだ。

 

「それで、あんた達だけか? 遠野さんとみちるは?」

「さぁな、特に心配もしちゃいねーよ」

「んにんに、国崎往人とは違うからねー」

 

ビシッ

 

「んにょごっ!」

 

自然と体が反応して、往人は真横に立っていたみちるのお腹にチョップを喰らわせた。

 

「いるならいると言いやがれ」

「い、今来たんだい・・・・・・この馬鹿国崎ーーー!!!」

 

起き上がり様、みちるの蹴りが往人の顎を打ちぬく。

声を上げる間もなく、往人は仰向けに倒れこむ。

こんな光景も日常茶飯事であり、一緒に旅をしている間に朋也達も見慣れたものだった。

 

「とにかく、状況を整理しましょう」

 

漫才顔負けのやり取りにばかり時間を取られている状況を、杏が取りまとめようとする。

ぎゃーぎゃー文句ばかり言っているように見えて、まとめるところできっちりまとめる辺りが、学院でもクラス委員長であった所以であろう。

 

「みちる、美凪さんは?」

「美凪は用事。で、みちるはそのおつかいでここまで来たの」

「おつかい?」

「ちょっとそこまで」

 

そう言ってみちるが指差したのは、六聖堂の中で最も彼らのいる場所から近い建物であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ってぇ・・・・・・」

 

往人は痛む顎をさすりながら、むくりを体を起こす。

まわりを見ると、みちるも朋也達もいなくなっていた。

おそらくみちるが美凪におつかいを頼まれたという聖堂へ行ったのだろう。

気絶している振りをしていたが、話はきっちり聞いていた。

ただ往人には、聖堂へは行きたくない理由があった。

 

「まぁ、俺がこの街にいること自体はもうばれてるだろうが、わざわざこっちから関わりに行くこともない」

 

誰もいなくなった街の広場で、往人は再び人形を動かし始める。

客は、まったく集まらない。

やはりことみのバイオリンとの相乗効果がなければ売り上げは伸びないようだ。

しかし、他人に頼っているようでは芸人としての沽券に関わる。

何としても受ける芸をしなければならない。

 

「おい、そこのおまえ」

「は、はいっ?」

 

たまたま通りかかった通行人を往人は呼び止める。

呼び止められた少女は、飛び上がりそうになるほど驚いた声で返事をして足を止めた。

その少女を、往人はどこかで見たような気がしたが、大した問題ではないと思って気にしないことにした。

おろおろしている少女に対し、往人は手招きをしてみせる。

 

「おまえは運がいい。ちょうど今から俺は新しい芸を披露するところだ。その栄えある最初の観客としてやろう」

「は、はぁ・・・」

「お題はサービス価格にしておいてやる。見終わったら感想を頼む」

 

そして相手の返事も待たず、往人は新たな芸を披露すべく、人形に意識を集中した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さすがは聖都が誇る六聖堂、というのが朋也が抱いた最初の感想だった。

美術品に関する造詣など持ち合わせていない朋也だったが、周囲に飾られている絵や像が、いずれも精巧なものであるというのはわかった。

それくらい、その空間を含めて迫力を感じさせる場所なのだ。

何よりも、建築様式自体に何か特殊な、儀式的なものを取り入れられているのか、建物そのものに大きな魔力を感じる。

 

「よくわからんが、すごいところだな」

「朋也のボキャブラリーじゃ、その程度の感想が関の山よね」

「じゃあ、おまえは何か気の利いた感想が言えるのか?」

「え? えーと・・・その〜・・・・・・・・・す、すごい建物よね」

「ああ、そうだな」

 

杏の方も、それ以上の言葉は思い浮かばなかったようだ。

そんな二人に対して、後ろを歩いていることみが数々の専門用語を交えながら説明と感想を述べるが、朋也と杏には9割以上がちんぷんかんぷんであった。

 

「特にすごいのは、これがもっと大きな陣の一角に過ぎないということなの」

「ほうほう、さすがサーガイア魔法学院の生徒さんは優秀じゃの。その通りじゃ」

 

ことみの講釈を聞いて声をかけてきたのは、白い法衣をまとった老人、おそらくはこの聖堂の偉い人であろうと思われた。

 

