カノン・ファンタジア

 

 

 

 

Chapter 3−B

 

   −7−

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

強い。

そんな言葉すら生温い。

坂上智代の強さは、そういうレベルであった。

 

「でやぁぁぁっ!!!」

 

連続して放つ斬撃は、一つとして当たらない。

全てかわされるか、軽く捌かれて、僅かな隙に反撃を受ける。

 

バキッ!

 

「ぐぁっ!」

「遅い」

 

一度崩されると、猛烈なラッシュを受けてあっという間に倒される。

 

「くそっ!」

 

それでもしぶとく立ち上がって祐一は智代に攻めかかる。

大剣で床や壁を砕き、瓦礫を飛ばして相手を撹乱しても、少しも動じず智代は祐一の攻撃を読みきってくる。

 

「そのくらいじゃ目くらましにもならないぞ」

 

逆に智代が床を打ち砕いた衝撃で発した煙幕に祐一の方が視界を遮られ、手痛い一撃を受ける羽目となった。

 

「このぉっ!!」

 

小細工は通用しない。

はじめからわかっていたが、一度試してはっきりそう悟った祐一は、相手の動きをじっくり見ながら、タイミングを合わせて斬撃を繰り出す。

今度こそ捉えたと思われたが・・・。

 

ガッ!

 

智代は正面から祐一の斬撃を弾き飛ばした。

さらに、弾かれた剣を祐一が引き戻すよりも早く懐に入り込む。

 

ドカッ!

 

痛烈な智代の膝蹴りが、祐一の腹部を捉えた。

 

「が・・・はっ!」

 

息を詰まらせながら、祐一は吹き飛ばされ、床に転がった。

渾身の力を込めた斬撃を、避けるでも流すでもなく、完全に正面から弾かれた。

スピードで圧倒しているだけでなく、智代はパワーも祐一と同等以上のものを持っていた。

 

「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・・・・」

 

本当に、強い。

今まで多くの強敵と戦ってきたが、莢迦も、幽も、夏海も、バーサーカーも、いずれも祐一と戦った時は本気には程遠かった。

つい先ほど幽とバーサーカーの戦いを見て、それを思い知ったばかりである。

智代の強さは、あの凄まじい死闘を演じた二人にすら匹敵する。

或いは、それ以上かもしれないとさえ思えた。

 

「アザトゥース遺跡で会った時より少しは腕を上げたようだが、まだまだ弱いな、おまえは」

「な・・・んだと・・・?」

「その程度の力では私の体に傷一つ付けることもできない。これでは満身創痍の幽の方がマシだな」

 

悔しいが反論できない。

祐一がまるで反応できずにいる智代のラッシュを受けながら、幽は掠らせただけとはいえ、反撃の一太刀を智代に浴びせているのだ。

大見得を切っておきながら、祐一はまだボロボロの状態の幽にさえ及んでいなかった。

正直、ここまでの力の差があるとは思っていなかった。

 

「それでも・・・」

 

負けるわけにはいかない。

まだ体は充分に動く。

ならば、諦めるつもりは祐一にはまったくなかった。

 

ダッ!

 

剣を振りかぶり、床を蹴って踏み込む。

前よりも速く、さらに激しく、さもなくば智代には追いつけない。

 

ヒュンッ

 

振り抜いた剣が空を斬る。

避けた相手目掛けて、続けざまに第二、第三撃を放つ。

当たるまで、何度でも、何度でも剣を振るう。

それらを全て智代はかわし、受け、弾き返す。

 

「(まだ届かない・・・なら、もっと!)」

 

今の状態では、力も速さも限界だった。

それなら、さらなる力を引き出すのみである。

 

「む?」

 

祐一の様子が変わったことに、智代も気付いて動きを止める。

さらに大きな力を、さらに速い一撃を、そう念じる祐一は、より大きな魔力をその身に吸い上げようとする。

 

 

 

戦いの様子を見ながら、美凪は魔力計測器を取り出す。

そこに記される数値は、今までよりもさらに大きい。

 

「・・・魔力値9400・・・よくここまで。でも、坂上さんの力は・・・・・・」

 

 

