カノン・ファンタジア

 

 

 

 

Chapter 3−B

 

   −10−

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・まずい・・・」

 

朝、宿のベッドで目を覚ますと、祐一は非常にまずい状況に陥っていた。

まず、全身が鉛のように重い上、少しでも動かそうとしようものなら剣山を打ち込まれたような痛みが走る。

昨日あれだけ智代の攻撃を受け続け、その状態で限界を超えた力を引き出したのだからこれは必然と言えた。

そしてさらにまずいのは、祐一に寄り添うようにして一緒に寝ているイリヤのことであった。

 

「何でここにいるんだよ・・・?」

 

昨夜眠った時は確かに隣の部屋で美凪と一緒にいたはずである。

最も、かなり消耗していた祐一は宿に入るなり即ベッドに倒れこんだため、その辺りは定かではない。

しかしイリヤは美凪に預けて、二人一緒に部屋に行ったのは間違いなかった。

それがどうして、一晩明けたら同じベッドに寝ているのか。

 

「困った」

 

何が困ったと言って色々困っている。

もちろん同じベッドに年頃の男と女が一緒に寝ているという時点で大いに困った状況である。

加えてイリヤを起こそうにも、祐一は体が痛くて満足に動くこともできない。

何度か声をかけてはみたのだが、イリヤは起きる気配がなかった。

よって、現状を打開する手段がない。

こんな状況を誰かに見られたりしたらますます話がややこしくなる。

 

ガチャ

 

そう思ったのだが、遅かったようだ。

ドアを開けて入ってきた美凪がそこで停止しているのを見て、祐一は世の無情さを嘆いた。

 

「・・・・・・ぽっ」

「いや、何照れてんだよ・・・」

「・・・失礼しました」

 

美凪は深々とお辞儀をすると、静かにドアを閉めて出て行った。

もう祐一には、つっこむ気力すらない。

唯一願わくば、美凪の口から他の誰かにこのことが伝わらないことであった。

ましてや、莢迦の耳になど達したらこの世の終わりである。

噂は余計な尾ひれ背びれをつけて瞬く間に広がり、祐一は変態ロリコン男のレッテルを張られることになるであろう。

それはある意味、魔力0と蔑まれるよりも屈辱的と言えた。

 

「はぁ〜〜〜・・・・・・・・・」

 

大きなため息をつく祐一の横で、イリヤは幸せそうな顔で寝息を立てていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

正午の鐘が鳴る頃になって、ようやく祐一は起きられるくらいまで回復した。

イリヤは途中で起きたのだが、その後もずっと祐一のもとについていた。

そして今、二人は遅めの朝食を摂っている。

 

「・・・それにしても、ちょっと驚きました」

「ん?」

 

パンを口に運びかけたところで、向かいに座った美凪がそんなことを言ってくる。

 

「・・・課題とは言ったものの、本当に坂上さんに勝つとは正直思っていませんでした。すごいです」

「・・・・・・勝ったって言っても、ほとんどまぐれだよ」

「・・・そうでしょうか?」

「ああ。俺ははっきり言って限界だったし、あいつは普通に軽く攻めてるだけで勝てたはずなんだ」

 

謙遜でもなんでもなく、祐一は本当に勝てたのいくつもの運が味方をした結果だと思っていた。

智代が正面から攻撃してこずに、そのスピードを活かしてヒット&アウェイを繰り返していたら、遠からず祐一は倒れていたはずである。

いくら精神力で補っても、肉体の限界はどうやっても訪れる。

そうならずに結果として勝利したのは、智代が正面から祐一に向かってきたからである。

 

「けど、あいつには迷いがあった」

 

祐一が勝てた要因はそこにあった。

 

「何をどうして迷っていたのかは、俺にはわからないけど、あいつはどうしても俺の言葉を否定したかったみたいだ。だから、正面から俺の意志諸共に粉砕する必要があったんだ。そうやって正面からぶつかりあったから、唯一の勝機を見出せた・・・そういうことさ」

「・・・なるほど、よくわかってらっしゃる」

「何だよ。俺があいつに勝って慢心するとでも思ったのか?」

「・・・少しだけ」

「信用ねーな」

 

とはいえ、あれだけの強敵を倒したのだから、普通ならば少しくらい自惚れるものかもしれない。

以前の祐一だったら、そうなっていた可能性もある。

だが今は、智代の実力が明らかに祐一を凌駕していたのは明白だとわかっており、また彼女と同等以上の実力者が世に溢れていることも知っている。

だから、そんな世界において自分はまだまだ弱いということも理解していた。

 

「もう、トモヨのことなんてどうでもいいじゃない。それより、ユウイチはこれからどうするの?」

「どう・・・するんだろうな?」

 

イリヤの質問に対し答えあぐねる。

どうするもこうするも、全て美凪に委ねている状態なので、祐一にはよくわかっていない。

 

「どうなんだ、美凪?」

「・・・そうですね。まぐれと言っても、あの坂上さんを倒すまでになったのですから、とりあえず修行は一段落でしょうか」

「それで?」

「・・・カノン王国へ行きましょう。相沢さんが合格レベルに達したら来るようにと、莢迦さんから言われていますから」

「カノンか」

 

一度帰るということだ。

先日の町での戦闘のように、覇王軍が各地で暴れているのだとしたら、確かに心配なところである。

舞と佐祐理もカノンに戻っているはずという話であるし、帰ることに異存はなかった。

 

「そういうことだ。イリヤ・・・は、どうする?」

「ん? わたしはもちろんユウイチと一緒に行くよ。だって、守ってくれるんでしょ?」

「ああ、そうだな。また狙われる可能性もあるし、イリヤは俺と一緒に行動するってことで、いいな?」

「ええ、いいわ。最もわたし、自分の身くらいは自分で守れるけどね」

「はは、そうかもな」

「でも、守られるのは好きっ」

 

ぎゅっとイリヤは祐一の腕に抱きついてくる。

色々とあったが、この少女は少なくとも祐一に対して好意らしきものを抱いてくれている。

今後共に行動することに支障はないだろう。

 

「よし、行くか、カノン」

 

 

 

 

 

 

僅か一ヶ月間とはいえ、地獄を見たほどの美凪との修行で鍛えられた。

幽とバーサーカーの戦いを見ることで、あの男の強さを改めて知ることとなった。

そしてまぐれとはいえ、その男のかつての仲間、四死聖の一人たる智代との勝負に勝った。

少しばかり成長したという実感をもって、祐一は故郷の地へと向かうこととなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

to be continued


あとがき

 あまり話にする部分がなくて、とても短くなってしまったが、これにて3−B終了である。ずっと弱さばかりを露呈してきた祐一が、少しばかり成長して強さを見せたパートであった。さて、次は舞台が少し変わって、往人一行が最後の四死聖と再会するパート。何人かはその正体に行き当たったようだけれど、その答えが次回明かされる。