カノン・ファンタジア

 

 

 

 

Chapter 3−B

 

   −8−

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・ここまで、でしょうか」

 

やはり、まだ祐一に四死聖の一人は荷が勝ち過ぎたかと美凪は思った。

遺跡で祐一がその身に宿した魔力は最大時で18000、これは智代の20000と比べてもまったく劣らない数値である。

潜在的には四死聖に匹敵する力を秘めているということなので、この戦いを通じてそれが開花するかと思って出した課題であった。

それに美凪は莢迦から、祐一の剣の腕は、あと少し磨けば四死聖クラスにも劣らぬものになると聞かされていた。

だが実際には、こういう結果になった。

祐一は美凪との修行で見せた以上の力を見せ、戦いを見ている限り技量が智代に大きく劣っているとも思えなかった。

それでもやはり、潜ってきた修羅場の数の違いが、二人の間に明確な差を作った。

幾多の死線を体験してきた智代の方が、祐一よりも一歩も二歩も先に踏み込めていた。

 

「・・・仕方ありませんね」

 

もはや勝負はあった。

とはいえ、智代はそれなりに消耗している。

今戦えば、美凪が確実に勝つであろう。

完全に倒せずとも、動けない状態にまで追い込めば、少なくともイリヤと風子を助け出すという目的だけは達成可能だった。

 

「まだだ」

「・・・え?」

 

だが、前に進み出ようとする美凪を、幽の声が制した。

その言葉の意味するところを知って、美凪は驚きと共にそちらへ目を向けた。

 

 

 

「馬鹿な・・・・・・」

 

智代は驚愕に目を見開く。

その視線の先で、祐一は壊れかけた扉の淵に手をかけて体を支えながら、中へと戻ってきた。

確かに、全力の一撃が決まったはずだった。

蓄積されたダメージを考えても、あの一撃を受けて無事でいられるはずがない。

生きている時点でも大したものと呼べるものが、立ち上がったのは驚きであった。

ましてや、まだ動けるなど、奇跡としか言いようがない。

 

「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・・・・」

 

祐一は、朦朧とする意識の中で、ただ一つの思いを抱いて立っていた。

負けられない。

今ここで倒れ、敗北することは、イリヤと風子を助けられなくなるというだけのことではない。

ここで負けてしまったら、もう二度と勝つことができないような気がした。

イリヤと風子を助ける、そしてさらに多くの人々を守るために、覇王を倒す。

そのために祐一は、今ここで負けるわけにはいかなかった。

倒れて当然の状態で、その意志だけが祐一の体を動かしていた。

 

「・・・・・・どうして・・・?」

 

ぎりっと、智代は歯を噛み締め、拳を握り締める。

 

「どうして倒れないっ! 何がおまえをそうまでして突き動かしている!?」

「はぁ・・・はぁ・・・・・・言ったはずだ。守りたい人達を守るため・・・俺はおまえを・・・覇王を倒す、と」

「自惚れるなっ! 弱いおまえに何ができる! その程度の力で覇王を、私を倒せるなんて思い上がるな!」

「ああ・・・俺は弱い。おまえらの足下にも及ばないかもしれない・・・」

「それがわかっていて、どうして!?」

「それでもっ・・・守りたいと思ったからだ!」

 

譲れない思いがあった。

力ない者として力ある者に虐げられてきた祐一だからこそ、強者に踏みにじられる弱者の味方になりたいと思った。

自分と同じ思いをする人を見るのは御免だった。

だから守ると決めた。

守るための戦い、自分が倒れたら、背中の後ろにあるものは全て崩れてしまう。

自惚れだと、思い上がりだと言われても、それだけの決意と意志がなければ、守り通すことなどできない。

だから何があろうと、祐一は絶対に、倒れるわけにはいかなかった。

 

「他人のためにどうしてそんなに必死になれるっ! 力を求める理由は、自分のため以外にない!」

「・・・俺も最初は、そう思ってた。力を求めるのは自分がため・・・そのためなら他人なんてどうだってよかった。けど、それは違うっ」

「違わないっ! 強くなる理由に他人なんかいらないっ、自分一人のためだけでいい!」

 