「おーっす、神父」

 

そんな相手に、みちるは親しげ、というより無礼なのではと思えるような態度で声をかける。

 

「うむ、おっす、みちる殿」

「どういう関係だよっ!」

 

非常にくだけた神父の対応に、朋也が思わずつっこみを入れる。

 

「いやなに、美凪殿には昔色々と世話になったからの、みちる殿ともこの通り、フレンドなのじゃ」

「ふれんどなのだー」

 

がしっと握手を交わす老人と子供。

少なく見積もっても50過ぎであろう老人が昔世話になったとは、一体美凪とは何者なのかという疑問が朋也と杏の脳裏に浮かぶ。

 

「それでみちる殿、今日はどうされた?」

「美凪が神父から、アレを受け取って来いって」

「なるほど、預かり物を返す時が来ましたか。わかりました、しばらくお待ちを」

 

神父は何度か頷きながら、聖堂の奥へと歩いていった。

数分後、戻ってきた神父の手には、布包みがあった。

布自体に特殊な印が描かれており、魔術的封印がされてあるようだ。

 

「お改めくだされ」

「うん、大丈夫、美凪の封印だね」

 

物を確認すると、みちるはそれを神父から受け取った。

 

「よーし、おつかい完了ー」

「ほっほ、まだですな。それをちゃんと美凪殿に届けませんと」

「あ、そか」

 

みちるのおつかいが終わると、朋也達は聖堂をあとにした。

ことみはもう少し神父と話をしたがっていたが、聖堂の雰囲気に長く浸っていると疲れると判断した朋也と杏によって連れ出されることとなった。

聖堂を出たところで、みちるはここで朋也達と別れると言った。

 

「美凪に早くこれ届けないといけないからね。国崎往人のことよろしくー」

「よろしくって、あの人の方が年上なんだが・・・」

「あいつ普段はだめだめだから、美凪もみちるもいないところではめをはずしすぎないようにさせないと」

 

子供に心配されるようなことではないと朋也は思ったが、この場は頷いておくことにする。

 

「んじゃねー!」

 

挨拶をするが早いか、みちるは全速力で朋也達の前から走り去った。

その速さたるや、一瞬にして姿が見えなくなるほどだった。

 

「どこまで行くのか知らないけど、あのままあの子走っていくつもりかしら?」

「国崎さんも、美凪さんもだけど、あの子もよくわからないな」

「みちるちゃんは、かわいいと思うの」

 

それぞれの思いでみちるを見送ってから、三人は往人のもとへ戻ろうと歩き出す。

 

「!!」

 

と、歩き出した瞬間、朋也は嫌な予感を覚えて立ち止まる。

そして背後を振り返るが、その判断が誤りであったと後悔する。

視界いっぱいに広がる、人の顔。

朋也は、何者かに正面から抱きつかれる形となった。

 

「ぐぐぐ・・・・・・っ!」

 

間一髪、すれすれで顔面と顔面の接触は避けられた。

咄嗟に杏が手を出して支えなければ、危なかったかもしれない。

学院では色々と型破りなこともしてきた朋也だったが、男同士でキスをするような事態だけは避けたいと思っていた。

本当は抱擁もされたくないのだが、今回は最後の一線が守られただけでもよしとするべきだった。

そこまで考えてから気持ちを落ち着け、相手の確認をするよりもまず、圧し掛かっている体を押し返す。

 

「離れんかっ、このド阿呆!」

「わぁっ」

 

押し返された相手は、勢い余って後ろに倒れこむ。

 

「ひどいよ朋也君、突き飛ばすなんて」

「うるさい・・・俺は危うく男として失ってはならないものを失うところだったんだぞ・・・」

「再会の記念にちょっと抱きつこうとしただけじゃないか」

「そういうのは男女同士か女同士でやることであって、男同士でやるものじゃねぇ」

「むむ・・・そうかな?」

 

難しい顔をして悩んでいるのは、一見すると女と見間違うほどの美少年であった。

本人が再会の記念と言っている通り、朋也とは旧知の間柄である。

名を、柊勝平と言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

to be continued