 

体中に痛みを感じるほどの魔力を放出する祐一。

全身から溢れ出した魔力の余波が、周囲に衝撃波を巻き起こす。

 

「これで!!」

 

魔力を足下で爆発させ、さらなる加速力を得る。

残像が残るほどの速度の踏み込みに、さしもの智代も一瞬反応が遅れた。

 

ザシュッ

 

完全には避けきれず、智代の袖を祐一の剣が切り裂く。

さらに止まった状態から横薙ぎにされた剣を、智代は両腕のトンファーでガードする。

それでも威力は止め切れず、智代の体は壁際まで吹き飛んだ。

 

ドカッ!

 

壁に打ちつけられた智代が片膝をつく。

ようやく祐一の攻撃がまともに決まっていた。

 

「はぁ・・・はぁ・・・よし、いける」

「いける? 誰がだ?」

 

立ち上がった智代は、体についた埃を払いながら広間の中央近くに戻ってくる。

思い切り背中から壁に打ちつけられたはずだが、ほとんどダメージはないように見えた。

 

「少しは驚かせられた。だがそれで目一杯なら、やはりおまえは私には勝てん」

「何・・・・・・っ!」

 

智代の全身から魔力のオーラが立ち昇る。

今し方祐一が放ったものと同等以上、いやそれすらも遥かに上回るほどであった。

吹き荒れる魔力の風だけで、祐一の体は押された。

質も量も、智代の放つ魔力は圧倒的だった。

 

「私の魔力は、およそ20000。単純に見ただけでもおまえの倍はあるだろうな」

「そんな・・・・・・」

 

数字の差だけが全てではない。

ここにある差はそれだけではないと、祐一にははっきりとわかった。

 

「長々と希望を持たせておくのはむしろ酷だろう。そろそろ、本気で潰しに行くぞ」

 

静かな宣言をした瞬間、智代の姿が完全に祐一の視界から消える。

動きを目で追うことも、気配を感じる暇さえなかった。

見失った、と認識した時にはもう、全身を突き抜ける衝撃を受けていた。

 

ドゴッ!!!

 

自分の体が浮かび上がるのを祐一は感じた。

それだけで、浮かび上がらせた相手の姿は見えない。

 

バキッ ガッ ドカッ!!

 

右から、左から、下から、上から、前から、後ろから、次々に打ち据えられる。

その一つ一つに反応している余裕すらない。

全ての衝撃を一つのものとして感じるほどに速い。

そして、重い。

一撃受けるごとに、体を貫かれているような錯覚を覚える。

 

ドゴォッ!!!

 

無数の衝撃の最後に、特大の一撃を受け、祐一の体が床の上に落下する。

 

「ぐ・・・が・・・ぁっ・・・・・・」

 

意識が残っているのが不思議なほどの痛みが全身を駆け抜ける。

むしろ、意識があることによって、よりその苦しみが増していると言っていい。

気を失いそうな痛みを感じながら、失った瞬間にまた痛みで意識を取り戻す。

そんな感覚であった。

 

強さの次元が違う。

 

手も足も出なかった。

圧倒的、それ以上の表現が思い浮かばないほどの強さだった。

遅れは取らないはずなどと、思いあがりもいいところである。

 

「(これが・・・四死聖・・・!!)」

 

最強の死神集団。

その名は大袈裟なものでもなんでもなく、純然たる事実として付けられた呼び方であった。

少しばかり強くなったと自惚れた程度では、到底追いつける相手ではないのだ。

 

「(これ・・・までか・・・・・・?)」

 

今度こそ意識が遠ざかる。

消えかかる意識の中に、智代の声が響いてくる。

 

「わかったか? これが強い私と、弱いおまえの間にある埋めようのない力の差だ」

 

辛うじて言葉は聞き取れたが、どこか遠くで話しているような感覚があった。

 

「力も、速さも、技も私が上。さらに経験の差がある。おまえとは同い年くらいだろうが、同じ年月を生きてきていても、潜ってきた修羅場の数が違う。どれを取っても、おまえは私に遠く及ばない」

「・・・・・・・・・」

 