確固たる意志を持って語る祐一の意志に対して、智代は声を荒げて反論する。

 

「私は! 自分一人で強くなると決めた! そうやってここまで強くなった! これからもだ! 私は誰よりも強くなる、私一人で!!  おまえが言っているのは、ただの詭弁だ!」

「・・・・・・坂上智代・・・おまえ、本当にそう思ってるのか?」

「何だと?」

「本当にそう信じてるなら、どうしてそんなに必死になって否定しようとする?」

「必死・・・私が・・・?」

「あの男なら・・・おまえが倒したいって言った奴なら、自分の信念を語るのにそんなに必死になるか?」

「っ!!」

「俺はあの男の有り方を認めない。だけどあいつの、絶対のものとして信じ貫く信念の固さだけは、すごいと思った。おまえは今の言葉を、絶対のものとして信じ貫いているのか?」

 

智代の表情が動揺で歪む。

今のは祐一が、はじめて彼女と会った時から微かに感じてきたものだった。

幽や国崎往人と同じようでいて、どこか違う。

それが今では、確信となっていた。

声を大にして祐一の言葉を否定し、自らを正しいと主張する姿は、どこか必死に自分にそう言い聞かせているように見えた。

 

「坂上。おまえにも本当はあったんじゃないのか? 俺と同じ・・・」

「黙れ」

 

底冷えがする殺気を孕んだ声が、祐一の言葉を遮る。

 

「お喋りはもう終わりだ。手加減ももうしない。次の一撃で、確実におまえを殺す」

 

目の色と雰囲気が一変した。

火山の噴火のように智代の全身から吹き出した魔力が突風を巻き起こす。

必死になって踏みとどまらなければ、紙きれのように飛ばされてしまいそうだった。

かつて感じたことがないほどの殺意と気迫に、祐一は彼女達に与えられた最強の死神という名の意味を知る。

これこそ、かつて四死聖であった坂上智代の本気であった。

 

「(こいつを喰らったら・・・今度こそ最期だな・・・)」

 

ならば祐一も、この一撃に全てを懸けるしかない。

集められるだけの魔力を大地から集め、全身にまとわせる。

器から溢れ出る、ぎりぎりのところまで注ぎ込まれた魔力が、体を軋ませる。

体が壊れそうなほどの痛みが襲う。

 

「行くぞ・・・坂上智代!」

「これで終わりだっ、相沢祐一!!」

 

ダッ!!

 

二人は同時に床を蹴る。

持てる力を結集した、最後の一撃を放つために走る。

力も、速さも、技も、何もかも智代が上。

それでも祐一は、絶対に勝つという信念をもって剣を振るう。

 

「おぉおおおおおおおおおお!!!!!!」

 

祐一の気迫が、智代の前進を止める。

動きの止まった相手目掛けて、祐一の剣が唸りを上げて迫る。

 

ゴォォォッ!!!

 

迫り来る斬撃に対し、智代は一歩引いてそれを外そうとする。

さらに踏み込む祐一、だがさらに下がった智代まで、その切っ先は届かない。

 

「(くそっ・・・届け・・・!)」

 

しかし、智代の見切りは完璧だった。

文字通りの紙一重で、祐一の剣は智代の体に届かない。

剣が空振れば、その瞬間に智代が踏み込み、祐一の敗北が決まる。

 

「(届け・・・!!)」

 

限界まで踏み込んで、腕をぎりぎりまで伸ばしても、ほんの僅か、足りない。

斬れたとしても、薄皮一枚。

それでは智代の反撃を止めることはできない。

これが届かなければ、祐一の勝ちはない。

 

 

 

その時点で、智代は勝利を確信した。

祐一の踏み込み、斬撃の速さ、どちらも予想を遥かに上回っていた。

しかし、智代には届かない。

 

「(これで本当に・・・最後だ!)」

 

あと数センチ。

切っ先が自分の前を通り過ぎた瞬間に、智代は踏み込む。

それで、終わりである。

あと、数ミリ・・・。

 

「届けぇぇぇぇぇぇっ!!!!!」

 

 

 

ドカッッッ!!!!!

 

 

 

「な・・・・・・っ!?」

 

信じられないことが起こった。

智代の体が、宙に浮いている。

祐一の一撃をかわせなかったというのか。

何故だと、智代は疑問を抱く。

宙を漂いながら、剣を振り抜いた祐一の姿を見て、智代はその答えを知った。

祐一の全身を覆った魔力が剣を伝い、魔力そのものが切っ先を伸ばしていた。

智代を斬ったのは剣の刃ではなく、その先に伸びた魔力の刃だったのだ。

限界ぎりぎりのところで、祐一はさらにそれ以上の魔力を掻き集め、刃として剣に上乗せした。

限界を超えた魔力を操ったこと、そして魔力だけで相手を斬れるほどにそれを圧縮させたこと、どちらも生半可な芸当ではなかった。

強い意志が、それを実現したのだった。

 

「くはっ!!」

 

智代の体が床に打ちつけられる。

仰向けに倒れた智代の頭上で、祐一が床に剣を突き立て、片膝をついていた。

 

「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ・・・!!」

「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・・・・」

 

二人とも激しく息をついている。

特に智代は、全身が麻痺していて動けそうになかった。

それは祐一も同じだったが、限界を超えた体をさらに酷使して、祐一は立ち上がる。

まだ、祐一のやる事は終わっていなかった。

 

「ぜぇ・・・ぜぇ・・・・・・俺の勝ちだ、坂上。ここは・・・通らせてもらうぞ・・・」

 

剣を杖代わりにし、ふらつきながら、祐一は階段を上がっていく。

動かない体で、智代はその後姿を見送っていた。

 

「・・・・・・・・・私の負け・・・か・・・・・・」

「・・・そうみたいです」

 

傍へやってきた美凪が智代の横にしゃがみ込み、治癒魔法をかける。

 

「いいのか、遠野さん。私は敵だぞ?」

「・・・はい。だから、これ以上戦うつもりなら、今度は私が相手をします」

「・・・・・・それはちょっと、きつそうだな」

 

魔力の刃は切れ味自体はそれほど高くなかったのか、智代の傷はあまり深くはなかった。

斬撃というよりも、打撃に近いものによってダメージを負っていた。

とりあえず軽く傷だけを治して、美凪は立ち上がる。

 

「・・・では、私もイリヤさんとふぅちゃんと助けに行きますので、失礼します」

 

美凪は幽と智代に一礼をすると、祐一のあとを追って階段を上がって行った。

ちなみに、幽が動かないようにその周りに張った結界はそのままである。

仕方なく幽は、その場に座り込んでいた。

広間に残った幽と智代の間に沈黙が下りる。

どれくらいそうしていたか、やがて智代が口を開いた。

 

「まさか、はじめて負かされた男がおまえでも国崎でも、もう一人のあいつでもなく、あんな奴だったなんてな・・・」

「ふんっ、ごちゃごちゃとくだらねェこと考えてやがるから足下をすくわれんだよ」

「くだらないこと、か・・・」

「揃いも揃ってくだらねェ御託ばかり並べてんじゃねーよ。一人だろうが他人がいようが関係ねェ・・・本当に強ェ奴はただ強ェ、それだけのことだ」

 

幽にとってはそれが絶対の真実なのだろう。

だから、祐一の言葉も、智代の言葉も幽にとっては無意味だった。

 

「だがな」

「ん?」

「あの小僧はそれでもてめェの信念を貫いた。くだらねェ理屈には違いねェが、その意志だけは褒めてやってもいい」

「私は、自分の信念を貫き切れなかった・・・?」

「さぁな。そんなことはてめェ自身で考えな。これで終わるおまえじゃねーだろ、智代」

 

昔と変わらず、幽の言葉は厳しいと智代は思った。

だが不思議と、それが耳に心地よかった。

結局自分は、中途半端だったのだと、今ので完全に思い知らされた。

明らかに自分が実力で上回っていた相手に負けたのは、自分の信念が本当に正しいかどうか迷っていたから。

そして何より、幽と戦うために幽の敵になったと言うのに、その幽の言葉に励まされている自分がいた。

己の中の迷いを振り切って、本当の強さを手にするために幽を倒そうと思い、幽の敵になったというのに。

智代は、幽の敵になりきれなかったのだ。

そんな中途半端な意志しか持たない状態では、負けて当然である。

 