その通りだった。

ずっと強くなりたくて修行を続けてきたつもりでも、祐一が修羅場と呼ばれるものを経験したのはたかだかこの二ヶ月程度の間の数回のみ。

かつて大戦終結の直前に現れ、幾多の戦場を渡り歩いてきた四死聖とは、差があって当然だった。

 

「(やっぱり、届かないのか・・・こいつらには・・・・・・)」

 

莢迦・・・相沢夏海・・・遠野美凪・・・国崎往人・・・坂上智代・・・・・・鬼斬りの幽。

いくつもの顔が浮かんでは、遠くへと消えていく。

どんなに手を伸ばしても届かない場所へと・・・。

 

「それに、戦う理由もだ」

「・・・!!」

「私は誰よりも強くなると己に誓った。そのために、遥か高みにいるあの男を倒すと決めた。だからおまえ程度に、負けることなどない」

 

戦う理由。

その言葉が祐一の意識をぎりぎりのところで繋ぎとめた。

今祐一は、一体何のために戦っていたのか。

 

グッ

 

「! まだ動けたのか」

 

何故、自分は戦っている。

痛む体を無理やり起こしながら、祐一はその理由を考える。

今この時戦っているのは、イリヤと風子を助けるためだった。

それだけでも、理由としては十分だったが、それ以外にも、あったはずだ。

 

「(俺が・・・戦う理由・・・!)」

 

思い出せと自らを叱咤する。

ずっと強くなりたかった理由、それは自分を認めさせたかったから。

それは、違う。

確かに昔は、それだけを思って強くなろうとしていた。

だが、莢迦と出会い、幽と出会い、覇王軍と戦っていく内に、もっと別の理由ができたはずだった。

 

「(そうだ! 俺が戦うと決めたのは・・・!!)」

 

今ならそれを、はっきりと言えた。

 

「戦う理由・・・負けられない理由なら、俺にだって、ある!」

「何?」

「確かに、俺は・・・おまえには何一つ及ばないかもしれない。だけど、一つ・・・だけ、その理由だけなら・・・負けちゃいない!」

「・・・ならおまえは、何を理由に戦う?」

「守りたいと、思ったからだ!」

「守る、だと?」

「そうだ。イリヤと風子を・・・それに・・・覇王の野望の犠牲になる、多くの人達を・・・!」

 

魔力がないから、力がないから、祐一はずっと蔑まれ、虐げられてきた。

そんな人々など、いなくなってしまえばいいと思ったことも、一度や二度ではない。

だが、覇王の野望は、全ての力無き人々を犠牲にする。

たくさんの人々が、力がないというだけの理由で、踏みにじられていくのだ、かつての祐一のように。

祐一は知っている、踏みにじられることの辛さを。

だから、他の誰にも、それを味わわせたくなかった。

 

「おまえ達や・・・俺みたいに、自分から戦いの中に身を置いた奴はいい。それで力及ばず踏みにじられても、自分の責任だ。だけどっ、戦う術も持たず、戦う意志も持たない人々にさえも、おまえらは強者の理屈を押し付ける!」

 

それが許せなかった。

弱いから、力がないから。

強い者、力がある者が、その人々の生活を壊す、そんな理不尽を祐一は許せなかった。

だから、それを守るためにこそ、祐一は戦いたいと思った。

 

「俺は! そんな理不尽な暴力を振りかざす覇王を許さない! それに従うおまえらも許さないっ! だから俺は覇王を・・・おまえらを倒す!! 俺のこの目に映る、力無き人達を守るためにっ!!」

 

満身創痍の体で、祐一は立ち上がった。

両足は、体を支えているだけで震える。

両手は、いつもの倍以上に剣を重く感じている。

両目は霞んで、はっきりと前を見据えることすら難しい。

それでも祐一は立った。

戦う理由が、負けられない理由があるから。

目の前の敵を、その先にいる存在を倒すために、祐一はここで倒れるわけにはいかなかった。

祐一が見せる不屈の闘志に、智代も表情を引き締める。

 

「・・・・・・その体で立ち上がった精神力、大したものだ。おまえの負けられない理由も、立派だと褒めてやる。だが・・・」

 

立ち上がった祐一の気迫を押し返すほどの強大な魔力が、智代の全身から立ち昇る。

 

「前にも言ったはずだ。弱者の如何なる言葉も、強者の前では無力だと。私を屈服させたいなら、言葉ではなく力を示してみせろ!!」

「やってやるさっ!!」

 

痛む体に鞭打ち、重い剣を振りかぶって祐一は智代に向かっていく。

その戦う意志に応えるように、智代も全力でそれを迎え撃つ。

 

ドカッ!