「悔しいな・・・幽」

「ふんっ」

 

改めて智代は、強くなりたいと思った。

今度こそ本当に、誰にも負けないように。

その時どの陣営にいるかは、まだわからないが。

 

「・・・そういえば幽、おまえ人質になった子を助けに来たんだろ? いいのか、あの二人に任せておいて」

「俺はナメた真似をしやがったここの主とやらを叩き斬りの来ただけだ。それに・・・」

「それに?」

「白髪の小娘のことなんざ知らねェが、あのチンクシャは放っておいたって何の問題もねェ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

上の階の一室。

風子はそこに閉じ込められていた。

 

「まったく、こんなところに風子を閉じ込めるなんて最悪です」

 

ドアには外から鍵がかかっており、開ける事はできない。

仮に出られたとしても、外には見張りがいるようだった。

だが人がいるならばと、風子はその相手に要求した。

 

どんどんっ

 

「もしもし、風子をここから出してください」

「うるさいぞ。大人しくしていろ、チビ」

「チビとは何ですか! とても失礼な人です!」

 

カチンと来た。

先ほども下の方で騒ぎがあったようなので何事かと聞いてみたら、今と同じように撥ねつけられた。

そろそろ風子の我慢も限界である。

 

「仕方ありません。寛大な風子にも我慢の限界というものがあります」

「おい、うるさいと言っている」

 

外の声には取り合わず、風子は例の、ヒトデ型の青い水晶を取り出した。

小娘一人に何もできるはずないと思われたのか、取り上げられることはなかった。

風子はそれを両手で持って、顔の前に掲げる。

 

「ヒトデの力を思い知るといいです」

 

青い水晶が淡く発光すると、そこから水が溢れ出てくる。

水はまるで意志を持っているかのようにうねり、風子の周りに浮かんでいた。

その内の一部が、ドアの淵に侵入して鍵を壊し、ドアを押し破る。

 

「な、何だ!?」

 

突然の事態に驚き戸惑う声が聞こえた。

声の主に対しても、風子は水を飛ばして攻撃を加える。

 

「ぐわっ!」

「がはっ!」

 

片方は水流に弾き飛ばされ、もう一方は水圧に潰されて崩れ落ちる。

見張りがいなくなったところで、風子は悠々と部屋の外に出た。

 

「・・・あ、ふぅちゃん」

「あ、美凪さん」

 

そこへ、美凪が現れる。

助けに来たつもりだったのだが、どうやら助ける必要のない状況に、美凪は首を傾げる。

 

「・・・ふぅちゃん、大丈夫でしたか?」

「はい。大変な失礼なことをたくさん言われましたが、風子自身はこの通り平気です」

「・・・それはよかったです」

「心配をおかけしましたか?」

「・・・はい、心配でした」

「そうですか。それはすみませんでした。今度からは、最初から心配をかけないよう心掛けます」

「・・・ふぅちゃんが無事なら、それで問題ありません。あとは・・・」

 

美凪は天井を見上げる。

さらに上の階へ、祐一は向かった。

おそらくは最上階の部屋に、もう一人助けるべき少女、イリヤと、この館の主がいるはずだった。

 

「・・・ふぅちゃんは、下にいる幽さんのところへ戻っていてください」

「美凪さんはどうするんですか?」

「・・・私はまだ、やることがありますので」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

to be continued


あとがき

 さすがに3−B最大の見せ場、予想以上に長くなった。圧倒的な力の差を乗り越えて、ついに祐一、四死聖の一人に勝利! 書いている方が熱くなる祐一の姿を、こっちもぜぇぜぇ言いながら書き上げたぜぃ。確固たる戦う理由と意志を持つための、祐一を一気に成長させるための一大イベントであった。
 さぁ、次回は長かった3−Bの戦いも大詰め、助けるはずの二人の内片方はあっさり自力で脱出してしまったけど、もう一人をまだ助けなくてはならない。何となく3−Bのサブタイトルを間違えたかなぁ、と思うところもあるけれど、次回はサブタイトルの通り! たぶん!