 

「ぐはっ!」

 

祐一の剣をかわした智代のカウンターが決まる。

突き抜ける衝撃で意識が飛びかけるが、ぎりぎりの線で持ち堪え、さらに剣を振るう。

二撃目もあっさりかわされ、腕を強かに打ち据えられた。

しかし剣は落とさず、体当たりで智代の体勢を崩す。

 

「っらぁ!!」

 

ぐらつく智代に向けて、左手一本で剣を振り下ろす。

智代は両手のトンファーを交差させてそれを受け止める。

 

ドゴッ!

 

ほんの一瞬生まれた隙をついて、祐一は空いた右手を智代の腹部に叩き込んだ。

 

「うぐっ」

 

さすがの智代もこれは効いたらしく、上体がぐらりと揺れる。

だが、そのまま倒れるかと思われた智代は床に手を付き、片足を一気に跳ね上げた。

 

バキィッ!

 

凄まじい威力の蹴りが、祐一の顎を打ち抜く。

今度はほんの数秒間、本当に意識が飛んだ。

それでも床に落ちる前には気を持ち直し、ふらつきながらも両足で着地する。

しかし軽い脳震盪に陥っていた。

 

「これまでだ!」

 

ふらつく祐一に向かって、智代のトンファーが唸りを上げて迫る。

 

ゆらっ・・・

 

それは偶然か、それとも日々の鍛錬を続けてきた祐一の体が考えるより早く自然に反応したのか。

祐一の上体が揺れながら智代の攻撃を回避する。

さらに祐一は体を回転させ、智代の背中目掛けて剣を振りぬく。

 

ガキッ!!

 

何とかガードした智代だったが、遠心力を乗せた一撃を止め切れずに吹き飛ばされ、階段のところに体を打ちつけられる。

 

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ・・・!!」

 

体が重いと、祐一は感じていた。

一つ動きを取る度に、痛みと疲労が確実に増して行っている。

もう立っているのかさえ、認識できなくなってきていた。

それでも、祐一は倒れない。

 

「くっ・・・」

 

少しずつだが、智代も消耗し始めていた。

唯一智代に劣る点があるとすれば、それは女であるがゆえの体力の低さと言えた。

最もそれとて、並の男と比べれば遥かに高いはずだった。

その智代を消耗させるほどに、祐一の気迫と精神力が凄まじかった。

 

「まさかここまでやるとはな・・・だが、もう限界だろう」

「はぁ、はぁ、はぁ・・・」

「おまえはよくやったよ、相沢。これで、楽にしてやる」

 

立ち尽くす祐一目掛けて、智代が走り込む。

 

バキィィィッ!!!

 

助走をつけて威力増した智代のトンファーが放つ一撃を、祐一は避けることも、受けることもできずにまともに喰らい、吹き飛んだ。

広間の中央付近から玄関まで飛ばされた祐一は、扉を突き破って外に転がった。

倒れ伏した祐一を見て、智代は今度こそ決まったと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

to be continued


あとがき

 祐一vs智代! 多少は強くなった祐一だが、四死聖の壁は厚い。デモンの祐一は最初から最強クラスの実力者であり、また基本的にクールな性格なため、こういう倒されても立ち上がり、熱い台詞を吐いて立ち向かっていく、という燃える展開にはあまりならなかった。また私自身、主人公的立場には最初から強く、またクールなタイプのキャラを配することが多いため、この勝負は個人的に結構特別な思い入れで書いている。熱血じゃよ、熱血。
 さて、智代の渾身の一撃を受けて倒されてしまった祐一。これで終わってしまうのか? 次回、ついに決着!